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第34話 憎しみの裏側ー邪なる神の監獄編

町は突然に起きた、兵士の死により事態を一変させた。

脱獄犯の追跡とは明らかに違う緊張感が辺りを支配する。

内乱か襲撃なのか、状況を判断しきれずに警戒し、私達は思わず物陰に身を寄せ塊となり息を潜めた。

このまま動かず、ヤスベーさん達の到着か沈静化するまで機会を待つべきか。

取り敢えず見当をつけずに直接、この目で確かめてみよう。

仲間を意識しながら用心をしつつ、瓦礫から顔を出してみるとヒューゴーに服を引っ張られた。


「それじゃ、目立ちすぎんだろ。いったん戻れ」


如何やら、自分が思うより周囲が見えていなかったらしい。

場数を踏んでいるのもあってか、ヒューゴーの声は思いの方か冷静だったようだ。

激化し出す喧騒に呑まれそうな声を如何にか聞き取り、廃墟となった民家に戻ると再び身を潜めると皆で顔を合わせる。


「どういう事?」


危機的状況に兵士を失神させて連れて来たテオドロに視線が集中した。

これは、何も言わず抜け出し単独で行動していた最中、何かしら目にしていたのではと言う思惑からだ。

テオドロは眉間に皺を寄せ、渋い表情を浮かべた後に大きな溜息をつき前髪を掻きむしる。


「俺は何もしてねぇよ」


ウドブリムに住む魔族は精神操作を得意とする者が多いい事は知っている、それ故に私達に疑われ罪を押し付けられると構えていたらしく、私以外も呆れているもよう。


「誰も貴方が想像している様な事は言っていないわ。そこの兵士を捕らえた時、何か町に変な動きは無かった?」


「・・・・・」


テオドロは肩眉を吊り上げ、不快感をいっさい隠さず露骨に不快感を見せつけてくる。

こんな時に何だその顔は、相も変わらず異界人となれ合う事は受け入れ難いらしい。

何て面倒な人だと苦笑してしまう。

視線を外すと、ボロボロの床に寝かされた先程の兵士に目が行く。


「特に無いなら、質問を変える。こう言う内乱は良くある話なの?」


「・・・いや、無い」


無視をされなかった事も意外だが、予想に反して素直な反応に私自身も驚かされた。

言葉や態度に表さないが、もしかしたら歩み寄ろうとはしてくれているのかもしれない。

領主の証の略奪に内乱、何やらきな臭い気がする。


「今此処で何が起きているか判らない以上、一丸と成る必要が有ると思う。テオドロ、この状況を切り抜ける為に私達と共闘して貰えないかしら?」


此の状況、一丸と成り戦わなければ犠牲を生むだけに成りかねない。

テオドロに関しては神術を封じられている事もある、生き延びるのならば不本意だろうと手を組む事が最善だ。

一方的に要求を押し付ける私に、テオドロから返ってくる反応は良いものとは思えない。

やはり、人とも見做してもおらず道具と蔑む相手から協力を強いられている事は屈辱でしかないか。

然し、その返答は意外な物だった。


「これは一時休戦だ。これが終わったら、二度と俺に嘗めた事を言うんじゃねぇぞ」


根本の価値観は変わりが無いが、これは本当に僥倖だ。


「ありがとう。短い間だけど頼むね」


「ふん・・・」


反応は素っ気無いが、これで気兼ねなく戦える。


「まったく、三下のくせに何て居丈高な振る舞いじゃ」


「まったくだぜ」


一方、コウギョクとヒューゴーはぶつぶつとこっそり不満を漏らすのを耳にして冷や汗が背を伝う。

こっちが折角、上手く纏めたと言うのにと言う意味で私は二人の頬をつねった。

テオドロの腕の治療を終え、周囲の音に耳を澄ましながら様子を窺うと、ボロボロのインウィンディアの町は私達を追跡し巡回する者の姿がは無い、やはり完全に内乱へ兵を割り当てた様子。

私は息を吐くと同時に剣を抜く、僅かに指しこむ空からの光が剣身により反射される。


「ふむ、コヤツは如何するつもりじゃ?」


コウギョクはテオドロが運んできた兵士の背中をつま先でツンツンと突く。

よく見ると思いの他、怪我は少ないうえに(いびき)をかいている。

まさか、この状況で寝ている?


