第75話 昨日の敵は今日の友ーベアストマン帝国奪還編
戦いの爪痕残る中庭に響く奇声が響く。
「あぎゃおっ!」
さて、声の主は監視の兵かそれとも魔物だろうか?
何れにしろ、マリベル達の情報を聞き出す絶好の機会であり、手探り状態で進む事にならずに済むのは僥倖だ。
さて、不意を突かれて大声を上げてしまった、間抜けな張本人からお話を訊かせてもらいますか。
大量の穢れに呑まれて気を失ったままのダリルをソフィアとケレブリエルさんに任せ、私とファウストさんは回廊をのぞき込む。すると其処には痛みに悶える小柄な女性が転がっていた。
魔物でなかったのは幸いと言った所だが、その明るい茶色の癖のある髪の人物にはよく覚えがある。
小人族の商人であり、嘗ては共に海を渡り世界を回った大恩人。
職業上、お金の話に貪欲な人であるが、あくまで中立と言う立場にあると豪語していたにも拘らず、彼女がこの場にこうして居る事が信じられなかった。
唖然とする私を見かねてか、ファウストさんは素早くかつ容赦なくライラさんの両腕をつかみひねり上げる。
「いだだだっ!放せですぅ!石礫は飛んでくるし拘束されるし・・・踏んだり蹴ったりとはこの事ですよぉ」
「ライラさん・・・」
涙交じりの声で嘆くライラさんは私の声を聞くなり、目を合わせたまま一瞬で顔を強張らせた。
脂汗が滲み視線が泳ぐも、言い訳が思いつかずに焦るかのようにしどろもどろになりながら唇を震わせ喋りだす。
「た、たまたま通っただけですよぉ。偶然ですぅ!」
「・・・偶然?貴女は随分と前から其処に居たようだが」
突飛な言い訳にファウストさんは冷ややかな目線を送ると、一刻もその場にいたくなさそうに目を逸らすライラさんの顔を見下ろす。
嘘は明白、何か言いたげに口を開きかけては閉じるを繰り返すとライラさんはこの状況に耐えかねたのか身を捩りファウストさんの手を振り解くと背を向けて逃げようと背を向けた。
「待ってください、今は城を一人きりで歩くのは危険です」
ふらりと揺れる弱々しい背中、まるで殺意を向けられているかのように逃げ去ろうとするのを引き留めようとライラさんの手を掴むとぞわりと何者のかの刺すような視線に背筋に怖気が走る。
それはまるで噴き出すような怒りと憎しみ、その視線には覚えがあった。
「ライラさん、やはりマリベルに・・・!」
「放すですぅ!!こんな銅貨一枚にもならならない事、本当はやりたくねーですっ・・・!」
掴んでいた手が解かれると同時に突き飛ばされ、中庭沿いの回廊にライラさんの叫び声と再び引き留めようとする手を弾く乾いた音が響いた。
手を弾かれながら目にしたライラさんの手の甲、其処に刻まれた文様は紫色の光を宿し高と思うと、中央に一筋の線が走り瞼が開き不気味な眼球が此方を見たように見えた。
驚愕し目を見開く私の視線に気づくとライラさんは体を丸めて手を庇うと必死の形相で駆け出す。
ダリルはソフィアから浄化魔法を施され漸く起き上がったところ、此処で追わなければならないがしかし・・・
「俺を言い訳にするな!良いから追え!」
「・・・ありがとう!」
まるで私の心の内を見抜いたような後押しに弾かれる様に私とファウストさんは駆け出す。
回廊を抜けたその後は更に中央へと差し掛かるライラさんの小さな背中。
ただ戦いに巻き込まれたのであれば、出入り口は裏口でも知らない限りは正面の扉へ向かうはず。
それにも拘らず、真逆の方向へと此方へと振り向きもせずに走り続けると言う事は抜け道があるか、それか扇動の可能性も捨てられない。
城内は複製体と思われる虚ろな瞳の兵士の巡回もあり、堂々と追跡はできずに足止めされる為に今や追跡もままならない。
これが逆にライラさんの油断を誘う結果になったのかもしれない、迷いなく進んでいた足は鈍り、逃亡を断念したのかどうか真意は不明だけど、背丈もばらばらの数名と何やら長々と話し合いをしだした。
「皆が追いつくまで出来得る限りの情報を得たい、如何にか何を話しているのか聞き取れないか」
