第71話 消耗と誘引ーベアストマン帝国奪還編
溶岩が退いた後の高温と焦げ臭さい空気の中、土の精霊王様の復活を喜ぶ祭殿兵の慌ただしい足音が響く。そんな多くの兵士が浮かれる中、ドニゼッティー大祭司だけは渋い顔をしていた。
「水を差すようで済まないが・・・復活されたとはいえ、乗っ取られあれ程の穢れを受けたのだ。優先すべきは土の精霊王様と通じる地脈の調律ではないか?」
その一言に人々の表情は凍り付き、楽しそうな雰囲気は一変する。
当人はそれに無関心のまま眉間に皺をよせ溜息をつくと、真剣な表情で復活したばかりの精霊石を眺めた。
油断は良くないが喜ぶ事ぐらいは許されても良いのでは?
などと反感を持ちつつも、ドニゼッティー大祭司の視線を追い精霊の間を眺めると、脳裏に穢れに覆われた精霊石と闇の精霊王様の姿が甦る。
光に浄化され、大地は自らの力で立ち向かった、それでも残る懸念とは何なのだろうか。
「つまり今も危うい状態にあり、闇の国の影響下に晒され続けている・・・?」
私とドニゼッティー大祭司に会話に祭殿兵達の表情は様々、気が付けば傍観者たちの視線に尊敬のような物が入り混じっている気がする。要は触らぬ神に祟りなしと言う所だろうか。
気まずさに包まれる中、ドニゼッティー大祭司は私の話に「ふむ・・・」と感嘆の声を上げた。
「・・・合っているが一つと言う所。もう一つの問題は巫女と言う調律者が居ない事だな」
質問としては半分は正解と言う所か、ドニゼッティー大祭司の表情は依然として読めない。
生真面目で誠実な様だが、皆が怯えるのも納得の強面・・・
鋭い眼差しに私は苦笑いを浮かべ、ゆっくりと目を逸らすと、その先には微笑ましそうな土の精霊王様が立っていた。
「お前は相変わらず顔に感情がでにくい様じゃのう。ベニート、その様に饒舌に語らうと言う事はお前さんの心の内も皆と同様なのじゃろ?」
土の精霊王様は優しく語り掛けるが、ドニゼッティー大祭司の表情は硬いまま、首を横に振ると胸に手を当て軽く頭を垂れ、淡々と言葉を紡いだ。
「いいえ、私はただ情報共有をしたまでです。此処に居る者に秘する事柄では無いので」
さも当然の事をしたまでであると言い張るドニゼッティー大祭司、誰に何を言われようと本心は明かされない鉄壁に護られているらしい。これには土の精霊王様も苦笑するばかりだ。
「ふぉふぉ、お前も少しは肩の力を抜くべきじゃと思うのだがのう」
「・・・申し訳ございません、これも私の性ですので」
眷属する精霊王様だろうと容赦なくピシャリと言い切るドニゼッティー大祭司。
土の精霊王様は静かに頷くと、少し残念そうに諦めた様な表情を浮かべた。
「そうか・・・ご苦労だったな」
「えぇ、私の事は二の次で構いません。それよりも巫女が亡き今、劣りますが私が調律をお助けしたく存じますが如何でしょうか?」
此処で漸く、居ないの意味を知らされる。
一度は共に土の精霊王様を救った仲、突然聞かされた訃報は少なからずも心に衝撃を与えるものだった。
話から察するに調律の必要性は大きい、代役をドニゼッティー大祭司が担うとして騎士団との合流は如何なってしまうのだろうか?
