表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金色の瞳の剣姫は今日も世界を奔走する  作者: 世良きょう
第7章 世界への接触
262/366

第61話 虚像の都ーベアストマン帝国奪還編

(かつ)ては栄華を極めた都の残骸、そこは今や見る影も無い筈だった。

呼吸の為、空気を肺に取り込もうとすると、やはり無茶をした代償が体を蝕んでいるのを実感させられる。

込み上げる咳を噛み殺し、そっと物陰から都の様子を覗き見て私は自身の目を疑う。

魔物でも魔族でも無く、ましてや武装すらしていない普通の人々が何事も無かったように往来する姿だった。


「これは・・・」


一体どういう事なのだろうか?

そう思わず口に仕掛けて口を手で塞ぐと、ゴホッと大きな咳払いが背後から聞こえて背筋が凍る。

じわじわと滲む冷や汗、慌てて振り向くと同時にカチンと硝子同士がぶつかり合う音が響く。

其処で目にしたのは敵や魔物では無く、苦し気に息をするダリル達の姿だった。

二人と二頭に申し訳なく思いつつ、腰鞄(ポーチ)の中に手を滑り込ませれば、救護所でリンダが使用していた物と同じ小瓶が三本。

それはソフィアが出立前に渡してくれた、女神様の祝福が籠められた聖水。

一応は警戒し様子を窺うが、大きな咳が聞こえた筈にも拘らず、怪しむ者は現れない。

街を歩く人々は変わらず、何事も無かったかのように平然としている、それが不気味さと違和感を感じさせていた。

ともかく身を隠すと、無言のまま二人に聖水を飲むようにと手渡す。

二人が黙ったままそれを受け取るのを確認すると、一口あおりゆっくりと息を吐く、荒縄で締め付けるような胸の痛みが消えるのを感じて私は胸を撫で下ろし安堵する。

残りを皆で二頭のヒッポグリフにも分けてあげると、落ち着きを取り戻し足を折りたたみ、静かに地面に座り込んだ。然し、その体には傷が数か所、深くは無いが出来てしまっている。


