第23話 ウィルフレドの矜持ー邪なる神の監獄編
招かれた庭には丁寧に手入れをされた花々が咲き誇り、人魚の石像が飾られた噴水。
その美しい石像が抱えた水瓶からは滾々と水が湧き出している。
その中央に在るガゼボの下で、武具をメイドに装着してもらい優雅に振舞う前領主の弟、ウィルフレドは堂々とヤスベーさんを拒絶し、領主の証を渡すよう下剋上を言い渡した。
嘲笑と共に人ですら無く、道具と見做すヤスベーさんが領主の座に居座る事は許されない、領主の証は自分が持つ事こそ相応しいと言うのだ。
つまり領主の証は持つだけで服従などの神術による強制力は与えられ無い、そうかと言い唯の権力の証明するだけの石とは思えない。
ヤスベーさんは意表を突かれたような表情を見せるが、向けられた長剣の鈍く光る切っ先から目を逸らさず、ゆっくりと自身の得物へと手を伸ばした。
「なんだ、もしかして僕に証を渡さないつもりか?やはり、理解する頭も無いのか・・・困ったものだ」
ウィルフレドはヤスベーさんの様子を見て不思議そうに首を捻ると小さく溜息をつき、やれやれと肩を竦めて見せる。すると其処から間髪入れず、剣を引き抜き握り締め、行き成り花を散らしながら駆け寄り切り掛かってきた。
「言葉が通じないのは何方であろうなっ!」
ヘラヘラと余裕の表情を顔に浮かべ振り下ろされたウィルフレドの剣は対するヤスベーさんの一振りにより薙ぎ払われ、宙を回転しながら豊かに水が湧き出す石像の水瓶に突き刺さる。
やがて其処から罅が入り砕けて水が溢れ出すと、想定外だったのか唖然としていたウィルフレドの顔が怒りと羞恥で紅潮していく。
「何を呆然としている、僕の剣を持ってこい!役立たずが!」
ウィルフレドは離れた場所で控えるメイドに対し癇癪を起こし怒鳴りつけると、慌てて剣を持ってきた所を乱暴に奪い取り付き飛ばすと、何かに気付いたかのように動きを止め剣を構え直す。
「武功をもって証を手にいれるは大いに結構、されど意のままにならぬが故に婦女子を乱暴に扱う者は好かぬな」
そう言うと、ヤスベーさんは片刃の剣を構え直し、視線を逸らさず相手の戦う意思に応える。
その真摯な姿と言葉にウィルフレドは顔を顰めると不快そうにえずく仕草をしてみせた。
「うげっ、その古臭い考えは流行らないな。僕は自分の物もお前達が強奪した証も取り戻す、それだけだ」
ウィルフレドはすっかりと落ち着きを取り戻したかと思うと、相も変わらず人を見下し傍若無人に振舞うと柄を堅く握り、
長く重い剣身による一撃を振り下ろした。
耳を劈く金属の音、火の花を散らしながら戦う二人、二人の決闘を見守る花は踏み荒らされ彫刻が崩れ落ち、踏み入れた時と真逆の庭で二人は息をきらし向き合った。
「ふむ・・・拙者はできれば領民の信頼の厚いお主の力添えをと考えていたのでござるが無念」
「そもそも、協力し合う未来なんて無い。領民の意は此の僕に集まっているんだからな。それに、この遊戯のルールは一つ、数多の骸の上に立とうと奪い醜く争えだ」
ウィルフレドはヤスベーさんを嘲笑い、己たちの髪の示した規則をあげ、自身の意思は決して揺るがないと宣言する。
噴水から漏れた水で地面は泥濘、決して足場が良くない中で二人は互いの動きを窺い警戒したまま距離を詰め合う。
二人の緊張感を肌で感じつつ戦いを公正にと傍観していたのだが、隣で待機するコウギョクが足をパタパタと鳴らし、不機嫌そうにしている事に気付いた。
「ちょっと、コウギョク・・・」
「あー、まどろっこしい!お主等の神は手段を問わずに暴れれば良いと言っているのであろう?とっとと決着をつけぬか!!」
私の制止も聞かず、苛立ちを爆発させるコウギョクにそれにはヤスベーさんも私と同様に苦笑いを浮かべる。
