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第19話 怨嗟ー邪なる神の監獄編

一突きの剣により危機を乗り越えた私達の前に、大蜘蛛と化したウドブリムの領主は横たわる。

見上げる巨体の背には一人の剣士の影、ウドブリム兵の装備を纏うも、目にする人物は良く見知った顔だった。

気が付けば戦意を喪失したウドブリム兵を拘束し終えたガラクタ団が見守っており、その中から人を掻き分けバタバタと大股でコウギョクが駆けてくる。


「藤十郎!遅いっ!遅いぞお主、みょうちくりんな格好をして遊んでいる暇が有るなら、さっさと出てこんか!」


領主の命は尽きておらず、危険だと言うのにコウギョクは正面に立つと、扇子の束をヤスベーさんへと向けた。

ヤスベーさんは領主の反応を警戒するも、苦笑しながら説教をするコウギョクへと頭を掻きながら謝罪する。


「いやー、助勢すべき機を見逃し、真に申し訳ない・・・」


ヤスベーさんは警戒を解かないまま片刃の剣を引き抜くと汚れを掃い鞘に収めようとするがその手を止めた。

足蹴にされたままの大蜘蛛は傷口から血を流し、地に伏したまま僅かたりとも動かない。

通常の蜘蛛は八本足、改めて見てみれば大蜘蛛と化した領主エスピノサには太く毛が生えた十本。

虫嫌いには、なかなか直視を避けたくなる造形をしている。

何より厄介なのは複眼、術を行使する際には光り、精神に干渉して動きを封じる神術は恐ろしい物だった。


「ヤスベーさん、それよりも・・・」


早く仕留めるべきと伝えようとすると、光を失った筈の領主の目が光を取り戻したかのように見え、私は言葉を失った。

意識が戻ろうとしている、妙な汗が背を伝わるのを感じ、黄色と紫の横縞の体から伸びる黒い足がゆっくりと動き出すのを目にして剣を抜く。

これは、気のせいじゃない。

黒光りする爪が地面を削り、関節が山の様に盛り上がった。


「ヤスベーさん!」


もう悠長に忠告する暇など無い、すっかり話し込むコウギョクを助けようと走りながら、私は咄嗟に叫んだ。

咄嗟の事に一瞬、戸惑うが私とレックスがコウギョクを助けに走る姿を見た後、足元を見て片刃の剣を構え直す。


「むっ!?やはり仕損じたか!」


ヤスベーさんは起き上がるエスピオサかへ再び剣を突き立てようとするが、大きく飛び上がられ滑り、地面へと落ちていく。

それを目の当たりにしたコウギョクは私達が到着するよりも早く木の葉でヤスベーさんを受け止めると二匹の使い魔の名前を叫んだ。


「フジ!ツガル!!」


二匹は尾と耳を真っ直ぐ立てると、一瞬で青い火球へと姿を変えてコウギョクの許へ転移し、主を護る様に狐の姿で出現した。


「あいよ!」


「承知しました!フジ、行きますよせーのっ!」


「「妖しき火よ汚らわしき者を焼き払え【狐火】」」


二匹は互いに頷くと同時に青い炎で包まれ、暴れるエスピノサの足を掻い潜り、加工用に円を描き火柱を生み出した。

炎は大蜘蛛を呑み込み、不気味な悲鳴と共に鼻をつんざく異臭が漂ってくる。


「難を逃れたが、しつこい奴じゃのう。良くやったぞコウギョク!そして、フジ・・・」


何処か得意げな面持ちのフジとツガル、それを称賛するコウギョクだったがレックスに抱えられながら難を逃れると二匹と三人で背後を振り返り、煙の中の大きな塊に目が奪われた。