土の精霊王様は土の祭殿の復興で周りが見えていない様子のドニゼッティー大祭司を見て穏やかだが、気を配る様に釘を刺す。
「ふむ、その前に騎士達への連絡と兵の指揮ぐらいはしなさい。そのくらいの猶予はあろう?」
「・・・はっ、事を急いてしまい申し訳ございません」
ドニゼッティー大祭司は土の精霊王様の言葉により我に返ると、礼を述べた後に珍しく慌てた様子で頭を捻り、計画の変更に伴う話し合いを始める。
その結果、誰もが想像した通りドニゼッティー大祭司を始めとする精霊使いと護衛の祭殿兵を分けた三分の一が祭殿に残留、残りの精鋭で報告と援軍に向かうと言う手筈となった。
そしてドニゼッティー大祭司に変り急遽、主導者となったのはファウストさんの親友である豹の獣人のリエトさん。
真面目で冷静な所は前任者と共通しているが、見た感じで一番の違いは温厚で情に厚い人物と言ったところ。
祭殿と精霊王様を取り戻し、一つの憂いは晴れたとはいえ、大きな懸念である杭は未だにベアストマン帝国の心臓に突き刺さったまま。
一先ずは平和を取り戻した祭殿を出るが、一刻の命運をかけた戦いが行われているとは到底思えない静寂に包まれていた。
「港には煙は上がっている。でも可笑しいですね・・・」
見上げる皇城は騎士団が攻め入った筈にも拘らず、火や煙の一つも上がらず何事も無かったかのような静かで旗が風に揺れている。
これは考えたくないが失敗、またまた気付いた私達への・・・
「ふむ・・・行くか」
警戒し、立ち止まった私達と離れた先でリエトさん率いる祭殿兵は動き出す。
ファウストさんはチラリと振り向いたリエトさんと頷き合うと、私とソフィアを見て手招きをした。
「君の事だから何か考えが有っての事だろうけど、そのままでは置いて行かれるぞ」
慌てる私達を確認するとファウストさんは困った様に苦笑をしたが、待ちぼうけをくらったダリルは此方へ振り返りもせず祭殿兵を追い駆けて行く。
「ごめん、今行くわ!」
「は、はい!ただいまっ」
私達は希望が芽吹き出した祭殿を後に街を駆けて一路突き進む、不吉な予感を胸に抱きながら。
***********
正々堂々と大人数で駆けまわっていると言うのに商店街に住宅街、大小に拘わらずどの路地を歩いても複製された住人の姿を見掛けない。
これはマリベル達、闇の国の勢力に此方の動きが伝わり、何かしらの対策が打たれたと考えて間違いない。
決行から半日も経たない内に情報が彼方に渡ると言う事は、考えたくはないが出所はおおよそ想像通りだと思われる。
「へっ、見事にがらがらだな。街造りごっこはお終いか?」
マリベルへの皮肉を効かせて呟くと、ダリルはキョロキョロと視線を泳がせながら街を眺める。
すると、後れを取り戻そうと急ぐ視界に三方に分かれ、武器を構える祭殿兵の姿が目に飛び込んで来た。
「如何やら、陣地ごっこに切り替えたみたい」
「皆さん、この先で住民と魔物が、祭殿兵と交戦しています」
偵察に向かったソフィアにより、空から想像以上の悪い報せが耳に飛び込んできた。
相手は半分だけ予想通り、魔物も居るとなると門で出迎えてくれた大きな魔物達だろうか?
「何と悪趣味な・・・」
ファウストさんは顔を顰め、怒りに拳を握り締める。
祭殿兵の許へ衝動任せに走る背中を放っておけず、間髪入れずに私達も全力で追いかけた。
応戦してはいるものの、見る限り戦況は芳しくない様子。
今までの事を踏まえ、乱戦状態のこの状況に紛れているとは思えないが、マリベルに対し用心に越した事は無いだろう。
一同、戦いに備えた所でリエトさんの空気が震えるほどの声が響き渡った。
「戦いに血も涙も流れない事は無い。だが躊躇だけは許されない、我らが祖国を取り戻す時まで進め!」
リエトさんが見せた思わぬ一面、祭殿兵達は驚き暫しの沈黙の後に息を呑むと歯を食いしばり声を上げ、瞳に決意の火を灯し各々の武器を振う。
「血も涙も流れない戦いは無い・・・か」
私達もその言葉に応じて戦いに加わる、視界が霞む街中で姿形を悪用された者を打ち砕けば、ソフィアなどの白魔術師らは、もはや誰の物とも判別がつかなくなった遺灰に祈りを捧げながら私達や兵士の支援をしつつ後を追って来ている。
そして一番の障壁はやはり、巨大な壁の様に立ち塞がった魔物達だ。
灰で霞む視界の中、金属が擦れ合う不快な音と悲鳴、獲物の血に興奮したのか一際大きな咆哮が聞こえ、霞む視界の中から魔狼が躍り出てくる。
荷揚げ用のフックの様な鋭く太い爪、唾液が滴る大きく裂けた口からは凶悪な牙が覗く。
振り下ろされた爪を躱せば、その隙を狙っていたかのように大口を開き、襲い掛かり噛み殺そうとする二段構え。
「悪いけど早々に退場して貰うよ。ワンちゃん!」
私は咬みつこう大きく開く口の中に剣を勢いよく突き立てた。
呻き声とも断末魔ともとれるくぐもった声を上げ、絶命して間も無く灰となって崩れさり風に舞う。
如何やらマリベルの移り先をえり好みしないらしい。
次に備えるも、突如として付近の店が半分を残し、抉る様に叩き壊され崩れ落ちる。