ウィルフレドはコウギョクに対し不快そうに顔を歪めると、煩く挑発をするコウギョクから目を逸らしヤスベーさんを見下すように目を細め、口角を弧の字に歪めると泥を撒き散らし切り掛かった。
相手の隙を狙った一振りだが、思いの外それは軽く受け流されるとウィルフレドは奥歯を噛みしめ、腕を組み厳しい表情をするコウギョクに視線を向ける。
「なんだアレは、お前のペットの魔物か?」
不快な問い掛けにヤスベーさんは眉根を寄せるも、怒髪天を突かれ怒りが爆発する寸前のコウギョクへ視線を送りながら頷く。
しかしヤスベーさんが溜飲を下げたコウギョクに安堵する僅かな瞬間も、反応を見て面白がるウィルフレドの一閃を躱すまでの隙を生んでしまった。
泥濘にとらわれ掛けながらであったが服が裂け、僅かな隙間から見える腕に赤い筋が走る。
「彼女は魔物やペットではない、拙者が率いる団員でござるよ」
ヤスベーさんがそう明確に応えると背中に隠れながらコウギョクは何度も頷き、思惑が外れたであろうウィルフレドを見て小馬鹿にし鼻で笑った。
「はっ、ちゃんと躾をしろよなっ!」
ウィルフレドは舌打ちをしてからのコウギョクを狙うと見せての自分達への不意打ちによる刺突。
僅かに髪を掠め黒い髪が舞う中、ヤスベーさんは幾度となく剣を交えては距離を置く事を疑問視している様だった。
すっかりと、がら空きとなったウィルフレドの背中、ヤスベーさんはその背に切っ先を突きつける。
「こうしている内にも今や黄昏時、剣を収めて拙者と協定を結び共に領土を治めぬか?」
ヤスベーさんは息を吐くと領主の証を諦め、バラハスさんの様に領地の顔聞き役として下る様に命じた。
自尊心が強いウィルフレドにとって自身が座る筈だった椅子を奪おうとする簒奪者の許へ下るなどこれ以上の侮辱的な申し出は無かったのだろう。
ウィルフレドは何かをぶつぶつと呟くと、その申し出を鼻で笑った。
「くくくっ、やはりお前は領主に相応しくない。そんな物は異界で通用しようと我らの主の怒りを買うだけだ」
身動きも取れず劣勢な立場に置かれているにも拘わらず、此処でウィルフレドは勝ち誇る。
ウィルフレドがニヤリと歪んだ笑みを浮かべると、黒い二つの影がヤスベーさんに凶刃を深々と突き立てた。
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ウィルフレドは嘲笑う、ヒノモトの鎧を貫く短剣は側に控えていたメイドによる物だった。
これは正当な決闘ではない、彼らの主が催す遊戯の流儀に基づけば此れは問題が無いと言うのだろうか。
それならば、領主の座をかけ戦いとして義理を立てる必要も無いのかもしれない。
踏み出そうとした足に何かが引っ掛かる、体はガクリと傾き吸い込まれる様に地面に顔が・・・
「ふぬっ!」
咄嗟に伸ばした手をつき、事なきを得るが何とも情けない体勢になってしまう。
何か背後から舌打ちが聞こえ、振り向けばコウギョクは扇子で口元を隠しながら目を逸らす。
緊張感を壊す幼稚な悪戯にじっとりと睨み付けると、コウギョクは呆れた様に溜息をつき口元から扇子を外した。
「この程度に気付かぬとは間抜け・・・冷静さを欠き過ぎじゃぞ。それよりも今一度、藤十郎を見るのじゃ」
「え?」
コウギョクは足を引っかけた事を悪びれず、呆れ口調で語ると扇子をパタリと閉じるとヤスベーさんを指す。
可憐な黒いワンピースに白いエプロン、赤紫と灰色の髪の二人は無表情であったが、それもヤスベーさんが木の葉に変わり崩れ落ちるにつれて目を見開き驚きの表情を浮かべた。
驚愕する二人のメイドは突き立てた筈の短剣は空を切り、前のめりになりながら光る木の葉に呑まれて地面に突っ伏す。
ヤスベーさんの姿は跡形もない、それならば本物は何処に行ったのだろうか?