「なら、拘束してクローゼットの中にでも放り込んで行こうぜ」


ヒューゴーは手慣れた様子で縄を取り出すが流石に止めた、此の状況で拘束するのは非情すぎる。

せめてもの情けと、テオドロにも手伝ってもらい穴だらけのクローゼットに兵士を放り込む。

多くの足音と怒声に金属音、此処からでも矢が飛び槍が交差し合うのが目に映る。

此の領地はオディウムの物では無いし、レンコルの物でもない。

ペトロナ達との約束を果たす為にもともかく・・・


「・・・勝手だけど、出来得る限りの事をしようと思うの。皆、付き合ってもらうよ」


コウギョクやヒューゴーだけじゃない、テオドロまで私に向かって無言で頷く。

ともかく、この奇妙な同士討ちを止めなくてはいけない。

壊れた扉を踏みしめ、瓦礫を抜けて目の前を見定めようとしたが、聞こえて来た声に一歩踏み込んだ所で私は物陰から出ずに足を止めた。

如何やら此方から探さずとも良さそうだ、慌ただしい複数の足音と言い争う声が近づいて来る。


「森で第三分隊に何が遭ったのだ。金か神術か判らぬが本陣が到着次第報告させてもらうからな!」


睨み合うは三対二、双方は同じ服装をしており、軽く見比べる限りでは一方的に捲し立てる方か、言葉を浴びせ掛けられる方か、何方が企てたのかは判断は難しい。

ただ、森に派兵されたと言う言葉から、あの森で倒れていた不死者と兵士達の亡骸が思い浮かんだ。


「くくくっ・・・オロカなものよ」


正直、何方も服装は同一であり、何方が反乱を起こした側なのか判り辛い。

二人の兵士から忠告を受けた三人の兵士、紛らわしいので敵兵としよう。

敵兵三人のうちの中央に立つ一人から掠れたくぐもった声で笑いだした。

本国からの処分も仲間の命を奪う事も厭わない、何か言い知れぬ不安が過る。

中央に立つ敵兵は杖をゆっくりと掲げる、すると囲む左右の兵士はゆっくりと忠告をした二人の兵士へと詰め寄ったかと思うと、同様の隙をつき刃が振るわれた。


「うぐっ・・・」


オディウム兵の二人は共に急襲を一度は退けるも、それ際に生じた隙は脇腹への一閃を許してしまい、一人が地面に沈み、逃げき目を捉え耐え抜いた側の兵士の背部から凶刃が迫る。

何方を先に打つか判別はついた。

息を飲み地面を蹴り上げる、私が襲われているオディウム兵へ突き出される剣を払い除けると、敵兵の背中へヒューゴーは飛びつき首を掻き切り軽々と一回転し飛び退く。

敵兵はよろけるも可笑しい、反射的に首を抑える仕草をするも、その手を汚すものは何一つ溢れてこなかったのだ。

目を見開き頬を引きつらせヒューゴーは自身が切り裂いた敵兵の姿に動揺を隠せず、身を退きながら頬を引きつらせる。


「おい、コイツ・・・」


「不死人・・・じゃな」


ヒューゴーとは対照的に、コウギョクは冷静に起き上がろうとする不死人を繁々と眺めると、扇を口元に当てると青白い火を纏わせ薙ぎ不死人に放つ。

たちまち火は敵兵の体を覆いつくし、灰へと変えながら辺りを青白く照らす。

オディウム兵はそれをもって私達が異界人と気付いたらしく、呆然としていた顔は引き締まり、わなわなと震えだした。

不死人と戦い抑え込んでいた片方のオディウム兵は如何にか倒すが、先程の私達のように信じられない物を見て動揺を見せた後、私達と目の前で横たわる不死人を見ても此方にも剣を向ける。

それは仕方が無いとして、残る不死人は詠唱を始めた事から神術士の慣れの果てだろうか?

