第62話 地の精霊王の難題ーベアストマン帝国奪還編
茜射す廃教会へ私達は踏み入る。
忙しなく警備にあたる教会騎士、聖なる書物の教えを説き、その身を賭して女神様に仕えるシスター。
双方に護られながら明るい笑顔を見せていた孤児達。
視界に入るのは瓦礫と崩壊しかけた建物、以前に目にした平和な光景は今や見る影も無い。
幸いなのは見知った者の亡骸を目にせずに済んだ事だと思う。
「きちんとした御墓は作れず御免なさい・・・」
弔う暇も与えられず悔いを残したまま逃亡したか、虐げられてきた魔族の鬱憤の捌け口にと捕えられたのかも知れない。何であろうと、野晒にしたままは忍びないのだ。
ダリルに見張りを頼み、私はジャンニ隊長共に教会の庭だった場所へ亡骸を埋葬すると、廃材できた墓標を前にしゃがみこみ、静かに冥福を祈り瞼を閉じる。
追っ手や密告者の懸念は間違ってはいない、複製体の住人以外にも魔族の姿を見るが、何故か教会の敷地に入ろうとする者が居ないのだ。
短い黙祷の後、周囲の建物に明かりが灯り始める。
薄闇の中で此方へ歩いて来るカンテラの光の中にダリルの顔が浮かび上がった。
「やっぱ、奴等はこっちを警戒するのみで行動を起こしやしない。ジロジロとまったく気味が悪いぜ」
如何やら状況は変わらない様子、無事ではあるが現状は魔族達に取り囲まれたのと同然。
置いて来たヒッポグリフ達も心配だし、抜け道か打開策を考えなければ命運が尽きてしまうだろう。
ジャンニ隊長は眉間に皺をよせ、頭を捻る私達を見て苦笑する。
「此処は女神様の祝福を受けた清浄な土地、階級の低い魔族など寄せつけはしませんよ」
成程、此処までの道のりで敵の追跡が途絶えたのはその影響か。
然し、目の当たりにする光景は魔族との激しい戦いの軌跡。
教会に齎された祝福、それすら物ともせずに攻め落とせる魔族が居る証が示されている・・・
「つまり、襲撃をしたのはマリベルと同等、又はそれに列なる階級の魔族・・・」
魔族は今まで対峙した者に加え、火の国での新たに異界から呼ばれた者が数名。
顔すら合わせていないが、その一人がマリベルとして実力は不明なうえに、その実力は未知のままだ。
「ええ、恐らくは・・・。それ等が、今ここに居ない事を主に感謝せざるおえないですね」
ジャンニ隊長は表情を曇らせると、眉尻を下げ困った様に微笑み首飾りを祈る様に握り締める。
まさに感謝、然しそう暢気な気分では居られない事だと思う。
顔を顰めたダリルの姿が目に止まった。
「・・・じゃあ、俺は何の為に見張りをさせられていたんだ?」
「既に下からマリベルへ報告がいった可能性が有る。脅威から身を護る為にも、奴らの出方を探りたかったんです」
「成る程な、どおりで周囲の道に建物から何かまで魔族が目を光らせてやがる訳だ。俺達はまんまと術中にはめられ袋の鼠と言う訳かよ」
愚痴交じりの報告だが、状況は容易に判断できる。
ジャンニ隊長の発言どおりであれば、ダリルの報告は其れに現実味を感じさせる。
完全包囲か・・・
「そう、だからこそ悲観すべきではないわ」
「ばーかっ、悲観なんてしてねぇよ。それより考えが有って来たんだろ?それが何か教えろよ」
焚き付けたつもりが余計なお世話だったらしく、ダリルの眉間には深々と皺が刻まれる。
そんなやり取りに、ジャンニ隊長からの期待の眼差し。
「・・・何か策が有るのですか?」
「いえ、策と言う程では・・・強いて言うなら活路となり得るかもしれないっと言う所ですが」
水に替わり大地に散見する穢れの沼、大気を覆う瘴気。この大陸を護る二柱の御力が満ちていれば、この様な事態が起こる筈も無い。だからこそ、土の精霊王様に一刻でも早くお会いしなければならない。
「おおっ、それで目的地は何処に?」
「大図書館です」
そらは茜色から紫へ、徐々に押し寄せる暗闇に星々が瞬き始める。
闇は敵の領域、逸早く辿り着けと速足で歩を進めた。
灯したカンテラの青白く光るカンテラを揺らし、大地の王の道標を求めて。
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「何たる僥倖だ・・・」