それよりも先ずは・・・
「何だこれは?!手を貸すなんて卑怯だぞ!」
ウィルフレドは何が起きたのか理解できず困惑するも、嘲笑うコウギョクを睨み自身を棚に上げ罵倒した。
「卑怯は何方様よ、その二人のメイドは何なのよ!」
剣の柄に手を添え、ウィルフレドへにじり寄ると二人のメイドが庇う様に立ち塞がる。
然し、女性二人に頼んでも居ないのに護られ自尊心が傷ついたのか、二人を掻き分けるように突き飛ばした。
「こいつらは異世界人だ!」
そう言うと、異界人と証明する為か怯える二人の頭を掴み、ヘッドドレスをはぎ取った。
「ぶっは!仮装!仮装とな!お主、変態なのかの?どうなんじゃ?ふひひひ」
その途端にコウギョクはニヤリと口角を上げると腹を抱えながら屈むと、終いには笑い声が抑えきれず、その拍子に扇子が地面に転がり落ちた。
「自重っ!」
私はそっと扇子を拾い上げると、思いっきりコウギョクの脳天に振り下ろした。
「ギャン!」
ここで改めて落ち着くと、メイド二人の乱れた髪には魔族の特徴の一つである角が無い。
そうだからと言ってそんな屁理屈は当然ながら通じる筈はないのだが。
「はぁー、貴方達の認識がどうであろうと、屁理屈をごねても通じるわけが無いわ。徹底的に戦う心算なら、余計な事をせず死ぬまで戦いなさいよ」
「ひっ・・・」
メイドの一人が私をドラゴンでも見るような怯えた目で見てくる。
事態が如何であれ、領主の証をめぐる勝負はついていない。
私は呆れつつもメイド二人を下げるように要求しようとした所で異臭が漂ってきた。
「な、何なんだこれ・・・」
ウィルフレドの激しく動揺した声が響く、目は見開かれ信じられない物を見た瞳が揺れた。
剣が赤褐色に変わっていく、鏡面のように滑らか表面はざらつき、次第に表面が鱗の様に剥がれ落ちていき剣身は細り、呆気なく折れて地面に落ちると転がり私の足元で止まる。
「腐食・・・?」
屈み込み拾い上げた切っ先は思いのほか脆く、摘まみあげるとボロボロと崩れ落ちた。
剣の柄を見つめたまま驚愕の表情で振り返るウィルフレド、そして其の背後に絶つヤスベーさんが目に留まった。
ヤスベーさんの手の平には赤黒く光る領主の証、ウィルフレドは思いの外、落ち着いて見えたが憎らし気に顰めると歯ぎしりをしていた。
二つの領主の証を見て思い返す、戦いの合間に苦しめられた力は腐敗に精神支配、つまり此れは前者のテローの領主の力か。
「何でそちらを選んだ!」
私達を道具と蔑視していたウィルフレドからあの傲慢な笑みは消え、使い物にならなくなった剣を投げ捨てると、ヤスベーさんの掌を見て噛みつくように怒鳴りつけた。
浴びせられる不可解な問い掛け、それでもヤスベーさんは冷静であり、ウィルフレドの意図は既に読んでいるように思える。
「その物言い、解っていた様でござるな。されど、その怒りようは思惑はハズレたと言うと所だろうか?」
「ふんっ、愚かな奴だ。お前はやはり領主に相応しくは無い、嘲笑い民の意を曲げ支配し意思を奪い駒にする事こそが在るべき姿。それを見て来た僕が一番理解している」
つまりはヤスベーさんを試していた部分もあると言う所だろう。
されど自分の理想に合わない事を許せない様子、未だに降伏をするつもりは更々ないらしい。
「あきれた・・・でも、この世界の価値観を鑑みれば違和感何て思いもつかない事か」
元の世界ではウィルフレドの思考は異常、されどこの世界で生まれて生きて来た人々には私達こそ異質なのかもしれない。
町で耳にした民がウィルフレドを称える声、森の中の砦で見かけた前領主の姿からして覚悟をしていたが、性格は似ているが別の意味で厄介だ。
それでも領主がヤスベーさんである以上、考えを改めて貰わなければ防衛も発展もまかり通らない。
そんな中、コウギョクはウィルフレドではなく私達を見て呆れ顔をすると、それを悪い顔をしながら鼻で笑い前へ出る。
「よいか!藤十郎は、お主の兄上ラヴの期待に副う為に足を運んできたのではない。当代の領主として離れた二つの領土の未来の為に協定を結びに来たのじゃ」
