第28話 在りし日の欠片
あれから数日、出発まで残り三週間ほどの所で何も知らないまま世界を相手にしようとしてたと実感する。
マナは喪失すれは魔法の消滅を招き、狂えば生物の魔核を汚染し更なる異形への進化や行動の異常を引き起こす。偏りは魔法を所持する国同士や持たない国への侵略戦争などを引き起こす危険がある。
先日の授業で習ったそれを私は防ぐ為の一翼を買って出たわけだ。
「いきなり無詠唱は無理ですお馬鹿さん・・。貴女には特別な力が備わっていると言っても、今のやり方では精霊から乱暴に力を引き出している訳ですから」
「そんな・・・」
「どうすれば良いんだ?」
「詠唱を繰り返す事から始め、魔核に宿る精霊の力と自身の魔力を同調させる必要があります」
机の上にドスンと重量感のある音と共に私達の分厚い本が配られる。
「わっ・・・」
「お、お・・・う」
「私の学生時代の愛読書です、これを差し上げますから熟読し勉強なさい。先ずは自身の魔核に宿る精霊に呼びかけるところからです」
本は傷んでいる部分が少々あるが大事にされていたのが判る。
そこからは詠唱の繰り返しの特訓が始まった。
「天より輝く衣を纏いて舞う精霊よ、破邪の力を帯びし白刃を与えん・・・、煌めけ!【ライトブラスト】」
光の無数の刃が降り注ぎ、複数の的を八つ裂きにする。
成果が出てきたのか、剣の具現化や簡単な魔法を詠唱すれば自由に使用できるようになった。
繰り返す内に二つの力の波長が合っていくのを感じる。
しかし、私も未だに無詠唱の粋までは達していないのが現状だ。
「爆ぜよ火の華、うねり暴れ紅蓮の渦となり、全てを灰塵へと帰せ!【炎乱舞】」
ダリルの周りを炎が囲い、それを武道の動きを活かして舞うように拳と蹴りが的を乱れ打つ。
的は焼き切れ消滅し壁が焦げ黒い煤だけが残っていた。
「へへへっ・・・ざっとこんなもん・・・かな?」
ダリルも満足気な顔をしているが何処か引っかかるようで首を捻っている。
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次の日、何時も通りに図書館に行くと扉に休館日との札がぶら下がっていた。
色々と調べたい事があったけれども、これは断念せざるえない。
「うーん、どうやって時間を潰そう・・・」
ルミア先生は私達の特別授業以外にもアカデミーの教師陣と魔法に関する研究をしている。
その知識を村の学校での授業に生かす為らしい、つまり私達の授業はその後だ。
「よし!気分転換にケイティーに会いに行ってみようかな」
ひしめき合う様に並ぶ商店の中でも立派な煉瓦作りの建物にはストライド商会の名が刻まれた看板が掛けられている。
すると、店先でエプロン姿のケイティーの姿が目に留まった。
「あれ・・?」
驚く私の声に三角の大きな黄緑の耳がピクリと反応し、ケイティーは「少し待っていて」と言うジェスチャーをする。
お客さんが散った後、何やら籠を抱えながらケイティーは私の方へ走って来た。
「久しぶりだね、元気にしてた?修行はどうしたの?」
「お姉ちゃん久しぶり~。勿論、元気だよ。修行も勿論しているけれど、働かざる者食うべからずだからね!」
「おぉー、立派な事を言うようになって~。えらいえらい!」
頭を撫でてあげるとケイティーはエヘヘと嬉しそうに微笑む。
「でね、そこでなんだけどストライド商会の自家製ランゴパイがあるんだけど・・・。なんと今ならミルクたっぷりレッドティーもついて銅貨3枚なんだけどどうかな?」
ランゴは赤い皮にシャキシャキの白くて甘い果肉をもつ、比較的安価な果物だ。
暫く見ないうちにケイティーは商魂逞しくなった気がする。
しかし、お財布事情を考えると買うかどうか悩む・・・
「それじゃ、貰おうかな」
思わず買ってしまった。私も妹離れすべきかな・・・?