ジャンニ隊長は覆い隠す様に立て掛けられた瓦礫の隙間に大図書館の扉を発見し感嘆の声を上げる。カンテラで手元を照らし、私はそっとドアノブを捻った。
「そうですね・・・」
扉が擦れる重い音が響けば、壊れかけの蝶番が悲鳴を上げる。
見れば建物のあちら此方に建物を護る様に教会の印と土の精霊紋。
重く地面を震わせる音共に足元に風が巻き起こり、闇夜にけたたましい怒声が響く。
「人に瓦礫を退かさせておいて、なに勝手にウキウキと中に入ろうとしてんだよ!」
勝手に進む仲間にがなり、ダリルにより感情任せに乱暴に扉は開け放たれる。
「あんたは子供か」そうダリルの背中を眺めて溜息をつくと、その動きが急に止まった。
その蟀谷には脂汗、此方まで不安になる表情を見て私達も肩越しにダリルの視線の先を覗き見る。
咽返る死臭、僅かに残る火の魔結晶による照明が惨状を照らす。
深手を負った者や痩せ細り息絶えた者、見るに堪えないものがあったが、どの死体には枯れてはいるが花が添えられており誰かに弔われていた形跡が見られる。
「ダリル・・・ともかく中に入りましょう」
「お、おう・・・わりぃ」
今までの旅で何度か目の当たりにする事があったが、そう慣れる物では無い。
私の呼びかけにダリルはハッと目を見開くと、カンテラを手に図書館の中へ進んでいく。
ジャンニ隊長は死体の前で立ち止まると、辛そうな表情で真剣に祈りを捧げ、深いため息と共に立ち上がり辺りをカンテラの灯りで照らす。
「比較的に新しい花も有る、この者達を弔った方は無事なのだろうか?」
「さあな、こう薄暗くちゃじっくり調べられねぇ。見当もつかないな」
ダリルの言う通りカンテラと壊れかけの照明では心もとない、先ずは灯りの確保が必要だ。
「取り合ず、火の魔結晶に魔力を籠めましょう。ともかく部屋が明るくしないと・・・・」
薄暗い室内を慎重に進めば此方も僥倖、数ヶ所の照明は壊れずに残っており、魔力を注げばポツリポツリと暖かな光を放つ。
それに気を取られ歩いていると、何か柔らかい感触が脚に伝わった。
恐々と足を上げてカンテラで照らすと、其処にはシスターが床に倒れ込んでいた。
暗い灰色の髪に扇の様な丸くて大きな耳、黒い修道服から伸びる痩せ細った手には萎れた花が握られている。如何やら彼女が弔ってくれていたらしい。
いったい、彼女は何時から此処で兵士達と籠城していたのだろうか?
しゃがみ込み、良く見ると弱々しいが胸が呼吸に合わせて浮き沈みしている、かなり衰弱してはいるが奇跡的に繋ぎ止められていた命を目の前に女神様に感謝した。
応急措置として腰鞄から回復キューブを取り出しそれを割ると、薄く開いた口へと回復役をゆっくりと流しいれる。
喉がこくりと動き、薬は上手く喉を通った様だが部屋自体が薄暗く、表情や顔色を確かめにくいのが不安であるが一先ず安心だ。
「・・・生存者を発見しました!」
声を上げれば点々と照らされ始めた室内に二人の姿が浮かび上がり、バタバタと慌ただしい足音は彼女の前で止まった。
ダリルは生存者の存在に信じられない物を見る様に距離を取り、ジャンニ隊長はさぞや喜ぶだろうと思いきや脈を計るとその姿を怪訝そうに見つめている。
「信じられない・・・あれから幾月も経つと言うのに本当に生存者がいるとは」
ただ驚いている、そう見えなくも無いが何処か不自然だ。
確かに生きていた事もそうだが、色々と彼女には疑問が浮かぶので疑いを持つことは悪くないが、生き証人であればより具体的に帝都の情報を得られるかもしれない。
何方にしろ意識が戻らなくては埒が明かないが。
「見る限りだと衰弱はしているだけみたいですし、薬も飲ませましたから時機に目を覚ますと思いますよ」
私が話しかけてもジャンニ隊長は反応も返さず思案に深けている様子、然し反応は遅れて声を掛けられたことに気付くと慌てた様子で此方へ振り向き、少し戸惑ったような笑みを向ける。
「そうですか、では此処に寝かせたままも忍びない。何処かゆっくりと寝かせられる場所に移動させましょう」
ジャンニ隊長は再び彼女に視線を落とすと、深い溜息の後に躊躇する様に手を伸ばす。
