第20話 されど安息は訪れぬー邪なる神の監獄編
気が付けば森は闇に覆われており、篝火が地上を煌々と照らし続けていた。
パヴォールは名を呼ばれ動揺するヤスベーさんの顔を見て愉快そうに笑うと、髪と同様の淡くくすんだ桃色の耳を揺らし、今や唯の巨塊と化したウドブリムの領主の骸の上に軽やかな動きで飛び乗ると、空に浮かぶ上弦の月を背負い腕を組んで此方を見下ろす。
「いやー、異世界人風情が二つの領を手にするなんてね。快挙だよ!トウジュウロウ!実に愉快な物を見せてくれてありがとう」
張りつめる空気の中、パヴォールは顔を覆う長い前髪から覗く隈が浮かび上がる死んだ魚の様な黒紫の瞳を細め、無邪気に微笑む。
それに対峙する険しい表情のヤスベーさんの額からは一筋の雫が滑り落ち、唇を引き締めると口から疑問がついて出た。
「何故・・・」
「名前を知っているのか・・・かな?君はなかなか非常識だね。契約魔法は君自身の体に刻まれるものだ、口先の嘘は無効なのは当然じゃないか」
パヴォールは自身の一言に愕然とするヤスベーさんの反応を愉快そうに眺め鼻で笑う。
そのまま小馬鹿にしつつ肩を竦めると、テローの領主の証の契約の種明かしを始めた。
今思えばあの時の事を思い返せば、考えずとも不可解な部分が有る。
契約とは互いを縛るもの、そのうえで術師には嘘を見抜かれているのでは?
本当に今更だ、パヴォールは承知の上でヤスベーさんの虚言は見逃したのかもしれない。
「いやはや・・・拙者の失態でござる」
「そうそう、そう言う事。証を手にした時点で君も遊戯盤の駒から逃れようが無いんだよね。しかも、君は中でも注目株だよトウジュウロウ」
つまり、残る邪神により集められた魔族の殺意を一身に浴びせられているとパヴォールは伝えたいのだと思う。こんなに嫌な注目は他にない。
平静を装っていたヤスベーさんだったが眉間に皺を寄せると頬を引きつらせた。
「・・・それは光栄な事であるな」
「それって、もしかして皮肉のつもりかい?まあ、良いけど主は何時でも我々を見ている、せいぜい機嫌を損ねないよう頑張って踊ってよね」
パヴォールはウドブリムの領主の亡骸の上で回転しながら踊ると、月は怪しく紫銀色に光る。
何とも異様で冒涜的な光景、思わず目を逸らさずにいられなかった。
「何と悪趣味な・・・」
レックスも目を逸らし沈黙、ザイラさんは警戒しながら団員と共にパヴォールを囲むように陣形を組む。
無事を確認し僅かに安堵し、視線を戻すと踊り続けるパヴォールと目が合ってしまった。
まるで穢れの沼の様な淀んだ瞳、目の前に居るのは飄々としていて道化の様な振る舞いしていたパヴォールではない。明確な殺意を持った魔族だ。
背中を冷たい物が伝う、パヴォールのその口元がゆっくりと上がった事に気が付いた。
「何をしておるっ!」
酷く焦ったコウギョクの声、その理由も知らず困惑したが、思わぬ所から刃が付き立てられた。
僅かな金属が擦れる冷たい音、鋭く空気を裂く音、向けられた脅威に反応するも抜剣も間に合うかどうか。
如何にか防いだが、十字に交わらせ押し合う刃越しの人物の顔に私は目を疑う。
何度も目にした攻撃の軌道、その鋭さと加えられる重みにヤスベーさんの剣を押し切るのは難しく、横に薙ぎ距離を取ると追撃を躱すと飛び退き距離をとった。
ヤスベーさんの瞳は満月を見たレックスとは違い、瞳は正常だが此処に居ない何かを攻撃しているように見える。
それでいて周囲の動きを窺う様子が見える、行動と精神は正常。
「・・・なるほどね」
お約束の精神の操作や、支配などの本人の意識外での暴走などではなく、もっと単純な物である幻覚だと推測する。
初手の切り掛かり以降は無暗に仕掛けてこない事からするに、ヤスベーさんも違和感を感じているのかもしれない。
「待てぃ、アメリア。藤十郎は、妾達が見えておらぬようじゃ!」
一触即発な空気にコウギョクは必死に叫んでいた。
私はそれに小さく頷くと、心の標的に的を絞り、更に悟られないようヤスベーさんに注意を払う。
「コウギョク、出来得る限りの木の葉を出して貰える?」
「何じゃ、この様な時に・・・」
説明を端折るしかない事態が故の弊害か、コウギョクは戸惑う様子を見せる。
