第26話 心改め磨く日々
あの後、ランドルフさんの話は太陽が真上に上がるまで続いた。
自身の迂闊さを呪いつつも、アーロンさんがランドルフさんを恐れる理由は物理的な物ではなく精神に響くものだと身を持って知らされた気がする。
最後にランドルフさんに渡された特定魔獣飼育・保管申請書を書き終え、私もダリルも無言でそれぞれの部屋に戻った。
ちなみに申請が下りるまではヒッポグリフ達は外への連れだしは厳禁らしい。
そんな主の意を介さず、アルスヴィズことアルは呑気に好物の生肉を日の良く当たる窓際で美味しそうに啄んでいる。
「ピィーピキューピィピィ」
「アル・・・軽い手伝いのつもりが大事になったわね・・・」
アルの姿を眺めながら、ベットの上で魔法指南書を読んでいると、ドアをノックする音が部屋に響いた。
誰だろ?ダリルかしら?
「・・・どうぞ」
少し躊躇するように間が空いたかと思うと、女性の声で「失礼します」と声がかけられ、慌ててベッドから飛び起きた。扉が開き、部屋に入って来たのは手紙を持った小人族のメイドさん。
一見、小さな女の子にしか見えない彼女は会釈をし、恭しい態度で私の前に手紙を差し出した。
「お寛ぎの所すみません。お手紙が届きましたのでお持ち致しました」
「わざわざすみません。ありがとうございます」
手紙を渡し終えて立ち去る小さな後姿を見送るとソファに座り封を切る。
差出人は様々な分野の優秀な人材を育成する王国最大の学び舎、リッカルドアカデミーからの手紙だった。内容は無料で開放されている魔法指導教室の案内だ。
これは部屋に籠ってなんかいられないわ!気が付いたら手紙を握って部屋を飛び出していた。
「ダリル!手紙読んだ?」
「うるせー!ノックぐらいしやがれっ!」
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その後、帰宅したランドルフさんに二人で相談したところ、二匹のヒッポグリフをお屋敷の厩舎で預かって貰える事になった。
正直言って、まだまだ魔法に関しては真面に扱いきれていない。クエストの時と同じ轍は踏まないようにしないとね。
次の日からはアカデミーへの通学と合間に実践も兼ねてクエストを熟す日々が始まる。
その中で一番驚いたのが、魔法指導の先生が臨時講師として来たルミア先生だったこと。
しかし村での事を懐かしむ間もなく、家族に連絡を入れてなかった事で早々にお説教されてしまった。
「相変わらずですね、おばかさん。貴方達は放たれた矢ですか!妖精との取引についてお教えしますから居残りなさい」
「はぁい」
「へーへー」
「そこ!はいは一回!」
ルミア先生の銀糸の髪の合間から見える青緑色の瞳は村の学校の教室で見た時と変わらず鋭い。
しかし、教師が魔法に聡いエルフと言う種族でしかもルミア先生だったのは僥倖ね。
「そうですね・・・以前もお見せした風の妖精にお願いしてみましょう」
夕日の差す窓にレースのカーテンが揺れている。そこをよく見ると緑色の服と髪に蝶の様な羽を持つ妖精が楽しそうに踊っていた。
「ナンカヨウ?」
「ヨウガナイナラ ワタシタチ ダンススル」
「この子達が貴女方にお願いがあるそうです」
ルミア先生は後ろに立っている私達の背中を押す。
風の妖精はクスクスと笑いながら私達の周りを回転しながら舞う。
「あの、貴方達にお願いがあるの。良いかな?」
「アナタ アミークスチガウ。デモ アナタ マリョク スキ」
アミークスって何だろう?どうやら好かれているようで安心だけど。
一人の風の妖精が鈴の鳴るような声でそう喋った後、もう一人の妖精がふわりとスカートを翻し、私達との間に踊る様に入って来た。
「サア ネガイヲイッテ カナエル 」
「私の故郷の祖父に近況を報告したいの。良いかな?」
「・・・俺も親に頼む」
「ワカッタ ダイショー チョウダイ。アマイノ ニガイノハダメ」
甘いのが良くて苦いのは苦手。いったい、何だろう?
