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第07話 狂月ー邪なる神の監獄編

紫空に浮かぶ銀の月、心の底に沈みし汚泥を浮上させる。

其は醜き欲望に塗れ、その身を深紅に染めながら互いの命を奪い合うは狂宴。

後に残るは屍の山、その頂上で悦び叫ぶは狂人どもの群れ。

銀の月から眺める神は嘲笑う、遊戯盤の上で踊る愚者を憐れみながら。

怪しい光を宿したまま、虚ろな瞳は冷たく此方を見つめるレックスの瞳はあの夜空に浮かぶ月の様だった。


「レックス!!」


私の瞳にはレックスの手が自然と腰に下げた両手剣へと伸びるのを捉え、息を吐く間もなくその右腕を掴み、その名前を呼んだ。

然し思いの外、容易くその手は捕らえられ、肩を掴み揺さぶればレックスの瞳は驚きで大きく見開かれる。正気と共に瞳の色は戻り、その顔に困惑の色が顔に浮かび上がった。


「何故、掴みかかっているんだ?」


ガラクタ団の皆に見守られる中、我を取り戻したばかりのレックスは暫し呆然としていたが、落ち着きを取り戻すと緩めた私の手から逃れた。


「・・・貴方が月を見た後、様子が可笑しくなったからよ」


「俺が月を見て可笑しくなった?何を言って・・・ぶはっ」


レックスは私の言葉に信じられない様子で首を捻ると、確かめようと顔を上げた。

然しその直後、フジとツガル、二匹の子狐がレックスの顔に貼り付いた。


「これっ!お主の同業者も原因は月だと言っておるだろう!?」


コウギョクは人差し指をレックスに突きつける。

再び月を見ようとした事に対し、珍しく眉を吊り上げ真剣な表情で叱りつけたが、子狐に貼り付かれて視界を奪われ、剝がそうともがく滑稽なレックスの姿に堪え切れずにコウギョクは大声で笑いだした。


「同業・・・?解ったから、二匹に人の顔から離れるように言ってくれないか?」


レックスが困り果てて疲弊した声で、主であるコウギョクに二匹を離すように頼むも、フジは悪い笑顔を浮かべる。


「二匹とも、そやつを放してやれ」


「離れても良いけどさ、月は見るなよ!良いか?絶対に見るな・・・よっ」


何かレックスに月を見ないよう念を押すと言うよりも、逆に助長しているように感じるのは気のせいだろうか?