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中央広場で思わず買ってしまったランゴパイに齧りつく。
パリパリと小気味よい食感のパイ生地を噛むとパダーの風味と香辛料が効いた甘酸っぱく煮込まれたランゴの果肉が口に広がる。
「うぅ~んっ」
よく冷えたレッドティーを飲みながら周りを見渡すと、大きな花輪を抱えた質素な服装の集団が教会の方へ歩いて行くのが見えた。
「あれー?アメリアちゃんじゃないか?」
聞き覚えのある声に振り向くと、背後に立っていたのはフェリクスさんだった。
「わっ、お久しぶりですね」
「ああ、久しぶりだね。ってちょっと悪いけれど匿ってくれる?」
フェリクスさんは何かに気づき、しゃがみ込むと慌てて私の影に隠れる。
「匿うって・・・?」
思わず声を潜めて聞き返し、私も辺りを見回す。
すると先日、料理店のテラス席で見かけた赤髪の美女が鬼の形相で辺りを見回している。
「・・・・何をしたんですか?」
「えーと・・・」
フェリクスさんは気まずげに私から目を逸らす。
次の瞬間、女性のヒステリックな金切り声が響いた。
「この浮気者!どこへ行った!」
「ヒッ・・・」と声をあげ、フェリクスさんは青ざめる。
浮気したうえに女の子の陰に隠れるとか・・・
「・・・サイテーデスネ」
「ちょ・・ちょっとした出来心だよ」
そうこう話していると凄まじい勢いで女性はこの場を走り去って行った。
危機を脱したのに気が付くとフェリクスさんはゆっくりと立ち上がり、私の隣にちゃっかり座ってきた。
「でっ、アメリアちゃんはこんな所で何をしていたんだ?デコ助は居ないみたいだけど」
「・・・軽くお茶を。ダリルは別行動中です」
そう言えば気にしてなかったけど、あいつ何をしているんだろうか?と首を思わず傾げる。
「ふぅん、アイツとはどうなの?」
「ん?どうって・・別に一緒にクエストしたり、魔法の勉強をしてるだけですよ」
「ハハッ、そうじゃないんだけどな・・・」
何故かフェリクスさんは苦笑いをすると何かに同情するような顔をして視線を宙に泳がせる。
何か体よく話をそらされた気がするな・・・
「ところで、さっきから花を持っている人が居ますけど何かあるんですか?」
「あぁ、あれは王妃様の命日を偲ぶ式典への参加者だね。興味があるのかい?」
「ええ、調べ物をした時に王妃様のお話を目にしたので」
「それじゃ、そろそろ誰でも花を手向ける事ができるようだからお兄さんと一緒に行ってみる?」
よく見ると普通の服を着た若者からお年寄りまで様々な人々が花束を手に歩いていた。
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静かな大聖堂は荘厳な雰囲気を漂わせ、私達を迎え入れてくれる。
所々には女神ウァルのレリーフや彫像があり、嘗て強引に私を精霊界に呼び寄せた女性が神と言う存在だと改めて理解できた。
私達が其処を抜けて墓地へ向かうと多くの墓石の中で、人々が列を作る細やかな装飾が施された豪華な墓石をみつけた。その下には山の様に花束が手向けられている。
「あ、花を持ってきてない・・・」
「大丈夫だよ」
フェリクスさんが私の肩をつついて指をさす。その先には参列者に花を渡すシスターの姿が。
なるほど・・・私達みたいな人のために配っているのね。
白い可憐な一輪の花を受け取り列に並ぶ。
ふと、横を見ると隣に立つフェリクスさんは何時になく真剣でかつ愁いを帯びた複雑な表情を浮かべていた。これは忠義から来るものなのだろうか私には計り知れないけれど。
厳粛な雰囲気の中、儀式の際に出会ったゴトフリー司祭の姿が見えた。
教会の一員として活動する意思は私には無いが、目が合うと司祭は僅かに口角を上げて会釈をする。
私達の番が如何にか訪れ、墓前に花を手向けた瞬間、私の視界が暗転する。
覚えのある感覚に身を任せる私の頭に「失せ物が戻った」と誰かの声が響いた。
暫くの後、瞼を開くとガタゴトと揺れる馬車の中に私は居た。何故か視線が低く、自分の手がやけに小さくなっているのに気が付いた。
見回すと顔を見る事は何故かできないが、隣には小さな男の子と、向かい側に品の良い女性が座っているのが窺える。何かを喋っているようだけれど声が聞こえてこない。
「此処は何処?貴方達は誰?」
そこで再び意識が暗転する。
次は激しく揺れる馬車の中、外からは阿鼻叫喚と怒号が飛び交っている。私は男の子と一緒に女性に抱きしめられていた。
突如、馬車の戸が乱暴に開けられる。
「逃げなきゃ・・・」
しかし、逃げようにも体はピクリとも動かない。
乗り込んで来た男の口元が下卑た笑みを浮かべニヤリと吊り上がると、その手に握られた大ぶりの短剣が振り下ろされるのが視界の隅に見えた。次の瞬間、私の視界が一気に赤く染まる。
震える私達を覆っていた女性が強引に引き剥がされ、男の後ろから淡い色の金髪の十代半ば程の少年が現れた。
その少年は男に何かを言われ短剣を握らされる。男も少年も顔が見えず、表情は窺えないが何をしようとしているのかは私にも判る。
「や・・・やめてっ!」
其処で私の意識は真っ白になり、誰かに腕を引っ張られる感覚と共に意識が引き戻される。意識が戻る過程でウァル様の姿が見えたかと思うと、「良く戻って来た」と言う彼女の声が頭に響いた。
再び瞼を開けると私は、フェリクスさんに肩を支えられていた。
「大丈夫?貧血か?」
そう言ったフェリクスさんの顔が一瞬だけ、何かの影と被った気がした。




