第05話 狐につつまれてー邪なる神の監獄編
思わぬ形で組む事になった共同戦線。
襲い来る敵は魔族だけではなく、狼男に飛竜と各々の手に馴染む得物を手に戦う、弓矢隊や奇妙な術、それらは上手く組み合わさり勝利へと導くのだった。
不思議な力とはコウギョクとその仲間が使用した精霊や妖精などが不要のヨウジュツと言われるもの。
彼女達は極東の群島諸国の独特のアヤカシと言う存在で、如何やら此方で言うところのゴーストや吸血鬼など不死人に近いらしい。その違いは様々だが、コウギョクの様に人語を解したり知能が高い者もいるそうだ。
見事に勝利を成し遂げた事に歓喜の声で賑わう異界の町、しかしそれを許さない者が現れる。
その者は二対の蝙蝠の様な翼をもつ、良く見知った顔の魔族であり、かつて私欲により世界を貶めた闇の精霊王様の巫女のカルメン。
大鎌を足元に突き立てると視線を泳がせる、自分の呼びかけに煽られて私達が自ら尻尾を出さないか探りを入れているようだ。
周囲はカルメンの鋭い視線から与えられる重圧により、人々の中に迷いと動揺が生まれだした。
ヤスベーさんの瞳のみがゆっくりと此方へと向く、それに対し私達は静かに頷くと、カルメンを見て難しい表情を浮かべる。
「此処は名乗り出ます。ヤスベーさん達には迷惑を掛けられませんし」
「あぁ、俺達が貴方達を隠れ蓑として利用していただけだ。素知らぬ顔をしていれば良い」
私達の言葉を聞いた事により、戸惑っている筈の周囲に安堵や罪悪感の入り混じる何とも言えない空気になった。
「しかし・・・」
腑に落ちない様子で思案に耽るヤスベーさんに対し、何も必要は無いとレックスがヤスベーさんの肩を軽く叩き歩き出した。
それに置いて行かれまいと追いかけようとした所で、今度はヤスベーさんが私の肩を掴んだ。
「待たれよ。奴らが拙者達をどう扱うか知っている。あの様なまやかしに決して惑わされはしない、だから・・・」
このまま息を殺しやり過ごして欲しいと、踏み止まらせようとするヤスベーさんの瞳は真剣そのものだった。ここで身を隠した所で、カルメンが何もせずに大人しく帰るとは思えない。
私は肩にかけられた手を優しく引き剝がすと、ヤスベーさんに向けて無言で首を横に振る。
「・・・ありがとうございます」
私はヤスベーさんを振り切り背を向けるが、何も呼び止める声は聞こえてこなかった。
然し、予想外の方向から思わぬ声が飛んでくる。
「おい!この町が貰えるって本当なのか?」
魔族との関係を考えれば何とも不遜な物言い、ヤスベーさんとの意見の不一致も有り、顔を見ずともそれが誰かは何となく解った。
他の仲間達からの視線に煩わしさを感じてか気怠げにしながらも、魔族相手だろうと気後れせずに堂々とヒューゴーはカルメンを相手に交渉を切り出す。
「ええ、邪神様は寛大なお方。二人を突き出せば、お目溢し頂けるわ」
カルメンは穏やかな笑顔と口調で喋り、自ら撒いた餌に食いついた獲物を惑わし甘い罠に誘い込む。
此処は名乗り出てカルメンを町外へ誘いだそうなんて悠長な事に拘っている場合じゃなさそうだ。
やもえず振り向き、声がする方向を見上げると、すぐさま此方を見下ろすヒューゴーと目が合った。
「おい!そこの!ごちゃごちゃ揉めてるやつ!お前達の事だろ?」
思わぬ形で居場所を明かす事となり、一気に私達へと視線が集まる。
此方が自分に気付いたと知るや否や、仲間達と共にヒューゴーは何とも薄ら笑いを浮かべて指を突き付けてきた。
そんな振る舞いを生真面目なヤスベーさんが許す筈も無く・・・
「ヒューゴー殿!お主、何を申すか!」
「あ?お前、故郷で大将していたってだけで指揮を任せたけどよ。お前がリーダー何て誰も認めていないからな」
ヒューゴーが自身を咎めるヤスベーさんを蔑み睨みつけると、その後ろに集まる同族のハーフリングの面々も良いぞいいぞと囃し立てている。
やり方に難があるにしても、彼らなりに一時でも早く仲間を危険にさらす不安分子を取り除きたいのだと思う。
理解はできなくはないが、この様子からしてリーダーの重要性が身に染みる物がある。
「くっ、何と愚かな。お主はこの世界の魔族の我々の仕打ちを忘れたか。こんな甘言に惑わされて如何するのだ」