それと同時にドスドスと乱暴な足音が響き、シスターの体が羽根のように軽々と持ち上げられる。
「・・・此処は俺が運んでやるよ」
足元を見て、顔を上げれば死ぬほど面倒臭いと言う目でジャンニ隊長を見降ろすダリルの姿が。
「ありがとう、彼女をお願いね」
「へいへい・・・」
ダリルは私の言葉を最後まで聞かずに生返事をすると、その姿は書架の影に消えていく。
それを見届けて振り返ると、ジャンニ隊長は眉根に皺をよせてダリルが歩いて行った方向を眺めていた。
「・・・アメリアさん、此処が教会の施設であろうと今のベアストマン帝国は闇の国の占有下にあります。それを如何か努々お忘れなきように・・・」
此処で漸く、ジャンニ隊長の態度反応の理由が理解できた。
死体と共に閉じ込められていた異様な空間、その中での唯一の生き残り。
その訳の疑念を抱くに十分な要素、壊滅の瞬間を目にしたジャンニ隊長にとって単純にそれを受け入れる気が起きないのだと思われる。
きっと、彼の直感が疑わしいと警鐘を鳴らしたのだろう。
「・・・心に留めておきます」
私だって何の疑念も抱かず純粋に相手を信じてしまう訳では無い。
探り確信をつくまで無暗に相手を敵と見做そうとは思えないのだ。
それよりも、土の精霊王様の通い道を探り当てなくてはならないが、手掛かりに成りそうなのは「創世記」。
本は探せば良いが見渡す限りの書架、内壁を覆う様に巨大な書架群が並ぶ。
中央部分は割と単純だが、司書さんが居なければ一冊の本を探すのも骨が折れる事だろう。
「此処は・・・大図書館の建築の際、土の精霊王様が携わったそうです」
前に来た時も思ったが、見やすさを意識しているとは思えない。
でも、この話を元に考えれば何か有るのではないかと期待してしまう。
「では、この大図書館に何か主題があったり・・・?」
「あぁ、風の話によると確か世界だとか?」
「世界ですか・・・」
ゆっくりと視線を泳がせながらダリルの後を二人で追えば、書架は南北に四連、中央の二連の真横には読書用の長机と椅子が並んでいる。
如何やら先程助けたシスターは並べた椅子に横たわされたらしい、ダリルはと言うとそんな彼女を放置して何か石板に夢中になっている。
「・・・何を見ているのかしら?」
ゆっくりと近寄り、ダリルの横から覗き見ると、ダリルは悪戯が見つかった子供の様に肩をビクリと跳ね上げさせる。
そこから酷く焦っている様子なのでジットリと目線を向けると、舌を縺れさせながら慌てて此方へ振り返った。
「うぉっ、行き成り声かけんなよ!」
「ごめんごめん、それで何を見ていたのか私達に見せてくれる?」
「あ?勝手に見ろよ、何かやましい事が有る訳じゃねぇし構わないぜ」
カンテラで照らしてみると、中央に精霊紋が二つ並んでおり、それを挟む様に四つの窪みが在るが右下の窪みにだけ土の精霊紋が浮き出ている。
「精霊紋・・・?此方は光として、相対する紋と考えると・・・」
「闇じゃねぇ?けどよ、精霊紋いがい何もないでやんの。ってかあの隊長、何をやってんだ?」
ダリルにつられて読書用の椅子に横たわるシスターの横に立つジャンニ隊長の姿が目に止まる。
怪しんではいたけど物騒な事は流石にしないはず。
「普通に心配しているだけで・・・しょ?」
思わず石板に手をつくと中央の精霊紋が沈み込み、意志が擦れる様な音と共に左上の窪みに土の精霊紋が浮かび上がった。何かの教材かそれとも何かの装置、そうだとして何が有るのだろうか。
「何で土の精霊紋が?」
「んなの俺に聞くな、どうせなら適当に押してみよぜ」
「えっ、適当はやめよ!」
ダリルは私が慌てるのが愉快らしく、慎重にするべきだと思い止める私の手を躱し続ける。
然し、適当に中央の光の精霊紋を押し続ける事三回、ガタンと重い振動が響き新たな精霊紋が窪みへとせり上がった。
「おっ、今度は風の精霊紋か。なんか合っていたみたいだぜ、だからさ、其の剣をしまってくれねぇかな?」
ダリルは真横に突きつけらる切っ先を冷や汗をかきながら見つめると、此方を見ながらゆっくりと石板を指さす。
「・・・うっ、ごめん」
剣を収めて一息吐き、改めて考えてみる何で三回押すと左上に風の精霊紋が?