何方にしても、助けられた事実より、やはりレンコルと共謀していると言う認識の二人からも注意を払わなけねばならない。

これはもう、裏で糸を引いている存在が何か考える必要は無さそうだ。


「えぇ、おかげで確信が持てたよ」


ゆっくりと唱えられる(おぞ)ましい祝詞、向き合う不死人の頭巾から覗く瞳は落ち窪み、生気を感じさせない、相手はまごう事無く不死者だ。

私は遮る様に詠唱し続ける敵兵へと剣を振り下ろすと杖を突き付けられ、大きく口を開くと絶叫が鼓膜を震わせる。

キンキンと頭に響く声に眩暈、思わず動きを止めると青い光が灯り、それに導かれる様に剣を振り下ろすと断末魔と共に視界が霧が晴れた様に明瞭になった。

得意げな顔のコウギョクの頭を撫で、怒り出す声を無視して視線を落とすと引き裂かれた不死人の骸。

それとテオドロにより伸され縛り上げられ、踏みつけられたオディウム兵の姿だった。


「・・・呪いが解けたか」


テオドロは私を一瞥すると、顔を背けるなり面倒臭そうに大きな溜息をつく。

恐らくは、うっかり思った事が顔に出てしまったのだろう。

然し、暫くして帰ってきた反応は非情に冷静な物だった。


「何だよ、あのまま此処で下手に騒がれ、後を追って来られたら面倒だろが」


「ごめん、異論は無いよ。先程の事からレンコルの介入が間違いないと思う」


私の返答にテオドロは意外そうな顔をし鼻を鳴らすと、ヒューゴーやコウギョクはテオドロを呆れ顔で見ると此方に視線を戻し頷く。

それを受けて私は更に覚悟を決めると剣の柄を改めて強く握り締める。


「しても、安部の奴はまだ来ぬのか・・・」


「コウギョク、今は信じて行こう」


「むう、すまぬ・・・」


例え、連絡が行かなくともヤスベーさんなら察してくれている事だろう。

コウギョクやテオドロが、双子達が緊張の面持で歩き出す中、ヒューゴーは顔を顰めながら弓に矢を番えると空に矢を放ち、満足げに汗を拭っていた。


「何をやっておるのじゃ、無駄打ちなど勿体ないでは無いか」


後れを取ったヒューゴーをコウギョクが叱責した。


「わりぃ、後始末をしていた」


慌てて駆け寄り合流するヒューゴーに安堵し、再び争いの場となった町中を歩む。

その時、何処かで重量が有る何かが落ちる鈍い音がした。



**********



慎重に町の沈静化を試みながら、奔走して回ったが争いの痕跡は想像以上の物だった。

不死者にオディウム兵、それぞれ相当の数だったがペトロナを始めとするインウィンディアの領民の被害は見られなかったのは不幸中の幸いだろうか。

それには固く口を閉ざし、不安そうな顔で同行していたティトとマリルーも少しは安堵したようだった。

この沈静化には関与していると思われるレンコルの意図を探る意味も有る。

然し、此処で私達は大きな障害に鉢合わせしてしまった。


「ふん・・・咎人が、まだ生きていたか」


所詮は麻痺も一時凌ぎ、再び相見える可能性は無い訳では無いが、こんな時にニコラオに遭遇するなんて。

向かい合い相手も戦ってきたらしい、あれだけ居た部下達の大半が減ってしまっている気がする。

他の者の神術を封じる呪いを持つ単眼の魔族、ニコラオは苦々しい表情を浮かべて此方を睨みつけていた。

此方も会いたくて町に残った訳じゃないんだけどな。


「ええ、またこんな風に対峙する事になるとは思いませんでしたよ。今は見逃して貰うと助かるのですが」


「寝言は寝てから言え!内乱に偽装した所で、逃げ果せる事が出来ると思うなよ?」


今回の件にレンコルが一枚噛んでいる事には気付いているようだが、盗人を通り越して侵略の片棒を担いでいると疑念は強まっている様だ。

そうだとしても、今此処でレンコルと決着をつけず私達を捕らえた所で埒が明かないのだけどな。


「そもそもじゃが、何故に妾達がレンコルと組んでいると信じたのかの?」


問い掛けられるとニコラオも嫌悪感を隠さず露骨に顔を顰める。

