第22話 ウドブリムはままならぬー邪なる神の監獄編
あれから旅支度は滞りなく整い、出立した私達は馬車に揺られて移動している。
ウドブリムへの使者はヤスベーさんとヘシカさん、その護衛に私とコウギョクと、不在の時の襲撃備えて残し、ウンベルトさんには仲介役として同行してもらう事になった。
馬車とはいっても元の世界の王族や貴族が使用している様な華美な装飾が施された美しいつくりではなく、ましてや庶民の乗り合いの馬車とは違い、魔物や奇襲などに備えた防御重視の頑強な車両だ。
対人または対魔の両方に備えた罠や神術まで施されており、敢えて例えるのなら移動式の小さな要塞である。
この通り、安全に関しては折り紙付きであるが、ともかく乗り心地が悪いのが難点だ。
それを引くのは青白い炎の鬣をレムレースと言う種類の馬、その正体は肉体を持たないアンデット。
足も速いし、どんな悪路であろうと魔物に遭遇しても怯えて混乱や逃亡をせず、物怖じしない所が頼もしい馬である。
ともかく移動が速くなる事が売りであり、ただ道を選ばずに突っ切るので、馬車は激しく揺れて大惨事となっていた。
私とヘシカさんを除く面々は激しい振動と揺れに顔面蒼白になり、ぐったりと壁に身を寄せながら小窓から無言で外を眺めている。
「これは大丈夫・・・じゃなさそうですね」
「ええ、私は幼き頃に慣れましたけれど、成れない方は仕方ありませんよ」
思わず固まる私を見て、ヘシカさんは一瞬だけ不思議そうな顔をするが、自然と視線を追って馬車の中を見渡すと苦笑した。
よくよく見れば、テローからの使者はヘシカさんただ一人。
「うーん、確かに。・・・ここで今更ですけど、ヘシカさんの護衛は何でテローの方から出さなかったのですか?」
幾らヤスベーさんの領民と言えど、テローからもガラクタ団を全面的に信用している訳でもないと言うのに、自分達の代表の血族をよく託したものだと思うので訊ねてみた。
すると、ヘシカさんは驚き目を丸くすると、慌てた様子で早口になりながら前のめり気味に応える。
「わっ!私も多少であれば神術を使用できますし、それに・・・」
ヘシカさんは途中まで喋るとピタリと動きを止めては固まり、物思いに耽り口を閉ざした。
「それに?」
途切れた言葉の続きが気になり訊ねるとヘシカさんは困ったように眉尻を下げ、少し困惑しながら明るい声でこう答えた。
「えーと、その、馬車にも定員が有りますので」
ヘシカさんの言う通り、馬車はあまり広くは無いが、彼女の隣で大股開きに座り、壁に寄り掛かりながら肘をつく人が居なければもう一人は座れそうなもの。
こうして一人で幅を取るウンベルトさんをじっとりと見つめるも、その反応は我関さずと言わんばかりに無愛想なもの、それでも此方に気付いたのか瞳だけが此方へと向いた。
「ふぅむ・・・何と醜態をさらすとは情けなくて先が思いやられる。だが、まあ良い、そろそろウドブリムの都ルディブリアムに到着だ」
ウンベルトさんは手の甲でコンコンと小窓を突き、私達に外を覗く様に促す。
ヤスベーさんは襟元を崩して背凭れにもたれ掛かり無反応、コウギョクに至っては耳も尾も萎れており、二人は全く生気が無く外を気にする所では無い様だ。
「やぁっーとかー、嘘ではないな?もし、嘘とか言ったら呪う・・・」
それでも到着と言う言葉に反応してか、コウギョクはよれよれになりながらも此方に疑いの目を向け、手を伸ばし呪いをかけようとしてくる。
色々と限界がきて逸早く下車したいのも理解できるけど、幾ら何でも呪うとは物騒すぎだ。
「あーもうっ、呪いとか必要は無いからっ!」
ゆっくりと車輪が動きを止め、馬車が大きく揺れると、重く擦れる金属音と共に馬車の扉が開け放たれる。
御者さんは扉の下に踏み台を置くと、最初にウンベルトさんが降り、続いて下車したヘシカさんには手を貸して助けたが、未だに具合の悪そうな残りの二人には目もくれない。
仕方なしに私一人でヤスベーさんとコウギョクを介助し、どうにかこうにかでウドブリムの都ルディブリアムの入り口に降り立った。