レックスの反応を試そうとするフジだったが、ツガルが静かに無言でその口を前足で抑え込んだ。


「あの月を見ると、正気を失ってしまうのです。ですから、その・・・」


フジとツガルが尻尾をふわりと持ち上げると、レックスは口を解放され思いっきり息を吸うが毛を吸いこんだのか激しく咳き込んだ。

二匹は飛沫で汚れる事を恐れたのか、素早くレックスの顔から離れる。

コウギョクは扇子を口元にあてて表情を隠すが、声や肩が震えており、笑っている事が丸解りだった。


「うむ、良かろう。然し、アレが眠っているから良いものの、後悔したくなければ気を付けるんじゃよ」


レックスに起きた異変の原因は銀色の月なのは確か、その正体は依然として謎に包まれていた。

何はともあれ、レックスが無事に戻ってきてくれた事には安心させられた。

視線を逸らせばレックスとコウギョクの姿を、私と同様の表情で眺めるヤスベーさんが目につく。


「あの月はいったい何なのでしょう?ヤスベーさんはあれが何かご存じではありませんか?」


ヤスベーさんなら知っているのではないかと思い訊ねると、少し驚いた様に瞬きをすると、思い返すように眉間に皺を寄せ解る範囲で良ければと話してくれた。


「・・・まず、あれには人の負の感情を増幅させる力が有る。そして、月が完全に目覚める時こそ真の脅威。この世界は邪なる神を喜ばせる遊戯盤なのでござる」


「ヤスベーさんはその月を見た事あるのですか?」


「有る・・・今もあれ程、悍ましく醜い人間の姿を拙者は見た事が無い・・・」


そう説明するヤスベーさんの顔は険しくなり、汲んだ腕を掴む手がわなわなと振るえている。

その恐ろしさを実感できずとも、見るだけで伝わる恐怖に私は思わず息を飲んだ。


「成程な、俺達もその駒と言う訳か・・・」


レックスは自身に起きた事を理解したのか、静かに呟くと拳を堅く握り締めた。

邪神とレックスの関係性、それを知っているからこそ、その心情が如何ほどのものか。

この世界に来てしまった今では、後悔すらも意味を成さない。

私がレックスを護らなくては・・・


「レックス、必ず元の世界に戻るわよ」


「ふっ、くくく・・・」


「な、何が可笑しいのよ」


「いや、生意気な言い方をすると思ってな」


私を揶揄ってはいるが、それは何処か不安を隠す強がりな笑顔。

何処か重くなった空気の中で(ようや)く、ヤスベーさんの許へ出立の準備が完了したと言う報告が届く。

報せに現れたのは、明るめの褐色の金髪碧眼の黒いワンピースの人族の女性。

腰には柄の台座に魔結晶が付いた珍しい形の槌矛(メイス)、胸元には教会の者である事を証明する女神様を模った記章が輝いていた。


「ヤスベサン、みんな何時でも出立デキマス言ってマース。オゥ!忘れてマシタ、これもハーフリングのミンナから渡す言われてるデス!」


女性は背中に手を伸ばすと、頭巾から紙筒を抜き取るとヤスベーさんが剣を振るう姿を模して切り払う仕草をすると太陽の様な笑顔を向ける。

紙筒を突きつけられた本人は困惑し、そのまま目を丸くし固まるが、真っ直ぐ向けられた輝く瞳に気圧されたのか、恐々と手を伸ばし受け取った。


「ご、御苦労であったな、シルヴェーヌ殿。早速、彼らが調べてくれた移動経路に沿って進もう。皆には決して空を見上げぬよう伝えておいてほしい。頼めるだろうか?」


「承知しましたー!あっ・・・初めまして人いる、名乗る忘れてたデス。ワタシ、シルヴェーヌ言うデース。白魔・・・今は薬師やってマース、以後お見知りおきヲ」


シルヴェーヌさんはヤスベーさんに紙筒を受け取ると軍隊の敬礼の真似をすると、私達の顔を見るなり再び背筋を伸ばすと、此方の反応などお構いなしに明るく元気な声で名乗りを上げると丁寧にお辞儀をして見せる。