「・・・わざわざ、さっきの魔物を操っていた下級の奴じゃなく、上位の神術使いが来てんだ。素直に渡せば俺達の命の保証ぐらいあるだろ」
魔物を操獣したりと魔法が無い世界であるにも拘わらず、何故に使用できる事ができるのかと疑問に思っていたが、神術なんて物が有るとはね。しかも、階級まで有るとは驚いた。
成程、つまり此方には女神様が呼び出した六柱の様な存在が無い代わりに、邪神自身が手足となる者に授けているのね。
義理堅いヤスベーさんと仲間の為に現実的な選択しようとするヒューゴー、如何にも話が噛み合わず、二人は冷静さを欠いている様に見えた。
「・・・アメリア」
レックスが辟易と言った表情で、確認をするかのように私の名前を呼ぶ。
私もそれに異論はない。
「ええ、名乗り出るわ。此処は如何にでもなれよ!」
ヒューゴー達の諍いから目を逸らし、カルメンへと視線を戻そうとすると白くてふわふわとした三角の耳と尾が視界に入る。
先程まで廃屋の二階に居たと言うのに、いつの間にかコウギョクが背後に立っており、ちらりとヒューゴー達を呆れ顔で見てパチリと扇子を閉じた。
「ふむ、まどろっこしいのう。おーい、お目当ての二人は此処におるぞー!!」
「えぇっ?!」
先手を打たれて腑に落ちない私達を他所に、コウギョクは目立つように大声を出しながら必死にその場で飛び跳ねる。
やはり異国の服装と白髪は流石によく目立つ、カルメンは周囲の人々の驚きと恐怖が入り混じった声と逃げる姿を嘲笑し、風を巻き上げながら私達の目の前に舞い降りた。
「あら、使い魔かしら?珍しい姿ね」
カルメンは横目でちらりとコウギョクを見ると、視線を私達に戻してほくそ笑む。
「むぅ、失敬な。妾は使い魔などではないぞっ」
コウギョクはその言い回しに立腹し、カルメンに食って掛かろうとする。
面倒が大きくなる予感に、抗議するコウギョクの口に腰鞄に忍ばせておいた飴を放り込んだ。
最初こそむくれながら怒りの矛先を私にまで向けたが、口内でコロコロと飴を転がしていく内に表情が変わり、美味しそうに目を輝かせた。
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さて取り敢えず、本題に向き合いますか。
「カルメン、私達は様なら逃げるつもりはないわ」
少し投げ槍気味に求めに応じると伝えると、その視線は私ではなく肩を擦り抜けてレックスへと向けられる。
カルメンは歩くにつれて波のように退いていく人混みの中を平然と歩き立ち止まり、私へと振り返った。
「そんなの当然よ。でも、お前との用は直ぐに済むわ。だって、此処で始末するのだもの」
カルメンはそう言うと、呆然と立ち尽くす反乱軍の一人に近づくと、腰紐に手を伸ばし短剣をすらりと引き抜く。
それが如何いう意味なのか、理解して剣を抜くも間に合わず、光に反射する銀色が私に向けて弧を描き喉元へと迫るのを察し、如何にか仰け反り避けたつもりだったが浅く小さいが頬に赤い筋が走った。
「うっ・・・」
なるほど、元の世界での事と言い、邪神は自分の器となる体を手に入れようとしているのね。
不覚を取ったけれど、意図が解った以上は好き勝手にさせる訳には行かない。
何時の間にか人混みの中にポッカリと開いた空間で互いに後退して間合いを取ると、カルメンが握っていた短剣は素早く飛び出したレックスの両手剣により弾かれ宙を舞った。
短剣は地面に突き刺さるも浅く、そのまま弾かれて地面へと転がった。
「・・・要件は解った。だが、お前の主の狙い通りに動くつもりは無い」
レックスはそう言い放ち、痺れた片手を抑えるカルメンを見据えたまま剣を構え直す。
カルメンは嘲笑するかのように短く息を吐くと、掌から溢れ出す穢れで一振りの大鎌を生み出し、挑発するように突きつける。
「そう・・・でも、貴方の意思は関係ないわ。このまま、あくまで抵抗すると言うであれば、ここで処刑してあげる」
例え拒絶されようと、邪神に捧げる事に意味が有るとカルメンは言い、不気味に目を輝かせた。
女神様と言い、世界を治めるにあたって実体を得ると言う事が邪神にとっても、重要なのだろうか?