「そうですね、もう少し近づいてみましょう」
物陰から身を乗り出そうと一歩足を踏み出すも、強く腕をファウストさんに掴まれ振り返れば双剣を携えたベアストストマン兵を中心に背後を取られていた。
此方ににじり寄る歩みに隙はなく、整った歩みから複製兵ではない。
上手く撒いたと思ったが、こんなにも早くライモンド殿下の兵に発見されるなんてね・・・
「迂闊だった、敵地であるにも拘わらず、背後を取られるとは申し訳ない」
ファウストさんは杖にレンガを両端に纏わせ石の棍棒を作り上げると、身を捩る反動を生かした一突きが鋭く相手へと向けられると同時に双剣に阻まれ、レンガの破片が飛び散り床へと突き刺さる。
ファウストさんは顔を顰めると、歯を食いしばり間髪入れずに杖を回転させ追撃の突きを浴びせ掛けるも、残る石鎚も剣と交わると同時に再び砕け、受け止めた杖が軋み悲鳴をあげた。
「くそっ・・・杖が」
このままでは杖が断たれてしまうと言う焦りがファウストさんの顔にも滲む。
相手も容赦なく、片腕で杖を受け止めながら一振りを引き抜かれたのを目にし、私は無言のまま引き抜かれた剣を目で追いながら掬い上げるように撥ね上げた。
甲高い金属音と床に落ちる重い音が響き、気を取られた兵士がそれに気を取られたのを確認すると、ファウストさんも負けじと隙を突き剣から逃れると飛びのき間合いをとる。
「すまない助かった・・・」
「いえ、まだよ・・・」
私は双剣使いの首に剣を宛がいつつ、その背後に控えていた兵へ睨みを利かせた。
ケレブリエルさん達は未だに追いていない、全員が揃うまで待つ暇もなさそうだ。
兵士は幸いな事に少数、如何にかできなくもないけどライラさんを見失ってしまうだろう。
「・・・これ以上近づく事は薦められない、彼女達は魔族の『眼』だ。監視役であるが、同時に魔族にとっての敵を狙う目印でもある」
双剣使いが沈黙を破り口を開く、しかし他の兵士は仲間を人質に取られ加勢するどころか、剣の柄にも手を伸ばさず傍観している。何か可笑しい・・・
「それを聞かせて如何するつもり?信じろと言うの?」
「敵に塩を送ったつもりか?余裕だな」
詠唱を終えファウストさんが口を開く、床材は軋みながら盛り上がり土人形を形成すると双剣使いの体をいとも容易く掴み上げた。
さすがの仲間の兵士に僅かだが動きが見れる、捕らえられた張本人は首のみを動かし此方へ顔を向けると笑い声をあげる。
「はははっ、何で抵抗しないと言いたげだね。でも、オレを信じないと本当に酷いよアメリアちゃん」
「・・・?!」
何で私の名前を?それに、この呼び方は・・・
周囲の影が揺らぐのが目に映る、視線をあげれば此方をライラさんの苦笑いとその仲間達の怯えたような顔が映った。
「船員と自分の命を人質に取られているんだ、この子達は自身は悪くないんだけどね・・・」
「・・・取り敢えず、本当のようですね」
「んん?まさか・・・」
現状と私の様子にファウストさんも気付いたらしく、双剣遣いを怪訝そうに眺める。
すると他の兵士が緊張が走る、そして大きな足音と何処か焦げ臭いにおい。
暗闇に閃く炎は一人の兵士を殴り飛ばすと橙色の短髪が視界に入った。
「追いついたぞ!」
か、回復が早い・・・
穢れにあてられ失神していたとは思えない溌溂としたしたり顔を浮かべるダリル、その背後からケレブリエルさん達が走ってくるのが見える。
「あのー、そろそろ下ろしてくんないかな?オレが誰か解ってやっているよね?」
土人形にぶら下がりながら聞こえる声に視線を逸らすと、影は人型に変容している姿が数体。
「えーとっ、説明は後で訊きます。逃走経路を教えてください!」
「あ、ああ、あっちだ!」
正直、状況理解が追いついていないが、指をさして示された先は絵画も装飾もない長い通路。
土人形に掴まれたままのベアストマン兵とのやり取りにケエレブリエルさん達は意味が解らず呆然としているもよう。
「今はともかく理由を訊かずに付いて来てほしい!」