その勢いにつられ、私達も名乗ると白い歯を見せながら手を伸ばし握手を求めてきたが、フジに芋虫を乗せられた事がトラウマになり躊躇してしまう。


「えっと・・・」


「オゥ!もしや、照れてるデスカ?大丈夫!これでワタシ達、仲良しデース!」


不思議そうに首を傾げると、私とレックスの手を強引に握り嵐のように去っていった。

シルヴェーヌさんは今まで関わってきたどのエルフの人々とも印象が違う。


「え・・・エルフにもああ言う人いるのね」


「そうだな・・・まあ世界に住む人口を考えれば、同じ国の中であろうと枠に嵌らない者も居るだろ」


「う・・・それもそうか。でっ、コウギョクは何で私の背中に隠れているのかしら?」


如何にも動きづらいと思っていたが、無言のまま腰にコウギョクが抱き着いていた。

私に気付かれたくと、コウギョクは尻尾をピンと立て、周囲を見渡しながら恐々と手を放す。


「いや、その・・・妾はあやつが苦手なんじゃよ」


ヤマトへ向かう隊列が組まれる中、更にコウギョクにシルヴェーヌを苦手とする理由について訊ねる。

如何やら、何時もの悪戯を幾ら仕掛けても鈍く、揶揄っても彼女は前向き過ぎて通用しない為に怖いのだそうだ。



***********



あれから銀の月を恐れ、薄暗い道をヒューゴーの同族達が調べ出した移動経路に沿ってヤスベーさん達に交じり歩き続けていた。

然し、月対策とテローとウドブリムの戦場を避け続ける旅路は、何事も無くとも心身に疲労が蓄積していくのが周囲からも見て取れる。

そして現在、私達は今までで最も奇怪な場所と直面していた。

ヤスベーさん達からは森を抜けるとは聞いていたが、異世界の森が元の世界と同じな訳がない。

幹らしき物や枝のような物が有る事は共通しているが、私の知る木とかけ離れた姿だった。

その表面は生物の皮膚の様に柔らかく生暖かい、脈動する幹の先には自身が樹であると主張するかのように枝が絡み合う様に空を覆っている。

異界の樹、名づけるとするのなら安直だが魔樹と言うところだろうか。

奇妙な姿に気を引かれ、歩きながら上から下まで眺めると、元の世界でも居るような姿の白いイタチが魔樹の根に座り、此方を物珍しげに見つめていた。

思わず所で見かけた愛らしい姿に見惚れていると、突如としてイタチは二本足で立ち上がり、前足を見る間に鋭利な鎌の形状へと変化させ、牙を剥き出しにして威嚇してきた。


「こわっ!何だかんだでやはり魔物ね・・・」


その姿に落胆し、肩を落としながらも名残惜しさで見つめていると、魔物が乗る木の根が僅かに(うごめ)いた。


「おい、立ち止まるんじゃねぇよ。そいつは生き物なら人でも何でも食うぞ!」


ヒューゴーが酷く焦った様子で強引に私の腕を掴み引き寄せる。

強引に引き寄せられ体勢を崩しそうになっている私の前で、魔樹は頭上から粘液まみれの枝を垂れ下げ、イタチ型の魔物を絡めとると手繰り寄せ、その天辺へと持っていき咀嚼し出した。