「そうは上手くいかせないわ、まだ私がいるもの」
「ふん、精霊が居ないのにアンタに何ができると言うのよ」
カルメンは大鎌で円を描くと足を踏みしめ、柄を強く握ると地面を蹴り上げ、正面から切り掛かて来た。
「・・・随分と余裕じゃない」
黒く鋭い一閃が私を押し切らんばかりに襲い掛かる、大鎌と剣が衝突する度に鮮やかな紅い火花が咲き狂う。
一際、大きな刃同士が衝突する金属音が響き、互いに息を吐き身を引いた。
「幾ら戦おうと望む結果は得られないわ!」
「だから、何だと言うのよ!」
カルメンの顔は痛みと怒りに歪ませ、歯を食い縛りながら大鎌の柄を握り直すと短剣に形を変え、レックスに向けて投げつけた。
然し、レックスに届くより早く短剣はあらぬ方向へ弾かれ、回転しながら地面に突き刺さると瘴気に変化し霧散する。
カルメンは一瞬だけ唖然としたが、ヤスベーさんが片刃の剣を鞘へ収めるのを目にすると我に返ると睨みつけた。
「拙者達に恩人の危機をおめおめと傍観していられるような不義理な者はおらぬよ」
ヤスベーさんは自身を睨みつけるカルメンに目もくれず、涼やかな顔で私達を見て微笑む。
助けて貰って無粋だが、あれだけヒューゴー達と揉めていたと言うのに合意は得られたのだろうか。
「ガラクタが格好つけているんじゃないわよ!」
カルメンは金切り声を上げながら大鎌を作り出し接近すると、大きく腕を振り上げヤスベーさんへと振り下ろすが何故か寸前でピタリと動きを止めた。
拍子抜けしてヤスベーさんと同様にその様子を窺うと、カルメンの瞳の焦点は合わず、それは其処に無い何かを見ているかのよう。
次第に顔面蒼白となり、ヤスベーさんを見つめる瞳から大粒の涙が零れ出した。
「や・・・いや・・・違います、アタシはそんなつもりじゃ・・・許して」
「誰に向かって謝っている?」
異様な姿にカルメンに問いかけるが返事はかえらず、レックスはひたすら謝り続けるカルメンの姿に眉を顰めた。
どう見ても正気とは思えない、何故なら私達にはどう見ても、ただのヤスベーさんにしか見えないからだ。
「何かの術にかけられている?カルメンが錯乱するなんて・・・」
カルメンを此処まで正気を失う程の幻覚となれば、邪神か闇の精霊王様あたりだろうか。
そして、こんな事が出来そうなのは・・・
先程から反乱軍の人々に交じりながら、コウギョクが一定の律動でボールを突いている、それは何処か懐かしくも神秘的で目が離せなくなっていく。
コウギョクは私に気付くと、ボールを扇子に変えてパチリと閉じてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「如何じゃ!妾の術は!凄かろう?あの鳥女には最も嫌われとぅない者を見せているのじゃ。なあ、飴玉一つの代償には上等過ぎるくらいと思わぬか?褒めても良いのじゃぞ?」
すると意識が急激に明瞭になり、コウギョクは私達の顔を見てかなり早口で自分の功績を褒め称える様に此方に捲し立てる姿が見えてくる。
つまり今、カルメンと同様にコウギョクの幻術にかかりかけていたのだ。
私は自身の迂闊さに思わず自嘲した。
「助かったわ、ありがとうね」
取り敢えず、カルメンは未だにコウギョクの術中、これには正直に素晴らしいと思う。
