第02話 ガラクター邪なる神の監獄編
水と大地の大国ベアストマン帝国、闇の国の勢力を負かし真の安寧を得たと思われていたのだが・・・
根本たる女神と邪神の争い、その配下であるカルメンに引きずり込まれそうになる妖精の盾のレックスをを掴むも巻き込まれ穢れに落ち、そしてマナ均衡の乱れにより生じる世界の綻からその先、神の監獄へと招待されるのだった。
精霊が存在しない邪神の力と争いが支配する陰鬱な世界、果てしない大地に散見する現世の痕跡。
世界の綻びに呑まれた各地の集落跡も含まれており、私達はそのうちの一つである愚者と言う異界の民の町へとたどり着いた。
そこでは現世の様々な物が売買されており、それは異界への来訪者、生存者も例外ではなかった。
賑わう市場で品定めする魔族達、そんな中で道具扱いされた人々の反逆の狼煙が上がる。
そして現在、私達は広場を離れて路地裏で外装のみとなった崩れかけ一軒家に身を潜めていた。
落ち着いて見回せば、武器屋だったのだろうか?
瓦礫の合間に破損した様々な武器が挟まっており、その中でも唯一真面なのは、壁に柄を固定され展示されていた厳つい大槌。
元から壊れていたのか、誰が振れたわけでもないのに固定具が勝手に外れ、ゴトリと重低音をたてて床に転がった。
地鳴りが頻発する事からして、魔族の兵士達との衝突はますます激化したらしい。
町の所々から一斉に金属を打ち付ける音や煙が上がり、建物の影から覗き込めば痛んだ革や金属の鎧を装備した警備兵らしき魔族達が広場の方へ通り過ぎていく姿が見える。
ついには、鍋を叩くような金属音が煩いぐらい聞こえだしてきた。
「警鐘が鳴っている、巻き込まれない内に町を出るぞ」
レックスは苦々し気に目を細めると、情報を仕入れる事よるも身の安全を優先的に考えているらしく、町の出入り口の方角を確認すると、建物の影から安全かどうか様子を伺いだした。
別の町へと言う考えは至極、真っ当であるが魔族に取り入るより速やかに容易だ。
「待って、反乱に力を貸さない?」
突然の提案に振り向き様のレックスの顔が怪訝そうに。
何か言いたげに口を開くもく黙り込み、呆れたように溜息をついた。
「それを実行し、町を占拠したとてどうなる事やら。何れば支配する側に奪還と称して虐殺をされるのが関の山だぞ」
「そこで、貴方の力が必要になのよ」
そこで変身魔法を使用させれば良いのではと暗に伝えるも、私の発言の意図を理解したのか額を抑え首を振った。
「・・・却下だ。それに関しては説明したはずだぞ、何でも好きに使用できるわけじゃないんだからな」
仮に反乱側の信用を得て魔法をかけようと、魔力の貯蔵量の限界や信頼が得られず奇異の目で見られ見捨てるだろうと滾々と説教されてしまった。
「でも、これで反乱が失敗したら。あの人達はどうなるの?」
よく知りもしない世界に意図せず放り込まれたのはお互い様。
助けになりたいのは私の我儘だ、何時の間にか尊厳を踏みにじられた人々に救いの手を差し伸べたかった。
周囲はより一層、騒がしくなり、争いが激しくなっている事が伝わってくる事により駆り立てられたのかもしれない。
執拗に食い下がる私に苛立つより言い換え隙も失せたと言う顔のレックス、怒りを堪えているのが眉間の皺に現れている。
「そんなの俺達には関係ないだろ・・・」
溜息をゆっくりと吐くとレックスは頭を押さえていた手を放すと、如何にか窘めようと粘る。そんなレックスの背後から大きな影が蔽いかかろうとしていた。
「危ない!」
私の叫び声にレックスは目を見開き歯を食いしばると、振り向き様に杖を必死に振り上げ、必死にその殺意の刃を受け止めた。
赤髪の長身の竜人の女性、振り下ろした両手剣は重くレックスに伸しきる力も相当、堪えてはいるがあまり時間はもたないだろう。
私は剣を引き抜くと、素早くその合間に刃を差し込み、レックスを肩で突き飛ばすと剣を受け止め鬩ぎ合いに持ち込む。
「へぇ、此処の奴は態度が大きいだけの腑抜けばかりと思いきや。魔族のくせに中々やるじゃないか!」
竜人の女性は私達を嘲笑うと、押し切ろうと更に腕に力を籠める。
これは完全に殺す気だわ。
「やはり凄い力、竜人なだけあるね」
「・・・今、何て?」
私の言葉に竜人の女性の手が動揺により緩む、その隙を逃さず薙ぎ払うと、バランスを崩した所でレックスが杖で竜人の女性の鳩尾を鋭く突いた。
竜人の女性は低く呻くと剣を地面に落とす、悔しそうに奥歯を噛みしめ一歩引き下がると剣を拾おうと手を伸ばす。
「何もせずに、俺達を見逃せば命だけは助けてやる」
レックスは竜人の女性の手の甲を踏みつけると両手剣を拾い上げ、その切っ先を喉元に宛がった。
