第14話 領主ー邪なる神の監獄
薄闇の中でパヴォールの不健康そうな目元が愉快そうに細められる。
ヤスベーさんに差し出された手には紫がかった銀色の玉、それは新たな主を歓迎するかのように不気味な光を纏っていた。
ヤスベーさんは行き成り差し出された玉を見て一瞬だけ戸惑うも、眉を顰めながら玉に指先を伸ばす。
ヤスベーさんの指が触れると玉を被っていた光が毛糸の様に解け、二人の手の上で魔法陣を形どる。
「やっぱ、あれが領主の証ってやつか・・・大丈夫かよアイツ」
ヒューゴーはあからさまに胡散臭そうに儀式の様子を眺め、手の上で発動する魔法陣を見つめるだけのヤスベーさんを見て眉をひそめる。
「もうあれは、成る様にしかならないでしょ」
誰もが碌な物では無いとは思っていると思うが、ヤスベーさんの決断を尊重するが、これがどう皆が望む物に帰結するのか疑問しかない。
然し、幾ら訊ねようとのらりくらりと質問をかわされ、事実は正に霧の中なのだ。
「そうだけどよ・・・。あー!もう、知らねーっ!」
パヴォールの正体も実力も不明なこの状況なうえに、魔法全般の中断は場合によって体や生命に影響すると聞く。だからこそ、神術契約も中断も同様なのではと疑っている。
こうしてみると、口も態度も根性も悪いがヒューゴーは何だかんだで仲間思いなのだと思う。
気が付けばヤスベーさんとパヴォールによる継承の儀は進行しており、仰々しい呪文が詠唱されていた。
「汝、多くの死をもたらし、屍を遊戯盤の上に積み上げよ。踊り続けよ、命が無に帰す時まで止まる事は許されぬ。神の駒よ汝の名を捧げよ」
呪文を唱え始めるとヤスベーさんは興味深げにそれを眺めると、「ふむっ」と何か思う所が有る様に呟く。
そんな光景を眺めていたコウギョクは片耳を立てると、眉を吊り上げ訝し気な表情でヤスベーさんを見つめた。そんな事は気に留めず、緊張の面持で呪文に応じて名を口にした。
「・・・トウジュウロウ・アベ」
一瞬、言葉に詰まるも無事にヤスベーさんは光る玉を受け取り、領主の証を握りしめると懐に忍ばせる。
パヴォールはくすんだ薄桃色の癖っ毛から覗く淀んだ瞳を細め、満足そうな表情を浮かべるとヤスベーさんの懐を指さした。
「随分と慎重だね?僕に盗られるとでも思ったのか?」
パヴォールはニチャリと薄ら笑いを浮かべたが、指さしをした先へゆっくりと視線を落とすヤスベーさんを目にした途端に声が低くなり、一瞬で表情が消える。
ヤスベーさんはその値踏みするような仄暗い瞳に不快感を露にするが、パヴォール自身は臆するどころか不敵な笑みを浮かべた。
「ああ、苦労して手に入れたと言うのに奪われては敵わんからな」
僅かな揺らぎのない瞳、偽り無く大切そうに懐を護りながら握りしめた手、それをパヴォールはつまらなそうに眺めた。
「ふぅん・・・」
パヴォールはぼそりと意味有り気に呟くと身を屈め跳躍すると、一瞬で宙で身を翻し、鎌が付いたアンクレットを付けた足でヤスベーさんの首を狙い蹴り上げた。
「全くっ・・・油断ならないわ!」
やはり女神様の世界の住人である私達の台頭が許せなかったのだろう、堪え切れずに柄を握り締め剣を引き抜こうとするが途端に利き腕が重くなる。
何がどうなったのか、慌てて腕へ視線を向けると肘には「大丈夫だからっ」とフジが必死の形相でしがみ付いていた。
やもえず視線を戻すと、躱されたパヴォールの鎌が地面を切り裂き、踏みしめた足を軸に飛び退いたヤスベーさんの懐へ飛び込み剣と刃を交わす。
高い金属音と飛び散る火花、二人は互いに睨み合い距離を取るとパヴォールだけが微笑んだ。
