第82話 生命の地脈ーベアストマン帝国奪還編
※本文を修正いたしました。
闇の国の支配からの脱却、それは直前での予期せぬ黒幕の登場で先送りとなってしまう。
攪乱を試みたルシアノとの目論見はカルメンの登場により失敗に終わる、彼らの本来の目的は主の許へ私達を招待する事だった。
考えずともベアストマン帝国も大国、例えルシアノの力を足したとて、戦力の一掃から偽装の為にあの数の住人の複製体に変えるのは骨が折れるだろう。
黒幕の助力、魔力の供給に加え、街に居た魔物達も恐らくは召喚された物。
そもそも住人の複製体をわざわざ作った理由は人質をとっていると見せかけたかったのか、そこに関しては真意は不明である。
思えば、乗っ取られていた祭殿で邂逅をした際は、ただ土の精霊王様の力の抑制だけではなく、黒幕である闇の精霊王様ご自身の存在と思想を知らしめる為だったのだろう。
そして今、邪神への傾倒を求めるその言葉へ、私は明確に決別の返事を叩きつけた。
そのうえでの土の精霊王様の顕現、ライモンド殿下への伝言は上手くいったらしい。
ただ気掛かりなのは、隣に立つ土の精霊王様の足元が透けている事。
その体は背後壁に埋まった巨大な円形の鉱石の様な物に繋がっている様に見えるが、向かい合う闇の精霊王様も同じなのだろうか?
「女神さまを裏切り、邪神に寝返ろうとするとは貴様、どのような腹積もりじゃ」
土の精霊王様は渋い顔をしながら杖を握りしめ、向かい合う闇の精霊王様を睨む。
「生命の地脈を断ってまで何事かと思えば、半神の身で我欲に溺れ、世界を己が物とした愚かな女に何を託せると言うのだ」
土の精霊王様から誹りも、闇の精霊王様には効果は無く鼻で笑い飛ばし私達に背を向けると岸壁に手を伸ばし、円形の結晶に振れた。
それは硬質な物と思われていたが、ゆっくりと指を飲み込み沈んでいく。
指が引き抜かれると細かな光球が複数、ふわりと宙を漂った。
「生命の地脈・・・」
エーテルはマナの素であり、六柱の精霊王様と女神様が万物に分け与える世界の生命の源。
断たれているが此処が、その地脈であるならば土の精霊王様の決意は如何ほどの物か。
それが精霊王様を精霊界への送還する事により、女神さまが施した六柱の精霊王の封印を崩し、この世界を邪神へ招く事を防ぐ為であるから当然だ。
「思い出せ何故、半神の身で世界を担うようになったのかを。今の世界を創ったのも、最も愛しているのもウァルミナス様だ。それ故に危険を冒そうと護って見せる、お前の思惑通りにこの大地を去るつもりはないっ!」
「ふっ・・・眷族の大半を失っておきながらも抗うか。そうか、お前も相容れぬか」
闇の精霊王様は肩を震わせ笑い声を僅かに漏らすと振り向き様、こちらに向けて手を翳すと黒い刃が土の精霊王様をめがけて放たれ飛んでいく。
気が付けば我を忘れて私は駆け出していた。
「【土の】加護!」
靴で地面踏みしめ、滑り込むように土の精霊王様の前へ躍り出る、腕鎧に吸い寄せられるように地面の岩が剥がれ収束し、土の精霊王様の加護を受けた盾となる。
一撃、そしてまた一撃、連射される闇の刃、多少は削られるけど現状は耐えられない程では無い。
「助かった、今の儂ではどうなった事やら」
「御冗談を、貴方には眷族の皆さんが居るのですから」
今まで見てきた精霊王様達と眷族達の絆を見てきた。
風に舞う世界樹の花、燃え盛る山脈に流れる血脈、力強さと癒し支える湧水と海、数多の生命を育む厳しくも力強い天然の防壁。
何度、邪神の使徒達に苦しめられても、こうやって今も互いに支え合っている。
「まったくもって其の通りじゃのう・・・くるぞ!」
土の精霊王様は少し照れくさそう表情を浮かべ肩眉を上げるが、再び視線を前へと向けると眉間に皺を寄せて顔を顰めた。
空気を切り裂く刃から断続的に与えられる追撃、盾に連続して加わる衝撃は次第に盾となった岩がボロボロと削られ始める。
「盾が・・・!」
此処は敢えて応戦すべきか、決意を込めて剣の柄を握りしめると、何とも頼もしい声が聞こえた。
「それならば、その期待に応えるとしよう。盟約を果たそうではないか」
土の精霊王様の体が琥珀色の光を放ち、マナの粒子が体を包む。