然し猶予は無く、ヤスベーさんからの容赦ない追撃が私達へと迫っていた。
「っ!・・・良いから出せ!」
レックスはコウギョクを押し退けると、ヤスベーさんの剣を受け止め、珍しく苛立ちながら叱責する。
「何じゃ二人して・・・。あー、もう解ったわい!一時的で構わぬのだろ、何をするつもりか知らぬが頼んだぞ」
やや不服な様子を見せるも、それでもコウギョクはフジとツガル、二匹の使い魔に命じた。
「「はいなぁ!」」
主からの命令に二匹は目を輝かせると、二匹でぐるぐると円を描き木の葉を撒き散らす。
身を隠すには十分、心の中でフジとツガルにお礼を言うと舞い散る木の葉に紛れて駆け出した。
霞む視界に目当ての人影、足元に気を使いながら接近すると、パヴォールは私に剣を突き付けられるとつまらなそうに動きを止める。
パヴォールは私と切っ先を交互に見比べると、背面へ反り返りながら一回転し、私の剣から逃れた。
「残念だな、もう少し君達で遊びたかったんだけどな。まあ、こんな所であの女の信棒者を見つける事が出来たのは良い収穫だったよ」
パヴォールはフジとツガルが出した木の葉を物珍しそうに眺めたかと思うと、枝葉が揺れる音共に暗闇に姿を溶かし消えていく。
「これは途轍もなく嫌な奴に目をつけられたわね」
辟易としながら眺める地面には誰の物とも知れぬ戦いの痕跡があり、自身の背後からコウギョク達に説教をされるヤスベーさんの情けない声が聞こえてくる。
ザイラさんを始めガラクタ団の面々はウドブリム兵たちの処遇について話し合いを始めた様だ。
「何だあの道化気取りの陰険うさぎ野郎・・・」
私の側に小さな影が近づいてくる、相も変わらず外見に反し人相も口も悪い。
思わず視線を落とすと、複数のピアスを付けた黄土色の髪のハーフリングの青年の姿が目に留まる。
然し、成り済ましもあったしな・・・
「ヒューゴー・・・?」
「あ?何だよ」
何で半信半疑なのかと言いたげに此方を睨むヒューゴー。
この砦に到着し、ヤスベーさんが正体を現してからも姿を見せず、嫌な想像が膨らんだ。
「生き・・・本物だよね?」
「んだとテメェ!喧嘩売ってんのか?そこは無事だったのかだろうがよ!」
沈静化した戦場は再び慌ただしくなるのだった。
誰もが一時の安息を得るがそれも束の間、勝利と共に残る領主による争奪戦は淡々と始まっていく。
***********
そして一夜明け私達、ガラクタ団は残る領主の脅威に備える為、逸早くテローとウドブリムの関係の修復とそのうえでの和平協定を結ぶべく行動を起こしていく運びとなる。
領主の証をてにした事により配下となったウドブリム兵を如何にか説得し、話し合いの場として選んだのはテローの都、アンクシェータスだ。
なんだかんだ言っても数日前まで互いに奪い合い、殺し合ったりと殺伐とした空気は流れていた二つの領地の民の間に完全な融和は難しいだろう。
然し、ヤスベーさんのおかげか互いに視線を合わさず衝突は避けられたようで一先ず安心と言うところ。
今回の議題は二つの領土の併合と他領の侵略への対策についてと言う所だが、控えにとウドブリム兵に用意された場所は古びた牧場跡と、なかなかの悪意が込められている気がする。
「おめおめと知りまくって逃げたくせに、やってくれるじゃねーの。おい!ここは併合じゃなくて、余力が有る俺達の領土の一部にしちまおうぜ!」
建物を見て歩き、辟易したのかウドブリム兵の中でも血の気の多そうな青年魔族が不満を爆発させた。
然し、その声に賛同する声は上がらず、代わりに嘲笑が沸き起こった。
その中の一人、腕を組み厩舎の壁に凭れ掛かっていた壮年の男性が体を起こすと、不思議と辺りは静まり返った。
「若いねぇ、それ故に愚かだ。テオドロ、その稚拙な思い付きで我らを不要な争いに巻き込むなどな。なあ、同胞よ」
今度はその声に一斉に賛同の声が挙がった。
「フィデル!!」
テオドロと呼ばれた青年は悔しそうに価を歪め、拳を振り上げるが敢え無く抑え込まれてしまった。
この様にウドブリムの人々は見る限り、どの人も傲慢な人ばかり。
まるで勝者の様な振る舞うのか、これも風土が由縁しているのだろうか?
