第72話 計略に踊るーベアストマン帝国奪還編
アルスヴィズはゆっくりと風下へ降下する、風を浴びながら私は手綱を強く握り、鐙に掛けた足で胴体を挟み首を伸ばす。
少しでも多く騎士団の情報を得ようとするが、それよりも配備された兵士が目に映った。
此のままでは正確な情報は得られそうにない、騎士団の全滅はベアストマン帝国の奪還は無に帰す事を現すと言っても過言では無い。
「おい!」
戸惑う空の下、短く誰かに呼ばれた気がして振り向けばスレイプニルに乗ったダリルとファウストさん、その後をソフィアが自らの翼で追いかけて来ていた。
更なる接近は難しくなったが、衝動任せに下手な行動せずに冷静になれて良かったかもしれない。
ダリル達と目を合わせゆっくりと視線で誘導する、暫く一方を眺めた三人は意図を理解したらしく無言のまま、私と同様に顔を険しくする。
「事情は理解したが僕としては、敵に視認される前に祭殿兵の皆と合流すべきじゃないか?」
此方の事を相手が察知できた理由は現状から明らか、マリベル達の目となり潜む者は数は計り知れない、此方が先に送った殲滅隊は私達に敗れ去った事すらも敵陣に伝わっている可能性もある。
世界屈指の他種族国家である以上、空からの敵襲も予測していないとは考えづらい。
故に城壁に弓兵が数名しか居らず投擲具にいたっては装填すらされていない事に違和感が有る。
「なめてんな・・・あんなの露骨すぎんだろ。ほら、アイツ等が待っているし戻るぞ」
ダリルは苛立ちながらも周囲を警戒しながら目配せをした後、祭殿兵の皆さんと合流する様に手招きをする。地上には人気は無し、流石に敵地の中心で身を隠してい無い訳はないか。
「ごめん、助かったよ」
思えば何を先走ろうとしたのやら・・・
我ながら焦りすぎと自嘲しつつ、アルスヴィズの首を撫でて鐙を蹴ろうとすると、大きな羽音と共にソフィアの慌てた声が耳に響く。
「アメリアさん!」
叫ぶような呼び声に耳を澄ませば、鋭い風切り音と殺気が私を狙っていた。
如何やらお喋りをし過ぎてしまったらしい。
慌てて鐙を蹴り、手綱を引いて方向転換、回避を試みるが相手の放った斬撃の形の石の刃はアルスヴィズの翼を切り裂いた。
「ピイィッ!!」
悲痛な鳴き声と共に羽根が辺りに飛び散り、翼の一部が赤く染まる。
「アルスヴィズ!!」
高度が徐々に下がり、飛ぶのがやっとと言う状態、この状態で退却できるかどうか怪しい。
おまけに追撃が無いとは言えない。
私は城壁へと目を向けると、アルスヴィズに逃げるように呟き、宙へ身を投げ出し飛び降りた。
「おい!馬鹿っ!冗談だろ?!」
背後でダリルの怒号とファウストさん達の声が響く中、城壁の堅い煉瓦の床へ足を付ければ、其処である人物の姿が目に止まった。
その人物は退却するアルスヴィズを一睨みすると、私を見て舌打ちをした後に戦斧を構える。
此の国に来て何度目だろうか、裏切者の金の鬣の白獅子の獣人の皇子。
そう、其処にはライモンド殿下が待ち構えていた。
「まさか殿下に自らお出迎えをして頂けるなんて光栄です」
此処で待ち構えているのが此の人だなんて予想外であったが、闇の国側に堕ちたからには何れはこの時が来るのだと言う覚悟は元から有った。
そもそも彼以外の皇族の姿を見てはいないし、その消息が不明である事もあって不穏過ぎる。
「ふん、それは皮肉のつもりか?」
ライモンド殿下は片方の口角と眉を吊り上げ、苦々しい面持ちをしつつ此方へ冷静な口調で訊ねる。
「そんな、滅相もない・・・」
皮肉・・・
こんな反応が返って来るとは思わなかったが、皇族と言う立場から自国を棄てた事に引け目の様な物を感じているのかも知れない。
そんな悔いを残すなら、何故に国民と国を統治する責務を棄てて闇の国へ傾倒したのやら。
ふつふつと募る怒りを抑える中、大きな影が私とライモンド殿下を覆った。
「退くぞ!」
ダリル達が乗るスレイプニルが私の斜め上へ接近し、ファウストさんの腕が私へと伸びる。
それを目にしたライモンド殿下は無言のまま、私達を阻止しようと駆け出し戦斧を振り上げてきた。
「偉大なる精霊の王よ 堅牢なる守護を私に【土の加護】っ!」