「おい・・・さっき何を見た?」


ダリルが警戒しながら、状況を確認しようと声を掛けて来る。


「それが・・・」


ともかく長々とは喋る事は出来ない、要約してその様子を伝えると、ダリルは顔を青褪めさせ眉を(ひそ)めた。


「住人が普通に生活している?何だよソレ・・・」


当然の反応だ、然し話はそこでバサリと茶色い大きな翼で遮られた。

ジャンニ隊長は私達の会話を遮ると、翼の先にある指を(くちばし)の前で立てて口を閉じるように促す。


「そんな筈は・・・」


ジャンニ隊長は酷く動揺を見せると、悲劇を思い出してしまったのか、震える指で眉間を抑えては頭を何度も横へと振る。

そのままよろよろと瓦礫に隠れて都の姿を覗き見るが、表情は固まり呆然とその光景を見つめだした。


「・・・なるほどな」


ダリルはジャンニ隊長の様子を怪訝そうに眺めるが、その横から覗きこみ自身で目にすると、真実と知り困惑した様子を見せる。

こうして改めて眺めてみると、歩く人々の表情がお面のように変化が無い事に気付く。

ただ何かの命令を受け、決まった動作を繰り返す人形の様に思えた。


「ねぇ、これって・・・」


「可笑しい、こんなの有り得ない・・・」


私の話を遮り、ジャンニ隊長の困惑の声が震え出す。

気付けば自ら確かめようと翼を羽搏(はばた)かせフワリと風を纏い、ジャンニ隊長は飛びだとうとしていた。


「ジャンニ隊長っ」


私はその腰に必死にしがみつくが、重心が後方にずれて態勢を崩し地面へ二人で倒れ込んでしまった。

双方、怪我はせずとも激しく打ち付けた様子。


「・・・痛たたっ」


「しまった、す・・・すみません」


痛む部分を撫でていると、我に返ったのかジャンニ隊長は目を丸くし、私達に対し慌てた様子で膝を突き土下座をした。


「いえ、こちらこそ、配慮が足りなくてすみません」


互いに立ち上がり、顔を合わせて頭を下げていると、通りの方から怒号が聞こえて来た。


「俺様の道を塞いでんじゃねぇって言ってんだろうが!」


腹の出た下品な風体の魔族が瓶を片手に頬を真っ赤に染め、苛立ちから数人の住人へと拳を向けて殴り倒す。

顔や体を激しく打ち付ける打撃音、悲鳴一つも上げずに住民は地面に激しく打ち付けられ動かなくなった。


「くそっ・・・・魔族か」


ダリルは歯痒そうにその光景を眺めた後、ちらりと此方へ視線を送る。

其れを見て私とジャンニ隊長はダリルの気持ちを理解しつつも首を横に振った。

何の感情の揺らぎも、悲鳴も上げずにただ無機物の様に叩きのめされ転がる住人は動き出す。

到底生きていると思えない全身がいびつに歪んだ状態にも拘らず、立ち上がろうと地面を這う姿は最早、人間と思え無い。

ジャンニ隊長は見るに堪えずに顔を歪め目を逸らしていた。

それでも魔族の男は苛立ちは収まらず、仲間を呼んできては袋叩きにすると、住民はサラサラと灰へと姿を変えていく。


「やはり、マリベルの魔法だわ。でも、何の為にこんな大勢を複製したのかしら」


「それは何とも・・・俺は漸く複製と理解するのにやっとですよ」


眉根を寄せるジャンニ隊長の顔色は優れず、羽繕いと思いきや自身の羽根を嘴で引き抜きだした。それを見て、ダリルは肩を竦めると、バンバンとジャンニ隊長の背中を叩く。


「んなの、アイツ等と俺達の頭の構造が違うんだ。理解なんざ、(はな)からできる訳ねぇだろうが」


「えぇ、そうですね。自分が二人を支えようとしたのにも拘らず、逆になってしまい(かたじけな)い」


ジャンニ隊長は羽根を掃うと、申し訳なさそうに東部の飾り羽を広げる。

そして、再び通りに視線を戻せば、目に映るのは衣服を残して出来上がった灰の山。

それを苛立ちながら眺める魔族達、次々と理不尽に他の住人を灰へと変えるも、昇華されずに溜まった不満を地面に吐き捨てた。


「報酬として獣人共を好きに出来るからと期待したっていうのによ、何でこんな味気ないんだ!」


子分らしき小鬼(ゴブリン)がへらへらと下卑た笑みを浮かべ、蠅の様に手をこすり合わせる。


「そうですねアニキ!これが報酬だなんて、ふざけやがって・・・こうなったら城に乗り込んじゃいやすか?」


聞くに堪えない物だが、ご機嫌取りをした小鬼はその脳天を酒瓶で殴られ転倒した。

よろよろとお酒を浴びながら立ち上がろうとする小鬼を見て、魔族は舌打ちをする。


「馬鹿野郎・・・解放して貰った恩が有る。それに、殺りたいならまだ居るだろう?東側によ・・・!」


やはり、奴らはアマルフィの事を諦めてはいないようだ。

それが実行される物なのか、不安はぬぐえないが・・・


「そうっすね!こりゃあ、失念していやした」


小鬼は頭をゆらゆらと揺らし、焦点が合わない目で視線を泳がせるが、ギョロリと目玉を回転されせると悪い笑みを浮かべた。



*************



日が傾き初め、人間も魔族の姿も疎らになった帝都を目立たぬ様にひっそりと歩く。

ヒッポグリフ二頭を植え込みに忍ばせると合図をするまで出ない様に言い含め、私達は人目に付かない事を確認し、ひっそりと通りに飛び出す。

そこで膝まづき冥福を祈り小さな墓を作ると、灰に埋もれていた衣服を拝借して其れを羽織り、土の祭殿を目指す事にした。

私は黒猫の半獣人が着ていた耳が付いた頭巾を目深に被る、心に罪悪感が沸き起こるが、変装するには背に腹は代えられない。

建物の殆どは魔族達が占有しているらしく、雑に修繕を施された建物の窓から姿がちらほら見える。

出来得る限り目立たない様にと歩いていたが路地を進むと、ゲヒャゲヒャと下卑た笑い声と共に目の前に汚水が落ちて来た。


「おっと、惜しい!もう少しで中ったのによぉ」


苛立ち交じりのつまらなそうな男性の声が聞こえ、そっと建物を見上げると魔族が二人、二階から私達を眺めていた。その手には木桶、そして地面に広がる汚水には蠅が集っていた。

