第81話 二柱の精霊王ーベアストマン帝国奪還編
一つの戦いが此処に終わりを迎える。
何処かやるせない思いと灰が積もる中、数多の人々の死を冒涜し続けた魔女の死をもって静寂が辺りを包み込んだ。ただ、ルシアノの逃亡が如何にも引っかかっている。
多くの人々に死をもたらし、あまつさえその死を冒涜した魔女を倒し敵を討った事、胸中は決して歓喜だけでは無く、悲しみさえも抱えているけれど一様に安堵している様子。
けれども、敵はそんな暇すら私達に与えてはくれない。
突如として鳴り響く雷が落ちるかのような轟音と突き上げるような振動、命からがら危機を乗り越えたかと空を見上げると城から光が空を貫いていた。
誰がこの様な事態を予測できただろうか、城を眺める内に取られていた意識が戻り、残った騎士団と祭殿兵の姿が頭に思い浮かぶと一気に血の気が引いた。
天へと伸びた光は石畳を割り、植物の命を奪い、時には建物を倒壊しながら伸びてくる。
「おいおい、どういう事だ?」
ダリルは間髪入れず、私に事態の見解を訊ねてくる。
然し、そうやって尋ねられた所で情報が少なすぎて明確に答えようがない。
「解らない・・・でも違うと思う」
確かルシアノが得意とするのは魔物の合成と変異、何かしらの強力な魔物を組み合わせたとて、あの凄まじい爆発と光もそうだが、大地を切り裂くも地下を行く魔物の姿も見えない。
ルシアノの可能性も捨てきれないが、この規模の威力は上位の存在の可能性も出てくる。
「抑えられるかは不明だが、此処は僕の土人形で抑えてみようか」
ファウストさんは迫りくる大地を切り裂く黒い光の帯を見つめながら、両手を地面へと伸ばす。
帝都の被害を抑える為の提案だと思うが、生きている住人がほぼ居ない今は敢えて避け、生存者がいる城へと状況を確かめに行くべきだと思う。
「酷な事を言うと思う、けれど今はこの場は離れて城へ向かいましょう」
「・・・そうだな、承知した」
ファウストさんは体を起こすと手についた土を掃いながら頷く。
「だいぶ近づいてきているな。周囲に目をくれず、逸れない様に急ごう」
フェリクスさんの一声に駆け足でその場を離れる皆を追いかけるが、ライモンド殿下が灰の山へ祈り続けている姿が目に留まった。
街並みが破壊される音と重圧に、身動きをせずに無心で祈り続ける背中に衝動的に叫んでしまった。
「急いでください、光が此方に迫ってきています!」
私の声に逸早くダリルが気付き引き返すと、舌打ちをしながらもライモンド殿下の許へ駆け寄り、腕を鷲摑みし立ち上がらせた。だが、既に光は二人を切り裂こうとしていた。
「くそっ・・・」
「・・・!?」
皆の自分達を呼ぶ声が耳に飛び込んでくる、直撃しようとする瞬間、必死に足掻いて伸ばした手が琥珀色の光を放った。
仲間とこの国の未来を護りたい、その一心で祈る様な思いのままに腕を伸ばすと手鎧に土の精霊紋が浮かび上がる。
精霊紋の光に呼応するように大地は琥珀色に染まると隆起し、裂け目を修復するように埋め尽くしていた。
「はっ、はは、死ぬかと思ったぜ」
ダリルは大きく息を吐くと、頬を引きつらせしゃがみ込んだ。
危機的な状況に声すら出せずにいたが、改めて土の精霊王様の加護の有難みを実感する。
皆が此方へ戻ってくる足音を聞きながら、改めてライモンド殿下へと視線を向けた。
「・・・すまなかった」
そう呟くように謝罪を述べるライモンド殿下の足元には灰に埋まった王冠と複数のティアラ。
灰塗れでありながらも、見事な装飾が施された品々、それは取り込まれた物の中に皇族の存在を示す証。
「恐れ入りますが殿下、一つ伺っても宜しいでしょうか?」
緊張の面持で訊ねてみると、私の顔を見るなりライモンド殿下は何かを察したような顔で苦笑する。
「ああ、構わない」
「その・・・王冠とティアラを護っていたのですか?」
「何故だろうな、あれ程に憤り軽蔑していたにも拘らず、遺品を目の前にどうしても捨て置けなかった」