「へぇ、異界人にしてはやるじゃないか。これならカーリマン様も少しは楽しめそうかな?」
「成程、試していたのでござるな?」
「当然だろ?せっかく新しい駒が盤上に置かれたと言うのに、直ぐに壊れる奴じゃ興醒めじゃないか」
自分の言動と立ち振る舞いに渋い顔をするヤスベーさんを目にすると、パヴォールは更に上機嫌になり口角を吊り上げるとそれを揶揄い、お道化てその場でぐるりと回って見せる。
されどヤスベーさんは眉一つ動かさず、真っ直ぐパヴォールを見据えて淡々とこう返した
「ならば案ずるな、そう易々と此の座を譲るつもりはござらん」
「そう?ならせいぜい頑張ってよ。アンタを領主にした責を咎められるなんて御免だからね」
ヤスベーさんの冷やかな態度も歯牙にもかけず、パヴォールは期待を込めてヤスベーさんの肩を叩くと、地面を蹴り上げ、藍色に染まり行く空に浮かぶ欠けた月へと姿を重ねると、一瞬で霧のように姿を消す。
何時の間にか浮かび上がった唯の月、ヤスベーさんは懐をそっと撫でると空を見上げていた。
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勝利を勝ち取った私達の下に残ったのは、ほぼ原形を無くした焦りの屋敷だった物。
ヒューゴーはそれを眺めながら様々な物を拾い上げ、苛立った様子でぶつぶつと呟いていた。
「派手に壊しやがって・・・当面の軍資金になると思っていたのによぉ!」
「いやいや・・・盗品じたい売れないでしょ」
改めて眺めると、あの大きな屋敷が本当に見る影もない。
領民にとっては異界から来た人間に主を討たれただけで屈辱だと言うのに、そこで更に領主の館を荒らされ、おまけに盗品を売り捌いたりまでしたら、それこそ憤慨どころじゃ無いに決まっている。
「馬鹿か!?此処の神さんがどんな奴か知らない訳じゃないだろ?」
ヒューゴーはそれでも悪い笑顔を浮かべ、都合がよい時だけ邪神が免罪符に悪事を正当化する。
さも当然の様に振舞うヒューゴーに呆れつつ、再び釘を刺しておく事にした。
「それはそれ、これはこれよ。煩いだろうけど、盗品なんて魔族も許さないでしょ」
「ちっ、ちっちー!戦場で集めた武器防具をどこで売ると思ってるんだよ!」
ヒューゴーは此方へ指を突き付け、小馬鹿にした表情を浮かべて此方を見てくる。
これは本当に盗品を扱う店が在るらしい、そんな取引が堂々と行われている何て世界の闇が垣間見えた気がする。
「へぇ、そうなんだ・・・」
私の生返事に怪訝そうにするヒューゴー。
そんな中、本人達は小声で話しているつもりらしいが、責め立てる怒声が耳を貫いた。
その声の主はコウギョク、何やらヤスベーさんを問い詰めている。
「おい、お主!何故、あのような事を口にした」
「何の事か判らぬが、説明しては貰えないだろうか?」
ギャンギャンと噛みつくように問い詰めるコウギョクに、ヤスベーさんは皆目見当がつかないと言った表情を浮かべながら少し迷惑そうに答える。
それが歯痒かったのか、コウギョクは更に声を張り上げヤスベーさんを責め立てた。
「継承の時じゃ!あれでは不都合がでるやもしれぬぞ」
此処まで言われた事で何か思い当たる節があったらしく、ムキになって質問攻めをするコウギョクを見ながら溜息をもらしていた。
見る限り、私には領主の継承に不備は無かったように見えたけど、二人の子の様子からして何か問題が起きたらしい。
「ああ、あれは拙者の名字が発音し辛さ故に仕方なき事よ」
確かに東方の発音はやや聞き取りずらい、そう言えばパヴォールもヤスベーじゃなくてアベと言っていた気がする。つまり、偽名を使用した等で契約が不成立だった?
