第57話 猜疑心ーベアストマン帝国奪還編
突如として起きた闇の国による大国、ベアストマン帝国への侵略。
都は陥落し、大地は穢れ、未曽有の危機を迎えた帝国の危機を救うべく道中、奪還への希望の光であるベアストマン騎士団と出会う。
闇の国からの刺客による襲撃によって惨劇が引き起こされ悲しみに包まれるも、私達はそれを乗り越えて共闘を誓い合う関係まで如何にか扱ぎ付けた。
然し、妨害を乗り越えて騎士団を救うべく直走る私達の前で一つの命の灯が失われ、首謀者である影渡りの魔女マリベルが女騎士ルチアの影から姿を現す。
それすらも彼女の謀略だった、不吉な予感がする中で一縷の望みを抱き、騎士団の援護に向かう私達の前に広がっていたのは一面の焦土。
絶望と困惑の中、私達を待ち構えていたかのように取り囲んだのは、武器を携えた敵意剥き出しの騎士達。
互いに探りを入れたまま緊張が続く中、信用を勝ち取るには至らず、全てが振出しに戻る嫌な予感が頭に過っていた。
戦いの爪痕に残る火に照らされる中、背中合わせに皆に呼びかけた。
「騎士達は偽者か本者か・・・どう思います?」
周囲の様子からして撤退した可能性が有るが、術者であるマリベルが逃亡して間もないうえに、先回りしている可能性も捨てきれない。
まるで私達が訪れる事を始めから理解していたかのように取り囲んだ事から、何者かが手回しをしていた可能性が有る。
「難しいね、さっきまで化け物に食われた人間が影から生まれたり、生者が一瞬で灰になったりで正直、頭が混乱するよ」
フェリクスさんは横目で此方をチラリと見て苦笑すると、今までの事が頭に蘇ったのか額を押さえながら溜息を吐く。
「ははっ・・・そうですよね」
呼び掛けて反応を見る?
影渡りの魔女の名前の由来がそのままの意味として、先回りをしてこの中の誰かの影に潜んでたとしたら、成り済まされる可能性が捨てきれない。
熟考し続けても悲観しても動かない訳にはいかないが、妙案が思いつかないのが現状だ。
そんな慎重になりながら言葉を交わす私達を見て、ダリルは眉間に皺をよせ呆れ果てた様な表情を浮かべていた。
「あ?んなの簡単だろ?」
私達の注目の視線に気分を良くしたのか、ダリルは鬱陶しいぐらいのしたり顔を浮かべた。
それを見て、フェリクスさんは何かを押し殺す様に引きつった笑みを浮かべる。
「へ、へぇ・・・デコ助にしては珍しいね」
「あ゛ぁっ?」
何時ものノリで小馬鹿にされている事を察したのか、ダリルの顔がみるみる険しくなっていく。
まったく、内輪もめしている場合じゃないでしょうが。
「それで、ダリルの案って何なの?」
取り敢えず目の前の事を如何するかが問題。
気分を切り替えて貰う為にも訊いてみる事にした。
然し、機嫌が良くなるどころか煙たそうに此方を一睨みすると、当然だろと言わんばかりに拳を一振りして一言。
「片っ端からぶん殴る!」
何も思いつかない癖に言うのもなんだが、まさに脳みそまで筋肉と言われても過言じゃないぐらい直球な答えだった。
「「・・・・・・」」
ダリルの打開策にフェリクスさんと二人で頭を抱えていると、ファウストさんが冷めた目つきで此方を見て咳払いをした。
「三人とも、今が如何いう状況かと言う事を失念していないか?」
何時、戦いの火ぶたが切られるかの中、茶番を繰り広げるべきではないと思うが、如何にも儘ならない。
「私はダリルのやり方も一理あると思うわよ。今までの事柄から、マリベルが影から操る複製された人間だけが生者の様に動き喋る事が出来たのは確かだわ」
ケレブリエルさんが言いたいのは恐らく、攻撃を仕掛けられた時の相手の反応の動きを見るしかないと言う事だろう。
何時までも待っているほど相手も気が長くは無いだろう、ここはダリルの言う通りにすべきなのだろうか?