無駄にひり付く空気に嫌気が差し一人、溜息をつくと何者かに肩を叩かれた。
「おい、小娘。珍妙な服の人族は何処へ行ったのだ。無為な時間は馬鹿どもが煩くてかなわん」
目つきが鋭い眼鏡をかけた老人は唖然とする私の肩を何度も無遠慮に叩き付けてくる。
煩わしい気持ちを抑え、私はその杖を手で止めると溜息をつく。
「ヤスベーさんは今、テローの代表の許へ説明に伺っています。それが何時かは申し上げられませんが、必ず此方へ向かわれるそうですから如何かご容赦ください」
「ふむ・・・獲物ばかり立派な物を下げている阿保娘かと思いきや少しは礼儀を知っているようじゃのう。ひゃっひゃひゃ!」
・・・この糞爺。
老人は散々、私を貶すと品定めをする様に渋い表情を浮かべる。
散々、私の肩を叩いていた杖は次第に腰の辺りまで下がり、私の背後へ差し込まれた。
その気配に怖気が走り、肘鉄を老人の鳩尾に打ち込むと、緩んだ老人の手から杖を奪いその喉元に私は付きつけた。
「お待たせしてしまい、大変申し訳ございません。今しばらくお待ち頂けませんでしょうか?」
老人は呆然とした表情を浮かべ私を見るが、すぐさま目線を逸らし鼻で笑うと私から杖を受け取った。
唯の変態化と思いきや、ガラリと態度が一変する。
何を考えているのやら、食えない老人だ。
「ふん、小娘が・・・異界人にこの世の地を統べる事はまかりならんよ。何れ儂等の許へ回帰するだろうさ」
老人が猛禽類のような鋭い瞳で辟易とする私を睨み付けると、背後からノックと共に古い木戸が軋む音が響く。
そこに立つヤスベーさんとコウギョクの姿を目にして漸く一息を付いた。
ヤスベーさんは厩舎を見回し、私とウドブリム兵達を眺めると、人当たりの良い笑顔を作る。
「待たせてしまい大変申し訳ない、話し合いの場が決まった。直ぐに案内しよう・・・」
二つの領土が手に入ったが、その行く末に漸く進展が有る事に期待をしていると再びけたたましい扉を開く音に言葉は遮られる。
その突然の訪問者はヒューゴーであり、その姿を見た魔族達の視線まで下がる。
息をきらし頬を真っ赤に染めながら膝に両手を置き、ゆっくりと何度も深呼吸すると魔族達を一睨みしてから捲し立てるように声をあげた。
「トウジュウロウ!直ぐ来てくれ!」
徒ならぬ様子のヒューゴーにヤスベーさんと私は困惑するが、酷く落ち着かない様子からゆっくりと問いかける事にした。
「ヒューゴー、いったい何があったの?」
「いや、侵略とかそう言う訳じゃないんだが、諜報員では無いかという疑いが・・・」
私の問い掛けにヒューゴーは説明し出すも、途中で如何話したものかと首を捻る。
煮え切れない様子のヒューゴーに何が起きたのか目を輝かせていたコウギョクは扇子で自身の掌を叩き、捲し立てた。
「なんじゃあ!ハッキリしないのう!」
「紅玉殿、ここはきちんと耳を傾けねばならぬでござるよ」
ヤスベーさんは苛立つコウギョクを頭を撫でながら諭すと、ヒューゴーに説明を促す。
私もヤスベーさんも声を潜めていたのだが、ヒューゴーはそれさえも面倒になったのか、大きく溜息をつくと吐き捨てる様にこう言った。
「亡命だ!他領の圧政から逃げて来たんだとよ!」
周囲がそれを受けてざわつく、ヤスベーさんは頷くと溜息をつきながらヒューゴーの口を押えると、そのまま「話がある」と引きずりながら扉の外へ消えていった。
「如何してくれるのよ、この後始末・・・」
「うむ、まったく人騒がせなわっぱじゃのう」
コウギョクの言葉に頭を捻ると、ウドブリム兵の間でも波風が立ち始めていた。
一難去ってまた一難と事態は容赦なく難題ばかりが積み重なっていく。
つまり、私達には安息の時は訪れないのだろうか?
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。
風も無くひたすら熱い今日この頃ですが、次回も頑張って執筆しますので宜しければ引き続きよろしくお願いします_:(´ཀ`」 ∠):_
*********
次週も無事に投稿できれば8月5日20時に更新いたします。




