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第24話 背信棄義ー邪なる神の監獄編

仲介者を伴い、ヤスベーさんに付き添い訪れたのはウドブリムの都ルディブリアム。

そこで目にしたのはこの世界の一端、強き者や富む者が優遇され、持たぬ者達を嘲笑いながら戒めとして死を見世物にする姿だった。

領主の初仕事として私刑を阻止したヤスベーさん、町に平穏を取り戻すも異界人を見る目は変わらず、やはり同族以外は受け入れられ難いものなのだと実感する。

異界人による統治に不平不満が飛び交う街の中、領主として切望され名が挙がるのは前領主の実弟であるウィルフレド。

そんな声が彼を増長させたのか、ぞんざいな歓迎だったが招かれた私達を待っていたのは美しい花園、そして宣戦布告だった。

二つの領土を賭けた決闘を受けて立つも、剣を交える内に敗色が濃厚となったウィルフレドが仕掛けた卑怯極まりない奇襲を受ける。

それらはねじ伏せる戦いは邪な存在の好みそうな争いとなったのだろうか、勝ち取ったが後味は良くなかった。


「前領主の実弟、ウィルフレドを領主の代行者と任ずるね・・・良いのか?僕も領民も、道具であるお前達に忠誠もなければ信頼も無い」


周囲からザワザワと騒がしい声が聞こえる町の中、ウィルフレドは協定書の一文を見て悪い薄ら笑いを浮かべては隣に立つヤスベーさんを不愉快そうに視線を向ける。

今更、何を言うのだろうかとコウギョクと共に警戒を強めるが、ヤスベーさんにより片腕を私達の前へ差し出し待機を支持が出され、やもえなく剣の柄から手を放す。

ヤスベーさんは私達の様子に安堵した後、ウィルフレドへと視線を戻した。


「拙者は何にも心配など有りはせぬ」


「はっ?何も考えていないと言う事か、大物が領主になったものだ」


ヤスベーさんの返事に皮肉まみれの言葉を返すウィルフレド。

それに対し、ヤスベーさんは穏やかな表情で首を横に振った。


「今やこの領も含め、二つの領土はお主達にとって屈辱でしかない支配を受けている。他の領は当然の如く、取るに足らない存在による支配を好機として見ているだろう。何より連戦により戦力が落ちた事により弱っている。お主は己の力のみで領土を護れる策を持っているのだろうか?」


感情を見せず冷静に説き伏せるヤスベーさんからは威圧感も何もないと言うのに見ているだけで背筋に冷たい物が流れ落ちる

己の自尊心の高さを逆手に取られたウィルフレドは怒りと屈辱で複雑な顔色を浮かべ、返す言葉も無く下唇を噛み締めた。

気まずい沈黙からの悔し気な舌打ちの後、町の中央に用意された舞台へとウィルフレドは手招く。


「はぁ・・・領主の代替わりを領民の前へ知らせる、付いて来てくれ」


「承知したでござる」


其処から互いに無言で壇上へ歩ていく二人を舞台袖から眺めると、野次が飛ぶ中で滞りなく契約魔法による調印がなされていく。


「なんじゃ、浮かない顔なんぞしよって」


コウギョクは協定の締結が決まってから何も喋らず、不安げな表情のままのヘシカの顔を覗き込む。

何か思い悩んでいたらしくヘシカはコウギョクの声に驚き肩を震わせ周囲を見渡すと、低い位置から声がする事に気付きコウギョクに謝罪をすると不安を口にする。


「え、ええ、この世界の偏見は思うより根深いのです。あなた方が我らの神を敵視するのと同義。それを覆すのは容易でありません・・・」


双方の世界の価値観の違いが生む、容易に乗り越える事ができない軋轢が有るのだとヘシカは言う。

コウギョクはヘシカが途中で言葉を呑み込んだ所で怪訝そうに肩眉を吊り上げていた。


「つまりは覆し難いほど深く概念が根付いているのね」


そう訊ねると、ヘシカは私を見て気まずげに頷く。

呆れ果てた様子のコウギョクは掌を扇子で叩くと、わざとらしく大きな溜息をついた。


「まあ、それは初めから承知しとるわい。要はこう言いたいんじゃろお主、ウィルフレドの言う通り証の力を使うべきとな。だが残念じゃのう、奴は己の信条に反するだなんだかとぬかしておる。とんだ阿呆じゃろ?」