咄嗟の防御、しかも強度は言わずとも脆い、人工物で成功するのかと冷静になれば思うのだが、ただ三人と一匹を護るために私は必死だった。
ゴリゴリと石煉瓦の擦れる重い音の後、煉瓦は加護を受けた私の腕に吸い寄せられるように大楯となる。
視界を石煉瓦が覆い、衝撃と共に亀裂が入り、攻撃を防ぎ遅らせる事には成功したが、ダリル達が退避する時間は稼げたが粉砕されてしまう。
煉瓦の盾が砕け散った刹那に見せたライモンド殿下の表情には鬼気迫る物が有った。
容赦のない追撃と咄嗟に振りかざした剣が交差し、鋭い金属音と共に紅い火花が飛び散る。
「・・・・・っ!」
想像以上に重い一撃、此方も対抗するが逃がすまいと言わんばかりにライモンド殿下は突進してきた。
周囲から慌ただしくなり、階段から数人の兵士が姿を現す。
罠と解っておきながら自ら敵の懐に飛び込んだのだ、これは当然の報いか。
ライモンド殿下は私の反応に勝ち誇った様に口角を上げるが、炎を帯びたダリルの拳がその横面を殴り飛ばす。
ライモンド殿下は拳を受けて上半身を逸らせよろめくが、ダリルを一睨みし後退すると、焦げた鬣を掃い再び態勢を軽く整え直した。
「お前は何時も俺を小馬鹿にするが、言えた義理じゃねぇよな?」
ダリルは真剣な表情を浮かべ拳を構えるも、背中越しに聞こえる何処か嬉しそうな声に私は言葉が詰まった。
ダリルの勝ち誇った表情を目を逸らし無視すると、間もなくしてベアストマン兵が四方から集結してくるのを目視する。
「これじゃあ、ヒッポグリフ達を呼び寄せる間は無いぞ」
ファウストさんの焦る声にライモンド殿下は退路を狭められたうえに余裕の表情。
ともかく脱出経路は見渡す限り、城壁を飛び降りるか後方の階段を使うしかない。
私達を逃すまいと突き出される戦斧、それを二方向に分かれ躱すと、逃すまいと言わんばかりに刃を斜めにして振り払う。城壁に刻まれる斬撃、迷う暇も与えぬ追撃の構えは私達を追い詰めた。
「さて、如何するつもりだ?」
狭所での攻防、躱せばかわす程に兵士により逃げ場は狭まり続けた。
城壁を降りるにはヒッポグリフ達が必須、周囲の兵が持つ武器は剣だけではなく弓矢まで。
複製体を倒す事に今更、躊躇は無い。
スレイプニルが接近しやすいように活路を開かなくてはと剣を幾度となく交わし、ついに相手を切り付けた所で私達は驚く物を目にする。
「・・・血が出てる?」
個の兵士は複製体じゃない、人間が闇の国側に居るなんて・・・
兵士は震えた手で武器を握り直し、苦悶の表情を浮かべながら立ち上がろうとしていた。
驚きと困惑で止まる私をライモンド殿下は逃さなかったが、視界を突如として土人形が覆い尽くす。
「今は考えるな、適当にいなして逃げろっ!」
ファウストさんは土人形を囮に階段に視線を向ける、私達は城外への逃亡を棄てて兵士達を薙ぎ払い駆けて行く。
思わぬ事態に動揺してしまったが、何処か違和感が頭の中にこびり付いていた。
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目にしたもの体験した事、様々な情報が頭の中で錯綜する。
「一先ず、闇雲に城内を走り回るのは危険だわ」
ソフィアとファウストさんは私の短い一言に黙って頷くと、安地を求めて視線を泳がす。
「おい!追っ手を・・・むがっ!」
後方から聞こえる追っ手が迫っていると言うのに、ダリルはお構いなく大声を出すので肝が冷えた。
咄嗟に私が口を塞ぎ手放すと、ファウストさんが体当たりする事によりダリルは吹き飛び、ソフィアが慌てて開けた部屋へ偶然にも転がり込む形に。
ライモンド殿下や兵士には追いつかれていない、それを確認すると私は扉の鍵を静かに閉めて息を殺した。
廊下からは鎧が揺れる数名分の金属音、それは押し寄せては過ぎ去りを繰り返し、何時この部屋が開け放たれるのかと生きた心地がしない。
足音が近くの部屋の前で止まり、ガチャガチャとドアノブが幾度となく捻られた時は生きた心地がしなかった。警戒し、誰もが顔を強張らせ硬直する中、耳を研ぎ澄ます様に敵が立ち止まる。
根競べの様な静寂の後、足音は自然と遠退いて行った。
