第76話 不穏分子ーベアストマン帝国奪還編
傷だらけの騎士団とは美を磨く為の絢爛豪華な大広間と此れほど不釣り合いな光景は見た事がない。
敗戦を経て仲間を失い、傷ついたにも拘わらずとも彼らの自国を取り戻す為の闘志は失われず、寧ろ強まってるとすら思える輝きが瞳に宿っているのを目にした。
此れから移動無は大事、だからこそ目の前の人物の痛々しい怪我が気に掛る。
丁寧に処置をされているのか、血痕などは付着していないが幾重にも布が巻かれた上に何やら仰々しい魔道具で固定までされていた。
多くの人々が大なり小なり負傷しているものの、その中でも主導者であるブランカ団長の怪我は際立つ。
隠し拠点に来て早々、不躾ながら凝視されている事に気付いたのか、ブランカ団長は片方の方眉を軽く吊り上げた。
「あぁ、これが気になるか?」
ブランカ団長は足に装着した魔道具を爪先で突く。
それは簡素な装飾を施した銀環、誰にでも使用できるようにしているのか表面に祝詞が細やかに刻まれ、淡い水色の光を発していた。
「え、えぇ、白魔術師の皆さんが居るので問題はないのは解っていますが・・・」
恐々と訊ねると、ブランカ団長は不機嫌そうに顔を顰めた後、静かに口元を緩めると足元へ視線を落とす。
「なに、案ずるな。多少はかかるが奪還には支障はないさ」
ブランカ団長は視線を戻すと動きを止め、ぎこちない動きで姿勢を正し、背凭れにその身を預けた。
弱みを見せず毅然とした態度には主導者たる矜持のような物を感じさせられる。
私達は白魔法には見識はなく、ましてや専門的な魔道具とあれば知識はない。
このまま言葉のままに鵜呑みにして良い物なのだろうかと不安は、ふと視線を向けた蒼褪めているソフィアの表情に不安を掻き立てらえた。
「ソフィア?」
私が呼びかけるとソフィアは気不味そうに苦笑し、ブランカ団長を横目で見ると戸惑いながらも小声で喋りだす。
「あの魔道具は保定具。損傷の激しい部位や骨を体に固定し、癒合を促進させる為の物でその・・・」
そんな物が有り、使用している時点で只事じゃないのは明確だ。
何処が問題がないのか、傍らにいるシスターリンダが柄になく不安気なのも、思えば周囲に漏らさぬように口止めされているからかもしれない。
「あ゛ぁ?」
シスターリンダは視線が合うと眉間に皺を寄せ、相も変わらずな反応を返してくる。
見たところ聞く耳持たずという所だろうか。
物思いにふける中、急に肩を叩かれ視線をあげると、フェリクスさんがブランカ団長に声をかけていた。
「まあ取り敢えず、合流を果たした訳ですし互いに事情を話しては如何でしょうか」
そんな軽口に数名の騎士とブランカ団長は眉間に皺を寄せて怪訝そうなようす。
フェリクスさんがそれに対し苦笑をし、息を吞むとブランカ団長は静かに頷いた。
「・・・そうだな」
それは悔しさ滲む表情で語りだされる。
闇の国の船の爆発を合図に火蓋を切った策は正面の囮部隊を含む三方向からの突入。
城内の戦力を分散し、順調に制圧を進めるも、それはマリベルによる新たな駒の補充の為の罠だった。
それは突如、何処からともなく悍ましい何かが這う音に身構えると、其処に現れたのはあらゆる悪意を塗り固めた様な不定形の魔物。
咄嗟の矢による攻撃は呑まれてしまうが、剣と魔法で応戦し削るも魔物は自ら体を分裂させ、数多の歪な形の魔物へと姿形を変えたらしい。
戦況は優勢と見込んでいたそうだが、様々な生き物の特徴を持つ悍ましいその異形の姿に発狂する者が続出、一気に狂わされ劣勢に追い詰められたそうだ。
「退却を命ずるも狭まれ、苦戦した上にこの様だ。まあ、後悔はしてはいない、それに見合った成果がここに在るからな」
ブランカ団長は生き延びた騎士達を眺め微笑むが、顔は晴れず何処か愁いを帯びたその瞳を細めた。
命あっての物種と言う所だろうが、秘めたる後悔は主導者たる仮面をもってしても隠し切れないのだろう。
その主導者は白魔法と魔道具を用いても前線に立つ事は難しいのかもしれない。
祭殿の奪還を終えた兵と合流も儘ならず、一度は敗走を帰したが此処からどう形勢を逆転させるのか大きな課題だ。
「暢気だな・・・逃げ込んでこそこそ偵察をさせて。その体たらくで如何すると言うんだよ」