「え、ええ・・・いえ、そんな!」


ヘシカは戸惑いながらも証を使う事を肯定するも、ヤスベーさんの部分まで肯定したと思われると思ったのか、顔色をころころと変えながら焦りつつ訂正した。

此れから複数の領と奪い合い争う、一枚岩でない怖さは解る。

ここで以前、この戦いに参戦したヤスベーさんの野望を耳にしていた事を思い出す。

確か全領土の制圧だった筈、成し遂げたその先にヤスベーさんが望む物は何か、それを叶えるのがこの世界の主と考えれば実現するかも不明だ。ともかくヘシカの不安だけでも拭っておこう。


「この世界に広く伝わる価値観とヤスベーさんが目指す物はきっと合致するわ。大丈夫、そう言う事を忌避するなら反乱なんて最初から起こさないと思う」


「そうじゃ、妾の契約者じゃぞ!」


「はっ、はあ・・・」


私とコウギョクに詰め寄られ、困惑気味に返事をするヘシカ。

然し、その不安は運悪く的中してしまう。

騒めく民衆、ヤスベーさんだけではなくウィルフレドにまで非難と罵倒が浴びせ掛けられ、ついには物が飛び交いだす。

ヤスベーさんとウィルフレドは投石を軽く躱すが、勢いと熱を増す住人の行動は激化する。

突如、抱え上げられた木箱は力任せに放り投げられ、私はその場に駆けつけるとそれを両断し、後を追う様に放たれた火や神術はコウギョクが術で退けた。

私はおかげで謎の果物の知る塗れ、コウギョクは役目を果たせた事にしたり顔を浮かべていたが、此方を見るなり噴出して笑いだす。

こうして困難が有ったが、無事に私達は各領の代表の仲裁、そして本題の協定を結び帰路へと付く事となった。つまり、私とヘシカさんを除く、約二名にとって悪夢の再来である。


「次もこの地の土を踏めると思わない事だな」


馬車を曳く幽霊馬が人の気配を感じ鼻を鳴らしながら落ち着ない様子で蹄で地面を掻く。

騒動は有ったが無事に目的を果し安堵していると、何故か見送りに来たのはウィルフレドだった。


「・・・それは如何いう意味?別れの言葉にしては不穏ね」


人を送り出しに来たと事には驚いたが、此処に来て何を考えているのだろうか?

ウィルフレドはゆっくりと此方へ顔を向けると、塵を見るような目をしながら不快そうに顔を顰めた。

暫しの合間、互いに睨み合うと鼻で笑い、向かい合う中で侮蔑の言葉を吐き捨てた。


「ただの異界人がこの僕に気やすく声を掛けるな。僕の異界人を見る目は変わっていない」


思うよりも生まれてから培ってきた価値観は根深く、改めて実感し溜息が漏れる。

張りつめる空気、様々な解釈が頭を過る。


「そうは・・・」


風を切り、扇子が私の口元と言葉を遮る。

突飛な行動をとった本人にゆっくりと視線を向けると、意味有り気な紅色の瞳と目が合った。


「止めておけ、コヤツに何を言おうと暖簾に腕押しじゃ。此処で怒れば思うつぼじゃぞ」


コウギョクはウィルフレドでは無く、私が口を噤んだのを確認すると困り果てた表情を浮かべながら扇子を握る腕を下す。

そのやり取りを垣間見ていたウィルフレドはと言うと、鼻を鳴らしながら私達を嘲笑った。


「ふん、賢い魔物のだな」


その一言に私を宥めていたコウギョクの動きが止まったかと思うと、眉間に皺が入ると同時に口角が上がり鋭い牙が垣間見える。何その顔、怖い!