それならば、コウギョクが怒るのも無理は無いが・・・
「それが、問題だと言うに!何か支障が出てからでは遅いではないか」
「いや、大した事はござらん。奴の遊戯の勝利の条件は領主の座を奪う事。故に先代の様に軍を編成し、戦を行う必要も無いのだからな」
如何やら、ヤスベーさんは領主どうしの戦を避けて通りたいらしい。
先代から継承が行われてから時間が経つが、周囲は不自然なぐらい静寂が広がっている。
ザイラさん達は戻ってこないが、何かあったのだろうか?
そう思いを巡らせようとしたが、既に二人のやり取りを聞き流し続ける事は堪え難い。
「あの、盗み聞きですみません。それはつまり、領主の証のみを奪うと言う事ですか?」
突然、二人の間に入り質問をした私にコウギョクは困惑し、ヤスベーさんは質問攻めを逃れて安堵しているようだった。
「・・・左様。この玉にどの様な力が有るかは凡そ解る。アメリア殿、理性を失うような戦い強いられて重傷を負っても尚、瀕死になるまで戦ったのはどう思われるか?」
ヤスベーさんは腕を組むと、少し得意げな顔で私に領主の証について訊ねる。
攻め入った時も思い返せば、兵士達は私達に気付くまで背を向けつつ、必死によろめきながらも歩いていた。
その状態でも戦う姿に、自身の領土を護ろうとする強い忠誠心が有ると思ったのは間違いだったと言う訳だろう
か。
「つまり・・・身心の支配ですか?」
それを感じ取ったうえで、納屋などに放り込み、兵士達を殺さずに敢えて情けを掛けたと言う訳か。
「そのとおり。残る人々にその様な振る舞いは無慈悲が過ぎる。ならばこの領地に捕らわれた同志を解放し、役割を分担するが最適でござるよ」
「・・・それ、寧ろ厳しくはありません?」
するとヤスベーさんが顔は曇り、その横で扇子で口元を隠したコウギョクの瞳が弧を描き、くすくすと意地の悪い笑い声をあげている。
此方は妙案が有る訳では無いのに出過ぎた真似をしてしまったかもしれない。
「そこまでして、成し遂げたい望みとは何なのか話して貰えないだろうか?」
レックスは周囲に目配せをしつつ、そもそもの核心を突く。
「もう良いじゃろ?先程の策に協力させるのであれば、勿体ぶらずに妾達に説明すべきじゃ」
コウギョクが便乗してヤスベーさんに問い掛けると、ヤスベーさんは目を泳がせながら口を噤んだ。静寂がこの場を包むと、薄闇の中で吹く風に足音が混じる。
「それは、我々も訊きとうございますな」
闇にとけるような暗い色のローブを纏う集団が立っている、その中心に立つ人物は顔を深く覆う頭巾を持ち上げるように脱ぎ去った。
白髪に一対の黒い山羊の角、白髪の下には紫の縦型の瞳孔の瞳、それは鋭く光っている。
「魔族・・・?!」
油断していたのも有るが、あれだけ大きな声で話をしていればこれも当然の結果か。
私は目の前の魔族の老人を警戒すると、ヒューゴーを庇う様に立ち、いざと言う時に備えて仲間と共に身構えた。
「ちっ・・・ザイラの奴、何をやってんだよ!」
ヒューゴーは舌打ちをすると、私とレックスを盾に弓に矢を番える。
これはザイラさん達の目を掻い潜って主を救おうと駆け付けたか、又はヤスベーさんを始末して彼女達への見せしめにしようと言うのか。
然し、目の前の老人は攻撃を仕掛けるどころか、先程の答えを待ち続けている。
ヤスベーさんはそれを見て苦笑すると、腰に下げた片刃の剣の柄に添えていた手を放し、その手で頭を掻くと気まずげに訊ねた。
「その前にお尋ねしたい。ご老人、何者かお訊ねしても宜しいだろうか?」
耳にしまった情報に気を取られ突然、順序を間違い失礼をしたと渋い顔をしながら苦笑する。
ヤスベーさんの出方を見るような視線に老人は気付くと、慌てて人当たりの良い笑顔を作り名乗りでた。
「ふうむ、礼節を欠き失念してしまった、大変申し訳ない。儂は町の顔役のロルダン・バラハスと申しまする。脇に控える二人は護衛兼世話係で左からカリスト、そして孫のヘシカじゃ」
バラハスさんは気恥ずかし気に名乗ると、背後に控える緑髪の男性と茶髪の女性が順に頭巾を脱ぎ、軽く会釈をする。
私達を道具扱いしている筈の彼らが何故、此処まで腰を低くし振舞えるのだろうか?