質素な雰囲気のテローと対照的に装飾にも防御面にも拘りが見える門構え、大通りには店が並び食料に生活用品や装飾品などなど、同族同士で争い合っている事が嘘のような光景が目の前に広がっている。
「う、うむ、これは中々・・・」
ヤスベーさんとコウギョクはシルヴェーヌさんの手製の解毒薬を馬車酔いより酷いしなびた野菜の様な顔をしながら飲み込み口元を抑える。
見てる此方まで気分が悪くなりそうな様子だが効果は確からしく、見る間に顔色は良くなっているのが見て取れた。
皆が外の空気を吸い落ち着いた所でウンベルトさんが門番と話し合いから戻って来た。
「如何やら連絡は上手く伝わっていたらしい。だが、ウドブリムがテローの様に寛容とは思わない事だな」
ウンベルトさんの顔は相も変わらず険しい表情のまま、真っ直ぐに杖先を此方に突き付けて忠告をすると、無言のまま背を向けて町へとウンベルトさんは進んでいく。
「ウンベルトさんの仰るとおりですが、堂々と振舞い歩く事も大切だと思いますよ」
戸惑う私達とウンベルトさんを少し慌てた様子で交互に見ると、ヘシカさんは少し早口になりながら私達を励ましてくれた。
私達も特に異論はないので素直に頷き、先導する二人を追いかけ町に入るが、あちら此方から冷たい視線や囁き声が聞こえて来た。成程ね想像通りだけど、寛容だと思うなとはこの事かな。
町の店舗の品揃えは中々の品揃え、しかし道行く人々は奇麗な身なりをしているが、少しでも路地を覗くと、みすぼらしい服装の人々の姿がちらほら。
其処でもやはり上下は有る様で、醜い小競り合いが垣間見えていた。
そんな光景に私が眉間を寄せていると、コウギョクが訝しげな顔で此方を見上げている。
「何を考え込んでおる、厠を我慢しておるのか?」
「カワヤ?」
「むむっ、通じぬか。つまりは便・・・・」
ヒノモト語が解らずに訊ねると、コウギョクはつまらなそうな顔をするが、それが何かを説明しようとした所でヤスベーさんに扇子を取り上げられて額を小突かれた。
「お主も女子であろう、慎みを持たぬか」
「うー、面倒よのう。そもそもコヤツめが余所見して歩くから注意を使用をしただけじゃよ」
何か上手く話はずらされ、コウギョクの狙い通りに私へとヤスベーさんの視線が向く。
取り敢えず町のこと云々は置いておく事にし、コウギョクをさらに助ける事になるが、別の話に切り替える事にした。
「あの、こんな所で何ですけど亡命してきた人々は大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、武力面ではザイラ殿が、監視や情報伝達はヒューゴー殿等もいる。それに加えシルヴェーヌ殿が何とかしてくれるであろうな」
ヤスベーさんは残した面々を思い浮かべるような表情をするが、シルヴェーヌさんの名を出した所で顔が曇る。
コウギョクはやはり天敵の名が出ただけで渋い顔をするが、私が少し曖昧な部分に返答に疑問を頭に浮かべていると珍しく真面目な表情を浮かべた。
「奴は知っての通り、薬師をしておるじゃろ?その薬で捕らえた者を拷問をするのじゃよ。ひひひ・・・」
コウギョクは淡々とシルヴェーヌさんの事を語ると、悪い表情をしながら不気味に笑う。
然し、コウギョクのこの表情は何度も見た事が有る。
「いやいや、それは嘘でしょ?」
然し、少し面白がっている様なコウギョクの表情に疑念を抱きながら言い返すと、ヤスベーさんは溜息をついた。
「幾ら何だろうと、シルヴェーヌ殿がその様な非道な事をする訳ないであろう。せいぜい、時間をかけて情報を洗いざらい吐かせるぐらいでござるよ」
尚、捕らえて尋問する事は否定しない模様。
ヤスベーさんまでそんな言い方をするなんて、そこから想像する私の頭には穏やかな表情のまま、何事にも動じずに質問攻めをし続けるシルヴェーヌさんの姿が浮かび怖気が走った。
「お主・・・その顔。妾が言うのも難じゃが、シルヴェーヌを馬鹿にしとるじゃろ?」
呆れの中に揶揄が混じり、ニヤリと片方の口角をコウギョクは上げる。
思わずつられそうになったが、見上げてくるコウギョクに対して私は必死に頭を振り否定した。
「いえいえ、滅相も無い!」