「誰がっ!魔物じゃー!」


声を上げながらコウギョクは振り返り噛みつかんばかりの勢いでウィルフレドへ襲い掛かるのを私は咄嗟に襟を掴み引き留めた。


「さっきと真逆じゃない、自分で怒って如何するのよ!」


引っ張られ、襟元が乱れるのを厭わず暴れるコウギョクだったが、ヤスベーさんがさり気に首筋に振り下ろした手刀で脱力した。


「二人とも落ち着いてくれまいか。ウィルフレド殿は何も間違ってはござらん、領主と言う高き権力の座は狙われ易く、その座を維持したまま戻れるかは怪しいのでござるよ」


一触即発の事態は回避できたが、言い聞かせている一人はすっかり意識を失い夢の中。

領主と言う立場の危うさを危惧してか、何と紛らわしい事だろう。


「・・・それにしても言い方が有りませんか?」


向かい合い肩を竦め、ヤスベーさんにコウギョクを押し付けると、背後から苛々とした舌打ちが聞こえて来た。


「・・・分不相応な欲望により此の領土を巻き込み、民を危険にさらす責を果たせと言う事だ」


ウィルフレドが早口でヤスベーさんの説を否定する。

暫し傍観の立場にいたヘシカであったが、私達の合間に割り入るとウィルフレドへと鋭い視線を向けた。


「それは、その物言いを正してから言うべきですわ。敵対する領土は三つ、どの様な手段や戦略を用いて行使するかは不明ですが、私は自領を護る為であれば古い概念を捨てねばなりませんわ」