もう慣れるしかないかと悟ると、私達を見ながら肩を竦めては侮蔑の目をむけると頭を掻き、ゆっくりと口を開く。


「森に派兵した者の生き残りが、レンコルに続き此方に攻め入ろうとお前達を見たと言う報告を受けたのだ」


それの何処が共謀を示唆すると言うのか、あまりにも理解し難い。

理不尽さに腹の虫が治まらず、私は思わず怒気を込めて訊ねてしまった。


「それのみで、我々とレンコルを結び付けるには不十分ではありませんか?」


それに対しニコラオは怒りよりも呆れや憐れみ、ただ私達を見下し鼻で笑っていた。


「いや、道具は使用者に追従するもの、故にそれ以上の証明は無い。時間稼ぎか情状酌量を此処で狙おうと無意味だ」


「理解不能だわ・・・!」


まるで私達がレンコルの所有物かの様な物言いだ。

それを証明する文言も無く、矛盾すら有る事から、私達をレンコルと結びつけたのは訪れた時期のみで、偏見からのこじつけでしかない。


「ふざけんな!俺達は死霊使いに頭を下げた覚えはねぇよ」


「そもそも、証が無いんだから偉そうにすんなよ!」


「でってよー!」


ヒューゴーは自分やガラクタ団を侮辱されたと感じたのだろう、ティトとマリルーと共に憤りをニコラオに投げかける。然し、それも空振りに終わった。


「・・・何にしろお前達は敵にする相手を間違えたな。証など、奪い返せば良い。寧ろ、主が我らの功績を買ってくれるだろうな」


生暖かく僅かな腐敗臭の漂う町中、突如としてねっとりと絡みつくような女の声が鼓膜を震わせる。

不意を突かれ驚き、困惑しながら周囲を見回すと何処か見た事のある女性の姿が目に留まった。


「あら?あたしったら、こんな所にまだ残っているなんて。うっかりしていて我ながら驚いたわ」


黒緑の長い癖毛、前髪の隙間から見える紫の暗い瞳は緩んだ口元と違い、レンコルの女領主は鋭く冷たく私達を見下ろしていた。

彼女に気付くとニコラオは一瞬、目を見開くもすぐさま苦々し表情を浮かべる。


「クリスティーナ・リエラ!レンコルの女領主とこんなに早くお目にかかるとはねぇ。一人でわざわざ来るとは成果を確かめにでもきたか?」


ニコラオの態度の違いは明白、しかし体は一歩引けど皮肉で応酬している。

逆にクリスティーナは何も一つ乱さず、寒気がするような穏やかな表情を顔に浮かべ微笑んでいた。


「ふふふ・・・それも有るけど、もっと重要な事。あたし、掃除をしに来たのよ。勿論、一人じゃないわ」


クリスティーナは嬉しそうな表情を浮かべると胸の前で手を叩く。

パチンと短く音が響くと、空気を震わせるような呻き声が聞こえだす。

周囲に横たわる死体の体を丸めながら立ち上がると、一斉に獣の様な声が辺りを支配下した。


「なっ・・・この数は何なの!」


ただの内乱と私達は思っていた、その裏にこんな狙いが隠れていたなんて。

町の四方から聞こえる不死人の声、それは悲惨な人々の末路。

そんな人々が建物や路上を、群れを成して此方へと押し寄せてくる。


「あらあら、汚れに対して道具を用意しすぎてしまったかも。さて、とっととあたしの領地を返してちょうだい。インウィンディアにテローとウドブリム、貴方達があたしから奪った領地を返してもらうわよ」


クリスティーナは屋根の上でくるくると一回転をしながら踊る、立ち止まり後ろ手に手を組むと黒いレースの様な大きな(はね)を広げ羽搏いた。

本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。

この度は多忙により、時間が取れず投稿が遅れてしまい申し訳ございません。

出来得る限り、この様な事にならないよう努力しますので宜しければ引き続き、当作品を見捨てずに頂けたら幸いです。


*****************

次回こそ無事投稿できれば、11月11日20時に更新いたします。

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