「この子達は幼い個体の様ですね。何か魔力の込められたものなんて持ってませんか?魔結晶か手作りのお菓子など無意識でも魔力が籠められていれば構いませんよ」
「そう言われてもなあ・・・」
「あ・・・あるかも」
腰に下げた布袋の中を探るとこっそり忍ばせていた飴が数粒入っていた。
「わ、私のおやつ・・・」
「・・・いいからだせ」
「おやつ・・・」
「だせっ!」
ダリルとルミア先生の無言の圧力に屈し、飴は妖精達へと差し出す事になってしまった。
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「ソレジャ アタマノナカ ツタエタイ オシエテ」
風の妖精たちは嬉しそうに飴を抱え喜ぶと、私達の額と自分の額を合わせて来た。
祖父への報告したい事を頭に浮かべると、頭の中で浮かべた言葉が風に攫われるような感覚の後、目を開けた時には妖精の姿は消えていた。
「これで届けて貰え・・・た?」
「ええ、勿論。村の場所が場所なので少々時間が掛るかと思いますが、返事が返ってくると思いますよ」
「なんかいまいち実感が無いな」
ダリルは未だに半信半疑と言った様子で額を頻りに撫でている。
「では、本日は魔法の基礎についてお教えしましたが如何でしたか?」
一番最初の授業と言う事で体内に宿る魔力の核の存在と魔力の制御についての授業だった。
フェリクスさんの話だと私の光魔法は人前で晒すべきじゃ無いと言う事だけれど、実技の授業があった場合はどうしたものか。
「お陰様でとても解り易かったです」
「俺は話を聞きくより、早く実技的な事を教わりてぇな。まだ、師匠のモノマネ程度だしよ」
「実技は授業のカリキュラムに組んでありますよ」
やっぱり有るのね・・・
「実技か・・・」
「難しい顔をしていますが、どうしましたか?」
ルミア先生は小首を傾げ、私の顔を覗き込む。
「その何と言うか・・・」
幸いな事に居残り授業と言う事で他の生徒は居ないけど、これは話して良いものか迷うな・・・
「いーんじゃねぇの?先生は村で世話になったんだしよ」
ダリルの呑気な声が響く。
意表をつく言葉だったが、言われてみれば確かに慎重に考え過ぎたかもしれない。
「うーん、実は・・・」
誰かが来ない様に廊下をダリルに見張って貰いつつ、小声で儀式での出来事を掻い摘みながら話すとルミア先生は初めは目を丸くするものの、静かに最後まで聞いてくれた。
「そうですか・・・授業での実技練習は難しそうですね」
そう一言呟くとルミア先生は暫し思案した後、何かを思いついたかの様な顔をする。
「ふふふ・・・アメリア、御安心なさい。次の週までに何とかしてみますよ」
やけに自信ありげな先生の様子に妙な気分になる。
まあ、取り敢えず頼りになりそうな人物は先生しかいないし厚意に甘えておこう。
「よろしくお願いします」
「よろしい!授業以外でも図書館が一般に開放されているので行ってみるのも良いでしょう」
「俺はパスっ。ぜってー眠くなる」
「ダリルは相変わらずですね・・・」
想像しただけで欠伸をするダリルを先生と呆れ顔で見つつ、その日はまあまあの収穫になった。
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帰宅後、私はアルをダリルはスレイプニルことスレイを厩舎に迎えに行った所でランドルフさんに呼び止められた。
どうやら、今回の失態の件で大まかな目処が立ったらしい。
「どうにか、数十軒回ってヒッポグリフの調教師の所から卵を譲って貰う手筈が付いた。代償として、詳細は未定だが近いうちに他国との外交訪問の際、積み荷の警備の仕事を受ける事になった。君達にも同行して貰う事になるだろう」
そう言うとランドルフさんは小さく溜息をつく。
使命を受けてから何処に行くべきか目処が立っていなかったので有り難い誘いだ。
「すげぇじゃねぇか!」
「ただし、その件に関して君達の報酬は無しだ」