岩の盾は金に縁どられたた金剛の盾に、各所の鎧までと色々な意味でかなりの重装備。
重いが動き難くわない、けれど護る対象に護って貰っているのが複雑な気分だ。
問題は闇の精霊王様にどう退散してもらうか。
「・・・助かりました。このまま、応戦してみます!」
闇の精霊王様の魔法が乱れ飛ぶのを地面を蹴り、標的から目を逸らさずに駆け出す。
その最中、視界が揺らぎ空間が歪む感覚に襲われ足を止めると、地鳴りと共に地面は罅割れ瘴気が噴出し、穢れが地面に流れ出した。
こんな時に綻びが生じるなんて・・・
瘴気の不快な臭いが鼻を掠める、短期であれば息苦しくなり咳き込む程度だが、長期にわたって吸い続ければたちまち臓腑が腐り落ちてしまう。こんな所で戸惑って立ち止まっている場合じゃない。
私に精霊王様の力を奪う事が出来るのなら、ベアストマン帝国の地を侵食しようとする力を削ぐ事が最善。
駆け出して勢いのまま飛び越えようと跳躍するが、それが災いし着地直後に標的になってしまう。
「・・・堪えるか。然し、その状態で何時まで剣の力となれるのだろうな」
土の精霊王様が弱っている事を解っていての連撃、全ての魔法を回避しきれるとは限らない、問題は盾が何時までもつか。
接近するだけで防戦ばかりになってしまっている、私の剣が精霊王様の力を削ぐと言うのなら多少は否めない。
如何にか接近できた所で利き腕を目がけ剣を振り下ろすが、杖で剣の動きを遮るどころか身動き一つしない。何かが可笑しい・・・
咄嗟に振り下ろした剣を引くが僅かに間に合わず、闇の精霊王様の肩から脇腹まで切れ、紫色のマナが花弁のように散った。
闇の精霊王様は僅かに顔を歪めるが、その口元は弧を描いていた。
「何が可笑しいのでしょうか?」
「ふんっ・・・半身に選ばれた者などこの程度か」
私の怪訝そうな顔を見ると、闇の精霊王様はそれを鼻で笑い、女神さまを引き合いに出し挑発めいた言葉を吐きかける。
頭の中で「惑わされず為すべき事を見失うな」と土の精霊王様の声が響く。
その言葉を受けて間合いを離せば、痺れを切らしたのか黒い短剣を生み出し、自ら接近してきた。
迫りくる様子は好戦的に見えるのにも限らず、動きが不自然なほど鈍重。
意図的な物を感じ、防戦に徹すると視界の隅に断たれた生命の地脈が映った。
妙案が浮かび、闇の精霊王様へ視線を戻す。
「成程ね・・・」
地の精霊王様を狙うふりをして私に応戦させ、自ら邪神召喚の贄になろうと言う訳ですか。
分霊とはいえ何かあれば取り返しがつかない、此処はやはり生命の地脈を目指すべきだ。
剣を握り闇の精霊王様と睨み合ったまま対峙すると、目前に黒い霧が現れ大鎌が現れた。
転移魔法、しかも此の大鎌は・・・
「許せない・・・許せない!闇の精霊王様が受けた以上の苦痛を与えてやるわ!」
二対の翼が視界を塞ぎ、長い髪の合間から殺意に満ちた瞳が私を睨みつける、憎しみが込められた一振りは重く、盾で抑え込みながら剣を突き出すが、剣がとどくよりも早く、カルメンの四肢を黒い槍が貫いた。
「邪魔をせず待機するように命令した筈だが?」
闇の精霊王様の低く怒気を含んだ声に、硬直していたカルメンは信じられない物を見る目で自身の体を眺めると、怯えた表情を浮かべながら振り向くと震える声で謝罪を繰り返す。
「も、申し訳ございません!堪えがたかったのです、如何かご慈悲を!」
カルメンは血の気が一気に引き、泣きながら闇の精霊王様へ縋り付くように許しを請いだす。
然し、此処はカルメンが作ってくれた好機を活用させてもらおう。
その考えさえ見抜かれていたのか、黒い槍が進路を塞ぐ様に飛んでくる。
流石に思惑通りにさせて貰えないか。
被弾は避けられたが、盾で防ぐと土の精霊王様の呻き声と共に白い煙と共に金属の臭いが鼻を突く。
「・・・くっ」
これは腐食か酸だろうか、何にしても盾の使用を控えた方が良いかもしれない。
今は無事に生命の地脈への接近を急いだほうが良さそうだ。
魔法を躱しながら闇の精霊王様の動きを目で追えば、周囲に飛び交ってきた小精霊の数が減少している事に気付いた。瘴気が濃度が増してきている影響かもしれない。
精霊王様方への影響は如何ほどの物か。
「ふん・・・我が巫女カルメンよ。精霊の剣の鎧砕け、さすれば許しを与えよう」