それにこの振動、何処かで確実に何かが動いた気がする。
「シスターの容態は落ち着いたようですが。先程の振動と言い、お二人は何をされているのですか?」
ジャンニ隊長は此方に来るなり私達の前の石板を覗き込み興味深げにそれを眺める。
簡単な仕組みや、変化などを語るとジャンニ隊長も頭を捻った。
「主題は世界・・・そして此の精霊紋が浮かび上がると思われる窪みは後三つか・・・」
再び三回ほど精霊紋を押してみたが何処にも変化は無し、何かに此の配置が似ている様の気がするが其れがヒントとなるか如何か。
「敵が何時くるか解んねぇし、やるだけやって失敗なら後悔ねぇだろ?」
煽り立てるダリルの意見も尤もだ、主題を踏まえて改めて見ると、その配置は四大陸その物。
そしてそれは書架の位置と一致する、然し何で風の精霊紋が三回なんだろう。
暫し黙考をしていたジャンニ隊長だったが、ゆっくりと顔を上げ何処か得意げな顔で此方を見た。
「ふむ・・・大陸、そして書架の位置と似ていますね。それをその物の各国と考えて番号を振り、数字を足すのではないのでしょうか?」
三人で石板を眺め、北側の四連の書架を二つずつに分けた後、一番左から数を割り当てる。
「風と火の国のある大陸を四連の書架に番号をそれぞれ宛がえて、風は一番と二番で三・・・そして火は七ね」
それに基づき既に三回押したので更に四回、次は右上の窪みに火の精霊紋が浮かび上がり、再び石どうしが擦れる重い音後にガタンと床が振動した。
「おっ!間違いないだろこれ!」
勝ち誇ったように歓喜するダリル。
確かに背中を押して貰わなければ解決まで容易では無かっただろう。
「そうね、ありがとう。此れが関係無かったらとか躊躇は不要ね」
「へへっ・・・でもお前が素直だと気持ち悪いな」
照れ臭そうにするダリルだったが、こういう時に限って一言多いい。
「そう?じゃあ、さっきの無しで」
「なんでだよっ!」
「二人とも、これが失敗の場合の代案を探す必要が有る。時間が無いんじゃないか?」
流石にジャンニ隊長に怒られた所で最後の一つ、水の精霊紋を浮かび上がらせようと十一回押すと先の二つと同様に擦れる音と振動が床に響く。
然し、それだけであり大図書館に道も門も開かなかった。
静まり返る大図書館、拍子抜けのあまりに三人で顔を合わせたまま無言になってしまった。
石板の中で変化が無い中で怪しいのは光と闇の精霊紋。
世界の中心たる大陸に思いを馳せ考えを巡らせば、記憶から創世記の一説が思い出される。
一柱の創世の神が自ら創り上げ、降り立った始まりの大陸と。
「ん?一柱・・・まさか」
「クソッ!無駄足くらわせちまった」
ダリルは埒が明かない状況に怒りに拳を震わせ、石板の中央を力任せに両拳を打ち付けると、それは激しい揺れを伴いながら同時に沈み込み、床に巨大な土の精霊紋が浮かび上がらせる。
「これは一体・・・・!」
揺れは収まらず、慌てて原因である石板を覗き込むと金色の文字が石板に浮かび上がっていた。
『創世の神はただ一柱、分かたれた神意が双子の神を生み出したのだ』と・・・
それを読み終えると石板の中央に空いた穴から、何かが下から競り上がって来た。
然し、私達はそれが何か最後まで見届ける事は出来なかった、何故なら床に画かれた土の精霊紋から放たれる閃光と共に大図書館の床が消失したのだから。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます!
不可解な点を残しつつ、土の精霊王から与えられた難題を乗り越えたら急降下。
如何なるかはまた次回と言う事で、それではゆっくりとお待ちください。
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次回も無事に投稿できれば10月30日18時に更新致します。