「ほーう、つまらぬのう」
疑念は晴れて居ない様だが思いの外、コウギョクはあっさりと身を退いてくれた。
突き刺さる目線や騒めきに慣れた頃、前を行くウンベルトさん達の動きが止まる。
近くの店舗の扉が蹴り破られ、大胆にも白昼堂々と強盗が装飾品を抱え飛び出してくるのが見えた。
店主が何か怒鳴るのを、盗まれない工夫が足りないと嘲笑する盗人。
ウンベルトさんは奴等が目の前を通り過ぎようとした所で、早口気味に何かを詠唱すると杖を振り下ろす。
「闇深き沼地に生まれし者よ 絡み締め上げその棘を突き立てよ【捕縛】」
ウンベルトさんの低く淀みのない詠唱に誘われ、男の影から黒く光沢のある茨が伸び、足から体へと巻き付く。
盗人は動きを封じられ躓くと、その腕から盗品達が零れ落ちては地面に転がった。
店主はウンベルトさんに笑顔で頭を下げると商品を搔き集め、地面を這いながら藻掻く犯人の横面を蹴り飛ばした。
「人様から盗もうなどと考える暇が有るのなら、こんな目に合わずに済む工夫をしろってんだよ!」
逃亡の際の犯人の言葉を根に持っている店主は、一部を引用しながら罵り嘲ると更に頭を踏つけた。
「ぐがっ・・・やめろっ!この禿・・・ブ親父!」
あまりにも目を覆いたくなる光景、止めに入ろうと地面を踏み込むと、見物を決め込んでいた他の店主まで加わり遮られ、私刑が始まってしまった。
頭に血がのぼり興奮した大勢の人々を無傷で止める事は容易くは無い、此処で下手に止めればヤスベーさんの今後に影響を及ぼす可能性が出るかもしれない。
「これは幾ら何でも理不尽ではないですか?」
止めて欲しいと訴え掛けるが、ウンベルトさんの反応は冷ややかな物だった。
「何を戯言を、これはあの者個人に対する物ではない。路地裏で這い廻るネズミ共への見せしめだ」
何の嫌悪も忌避感も持たずに当然の様な振る舞いをし、ウンベルトさんは寒気がするような悪い顔をする。
「・・・」
それが如何ほどの効果を表すかは定かではない、このまま命を塵か道具として捨て置くなど考えられなかった。
私は剣の柄ではなく、拳を握りしめながら駆け出すが、正面にウンベルトさんの杖が伸ばされて足止めをされてしまった。
その杖を押し退けようとするが、ウンベルトさんは頑として私を通そうとしない。
「これをどの様に扱うか決めるのは儂ではないが、ましてやお前でもない」
「うむ、尤もじゃな」
ウンベルトさんの一言にコウギョクは何度も頷く。
慌てて視線を戻すと、ヤスベーさんが腰帯に結び付けた紐を解き、抜刀しないまま盗人を取り囲む人々の合間に入り武器を叩き落とすと、鳩尾を突き、最後に手刀で首筋を打ち付け昏倒させた。
「無法者への私刑は戒めに成れどその先、己等との間に生じる物を考えねば堂々巡り。さらなる不幸を招く事になるぞ」
見れば既に盗人は昏倒中、説き伏せられた住人は大人しく攻撃の手を止めたものの、冷静になっていく内にヤスベーさんの姿を見て怒りが再燃する。
「何者かと思えば、ただの異界人か驚かせやがって。盗人は吊り上げて晒し者にする。このお前の不始末の責任は、其処の主人に取ってもらうからな」
装飾店の店主はヤスベーさんへ噛み付かんばかりに詰め寄り小馬鹿にするが、ウンベルトさんに睨まれると怖気ついて顔を青くした。
「生憎、儂は主ではない。何故ならこの方こそが新たな領主になるからじゃ」
「な・・・領主様が変わったって聞いたが嘘だろ?こいつら異界人だぞ?劣種に何で?!」
困惑する一人の住人の訴えるような声に、周囲の誰もが共感すると人々は拒絶し、町は再び騒めき立つ。
ウンベルトさんはそれに同調はせず、北の空を見つめると視線を再び町人に合わせた。
「戦い勝ち取り、勝利を経てその証を得る。これは神のお決めになられた秩序、お主等はそれに異を唱えるのか?」
彼らの唯一神を引き合いに出されると、町人の猛抗議も一気に下火となる。
それでも心底から納得できていない事が見て取れる、何かを堪える様に顔を歪ませる者も居るが、その中の一人が意を決して此方へ訊ねて来た。
「決してそのような事は有りませぬ・・・我々は前領主の弟君が領土を取り戻されると信じているのです」