「わ、我が!?は、はい、承知いたしました!」
カルメンの沈んでいた声が上ずり、驚きから転じて嬉しそうに弾む声が耳に入ると同時に強い殺気が此方に向けられる。
位置的には闇の精霊王様の近い筈なのに、わざわざカルメンを動かしたと言う事は世界の綻びが発生する事は想定外だった、又はあの場所から動けないのかもしれない。
狂気じみた笑みを浮かべたカルメンの三日月形の大鎌が此方に向けて半円を描くのを寸前で躱し、その脇をすり抜けるが重い金属音と共に背中に衝撃が走った。
「う・・・ぐっ!」
よろける足に力を込めて踏み止まると、私は弾ける様に走り出した。
****************
「このっ、腰抜け女!逃げんじゃないわよ!!!」
金属が擦れる音と共にカルメンが癇癪を起し、我を忘れた激情任せの追撃が迫ってくる。
「そんな事を言われて、大人しく切られる馬鹿はいないわ!」
進行方向から魔法、背後からは女狂戦士の板挟み。
如何にか闇の精霊王様の背後を取る、取れなくとも強引にでも生命の地脈に剣を突き立てる事が出来れば御の字なんだけど。
『焦らなくて良い、儂たちの勝利じゃ』
土の精霊王様の嬉しそうな声が耳に響く、その言葉に首を捻ると、背後から雷が落ちたような大きな音共に「ぐぅえっ」と言う呻き声が響いた。
「落石・・・・?」
幾つかの大岩が転がり落ち粉塵が舞う中、ふと小さな何かが群れを成して走ってくる姿が目に付く。その姿は様々、石を人型に積み重ねた者や草花が生えた土で出来た者など、この子達は確か土の妖精。
この数の妖精が此処に集まってくると言う事は・・・
「妖精達が騒がしいと思えば・・・分霊とはいえ地脈を通じての穢れの影響は看過できない筈、此処は御身の為にも退いて頂けませんでしょうか?」
この峡谷は地上に繋がっているらしい、風の妖精と共にレックスはゆっくりと着地すると、地の妖精達は待ち侘びていたかの様にその足元へ集う。
その中の数匹が一生懸命、「今のうちに」と身振り手振りで先に進むように案内してくれていた。
レックス自身は此方に一目もくれないが、その背中に感謝をのべると地脈へ身を捩りながら駆け出した。
「ふん・・・妖精も滅びゆく世界の存続を望むか」
背後から狂った様な闇の精霊王様の物言いを耳に、闇のマナに染められた生命の地脈に剣を突き立てた。
薄氷が割れるような音を立て、剣が差し込まれると剣を通じて世界の様々な場面が頭に流れ込んでくる。
その多くは闇の国の恐ろしく残酷な場面、そして闇の精霊王様の憎悪に溢れた思考、それも眩い光に呑まれ消えていった。
退散する直前、闇の精霊王様は何か言いたげに口を動かしていたが、その体は黒紫の闇のマナになり生命の地脈へと姿を消してしまった。
「や・・・った?」
「ふむ・・・良くやった」
私が剣を鞘に収めると、土の精霊王様は元の姿へと戻り、溜息を吐きながら杖を突いてその場に座り込んだ。見れば既に土の妖精達が世界の綻びを修復し始めている。
久々の再会に互いに笑顔を向けると、レックスの背後に血塗れのカルメンが立っており、そのまま首に腕を掛け抱き着くと、女性とは思えない力で引きずりだした。
「お前のせいだ!お前がいなければ、あの方の望みがかなったと言うのにいぃ!!!」
カルメンは幾度となく妖精たちの攻撃を受けながらも鼻息を荒くし、目を血走らせながら絶叫した。
レックスも杖で抵抗をしていたが、先日の戦いの影響か苦しそうに顔を歪める。
「・・・放せ!」
「レックス!!」
私はレックス達のの許へ全力で駆け寄るが、二人の体が綻びへと傾く。
歯を食いしばり必死に手を伸ばすと、如何にかレックスの手は掴んだのだが、濃い瘴気は呼吸を狂わせ体を穢す。
苦しい呼吸の中、強く握り締めたまま地面を踏みしめるも、カルメンの重みも加わった事により私達は世界の裂け目から覗く穢れの海へ落ちていくのだった。
本日も当作品を最後まで読んでいあ抱き誠にありがとうございます!
次週より新章に入りますので色々と準備がありますが、良ければ引き続き読んで頂けたら
幸いです。
*****************
次週も無事に投稿できれば3月18日20時に更新いたします。