それは見上げる程の大きさの楕円形の球体、炭化した表面は次第に盛り上がり、裂けると中から白い糸が切れて弾け、そこから黒く鋭い爪をもつ長い足が飛び出すのを目にする。

その悍ましい姿に驚きと恐怖で息を飲む私へとヤスベーさんは近寄り気をしっかり持つよう声を掛けると、息を切らせながら前のめり気味に剣を鞘から引き抜き構えた。


「奴と目を潰せ・・・合わせてはならぬ!」


ウドブリムの領主、エスピノサは自身で作り上げた繭状の糸を引き裂き、まるで羽化をするかの様に這い出してくると足を縮め、反動を活かし勢いよく飛び上がる。

忠告から察するからして、半信半疑だが敵の精神干渉魔法を避ける手段が見えて来た。

こうやって動きながら観察していくと、奴は巨大で異様な姿を活かし、恐怖し釘付けになった所を罠にかける事が解る。

つまりエスピノサが対象を視界に入れる以外の条件が必要なのだ。

此方を見下ろしながら落ちてくるエスピノサ、不気味な声と共に複眼が徐々に不気味な光を宿し始める。これが昆虫族(インセクト)の本性、悪いけど苦手だわ・・・


「・・・承知しました!」


ヤスベーさんの声に応え自分達を押しつぶそうとする巨躯を見上げると脚が突くよりも早く、私達を絡め取ろうと糸が伸ばされてくる。

それを躱すと、エスピノサは着地と共に私達を貫こうと次々と黒く鋭い脚が追撃を仕掛けて来た。


「アメリア、先ずは動きを封じるぞ」


巨体が勢いよく着地し、暴れた影響で舞い上がる土煙、それに助けられ複眼の直視は避けられたが、それでも奴の嘲笑とぼんやりと浮かぶ光が位置を示している。

土煙の中で互いに動きは見えず、エスピノサが私達が己の目を見つめ返す時を待ち構えているのだと確信した。そうだとして此処で、私達もただ手を拱いている訳には行かない。


「妾に任せよ、二人とも優先すべきは解るな?」


服を引っ張られ、視線を落とすとコウギョクが苦笑しながら此方を見上げている。

コウギョクが持つ扇からは光る木の葉が左右へと流れて行く。

現状、ウドブリム兵による援護が無いのは当然として、あれだけの仕打ちを受けても剣を収めず主の命に何があろうと準ずると豪語した、恨み(レンコル)の女兵士の姿が見えない。

これは好機と取れるが、同時に不気味だった。

土煙は間も無く収まる、此処はコウギョクを信じて進むしかない。


「レックス!」


「あぁ、行くぞ!」


名前を呼ぶと、すぐさまレックスの声が聞こえてきた。

接近するにつれ、土煙越しであるにも拘わらず不気味な光により眩暈のような感覚に襲われる。

次第に姿が解る様になってきた、この先にエスピノサが居るんだ。

私は視界が開け切るより早く接近し、迷わず剣を振り下ろしたが切り裂く事は出来なかった。


「く・・・固いっ!」


僅かに刃が食い込む、然しそれは岩に打ち付けた様な感触により弾かれてしまう。

何が起きたのだと思うや否や、私はその正体を目の当たりにする。

人の大きさ程の蜘蛛の一対の牙、一閃による傷跡は確認できたが深手を負わす事は出来ず、そのまま緑の血を滴らせ食らいつかんばかりに大きく開いた。

レックスと共に左右に散り、牙を挟むように伸びる前足の関節を切り落とす。

乱れる足による攻撃を躱すと、光る木の葉が大蜘蛛を挟むように渦巻き、そこから二体の土蜘蛛がエスピノサを挟むように現れた。

その混沌とした絵面の中、土蜘蛛によりエスピノサの足が絡め取られていく。


「ハナセ!マモノフゼイガ!」


人の物とは思えないエスピノサの声、その声には嘲笑できていた時のような余裕は無く、酷く動揺していた。然し、此れによりコウギョク達の禁忌に触れてしまった。

コウギョクは拳を堅く握り締めながら震え、二体の土蜘蛛はエスピノサの全ての足を絡めとり咬みつく。


「魔物・・・魔物と言いよったな!!許さん、お主たちも何時まで呆けておる!さっさと此の魔族を始末してしまうのじゃ!」


コウギョクは白い肌を怒りで赤く染め、私達へと怒鳴り散らす。

やはり魔物と混同される事はコウギョク達にとって最大の屈辱のようだ。

多少、魔法の影響で鈍ろうと、此れは流石に目測を誤る事は無い。


「サセルカァッ!!!」


エスピノサは土蜘蛛に噛みつかれたまま、糸を引き千切りながらもがくが、私とレックスは地に伏せた体へ飛び乗り目前へ迫ると、武器を放してしまいそうな感覚を歯を食い縛り耐えて力を込め、瞼を閉じて其の目を切り裂いた。