誰の物ともつかぬ溜息が漏れ、僅かに出来た余裕と冷静さを取り戻すと、部屋の様相が目に飛び込んでくる。
複数の扉に小さな台所と少人数用の古びた机と食器棚、そして金属のラックには複数の男女様々の使用人服が吊りさげられていた。
隣室へと続く扉がある事から、恐らくは使用人の控室なのだろう事が窺える。
ともかく、自ら敵の思う壺にはまってしまったからと言って、奪還を諦めたり人任せにはできない。
「今更だけど巻き込んでおいてごめん。私は取り敢えず中庭を目指そうと思う、皆の意見を聞きたいけど如何かな?」
各々、周囲を警戒しつつも椅子などに腰を掛けている。
そんな皆に声を潜めながら、意見を集めてみようと訊ねてみた。
「あ?細かい事は無しに、ライモンドをとっ捕まえて吐かせば良いんじゃねぇか?」
ダリルも潜伏している現状を気遣って小声で話してくれているが、その内容と堅く握り締めた拳に彼らしい感情が籠められている。
この先、皇族がどうなるかは不明だけど、それは色々な事情が有って駄目だろう。
「却下ね・・・」
「チッ・・・」
ダリルは私の却下に舌打ちすると、不服そうな視線を向けて来る。
そんな停滞した空気だが、それを案じたソフィアの一言により救われた。
「一度に決めず、現状の問題解決や指針について考えませんか?」
ソフィアの提案に耳を傾けたファウストさん、ダリルを呆れ顔で一瞥すると私とソフィアに視線を合わせた。
「僕も目的地は取り敢えずは中庭で良いと思う」
「では、可能であれば道すがらに追っ手の兵士を一人から情報を訊き出す事も考えましょ」
「何だよ、俺の意見を採用するなら素直になれば良いじゃねぇか」
ダリルは小馬鹿にしたようなしたり顔を浮かべ私達を見て来る。
あんたが却下されたのは対象のせいだよ。
三人同時に溜息をつき顔を合わせれば、揃って同じ表情を浮かべていた。
ファウストさんは咳払いをすると、部屋の作りに興味あるのか色々な物に触れて立ち止まり、幾枚もの使用人服を見定めるように触れた所で動きが止まる。
「ともかく今はこの部屋を出る事を優先し・・・わぁっ!」
突然、ファウストさんは赤面しながら両腕を大きな声と共に振り上げる。
それとは対称的な顔色の私達は三人掛かりでファウストさんを抑え込むと、必死の形相で制服掛けを指さす。何事かと丈の長い制服を掻き分ければ、その下から人の足が出ていた。
驚きのあまり剣の柄に手を伸ばすが、それよりも早くダリルがカーテン開きに制服を掻き分けるが・・・
「・・・まさか怪我を負って逃げ込んだ先で再会するなんてね」
壁にもたれかかるように座り込み、隠れていたのは騎士団に同行していたケレブリエルさんだった。
此れで一つ気掛かりは減ったが、その腕と足には複数の傷があり、特に腕に深手を負ってしまっている。
「まあ、訳をお訊ねしたい所ですが。先ずは治療を・・・」
ソフィアは怪我を目にすると、誰に支持されるまでもなくケレブリエルさんに杖を向け、神聖魔法を詠唱しだす。然し、こうも悪い事が積み重なる物かと嘆きたい、廊下が慌ただしくなってきた。
治療を終えたケレブリエルさんはゆっくりと立ち上がると、自身に向けて頭を下げるファウストさんを目にして苦笑する。
「誠に申し訳ないっ・・・!」
「ははは・・・ファウストの事は許してあげて、事故みたいな物よ。声を掛けずに潜んでいた私にも非が有る訳だし。でも、今は此れ以上は話している時間は無さそうね・・・」
ダリルがファウストさんを何が有ったのか訝しむ中、私達は自分達に迫る危機に目を向ける。
幾人もの足音が迫るのを耳にした次の瞬間、扉を蹴るけたたましい音が部屋中に響いた。
明けましておめでとうございます。
本日も当作品を最後まで読んで頂き有難うございます、新たにブックマーク登録頂いた方も含め、皆さんには本当に感謝が尽きません。
宜しければ本年も作品もろとも、どうぞよろしくお願い致します。
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次回も無事に投稿できれば、1月8日18時に更新致します。