まるで余所見をするなと言わんばかりの挑発、野太い鳴き声をあげながらミノタウロスが鼻息荒く、此方に狙いを定めて大槌を振り下ろす。
大槌により敷石は砕かれ、弾かれたそれは石礫となり、放射状に飛散する矢の如く襲いかかってきた。
咄嗟に振るった剣では防ぎきれない、土の加護により咄嗟につくり出した大楯により、被弾は最小限で済んだが地鳴りと共に接近され脳天を目掛けミノタウロスによる一撃が振り下ろされる。
すぐさま大楯を手放し、後方へ寸前で飛ぶが避け切れるかどうか。
咄嗟に剣でいなそうとするが、次の瞬間にはミノタウロスは全身を炎に焼かれ、香ばしい臭いを漂わせながらダリルに殴り飛ばされ地面へ転がっていた。
「ちょっとばかし焼き過ぎちまった悪ぃな」
半分炭となったミノタウロスの上でダリルは此方を見下し、したり顔を浮かべてニヤリと不快な笑みを浮かべる。
「そう?焼きすぎならなら駄目ね」
「なっ、焼きすぎとか関係ないだろ。こいつは魔物だぞ?」
それは少し前の自分に言ってくれないかなと思う。
名誉のために言うと、私は魔物に食欲をかり立てられるほど悪食では無い。
「ともかく、冗談は此処までにしよう。マリベルに此方の動きが知られた以上、増援が押し寄せてくる可能性が有ると思う」
「そこれこそ冗談はよしてくれ。何で奴らがこっちの動きを知る事ができたんだよ」
「・・・それは後で。ともかく城へ急ぎましょう!ね?」
困惑するダリルを捲し立て、灰に瓦礫と魔物の死骸だらけの街を駆けると、小山の様な巨大なトロールが立ち塞がった。
二階建ての建物よりも大きく動きも鈍いが、呆けている様な顔をしていても凶暴性は高く、衝動任せに振るわれた拳は土人形数体を砕きながら吹き飛ばす程。
「皮膚が硬いが、倒せなくは無い物でもない。再召喚だ!」
如何やら先程の数体の土人形の中にファウストさんの土人形も犠牲になったらしい、傷だらけになりながらもリエトさん達数名と共に声を上げて再召喚を試みる。
複数の土人形による執拗なトロールへの打撃、ファウストさん達を振り払えず苦痛と怒りに吼えるトロール。足元が弱り、ふらつきながらも踏み止まろうとするも、咄嗟に掴んだ数件の建物の倒壊に巻き込まれ轟音と共に地面に倒れ伏した。
それを見て遠巻きに待ち構えていた祭殿兵も加わり、一転して恒星へと出る。
堅く分厚い皮膚と剛腕、牙城が崩れれば勝利は目前。
「いいか、喉元へ狙いを定めて全力で潰せ!」
祭殿兵達は無言で頷き合うと一斉にトロールの体をよじ登り、一斉に喉元めがけ杖を向け、石の槍を放ち突き立てる。
聞くに堪えないトロールの絶叫、それでも死の瀬戸際の悪足掻きは想像を超える物。
仰け反ったかと思うと、狙いすましたかの様にその巨体を私達に向け、そのまま倒れ込んで来た。
「退却ー!!」
誰の物ともつかない退却命令、建物の倒壊により怪我人が出てしまったが、如何にか全員無事だった模様。
然し不思議な事に、これだけ大事になったと言うのにマリベルはおろか増援すら姿を見せない。
怪我人は祭殿へと引き換えさせ、痛手となったが決意を新たに歩き出した所でソフィアが私に向かって叫んだ。
「アメリアさん!?」
その鬼気迫る声に驚き振り返ると、背後から魔狼が大きな牙を剥き出しに襲い掛かって来た。
手負いの獣ほど恐ろしい物は無いと聞く、その旨に剣を突き立てようと魔狼は怯む事も無く、私へ一矢報いようと腕を振り上げる。
周囲からは悲鳴が上がるが、大きな影が覆いかぶさり魔狼は頭を踏み潰されて断末魔すら上げずに事切れる。
何者かと見上げれば、何処か得意気な顔で主人を見下ろすヒッポグリフのアルスヴィズの姿が在った。
然し此方が視線を合わせると素早く逸らす、やはり置き去りにしてしまった事で機嫌は斜めの様だ。
「置き去りにしてごめんなさい」
「ピィー・・・」
静かに丁寧に敬意を払い頭を下げると、アルスヴィズはそこに嘴を摺り寄せてくれた。
許してくれた事に心から感謝しつつ、そっと優しく首を撫でると視界の先ではダリルを突きながら追いかけるスレイプニルの姿が。
周囲の笑いを誘うその姿を尻目に、私はアルスヴィズの背中に乗り偵察を兼ねて飛翔する。
土の精霊王様の影響か、以前より視界が開けて来た帝都、港には焼き焦げた大型船、更に視線を移せば栄華を極めていた城が目に入る。城壁から此方を視認して報せに走る兵士の姿は無い。
嘗ての美しい花々が咲き誇っていた中庭の花々は枯れ落ち、その代わりに犇めき合う人影が見えた気がした。
「アルスヴィズお願い、高度を下げて」
目下では私を追うように走る仲間達、空から城を眺めた私が見た光景は拘束され、整列させられている騎士団の姿だった。
本年も当作品を最後まで読んで頂き誠に有難うございました。
引き続き精進し続け、良い話が書けるよう尽力しますので、来年も当作品を如何か宜しくお願い足します。それでは皆さん、如何か良いお年を~
ブックマーク登録も有難うございます!
**************
次回も無事に投稿できれば、1月1日18時に投稿されると思います。