ファウストさんの迫真の呼びかけに半信半疑な様子であるものの、戸惑いながらも文句ひとつ言わずに付いて来てくれた仲間達に私は安堵をしていた。
碌な説明をしていないのに付いて来てくれたのはありがたいが、後でどう説明したものか。
よく目を凝らせば影からは沸き立つのは陰ではなく瘴気、聞き覚えのあるマリベルの不気味な声が眼である人々からではなく何処となく広間に木霊した。
「逃がさない・・・」
影に紫の目玉が浮かび上がり、その現象と不気味な声にライラさんはすっかり怯えしゃがみこんでいた。
思わず立ち止まりたくなるがマリベルの気配は濃くなり、その声は繰り返し耳にこびりつく。
「本当にしつこいなっ!」
迫りよる闇の気配にファウストさんは双剣使いを通路へ放り出すと、その入り口を土人形を石壁に変えて封鎖した。
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案内されるまま辿り着いたのは治療室の裏口、その先に続く廊下を進み、厳重に封じられた扉を抜けると再び、華やかな装飾が施された魔法が施された豪華な扉の前だった。
「また扉・・・」
「ここはお妃様方の所謂、美の花園だったらしい。そして、白魔術師の中でも選りすぐりの美女達がベアストマンの宝石達を磨いていたらしい」
兜で顔が見えないはずないのに、隠しきれず溢れ出す中の人の笑顔の幻影がぼんやりと見えてくる。
これには他の兵士に扮した人々からも失笑が漏れていた。
この状況にダリルは苛立ちながらずかずかと扉へ歩み寄ると、双剣使いを睨みながら扉を思いっきり足蹴にする。
「どーでも良い、誰かしらねぇがさっさと開けろよ。金髪ナンパ野郎」
「なんて事をするんだお前!それって解っていての暴挙だよね!だよね!」
鬱陶しそうに顔を顰めたままのダリルの肩を双剣使いはがくがくと揺する。
そんな中、杖で床を突く音共にケレブリエルさんの大きなため息が漏れた。
「フェリクス、此処も何時までも安全とは限らないわ。急いでもらえる?」
「ケレブリエルっ・・・!」
フェリクスさんは歓喜に声を弾ませ、兜を脱ぎ棄てた。
うわ、泣いている。
「良いから、開けなさい・・・」
ケレブリエルさんは対照的に冷め切った表情でフェリクスさんを蔑みの視線を送る。
「あ、ごめん。今開けるよ・・・あれ?」
急に慌てた様子で何かを探り出すフェリクスさん。
その様子を呆れながら眺める私達の横で扉が眩く光り、目を向ければ他の兵士が扉の中心に魔結晶をはめ込むとカチリと音が鳴る。
しょんぼりとするフェリクスと呆れる私達の前で開錠された扉は、装飾された薔薇の蕾の飾りが鮮やかな紅色の花を綻ばせ、ゆっくりと開いていく。
溜息交じりに案内された部屋は扉の美しさに反し、荒らされた形跡が散見し、豪奢な装飾品も家具も嘗ての姿は失われ見る影もない。
それは魔族達による侵攻の恐ろしさをまじまじと見せつけていた。
美を磨く為の様々な施設が併設する巨大な部屋に不釣り合いの武器や防具が詰め込まれた木箱の山、そして無事を案じていた騎士団の姿もそこに在った。
その中心にはブランカ団長、傍らには珍しく不安そうな顔のシスターリンダと数名の騎士が控えている。
「その様子では祭殿は無事に取り戻したようだな。感謝する・・・」
ブランカ団長は私達を招き寄せると心から嬉しそうに微笑み感謝の気持ちを示す。
然し、私たちの視線を釘付けにしたのは、その右足に刻まれた深い傷跡だった。
本日も当作品を最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。
今回は諸事情により、投稿が遅れてしまい大変申し訳ございませんでした。
次回は何時も通りの更新になるよう精進いたしますm(__)m
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次回の更新は1月29日18時に更新する予定です。