「不可能だ、道具を完全に我々と同列に見る事は出来ない」


柔軟な連携を求めるヘシカをウィルフレドは奇異の目で見ると頭を振り、理解できないと首を捻った。

すると、そんな二人を見ていたヤスベーさんは腰に下げた片刃の剣を引き抜くと、光を反射する切っ先を突き付けた。


「では、拙者の魂と同列の此の刀に賭けて、責務を果たすと誓おう」


これまで片刃の剣と勝手に呼んでいたが、此処にてヒノモト語でカタナと言うと知った。

然し、魂と同列とはとんでもない誓いを立てたものだ。


「遅れてすまんな、根回しに時間を取られてしまった」


ヘシカは戸惑いながらも頷き、ウィルフレドは渋い顔を崩さず無言を貫く。

気まずい空気は漂う中、門番の話声が聞こえたかと思うと、苦笑いを浮かべながらウンベルトさんが歩いて来るのが見えた。

暫し姿が見えなかったが一体、何をしてきたのやら。


「・・・誓いを違えるな。命が有れば動くが、判断は此方で行う」


ついにウィルフレドも妥協し、私達も漸く胸を撫で下ろす事が出来た。


「一時は互いに憎み合いながらも、こうやって手を組む事に不安は無いと言えば噓になりますが。行く先に不安が有れど、徒党を組むと言うのもやぶさかではありませんわね」


ヘシカは此の場にいる面々を見渡すと、複雑そうな安堵の表情を浮かべる。

それを何故か見つめると、少しヘシカを小馬鹿にした口調でウィルフレドは声を掛けた。


「・・・ふん、僕の領土へ残れば命は保証する。此方に残るのであれば、メイドとして雇ってやっても良いぞ」


本人に悪意や下心は無い様にも得るが、あまりにも不謹慎な言動にヘシカは侮蔑の目でウィルフレドを見ると身震いをし、馬車の方へと踵を返す。

そこで漸く合流したウンベルトさんが困惑する中、ヘシカはウィルフレドへと淡々とした口調で返事を返した。


「折角の申し出ですが、お断り致します。伝達係であれば後日、此方か送りますのでご安心ください。では、我々は此処にて失礼致します」


ヘシカは丁寧に頭を下げると、ウィルフレドを無視して早足で馬車へと乗り込む。

ウィルフレドは断られると思っていなかったのか、拒絶されたにも拘らず唖然としながらも怒りもせずにヘシカの姿が見えなくなるまで見つめていた。

それを見てヤスベーさんは辟易と言った様子で溜息をつきつつ、カタナを鞘に収める。


「では、私も此処で失礼しましょうかウンベルトさん」


「触るな、道具など頼らずとも馬車に乗れるわ!」


「はいはい、急ぎましょう!」


馬車の途を開け、強引にウンベルトさんの背中を押すと、憤慨しながら介助を拒絶し暴れるも、状況が理解できずに不満を漏らしながら乗車をしてくれた。


「・・・では、ウィルフレド殿。以後、拙者に代りに此の領地をお頼み申す」


「ああ・・・」


ウィルフレドが短く返答すると、ヤスベーさんも踵を返し馬車へと乗り込む。

然し、その顔色は空よりも青かった。



*********



過酷な旅路を終え、よろよろと降りていくヤスベーさんとコウギョクを見守りつつ、頬を撫でる風に目を細め地面へと足を下す。

この世界へ落ちてからどれだけ経っただろうか、思い描く景色と比較すると見覚えも無く荒廃した景色に思わず肩を落とした。

それでも、帰って来た事に安堵してしまうのは感覚が麻痺してしまっているのだろうか。

私達が留守をして居る合間に復興は進んだテローの首都アンクシュータスの町は何故か、どんよりとした空気と酷く焦り走り回る兵士達の様子に不安が過った。


「足止めしてすみません、何があったのですか?」


ヤスベーさんの帰還に歓喜する兵士と、複雑な表情を浮かべて遠巻きに見る領民達。

そんな中で立ち止まり、此方に何か言いたげな兵士に訊ねてみる。

いざ話しかけると怪訝そうな表情をしたが、ヤスベーさんの姿を確認すると渋々口を開いてくれた。


「どうなってるか知らんが、バラハス様の屋敷が襲撃され、ウドブリムの兵士が亡命者を人質にレンコルへ逃亡を希望しているらしいぞ」


「バラハスさんの屋敷が・・・!?」


そう言えば此処に到着後に不穏な発言をする人が居たな、直ぐに抑え込まれていたけれど。

それにしても、何故にウドブリムに戻るのではなくレンコル?

これには横で聞いていたウンベルトさんは眉間に深く皺を刻むと、出身領の者の不祥事を棚に上げ憤り、ヤスベーさんを責め立てた。


「どういう事だ、お前の仲間が見張っておるのではないのか?!」


この理不尽な態度にコウギョクはウンベルトさんを威嚇するが、ヤスベーさんに頭を撫でられて吐き出そうとした言葉を不服そうに呑み込んだ。

ヤスベーさんは不穏な空気に抜け出そうとするテローの兵士を見つけ引き留めては問いかける。


「・・・長く引き留めて申し訳ぬが、兵舎の警備をしていた者は如何したか知らぬか?」


「へ?詳しい事は俺は・・・・でも、抜け出した連中は追われているって話だぜ。なあもう、良いだろ?」


ほんの気まぐれに立ち止まっただけであるのに災難だと言わんばかりに兵士は顔を引きつらせると、如何にか逃げようと後退った。


「ええ、ありがとうございました」


私がお礼を言うと、兵の顔は鬱々とした表情が面倒事から解放されたと解りやすく変化し、足早に走り去っていった。


「ふむ、所詮は道具よ。成り代わるようウィルフレド様に進言したが成せなかった事が悔やまれるわい」


此処にてウンベルトさんからの衝撃的な告白に一同で困惑した末、それに対する憤りもあいまり、空気が一気に荒んだ。


「やはり・・・メイドに呼ばれたまま戻って来ないと思いきや唆しておったか」


コウギョクは怒りを押しとどめつつ、扇子で口元を隠しながらウンベルトさんを訝しむ。

然し、ウンベルトさんは罪悪感を感じるどころか、当然の事をしたかのように振舞った。


「当然だろう、この遊戯の規則を知らない訳ではなかろう?」


「争い奪い、手段を問わず暴れて頂点に立つでござるか・・・」


これには流石にヤスベーさんの表情も曇る。

やはり、この世界のものに信用を委ねるのは危険なのだろうか、何にしても今は情報が少ない以上、急いで出来る事から始めないと。


「今は内輪もめしている場合じゃないわ。これだけ兵が巡回していれば、人質を連れて早々に町の外には出れないと思う。バラハスさんの屋敷に向かいませんか?」


先ずは何が起きたか解っているバラハスの屋敷にヘシカの為にも向かわなくてはならないと思う。


「私からもお願いします・・・」


ヘシカは青褪めながら腕を抱え込んでいたが、顔を上げるとヤスベーさんに懇願する。

暫しその姿を見たまま黙考するが、ヤスベーさんは静かにそれに頷いた。


「何より身内であるヘシカ殿を慮れば当然でござるな・・・」


「あぁ・・・ありがとうございます」


ヘシカさんの顔が僅かに歓喜の色に染まる。

不安に駆られる彼女に導かれ急ぐ不穏な足取りは重く、心境は複雑だった。

ウンベルトさんは平然としていると思いきや余裕が無く、苛立っている様にも見える。

ヤスベーさんは口を堅く結び、下手に喋る余力も無い様子。

今後の基盤を築き始めた直後の裏切り、それによる混乱はこの先の戦況に何を(もたら)すのだろうか。

本日も当作品を最後まで読んで頂き誠に誠にありがとうございます。

合致せぬ価値観が生む、反感は不和を生む。

領地の統治、そして今後の戦い行方は如何に?

次回までゆっくりとお待ちください。


*新たにブックマーク登録をしていただけました!ありがとうございます!


**********

次週も無事に投稿できれば9月2日20時に更新いたします。

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