そんな疑問が引っ掛かる中、堂々と話す二人の背を眺めつつ私は剣を構えたままだった。
「アメリア殿、そして皆も手を下ろしてくれぬか?」
ヤスベーさんは振り向くと、警戒を解かずにいる私達へ、暗に不要だと指し示す。
不安から戸惑うも手を下すと、ヤスベーさんは満足そうな表情を浮かべるとバラハスさんへ視線を戻した。
「拙者の名はトウジュウロウと申す。見ての通り異界人の首領を務めておる。己が世界に帰る為に参戦させて貰った」
「はぁっ?!」
黙って聞いているつもりだったが思わず気の抜けた声が漏れてしまった。
散々はぐらかしたにも拘らず、こうもあっさりと魔族に話すのも、こんな何の変哲の無い望みを何故、隠していたのかが不明だ。
然し、そこでバラハスさんは黙って考え込みだすと、こめかみに汗が一滴流れ落ちた。
「ほう・・・それは明快な。実にらしい理由付けですな。では、其れに至る覚悟はお持ちなのだろうか?」
「ああ、それは当然でござる。敢えて此処で問うが、何故に我ら如きに頭を下げられたのだろうか?」
ヤスベーさんは整然とバラハスさんの言葉に応えると、真に迫る問い掛けを返した。
「ああ、至極当然な疑問ですな。今の我らにこの領を護る戦力は皆無、それが故に些末な事に拘る術は無いと踏んだのですじゃ」
下手に出ていた理由が、形振り構う事ができずに誇りを捨ててまでの覚悟があっての態度とは驚いた。
私達を売り、他の領主に下る手段も有ったのではないかと言う手段もあったと言うのに。
「己と民の命の為であれは手段は厭わぬと・・・。成程、承知した」
無用な争いを回避できたのはありがたく、ヤスベーさんも何処か安堵した様子。
だが世界は穏やかな時の終わりを迎える、轟音が静寂が破ったかと思うと一瞬で南の空が明るくなった。
「ちっ、何だてんだこんな時に・・・!」
ヒューゴーは両耳を抑えると、不快そうに顔を歪めながら空を見上げる。
この領地の魔族は実質、降伏している訳で、そうなると考えられるのは一つ。
「まさか、敵襲・・・?」
そう口にした所でバラハスさんは空を眺めると、怒りを込めた拳を堅く握り締めて震わせ、孫のヘシカさんに宥められても人が変わったように捲し立てた。
然し、その肩は不安に襲われ、内心は恐怖しているのが伝わる。
「ああ、聡いな小娘。ふん、どうせ嘲りに決まっている。早めに忠告に来たつもりだが遅かったな、奴らもあの患者から聞きつけたのだろう。道具が支配する地など制圧も容易だろうとな」
領主が変わった直後とはあまりにも早い、パヴォールは五代領地と戦う駒としてを期待したのではなく、私達を戦を盛り上げ邪神を楽しませる為の生贄にだったらしい。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
如何やら邪神は休む間も与えないつもりらしいと言う事で、宜しければ次回まで少々お待ちください。
今回も新たに2件、ブックマーク登録を頂きました。本当にありがとうございます!(*´ワ‵*)
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次週も無事投稿できれば6月24日20時に更新いたします。