何処か静まり返った空気にダリルは感情のままにケレブリエルさんに掴まれた腕を振り払い、ブランカ団長への苛立ちを吐き出す。
怒り任せに襟首をつかもうと手が伸びたが、それに動じずに務めて冷静な姿勢を崩さないブランカ団長の態度に指先すら届くことはなかった。
「そんなに今の私は不安か・・・奪還に支障はないと言っただろう?」
「あぁ?だからどう言う事だよ」
ダリルはブランカ団長を取り囲む騎士達の殺気に舌打ちをするが、問い詰める口は止まらなかった。
「ダリル!不敬にも程があるぞ・・・言葉を慎め」
ファウストさんは険しい表情を浮かべ食い気味のダリルの肩を鷲掴む。
ダリルとファウストさんは睨み合うも、またもや其れを制止したのはブランカ団長本人だった。
「構わない、この状況で焦らない方が不自然だ。支障がないという言葉を口にしたのは、ただの見栄ではなく勝利を確証出来るほどの力を得たのだ」
「何を言ってんだ・・・」
ブランカ団長の何処か確信めいた発言に意図を組めず、ダリルは呆然と立ち尽くしていた。
此処までの奪還への自信、前線へ出る事を諦めて軍師として策を騎士達に与えたか、それとも何か別の強力な力を得たのだろうか。
「成程、新たな主導者を引き入れたと・・・」
視界に驚愕の人物の姿が目に飛び込んでくる、その姿に開いた口が塞がらない。
あまりに当然のように人込みをかき分けて現れた人物に誰もが開いた口が塞がらなかった。
「なっ!どう言う事だ、何で此奴が居るんだよ」
「やめろ!デコ助、此れには深い事情があんだよ」
声を張り上げるダリルに今度はフェリクスさんが腕を掴むが、ファウストさんと共に振り払われた。
「深い事情って何だよ、こっちは散々な目にあっている・・・うぐっ」
ダリルはその勢いを抑えることなく、つかつかと歩み寄るが、その足を絡めとられ床へと顔を打ち付ける。
その姿を冷ややかな視線を送る人物、ライモンド殿下はダリルを見下ろし嘲笑っていた。
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「あれは勝手にお前達が勝手に逃げたのだろう?」
まるで自分達は追撃も襲撃も行っていないと言わんばかりの口ぶり。
この人は敵地に突然現れてまで嘗ての地位に胡坐をかいて何を尊大に振舞うのだろうか?
「じゃあ、あんたにとって数にものを言わせて人を挽肉にすんのが挨拶とでも言うのかよ?そういやー、あん時、一緒に居たのも・・・」
ダリルは立ち上がると、怒り任せに視線をライモンド殿下から周囲に視線を向け、衝動のままに紡がれる言葉は留まらずにいた。
「ダリル、いい加減にして」
ダリルは一度、振り上げた怒りの拳の向所が不明となるも其れはゆっくりと下ろされる。
露骨に疑わし人物の登場、見方だと信じられないのは誰だろうと同じだろう。
各々の武器に手を伸ばしては手を止める、此処で無用な混乱を起こさずに済んだのも周囲の様子をよく観察していたという所だろうか。
辺りの騎士達は警戒している様子は見せるものの、ブランカ団長の一睨みで言葉を改めた沈黙の後に殺気は霧散した。
「武器を収めよ。殿下は我らの敵ではない。まあ、見方とも言い難いがな」
ブランカ団長は私達を窘めると、皮肉めいた言葉をライモンド殿下へ投げかける。
「ふん、相も変わらず回り諄いな」
「いったい、それはどう言う事ですか?」
私もブランカ団長達の態度に皆に武器を収めさせ、聞く体制を整える。
ダリルに念を押しに身振り手振りで釘を刺すが不貞腐れたまま沈黙を貫く。
ブランカ団長へ率直な疑問を投げかけたが、それに応えたのはライモンド殿下だった。
「現在、闇の国は闇の精霊王の為の領土の拡充の目論みは崩れ混乱が起きている。そこの女神の僕によって、土の精霊王による妨害がまで入り苦境に立たされたからな。信用を得難いのは承知している、都合よく鞍替しようと言うのだからな。だが、敢えて俺は騎士団と交渉に来た」
つまり、ベアストマン帝国側に土の精霊王様の力が戻り、闇の国計画が崩れて自分の立場が悪くなってきたから此方に寝返ろうと交渉を持ち掛けてきたと言うわけか。
本当に今更だが、それを許可するのは私達ではない。
「それを、受け入れたのね・・・?」
ケレブリエルさんは静かにブランカ団長へと真意を問う。