此処に居る誰もが言わずにいた事だろう、コウギョクらしい無遠慮な一言に辺りは静まり返ってしまった。然し、コウギョクの主張は最もであり、例え受け入れ難くとも選択肢は既に狭まっている。
「こちらは十分に誠意を示したわ、ただの従属する下等な人種になんて言う自尊心は抑えるべきよ。貴方は今、協定を結ぶか体制が整わないまま私達と共に他の領土に攻め入られ自滅するのと何方か良いか解る筈よ」
「煩い!身を弁えろ」
ウィルフレドは私達の意見に益々、意固地になり拒絶する。
恐らくは、此方が証を手渡しさえすれば如何様にもなると高をくくっているのだろう。
いがみ合う私とウィルフレドを見つつ、傍観するヤスベーさんの脛をコウギョクは蹴り上げた。
「・・・おい、藤十郎。此処はお主が毅然とした態度をとるべきじゃぞ」
痛みに顔を歪めるも、ヤスベーさんは苦笑いをしつつウィルフレドへ向き合う。
「・・・二人に先に言われてしまったが、其方の兄が護って来た地を護って来た民の為にも如何か拙者の手を取ってほしい」
ヤスベーさんは真剣な表情を崩さず、ウィルフレドへと手を差し伸べた。
然し、兄の事を話をやり玉にあげると歯ぎしりをした後に憤怒する。
「ふざけるな!スレナ!ミリアム!」
魔族としての意地、長年の間に見て来た兄の背中、こうあるべきだと言う価値観は譲れないのだろう。
道具として武器を握る二人のメイドにウィルフレドは大声で武器を持たない自分の代りに差し向け、抵抗の姿勢を示した。
「承知致しました!」
二人は一瞬、ウィルフレドの声に怯えるような表情を見せるが、すぐさま武器を構えると矢の様に私達に向けて駆け出す。
「諦めが悪いわねっ!」
赤紫の髪のメイド、スレナは真っ直ぐにヤスベーさんを見据えると短剣を振るうのを私は受け止めると、押し退けるように剣を振るい弾き飛ばす。
鋭く耳を突く金属音、身を翻し再び立ち向かおうとするスレナだったが、コウギョクの術にかかり動きを封じられたミリアムを見て動きが揺らぎ、容易く剣を奪われ膝をついた。
「うぇっ、面倒くさいのう。証を掠め取ろうなど、妾が許す訳なかろう」
捕まり縛られ、地面に伏せるミリアムの背にはフジとツガルがしたり顔を浮かべ座っている。
ウィルフレドはわなわなと手を振るわせると駆け出し、スレナが落とした短剣を拾い上げて握り締めるとヤスベーさんに向けて自棄になり襲い掛かった。
「証を寄越せっ!!」
「・・・止まれ」
ヤスベーさんは琥珀色に光る石を握り、ウィルフレドへ向ける。
然し、その凶刃を防ぐ事が出来ず、短剣は証を握る腕を切りつけ、衝撃で琥珀色の領主の証は地面へ転がり落ちた。
「はははっ、返してもらう・・・」
証に気を取られしゃがみ込むウィルフレドだったが、首筋に当たる刃に息を飲んだ。
ヤスベーさんは腕を負傷し顔を歪めるも、片刃の剣をしっかりと両手で握り締め、ウィルフレドに二度目の敗北を突きつけた。
「やはり、精神干渉を無効化できるのでござるな。そして、先程の様に隙を突くと・・・」
「はっ!浅はかと言いたいのか?不穏分子を排除するならさっさとしろ!」
ウィルフレドは絶望に染まった顔に皮肉めいた笑みを浮かべると、覚悟を決めたように瞼を閉じて顔を顰める。
残酷な判断が下される事を予感し、二人のメイドは顔を手で覆い顔を逸らすが、次の瞬間に耳にしたのは剣を鞘に収める音だった。
「お主は全ての武器を失った、故に戦う必要はござらん。力は十分に示した、拙者達の手を取ってくれぬか?」
ヤスベーさんは満足そうに微笑むと、ウィルフレドの目の前に手を伸ばす。
ウィルフレドはそこまで変わらぬ態度を示すヤスベーさんを理解できず困惑するも、観念したように脱力すると、差し伸べられた手を握った。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます!
諸事情により、投稿が遅れてしまいすみませんでした。
粘りにねばり結んだ協定、そしてガラクタ団の二つの領土はどうなっていくのか。
次回までゆっくりとお待ちください。
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次週も無事に投稿できれば8月26日20時に更新いたします。