確か、先帝の生活ぶりや統治方法に嫌気がさしていたんだっけ。
それでも捨て置けなかったのは、それが本心ではなかったのだと思う。
「ならば、持っていきましょう。次代の皇帝陛下の頭上に輝くに相応しいと思います」
「・・・尊大な物言いだな」
「も、申し訳ございませんっ」
「ふっ、冗談だ。ありがたく其の言葉を受け入れる。必ずやその期待に応え、実現して見せよう」
ライモンド殿下は遺品を全て拾い上げると腰鞄にしまい、代わりに国章が刻まれた短剣を墓標の様に突き立てた。
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「終わったの?退屈過ぎて眠くなっちゃったよ」
城へ向かう道中、ルシアノは何事も無かったかのように路地裏から欠伸をしながらふらりと顔を出す。
位置関係と口振りからするに、先程までの戦いもやり取りもただ傍観していただけなのね。
つまり、何も手出しをしなかったと言う事からマリベルを使えない駒として見限ったのだろう。
まあ、マリベルを同情するつもりは微塵も無いけど。
「そう・・・それで今更、何の用かしら?」
ケレブリエルさんは杖をルシアノに向けたまま、間合いを取りつつ問いかける。
それにはルシアノも不快に思ったらしく、魔法を恐れずに接近すると大きな目玉でケレブリエルさんを睨んだ。
「それって、人に物を訊ねる態度?エルフってやっぱ気位が高いと言うか、傲慢だよね」
「安い挑発はいらないわ。良いから目的を話しなさい」
ケレブリエルさんは眉間に深い皺を刻み、杖の照準をルシアノから外さず詠唱を始める。
風が舞い上がり、髪が巻き上げられ頬を何度も震わせると、本気だと悟ったのか後方へ飛びのくと肩を竦めてお道化て見せた。
「この大陸は間も無く、闇の精霊王の物になる。つまり、ぼく達の勝利と言う訳だ。そこで君達に邪魔をしないでほしいと伝えに来たわけ・・・」
然し、次の瞬間にはその首に三日月形の大鎌の刃が添えられた。
風に靡く長い宵闇色の髪、黒く渦巻く山羊の角、赤紫の目を吊り上げ、二対の黒い皮膜が張られた翼を羽ばたかせカルメンが舞い降りる。
「余計な事を話さずさっさと実行なさい。やらなければ、その醜い頭を胴体からおさらばさせるわよ」
大鎌を硬直するルシアノの首をすくい上げる様に喉元で止められると、カルメンは不機嫌そうに低い声でルシアノを恫喝した。
「はあ、勘弁してよー。精霊の剣を連れていけば良いんだろぉ?」
ルシアノが面倒くさげに両手を上げると、カルメンは目線を映し無言で私だけを睨みつける。
その怒りの訳は知る由もないが、唯の怒りや憎しみよりも根深い粘着質な感じだ。
これは現状に無関係として先程、ルシアノが言った言葉に対して訊ねてみようか。
「何か私を何処かへ連れていくと聞こえたけど、何処に連れていかれるのかしら?」
「黙っていろ、あの方の居場所をお前が知る必要はない」
カルメンがあの方と称し、あれだけの激しい嫉妬をすると言う事は十中八九、闇の精霊王様からの招待だ。
祭殿での闇の精霊王様とのやり取りと言い、気になる事が有る以上はこの申し出に乗る事も得策かもしれない。
騎士団に祭殿兵に教会と、城に残った人々の安否が不明な事が気掛かりでもあるが。
如何した物かと思案しつつ、視線を泳がせるとライモンド殿下とソフィアと二人と目が合った。
「如何なさるおつもりですか?」
ソフィアはカルメン達を警戒しつつ、ゆっくりと此方に近寄ると声を潜めながらこっそりと訊ねる。
仲間と魔族二人の間で視線を泳がす、私の中で心積もりは決まった。
「皆、途中で投げ出すようで申し訳ないだけど、後を頼んでいいかな?」
「なっ・・・いえ、承知致しました」
ソフィアは不安を堪え息を飲み頷くと、フェリクスさん達も私の決意を組んでくれたが、ダリルだけは此方を睨んできた。
「一人で大丈夫なのか?」