先程の事と言い、古来から受けて来た扱いへの意趣返しにしても悪質で下品である。

思案に深けり立ち止まっていると脇腹をダリルが突く、如何やら先程の魔族が此方を様子を不審に思っているらしい。此処はどうやってやり過ごそうか・・・


「おい!どこ行くんだ?!」


明らかに此方に向けた大きな声、しかし現在の住人は意志の無い複製体であり、此処で反応してしまえば潜入しているとバレてしまう。つまり、これは罠だ。

私達は表情も動きも変えず、背中に刺さる視線を感じながら黙々と歩く。

できるだけ早く立ち去ってしまいたい、そう思い続けながら表情を崩さずに歩きだした所で、別の魔族が喋り出す。


「おい、こんな所を歩く奴等いたか?」


明らかに此方を疑う声色、如何にか切り抜けたいが下手に動く訳にはいかない、隣を歩くジャンニ隊長が横目で決して取り乱すなと厳しい視線を送って来た。

思わず大丈夫だと頷き掛けた其の時だった、進行方向にある祭殿から黒紫の煙が天を貫く様に伸びていく。

そしてその直後だった、下から突き上げるに大地が激しく揺れ出す、立っていられずに壁にもたれ掛かると、次々と建物の窓が勢いよく締められるのが見える。

周囲の色々な物が倒れ、枯れた植木鉢や煉瓦等が落下してくる、危険だがこれは好機だ。


「二人とも、今のうちに祭殿へ急ぎましょう」


「ああ、解ったっ」


「了解!」


快諾を受けて、私達は魔族達の疑いの目を掻い潜り路地を駆け抜けると、間も無くして地震が治まり始める。

冷や汗をかく程の気の抜けない道中、躓き掛けながらも祭殿へ直走るも私達を待っていたのは祭殿を囲む、複数の魔術師。そして敷地を囲む様に画かれた魔法陣、それは見ていだけで次第に妙な怖気が走ってしまう。

儀式自体は上手く発動されずに済んだようだが、空気に混じる魔力の残滓は闇魔法のもの。

何を目的とする物なのか、その詳細が不明なのが不安で仕方ない。


「さっきの地震で儀式は中断、術者達は・・・態勢の立て直しと言う所かな?」


さて、土の精霊王様に会いに行くにしても魔族だらけ、此処はこの隙を狙って祭殿に飛び込むか、別の手を探すか・・・

何方を選択するか皆と迷い考え込んでいると、何か柔らかい物を踏んだ気がした。


「いってぇーな!オレの尻尾を踏むんじゃねぇよ!」


振り向くと着崩した服装にボロ布を纏った魔族が地面に座り込み、建物の壁にもたれ掛かり煙草を咥えながら憤怒の表情で此方を睨んでいた。そして、私の足の下には黒い蔓の様な尻尾。


「・・・・・」


正体がばれない様に祈りつつ、無表情のまま足を退かすが男の肩眉がは更につり上がる。

これは気付かれてしまったか?

その時、ボシュッと何かが射出されるような音がして一瞬、空が赤く光った。


「おい・・・お前」


男は私から目を逸らさず、腕を掴もうと手を伸ばしてくる。

此処はバレない様に人形のフリを続投するか、昏倒させて逃げるか。

私が判断に迷っているとドスッと鈍い打撃音が響き、ダリルに蹴り飛ばされた魔族は建物の壁に頭を打ち付けて白目を剥いた。


「今直ぐ逃げるぞ!」


ダリルが私の腕を強引に引っ張る。

困惑する私にジャンニ隊長がダリルに代わって補足してくれた。


「先程の赤い光は味方に敵の位置を知らせる信号魔法、建物から覗いていた何者かが男と揉めていた私達を見て放ったようです。もうすぐ、魔族達が集まってきますよ」


「ええ、それなら・・・教会へ逃げ込みましょう。あそこなら如何にかなるかもしれません」


何時までも複製体のふりをする必要は無い。

急遽、勘で行先を決めたが、二人とも異論はないとの事。

目立たずに出来るだけ早く、ジャンニ隊長の案内を受けて縫う様に都の中を駆けて行くと追っ手の声も聞こえなくなった。

掴るまいと必死に逃げ、神経をすり減らしたせいか、肉体的と言うより精神的な疲労が強い。

周囲は茜色に染まり、黄昏時を知らせる黒い鳥の鳴き声が耳に届く。


「ったく・・・災難だったな」


「いや、あの魔族の男は布で隠していたが腰に剣を下げていた。尻尾を踏む前に様子を窺っていた可能性がありますね」


「つまり、当に気付かれ見張られていたか・・・」


ダリルは苛立ち、近くに転がっていた小石を蹴り飛ばす。

あれだけの大人数での儀式、邪魔者が入らない様に見張りがついていても可笑しくはない。

完全に失念していた。


「まあ、あくまで俺の推測ですけどね・・・」


ジャンニ隊長はこう言うが、帝都には既に警戒網が広がりつつあるだろう。

三人で見上げる夕焼け、其処には戦いの跡が生々しく残る教会がそびえ立っていた。

本日も当作品を最後まで読んで頂き誠に有難うございました。

一難去ってまた一難をギリギリ掻い潜った一行を待ち受ける物とは何か?

気温の急降下で体調が崩れやすくなっていますが、皆さんも如何かご自愛くださいませ。

それでは次回までゆっくりお待ちください。

*************

次回も無事に投稿できれば10月23日18時に更新致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