光を浴び、根を通して栄養や水を吸収するのではなく、その頂上には獲物を捕食する凶暴な口が存在するのだ。


「なんて事なの・・・」


私が思わず絶句すると、ヒューゴーは顎に手を添え屈みながら、魔樹を見つめ難しい顔をしながら考え込んでいた。


「こいつ等は本来なら活動時間は日中のみ、木陰を求めて迷い込んだ奴を捕食するんだけどよ。こいつもあの月の影響を受けているかもしれねぇな」


如何やらヒューゴー達は魔樹による危険性も踏まえて、敢えて先に挙げられた条件に合う道としてこの道を選択をしたようだ。

それを誰もが理解している様で、ガラクタ団の中から不満を漏らすものは居なかった。


「・・・不味い事になったぞ」


ヒューゴーに従い慌てて魔樹から退くとレックスが空を指さす。

先程の一体が魔物を捕食した血の匂いに誘われたのか、枝がこすれ合う音が騒がしく辺りに響く。


「これは、間違いなく狙われているわね」


如何やら私達と言う獲物が群れを成して自分達の巣を通り抜けている事に魔樹も気付いたようだ。

それにいくらかの動揺が見えるも、前方から伝えられるヤスベーさんの指示により平静を保てている。


「くそっ!面倒臭いっ!」


ヒューゴーは腰に下げた短剣を引き抜くと、息を切らしつつ襲い来る枝を弾きながら悪態をつく。

魔樹自体は移動できない事が救いだが、次々と垂れ下がって来る複数の枝が蠅を挟んで捕らえる食虫植物の様に見えてきた。


「人任せにしておいて何だが、他の移動経路は無かったのか?」


レックスは攻撃と全力疾走で動きが鈍りだしたヒューゴーを庇いながら魔樹の枝を切り落とすと、振り返り難しい顔をしながら訊ねる。


「あのなぁ・・・!」


レックスの問い掛けにヒューゴーは焦りやいら立ちを隠しきれない様子。

それを見ていたコウギョクは肩を竦め苦笑する。


「まあ、短気なのは妾も好かぬが・・・この世の神の趣向が故と考えれば、どこも等しく険しいものよ。それに、隠れて進むには此処以上の移動経路が近場に無いのだろう?」


コウギョクは扇で口元を隠すと、横目でヒューゴーへ視線を向ける。

そもそも大和の位置もしらないし、この森に辿り着くまでに空を意識せずに歩ける道は無かった。

ヒューゴーは悔しそうに顔を歪めるが、口を開きかけてはすぐさま閉じると言葉を呑み込んだ。


「ああ、その通りだ」


「すまない、事情を理解していなかった」


「・・・いや、気にすんなよ」


レックスもヒューゴーも納得がいった後は誰もが口を開く事も無く、只管に正体を魔樹の森を死に物狂いで駆け抜けた。

魔樹の枝同士が衝突する音や折れる音が響き、私達が通る頃には前列の隊のおかげで、地面に落ちた不快な感触のする枝を踏みつける事が多くなっていた。

然し如何にか抜けられるかと言う慢心は甘く、何処からか大地が唸る様な振動と、金属音と爆発音がんが頻繁に耳にする事が増えてきた。

その影響は魔樹にまで影響し始め、何かから身を護る様に幹を反らせながら全ての枝を折りたたみ始めた。


「嫌な予感がするわ・・・今度は何なの?」


急な魔物の異変に戸惑い、見渡すとその刹那に魔樹から悲鳴のような音が響き、焼けるような腐臭を乗せて突風が私達へ押し寄せてきた。

ガラクタ団の面々の悲鳴、皮膚がひりつく感覚に目を細めると、あれほど脅威的だった魔樹が次々と融けて形を奪われていくのが見えてくる。


「皆の者、妾の後ろに身を隠せ!!富士!津軽!お主等も協力せい!」


そんな中、コウギョクだけがガラクタ団を護る為に声を張り上げた。


「了解!」


「承知いたしました!」


コウギョクの逼迫した声に応え、フジとツガルが主と共に聞きなれない言語で何かを唱え、宙で円を描くと異国の文字で魔法陣が画く。

魔樹が融け切ると赤黒い霧が一気に押し寄せるが、結界により一命の危機は逃れる事が出来た。

これは他の魔物の仕業とは思えない、この様な事が出来るとするならば魔族の腐敗魔法だろうか?

つまりこれは、異界軍の奇襲・・・

腐敗魔法の影響が薄まり、結界越しの視界が明瞭になっていく。

道沿いに生えていた魔樹の姿形は無くなり、此処が土と岩でできた高台だと言う事が判明する。

そして眼下には数多の魔族達がまるで理性を無くし、血に飢え狂った獣のように争っている姿が飛び込んできた。これは事前の情報に当て嵌めるならば、テローとウドブリムの二つの勢力なのだろう。

つまり、私達はそのとばっちりを受けたのだ。


「つ・・・次が来る前に行かなくちゃ」


レックスに声を掛けようと横を見るとその姿は既に無く、事態が把握できず困惑するガラクタ団を見渡せばコウギョク達が必死に空を眺める誰かを呼び止めている。

前より強い不安に駆られ、慌てて加勢に走った所で、自然と視線が空へと向く。

空にはニタリと厭らしい笑みを浮かべる銀の月、その中央には争い殺し合う者達を嘲笑する瞳が見つめている。その横を異界では見た事が無い、銀の蝶が横切った。

本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。

のっぴきならない道中、迫る不穏な空気、そしてガラクタ団結成の真意とは?

頑張りますので、次回までゆっくりとお待ちください。


★新たにブックマークを登録して頂けました!ありがとうございます!(’ワ’*)


****************

次回も無事に投稿できれば5月6日20時に更新いたします。

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