ブランカ団長は暫しの沈黙の後、淀みなくそれを肯定する言葉を口にした。
「ああ、今我々に必要なのは情報だ。奪還を成し遂げるためであれば、何者の手であろうと取る事を厭わない」
主導者であるブランカ団長が許可するのであれば、こちらがとやかく言えない。
身を引くしかないが、第三者の私達からすれば多用される魔法が故に闇の国へ傾倒していた人物が信用できるかは別の話。
そもそも、他の皇族の噂も話題も露程にも情報が入ってこない事も気掛かりであるが・・・
騎士団側からすればライモンド殿下を贔屓目に見られる可能性があり得る、危うさは拭えないが問題は交渉内容だ。
「さて、役者は揃ったな。本題に入るか」
私たちの反応など意に介せず、ライモンド殿下は金色に縁どられた花柄の長椅子に腰を落とし仰け反ると、腕と足を組みブランカ団長にも向かい側の椅子に座るように勧めた。
ブランカ団長は眉間に深い皺を寄せると溜息をつくき、ドカリと乱暴に座り鋭い目つきでライモンド殿下を見据える。
「ああ、もちろん引き受けよう。あの魔女たちの塒を明かす代わりに、皇族の救出の協力だったな。精霊の剣の時のように兵を貸すのでは無く、今回は私も出陣する」
「ふん、年寄りの冷や水というやつじゃないか?」
「盤石ならずとも、闇の勢力ごとき相手に劣らぬよ」
師弟は互いの要求を呑み笑顔で向き合うも、漂わせる空気は背筋が凍るよう。
話を聞く限り、何もかも彼らの策の内だったようだが、見る限り嚙み合っていないようにも思える。
懸念要素であるが、私は同時に安堵をしていた。
「端から手を組んでいたのかよ・・・」
暫し無言でいたダリルから口を衝いて出た一言。
その一言にライモンド殿下は苦笑するが、そこにブランカ団長が振り向きざまに不穏な空気も消し飛ぶような笑い声をあげた。
「はははっ!信用ならないのも尤もだ。然らば其れを挽回できるよう尽力して見せよう、不始末の尻拭いも師としての役目であるからな」
思わぬ助け舟に感謝するどころか、ダリルは悔し気な表情を浮かべ黙り込んでしまう。
その様子にライモンド殿下は不機嫌になるどころか、ちらりと視線を向けるが興味無さげに目を逸らした。
「そいつを連れて部屋の隅にでも待機していろ。後は我々の問題だ」
先程までと違い、冷たく突き放す声に呼応するように騎士達が私達との合間に整列する。
不貞腐れたままのダリルをフェリクスさんが肩を叩き、移動を促すがダリルはひどく落ち込んだ様子で無言で自ら歩き出した。
「何だよデコ助のやつ、気持ち悪いな・・・」
フェリクスさんは拳や暴言の応酬に備えていたのか、肩透かしを食らって身震いをする。
それを見てケレブリエルさんは肩を竦め、唖然とするフェリクスさんを諭した。
「馬鹿ね、ダリルもあー見えて葛藤があるのよ。しいて言うのであれば、自己嫌悪かしら」
「成程、アイツなりにガキから大人になろうとしてんだね」
ケレブリエルさんの言葉を耳にし、ダリルの背中を眺めフェリクスさんは愉快そうに口角をあげた。
「ともかく此処は大人しく従いましょうか」
話し合いの場に座る二人の声は聞こえず、その場に留まろうとすれば騎士達からは小声で命令に従う様に促される。
暫く歩みを進めると、ダリルはふと足を止めた。
「悪ぃ、俺も悪いと思ってはいるんだ・・・」
「大丈夫、今は誰も心中では同じ筈よ。皆、大手を振ってライモンド殿下を信用している訳じゃない」
「疑念を抱くのは悪くはないが、今は警戒は解かずとも動かすべきは口ではなく頭と体なのさ」
私とファウストさんの励ましにダリルは頷き、静かに微笑み「そうだな」と少し照れ臭そうに顔をあげる。
騎士団長と皇子の話は纏まり、騒めく室内で告げられた行先は陰鬱と残虐に染まる地下牢だった。
本日も当作品を最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。
先週に引き続き、投稿が遅れてしまい申し訳ございませんでした<(_ _)>
如何か以降も引き続き当作品を見捨てずに頂けたら幸いです。
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次回こそ無事に投稿できれば2月5日18時に更新いたします。