お礼ついでに何気なく妹を褒める時の感覚で頭を撫でまわすが、何故か扇子で手を弾かれた。
「誰が撫でよと言った!?」
「ごめんね、つい・・・はははっ」
コウギョクは頬を膨らませ怒り出すと、苦笑しながら場を収めようとする私に、指差しで怒り抗議をし終えると顔を背けた。一方のレックスはそんな私達の裏で「面倒臭い奴だ」と冷めた声で呟いていた。
声に出すな声に。
ヤスベーさんへ視線を戻すと、コウギョクの術に気付いていないのか、出ていくように説得している様子。そんな噛み合わない二人の間に矢が一本突き刺さった。
ヤスベーさんが飛び退くと、その時を待っていたかのように続いて雨の様に矢が降り注ぐ降り注ぐ。
「ひっ・・・何でこんな」
すっかり幻覚に惑わされたカルメンは絶望した表情を浮かべ、降り注ぐ矢に怯えて飛翔した。
すると逃すまいと、追い打ちをかけるようにヒューゴーの号令がかかる。
「逃すな!撃て!」
動きが鈍く格好の的となったカルメンの全身に突き刺さる。
痛みに顔が歪み、目を大きく見開くが目が虚ろになるが、カルメンは弱々しくも翼を羽搏かせた。
「む、正気を取り戻しつつあるのか・・・皆の衆、協力をお頼み申す!」
ヤスベーさんを中心に仲間達が私達を護ろうと陣形を組む、やはり何だかんだで信用が有るんだな。
然し、カルメンは苦しそうに息をし血を吐くと、名残惜しそうに此方を睨むも何かを唱えて黒い霧となり消えていった。
「皆さん、本当にありがとうございました」
たった一度、共闘した私達に自分達の今後を顧みず助けてくれた反乱軍の人々には、この言葉の通り感謝しかなかった。勿論、反対していたのにも拘らず助けてくれたヒューゴー達にも。
「ヒューゴー殿、忝きにござる・・・」
ヤスベーさんと共に、ヒューゴー達が立っている屋根を見上げる。
然し、返ってきたのはやはりと言うか罵声だった。
「ふざけんな!誰かさんが加担するから、俺も仲間も割を食っちまったじゃねぇか!目をつけられたぞ、落とし前つけろよな、ヤスベ!そこの黒髪共もだ!」
やはり合意なしだったんだとヤスベーさんに視線を向けると手を合わせて何度も頭を下げられてしまった。後はヒューゴーの凄まじい剣幕に、ヤスベーさんと顔を合わせて私達は肩を落とす。
そんな私達三人の顔をコウギョクは愉快そうに揶揄いながら覗き込むと、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
「ヤスベーは相変わらずどんくさい男じゃのう。ぶぷっ、まっ!そこな二人も巻き込んだのだから共々、責任取らなければ仕方ないのう・・・ふははは、愉快!あっ、いたひ!イタタッ!」
私とヤスベーさんの二人でコウギョクの頬をつねる。
これはもう、本来の目的に近づけたし、これはこれで良しと考えよう。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございました!
進行は鈍足ですが、不穏な影を感じつつも愉快な仲間を得る事ができてどうなるのか。
ぐだぐだにならないよう頑張りますので宜しければ、今後もお願い致します。
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次週も無事に投稿できれば4月22日20時に更新いたします。