耳を塞ぎたくなるような奇声、土蜘蛛の糸をも引き裂きながら暴れ出す大蜘蛛、私達は滑り落ちる様におりながらその場を離れる。

乱暴に地面へと突き刺さるエスピノサの脚から逃れていくと、そんな私達を庇う様にヤスベーさんが間に立ちはだかる。

迫りくる危機を恐れる事無く、ヤスベーさんは静かな動きで片刃の剣を振り上げ、自身へ迫りくるエスピノサの顔面に一閃を浴びせ掛けた。



************



大蜘蛛と化したエスピノサの脚は力なく伸び、不気味な骸を晒す。

ヤスベーさんは片刃の剣についた血糊を掃うと鞘に収め、何気ない顔で振り向き満足そうに微笑んだ。


「いやー、骨が折れる思いでござるな」


「お主はまったくヘラヘラと・・・美味しい所ばかり持って行きよって、手柄はお主だけでは無いぞ」


コウギョクは悔しそうな表情を浮かべ、止めを刺したヤスベーさんを腕を組みながらじっとりとした目で睨む。

ヤスベーさんはそれを耳にして一瞬、頭上に疑問符を浮かべるが、返り血を浴びた私とレックスを見て短く驚きの声を漏らすと、申し訳なさそうに頭を下げた。


「め・・・面目ないっ!」


これで制圧した領土は二つ、複雑な視線が交わる中、ヤスベーさんの謝罪の声が響く。


「そんな、謝る事じゃありませんて!」


「・・・取り敢えず一件落着だな。だが、何か忘れてはいないか?」


必死に宥めていると、レックスは大きな溜息をつきエスピノサを指さす。


「そうであった、領主の証を・・・」


レックスに指摘されヤスベーさんは我に返り、エスピノサの骸へと視線を向けると、そのまま硬直する。

視界の先ではレンコルの女性兵士がエスピノサの骸をまさぐっており、血塗れの手で何かを握りしめていた。

すっかりと其の存在を失念していた、レンコルの女兵士は長く垂らした黒緑の髪をかき上げ、自分に向けられた殺意に気付くとわざとらしく驚いて見せた。


「あら?もう貴方達と争う必要は無いわよ。私の目的は果たせたもの」


先程の勇ましく告げた、主の命に従ってとは詭弁だったのだろうか。

女性兵士は緑に染まった手を後ろ手に隠し、すましたような表情を浮かべていた。


「目的・・・?」


あまりの変わり様に困惑しながら訊ねると、眉を寄せて首を捻り何かを考えると、エスピノサの骸を踏みつけた。


「あら、答える義務は無いと言う所だけど・・・。良いわ話してあげる、貴方達のおかげでエスピノサ(こいつ)に対する恨みが解消されたのよ」


女性兵士は鼻を鳴らすと、私やヤスベーさんを見ては楽しそうに笑い、掌に握られた球体を見せつけた。

血で汚れたそれはヤスベーさんが入手した領主の証に酷似している。


「・・・何故、それを手にする?それはお主に相応しくは無かろう」


コウギョクは女性兵士に接近しようとするが、ヤスベーさんに首根っこを掴まれ足止めをされる。

そこから逃れようとヤスベーさんへ抗議するコウギョクを横目に私は前へ出た。


「その証は貴女ではなく、ヤスベーさんの物だわ」


そう述べると女性兵士は不愉快そうに顔を歪め、私を恐ろしい形相で睨みつける。


「パヴォールに聞いていないの?あらゆる方法、手段を使用しても証を得るには主を楽しませれば良いのよ。私に意見するなんて分不相応よ異界人」


女性兵士はパヴォールの名を出すと邪神が望む、世界という盤上で繰り広げられる狂宴について語る。

それならば彼女が今、領主の証を手にしている事により邪神を楽しませる事は出来ているのだろうか?


「如何なる理屈をごねようと決まりが変わる事はござらぬ・・・それを渡してもらおうではないか」


ヤスベーさんはエスピオサを倒した自分が手にするべき物だと、領主の証の引き渡しを求める。

すると、女性兵士は怒りに震えながら領主の証を握り締めると、俯いていた頭を上げ、ニヤリと気味の悪い笑顔を浮かべた。


「・・・私を甘く見られたら困るわ」


その直後、周囲が騒がしくなり、ガラクタ団を振り切り彼女を庇う様に囲む。

先程の戦場で見た兵士達だ。


「なっ!?」


「これで解ったでしょ?ウドブリムは私の物よっ・・・」


驚愕する私を見て女性兵士は笑うと、颯爽と踵を返し、此方へ背を向ける。

彼女を護る様に立ち塞がるレンコル兵、神術師らしく頭巾を目深にかぶり、杖を握りしめると此方へと杖先を突き出した。

彼女は団長か何かなのだろうか?