この人、剣も使えたのね。
このままでは協力を願い出るところでは無い、何より相手は丸腰の彼女より、此方が有利なのは明らか。
問題は、正体を明かすべきかどうかだけど。
「この剣を引いて、話をしてみるわ」
「悪いが、それは出来ない」
視線も切っ先も逸らさないまま、レックスは静かに首を横に振った。
その様子に窮地に陥っている本人は目を丸くし、視線を泳がせると何故か不気味に口角を吊り上げる。
「はっ、あはは!話だ?アタイ達に魔族の話に傾ける耳なんて無いよ!」
虚勢か何かを隠しているのか、竜人の女性は僅かでも動けば喉を一突きされると言う状況にも関わらず、妙なぐらい強気で挑発的な発言を私達に浴びせ掛けてきた。そこで私は気付く。
「アタイ達?!」
その言い回しには含みがあると警戒するも、時はすでに遅し。
訓練をしていない為か彼方こちらに気配が目立つ、察するだけで三名以上の人物が外壁に身を隠しているのが判る。
言い包めてやり過ごそうと考えたのは甘かったようだ。
「・・・囲まれてしまったようだな」
私がそろりと剣の柄に手を伸ばすと、レックスは苦しそうに息を吐き竜人の女性に向けていた切っ先を逸らす。
ただの寄せ集めの集団と高を括っていたが、中に指揮役や師事訳も居るのかもしれない。
「思いの外、お早い制圧だったわね・・」
種族的に年齢などは定かではないが、私の前でレックスの背中にハーフリングの男性が柄が付いた太い針のような金属を突き立てている。
恐らくは毒を塗っていたのだろう、麻痺をしたらしくレックスの手から剣が滑り落ち、重い金属音をたてて弾むと、瓦礫の上を転がっていった。
この種族の人々はライラさんと同様、幼い外見と裏腹な中身を持っている場合がある。
荒み切った鋭い目で睨まれ、今の自分達の姿を思い出し、冷たい物が背中を一筋流れていく。
「・・・殺すか」
ハーフリングの男性は硬直したレックスを眺めると、針を引き抜き腰ベルトに収め、鞘に収められていた短刀を引き抜いた。
続々と他の仲間も私達を逃すまいと殺気立つ中、竜人の女性は立ち上がると大槌を両手で軽々と持ち上げ振り下ろすと瓦礫を打ち砕いた。
軽々と大槌を振り回し担ぐ姿に、周囲から沸き立つ声は一瞬で鎮まる。
竜人の女性はお気に入りの武器を手に入れたと言う様子でうっとりと大槌を眺めると、牙を口の端から覗かせニタリと不気味な笑顔を浮かべていた。
「いや、こいつ等はちょっと調べる必要が有りそうだよ」
何を気に入られたのか不明だが、如何やら命拾いをしたようだ。
危機的状況に変わりがないが、考え方を変えれば逆に情報を得る好機が来ていると言えるかもしれない。
「生憎、尋問しても私達には貴重品や有益な情報も無いのよね」
「如何するか決めるのはオイラ達だぜ」
そっと剣の柄から手を離すと、ハーフリングの男性は眉間に皺を寄せ、じっとりと怪訝そうに睨みつけてくる。
「そうそう!もし、あんた等が有益では無かったら場合は、囮か力が有り余っている奴の憂さ晴らしにするだけさ」
不穏な言葉を吐く怪力の竜人の女性、その背後でレックスが抵抗できずに拘束され引きずられていく。
「ははは・・・お手柔らかに頼むわ」
私は複数の武器を向けられたまま苦笑いを浮かべ、両手を頭の後ろに当てる。
そのまま捕縛されると、頭に麻袋を被せられた。
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紆余曲折あり、拘束を解かれたのは物置の中だった。
牢屋が無い為に急遽、用意したのだろうか、所々に埃を被っており、野菜のような物や鼠のような小動物が駆けずり回っている。
そこに武器や防具は当然、荷物も取り上げられた状態で放り込まれた。
廊下へと続く扉は蹴り飛ばせば簡単に破れそうだが、その扉の向こうには厳つい熊の獣人が立っており、時おり覗き込んでは苛々した様子で舌打ちをして無言で扉を閉じるを繰り返す。
如何やらかなり口酸っぱく上から言いつけられているらしい。
「捕まえられて見たものの、様子見にも来ないとは、あの脅し文句は何だったのだろうね」
「何だ?尋問をしてほしかったのか?」
レックスは刺された背中を撫でながらゆっくりと体を起こすと顔を歪め、訝し気な目で此方を見てくる。
「違うわ、そんな訳ないでしょ」
「・・・冗談だ。無策のまま勢いで捕らえたか、囮として必要な時が来るまで放置しているかだろうな」
レックスは私の反論に対し、呆れ果てたと言わんばかりに眉尻を下げ、反応を楽しむかのように窘める。
レックスとは今までで一番長く側に居るが、何か性格が悪くない?