「カルメン達は私を指名したわ。それに精霊王様が関わるなら私が行かないと」
「・・・勝手にしろ」
ダリルは何かを堪えながら声を絞り出し唇を堅く結ぶと、目を逸らし拳を握りしめると私に背を向ける。
意外と心配性なんだなと思いつつ、私はライモンド殿下へと目を向けた。
「ライモンド殿下、お伝えしておきたい言伝が有ります」
「なんだ、言ってみろ」
「今、大地には絶える事のない祈りが必要とされています」
「・・・ああ、そうだな」
ライモンド殿下は私の言葉に眉根を寄せるも、僅かに思案した後に無言で頷いた。
「ええ、二人についていくわ」
私が承諾するとルシアノは大きな溜息をつくと呪文の詠唱と共に黒い蝶の群れが生まれる。
やがてそれは渦を巻き周囲を包み、視界は鱗粉により黒く染められた。
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気が付けば薄暗い場所に立っていた。
見上げれば狭いが空が見える事からして異空間と言う訳では無さそう、目が慣れてきて解った事は深い谷底に居ると言う事ぐらい。
カルメンやルシアノの姿はない、如何やら目的の場所へ転送されたらしい。
それにしても不思議な場所だ、マナの濃度が高いのか小精霊が視認できる程の密度で存在している。
しかも、土の精霊より闇の精霊が多い。
両壁には琥珀色と紫の葉脈の様な筋と繋がる巨大な結晶があり、振り向くと紫の結晶の前にいつの間にか闇の精霊王様が立っていた。
「カルメン達は下がらせた、ゆっくりと話をしようじゃないか」
全ての光を吸収してしまいそうな長い黒髪、魔族とよく似た容姿にも拘らず女神の恩恵を示す金色に瞳は今や不気味に思う。
見るほどに道化師の仮面のような張り付いた笑顔は薄ら寒さすら感じてしまった。
「土の精霊王様を如何なさるおつもりなのでしょうか?」
祭殿で聞かされた話も、ルシアノ達の言葉も嘘や思い違いであったらと少ない可能性に縋りつくように私は訊ねた。
「それについては以前に話したはずだ。半神で世界を維持できなくなっている以上、本来の一柱に戻す必要があると」
事実を突き付けられ、半神では維持ができないと言う言葉が刺さった。
過去を振り返れば、それを証明するような選ばれた者達による献身が有ったのは確かだからだ。
「つまり世界の柱を折り、邪神を此の世界へ招こうと言うのですか」
「ああ、そうだ。勘違いしているが精霊王に死は存在しない、精霊界に帰る事になるだけだぞ」
「だから、私に黙認するようにと?」
「いや、違う。精霊の剣は我らの剣であり、同時に精霊王から力を奪い消し去る事ができる存在だ。そこでお前の力が必要なのだよ」
私は剣であり、力を奪い現世から精霊界へ送還する事のできる存在。
つまり私を消す訳でもなく、世界を崩壊させ邪神をこの世界に招く為に力を貸すようにと命じているのだ。
「何を言われようと・・・貴方の命令には従いません」
女神さまに歯向かうと同時に、大切な人々が生きる世界を消滅させて創り直す世界に何の価値を見出せと言うのか。
世界を支える大切な存在の裏切りに、腹立たしささえ浮かんだ。
「よく言った、儂も徹底して抗おうぞ」
足元が琥珀色の光に照らされた事に気付けば、背後からカツンと岩を突く杖の音が響く。
そこで振り向き様に目にしたのは、私を庇う様に立つ土の精霊王様の顕現された姿だった。
当作品を本日も最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。
次週で漸く今回の章の最期となる予定です。
話がだれぬよう頑張りますので、今後も当作品を宜しくお願い致します。
今回は二名の方にブックマーク登録を頂きました。ありがとうございます!!!
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次週も無事に投稿できれば3月11日20時に更新いたします。