町人はウンベルトさんに対し、主神を裏切るつもりはないと称しつつも、領主は魔族であるべきと言う考えが根付いている為か、既に証の奪還を企てたうえに新たな領主を擁立させているのだと言う。
ウンベルトさんはその言葉に動きを一瞬だけ止めるが、間を置いて唸り声を漏らした。
「うむ・・・その様な事を容易く口にすると足元をすくわれるぞ」
ウンベルトさんは町人に忠告をすると、盗人を介抱するヤスベーさんへと視線を移す。
ヤスベーさんは町人達を見渡し、何時になく真剣な表情で宣言した。
「この者の罪は牢に送り、我々で適切な審判を下すし罪を償わせる。再び、この様な事があれば屋敷に知らせるでござるよ」
どの様に振舞われようと感情的にはならず、公正に判断を下し罪を償わせると説き、そのうえで自分達で取り締まる事を呼びかける。
それを耳にして町人はと言うと反応は色良いものでなかったが、これ以上の不服を私達に訴えてくる事は無かった。
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屋敷は貧民を嘲笑うような豪華絢爛な外観、内装も相応の豪奢なつくりの屋敷だった。
ウンベルトさんは当然の様に方々に連絡をつけ、盗人は取り敢えず牢に放り込むように命じ、私達は案内されるまま屋敷の中へと足を踏み入れる。
すると、銀髪に褐色の肌のメイドを中心に数名が出迎えに来たかと思うと、ウンベルトさんの話を聞いて頷くも、私達に目を向けると蔑むような目で睨んだ。
「その方が新しい領主様ですか、領主代理にお取次ぎ致しますので暫し、この部屋で自由にお寛ぎくださいませ」
そう言って恭しく頭を下げると、私達をそのまま放置し、メイドはウンベルトさんと共に何処へと姿を消していく。
「なぁにが寛げじゃ、ソファも無ければ水の一杯も用意せんとは教育がなっていないわっ」
コウギョクは解放されたと背伸びをしては周囲を確認するなり、溜息と共にガクリと肩を落とし不満を口に出した。
「まあ、これは想像通りと言うか厳しいね。正式に領主であると知らせようとこの有様、町人の皆さんと言い、敵対していた二つの領土を纏める以前の問題ね」
「・・・ふむ、まさにテローの様に寛容ではないを示す様相でござるな」
「これは心外です、我々は領主と兵を失い、本当に皆さんを必要としているのです」
ヤスベーさんの一言に自領の事を誤解したのかと思ったのかヘシカさんは焦りだした。
「誤解でござるよ、拙者はけっしてヘシカ殿達を軽視しておらぬ」
それを窘めると、ヤスベーさんは難しい表情を浮かべウンベルトさん達が去った扉を見つめる。
この世界に根付く異界人への偏見と差別、それを抑えての領民の統率は容易ではない。
部屋の奥の大きな扉が軽快な音とも開くと、先程のメイドが立っており頭を下げて顔を上げ、ヤスベーさんに淡々と話しかけて来た。
「お待たせいたしました、ウィルフレド様の許へご案内いたします」
「ふむ、忝い・・・」
敬意を示し告げられる、元領主の弟の名前。
何故に領主であるヤスベーさんが呼び出されなければならないのか、色々と不満は有れど私達は先を行く。
案内された場所はタイル張りの床に、元の世界では見た事のない毒々し色の花が咲き誇る庭園。
そこには前領主とよく似た金髪に紫の瞳の魔族の男性が、成すがままにメイドに鎧を装着させていた。
一通り終わって漸く此方に気付くと、どかりとガーデンチェアに腰を下ろし足を組む。
「わざわざ、持ってくるとは有り難い。さっ、領主の証を渡すんだ。それは、元から僕の物だったからね」
ウィルフレドは胡散臭い表情を顔に張り付けると、不気味な笑みを浮かべながら手を差し出した。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
二つの領土をまとめる事となるも、そう易々と事は進まないが如何なるのだろうか?
それでは次回までゆっくりとお待ちください。
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