蝶番が軋み、木製の扉がガタリと扉が震えながらゆっくりと開く。
熊の獣人は顔を半分だけ出すと、威嚇するように牙を出しながら睨み、溜息をつき此方に背を向けた。
「チッ・・・」
気まずげに見上げていると、振り向きもせず舌打ちをし、静かに扉を閉じていく。
またなのかと気に留めずにいると、何故か再び扉が大きく開かれた。
「待たせたねぇ、さっそく色々と訊かせてもらおうか」
再び現れたのは大槌使いの竜人と長身の人族の男性、しかも今まで見た事が無い黒髪黒目で袖付きの布を纏い、腰に布を巻きつけ留めると言う服装の青年。
耳も尖っていなければ、獣の特徴も鱗も角も無い、そう言えば極東に在る群島諸国にこの様な容姿の民族がいると村で習った気がする。
この地では東の生まれの人は珍しいが、それはつまりは世界の脆弱さが引き起こす影響が広がっていると言う事。
極東の群島諸国と思い浮かべ記憶が甦る、ベアストマン帝国のアマルフィーから帝都へ向かう道中で、蛟と言う魔物が異常発生したのを討った事があったな。
「お初にお目にかかる。拙者、姓はヤスベ、名はトウジュウロウと申す」
東方の鎧を身にまとった青年は私達が魔族の姿をしていると言うのにも拘らず、改まった口調で名乗ると、此方へと恭しく頭を下げる。
誰に対してもそうなのか、自分を虐げてきた種族に対する振る舞いとしては疑問がわいた。
「は、初めまして、私の名前はアメリアと申します。そして此方がレックスです」
取り敢えず、名乗られて返さないのも収まりが付かないので此方からも同様に振舞ってみる。
すると二人は意外そうに目を丸くして此方を見ると、顔を互いに合わせて話を聞いた竜人の女性は無言で何度も頷いた。
「あー、ヤスベー!そういう堅苦しいのは良いから、要点を伝えたらどうだい?」
「むっ、拙者はヤスベーではございませぬ。安部でござるよザイラ殿」
軽口をたたくザイラと呼ばれた竜人に対し、ヤスベーさんは怪訝そうに眉を顰めるも、何処か呆れたかのような顔で頭を搔く。
「まぁ、細かい事は良いじゃないのヤスベー。それより待たせてんだから、さっさと言っちゃいなよ」
然し、彼女の耳にはその指摘は入らないらしく、豪快な笑顔を浮かべヤスベーさんの背中を何度も強打した。それにしても、何でこんなに和やかなのだろうか?
二人のやり取りを傍観していると、偶然にもヤスベーさんと目が合い、申し訳なさそうに苦笑いをされた。
「・・・あー、コホン。早速で申し訳ないのだが、此度は是が非でもお主らに訊ねたき事が有る、これについてなのだが」
「はいよっ!」
ヤスベーさんに言われるままザイラさんは担いでいた大袋を開けて中身を床に広げる。
防具に武器と私達の装備が目の前に転がった。
「私達の装備・・・?」
無警戒過ぎじゃないかと思いつつ屈むと、ヤスベーさんは鎧に刻まれた精霊紋を指さす。
「此処に火の精霊の紋があるのだが、如何して手に入れられた?」
「何処とは・・・普通に店で」
「ほう、店で。旅の者の様にお見受けしたが、何処の所属で?」
此方の常識を知らない事が仇になった。
何故かしら無いけど、探られている気がする。
返答に詰まっているとレックスは私を一睨みすると、視線をヤスベーさん達に向けて困ったように苦笑。
「俺達は基本、傭兵で一つの場所に留まってはいない、装備に関しては報酬と言う物もあるがかっぱらってきた物が殆どだな」
「ほう、拙者達のようなガラクタと真面に返答して下さるとは」
ヤスベーさんは眉を引き締め腕を組むと、先程までの温和な表情が冷ややかな物になる。
そんな中、戸惑う私達を見てザイラさんはニタリと口角を吊り上げ、橙色の瞳の奥の縦長の瞳孔が鋭く私達を見据えた。
「あんた、廃屋でアタイの事を竜人って呼んだよね?少なくとも此の国のモチヌシ様はこの世界に存在しない流れ者の種族何て知らないし興味もないのさ」
「お主らが何処の間者であろうが、我々は国を撹乱して貶めるなど一切合切、協力するつもりはござらんよ」
予想とかけ離れたうえに誤解までされている、それでも其れは決して心休まる事態では無い。
辛うじて得られたのは、この世界の情勢のほんの砂の一粒、この危機をどう乗り越え、何を得て無事に帰郷の途に就けるか。
そんな事ばかりを考え、私は拳を握りしめた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
投稿が遅くなってしまって申し訳ございませんでしたっm(__;)m
リアル事情も関係しますが、出来得る限り予定時間に間に合うよう気を付けます。
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次週も無事に投稿できれば4月1日20時に更新いたします。