レンコル兵は私達が彼女を追おうとするとそれに合わせて一歩、踏み出し隙を見せようとしない。

そんな中に何故か一人、異質な者が居た。

杖を手にもせずに通り過ぎようとする女兵士の片腕を掴み腰を抱き寄せ、頭巾を脱いで嫌悪する彼女に向けて薄ら笑いを浮かべる。

くすんだ桃色の髪にくっきりとした隈の不健康そうな一本角の兎の魔族、パヴォールの姿を見たのはヤスベーさんがテローの領主になったその日以来だった。


「こんなの唯の横取りじゃないか、この程度で主が喜ばれるとでも?馬鹿にすることは許されざる事だよリエラ」


「パヴォール!手にする資格は無いわ、こいつは異界人なのよ?」


リエラと呼ばれた女兵士はパヴォールを突き飛ばすと、苛立ちながら汚い物を落とす様に手で何度も掃う。リエラ、その名前には覚えがあった。


「リエラって恨み(レンコル)の・・・?」


「そうよ、レンコルの領主。この私が全ての証を手に入れ、主より賜った国で全ての領を治めるのよ」


リエラは当然の様に振舞う、最初こそは落ち着き払った口調だったが、自分の野望に興奮してきたのか早口になる。

リエラは泥の様な濁った紫の目をし、うっとりと溜息をつくと頬を染めながら物思いに耽りだした。

困惑しながらコウギョクと顔を合わせると、妄想に耽るリエラの足を矢が貫き、衝撃と痛みに崩れ落ちる。櫓にはヒューゴーの姿が在り、目が合うと見るなと手を振り睨まれた。

パヴォールは立ち止まり崩れ落ちたリエラを見下ろすと、張り付いた仮面の様な冷たい表情を浮かべる。


「やはり、それは君を虐げた者への復讐かい?愚かだね、一人の支配者による不変の国など不要だ。僕は言ったろ?主を楽しませろと」


パヴォールは蒼褪めたまま見つめ返すリエラに向けて体を捻りながら足を蹴り上げ、鎌が付いたアンクレットでその首を掻き切った。

それに驚愕し、レンコルの神術師も杖を向けるが、パヴォールが一睨みすると竦み上がり杖を地面に落とした。


「なんで・・・よ?」


驚いた事にリエラは生きており、パヴォールを恨めし気に見つめ、よろめきながら片手を地面に突き体を起こす。

リエラの顔は苦痛に歪んでいるが、唯の一滴たりとも服を染める物は無かった。


「あのさ、それは君のじゃないだろ?」


「何だ、この体が屍人だと気付いていたの?」


リエラは首を抑えたまま口角を吊り上げると、眉一つ動かさず頭をパヴォールを踏み続ける。

パヴォールは何の動揺も見せず、穏やかな顔のまま怒りに形相が変わるリエラの服へ手を突っ込んだ。


「勿論、君が持ち逃げしようとしていた事もね」


「返して!それは私の物よ!」


リエラはパヴォールが指先で転がす領主の証を奪い返そうと芋虫の様にもがくが、其れもむなしくヤスベーさんに投げ渡された。


「これは領主の証・・・」


「返せ!それは私の物だ!!」


リエラは狂気の形相でヤスベーさんを睨み叫ぶが、パヴォールに頭を踏みつけられ灰となった。


「ふふふっ、これは恨まれたねぇ・・・彼女には気を付けた方が良いよトウジュウロウ・ヤスベ」


パヴォールは証を握りしめ驚くヤスベーさんの顔を見ると満足そうな表情を浮かべ、森を包む闇に姿が融けて消えていった。

本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。

意図せず買ってしまった恨みはどう影響していくのだろうか?

これからも頑張りますので、宜しければこれからも読んで頂ければ幸いです。


*新たに二件、ブックマーク登録して頂けました!とても励みになります(>ワ<)


**************

次回も無事に投稿できれば7月29日20時に更新いたします。

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