「危ない!」
ファウストさんは突如として素早く私達の前へ飛び出し、地面に手をふれると土人形を召喚する。然し、生成が間に合わずに一部が其れを乗り越え私達へと降り注いできた。
「風よ踊れ 舞えば上弦の月を象りて 災いを退ける盾となれ【絶風壁】」
私とフェリクスさんがそれを剣で掃い、ケレブリエルさんの放つ風は半円を画くと、次々と矢を薙ぎ払い退ける。そんな中、お構いなしの奴が一人。
「・・・ごちゃごちゃ面倒臭ぇ!要は自我が有るか確かめりゃいいんだろ!?」
ダリルの瞳は戦いに燃え滾っており、素早く跳ねまわる様に矢を潜り抜けると、矢が止まった直後に押し寄せる剣を持った騎士達を片っ端から殴り倒し始める。
何と言おうか、相手が先手を打って出た訳だから、反撃として正当化できると踏んだであろうが、冷や汗ものの暴れ具合だ。
殴られた者は灰にならずに煤と泥だらけの地面に気絶して転がり、中には負けじと声を荒らげ怒声を上げる者まで出て来た。
「このっ!魔女の傀儡が!灰に戻してやる!」
一人の怒り喚く言葉に触発され、周囲が荒々しい声が響き渡る。
如何やら彼方も、私達がマリベルの作り出した複製体と思い込んでいるらしい。
ケレブリエルさんの杖が私達を制止する様に突き出された。
「恐らく、マリベルは双方に自分の手口を知らせたのは此の為ね。双方に言い含め、かち合った際に争うよう謀ったのよ」
なるほど、どうりで色々とペラペラと喋ってくれるわけだ。
然し、相手もダリルの闘争心に中てられて、敵味方を判断するどころじゃないと言う気もするが・・・
私は頷き、心配はないとケレブリエルさんの杖を退ける。
「つまり疑心暗鬼に陥る事を狙ったのですね・・・」
ダリルが放つ火で辺りは照らされ、目の前の戦いは何時の間にかダリルの影響で方向性が変わってきてしまっている。私は三人と共に其れを見て肩を落とす。
さて、興奮状態の騎士と脳筋武闘家、言葉で止めようにも耳に届くかどうかも怪しい。
やれ、平和的に解決するには如何した物か・・・
「もう、これは説得と言う名の武力しか無いんじゃないか?」
「ファウストさんまで何だかダリルみたいな事言って・・・でももう、それしかないのかも」
剣を持つ者は、時には言葉では無く己が武器で語り合う。
それは最終手段と考えていたけれど・・・
少し自棄になり、私は武器を抜くが其れを見てケレブリエルさんが慌てて止めに入る。
「ちょっと、さっきまでダリルのやり方に呆れていたのに、何で貴方達まで武器なんて持ち出しているのよ」
「一応は声を掛けてみますが、争いが長引けば無用な被害を拡大させるだけですし・・・」
何も戦いたくてする訳じゃ無いし、心配なのは解るが戦意を喪失させるようにするのも勝利だ。
それを傍で聞いていたファウストさんも「そうだな」と呟き頷く。
私達の反論にケレブリエルさんは困った様に眉尻を下げると、視線は自然とフェリクスさんのな方へ向く。それに対し、首は横へと降られた。
「まあ、この状況・・・・具体案が有るのかい?それより、オレはソフィアちゃんの方が気になるけどな」
確かに偵察に行っただけな筈なのに、言うのもなんだが此れだけの騒ぎになっていると言うのに空でなくとも気付くと思われる。
もしや、途中で矢で射貫かれて誤解の末に捕虜になってしまったのだろうか?
「そ、そうね・・・」
ケレブリエルさんは少し悔しそうに杖を引くと地面をコツンと突き、短く深呼吸をした後にゆっくりと息を吐く。
その時、星が瞬く夜空の下で赤く点々と照らされる大地に美しくも不思議な歌声が響いた。
****************
それは闇夜に響く子守歌、澄み渡る可憐な歌声は耳にする者を惹きつけ眠りに誘う。
植え付けられた猜疑心が誘う戦いへの渇望、それすら鎮め、握っていた武器も瞼も落ちていく。
見上げる夜空には魔物の血を引く歌い手、ソフィアは翡翠の瞳に紫の光を宿し、争いを鎮めようと歌っていた。
人々の動きが緩慢になり、戦意を喪失した事を確認すると、ゆっくりと翼を羽搏かせ、地上へと舞い降りる。戦いを治めても、その表情は晴れやかなものでは無かった。
「・・・ソフィア?」
「この歌は人ならざる者の力、どの属性の魔法と異なるもの。使った際は無我夢中だったのですが、思えば使うべきじゃ無かったのではと思いまして・・・」
ソフィアの顔には後悔と恐れの感情が見て取れる、そこにはきっと私では計り知れない何かが有るのだろう。歌うソフィアの瞳に宿る光を思い出す、やはり魔物の力はいらぬ誤解を招くのかも知れない。
周囲を見渡すが、眠気に抗いながら意識を保っているのは女性ばかり。
如何やら男性陣には強く作用する模様、気絶する様にその場に膝を突き倒れ込む姿が散見する。
「怪我人を・・・最小限に抑えられたのは大いに褒められるべきところよ。これから協力していくし、話し合いで如何にかしてみせるわ・・・」
ケレブリエルさんは欠伸を殺し、眠たげな目でソフィアを見ると、任せなさいと言わん我ばかりに胸を張る。
「・・・ソフィア、ありがとう。来てくれなかったら、協定どころじゃなかったよ」
冷静に考えれば、現状で異種族である私達から幾ら謝罪や説明を試みても、ブランカ団長が居ない今は関係が拗れる可能性が有る。既に手遅れの様な気がするんだけどね・・・
「そ、そんな、自分で最善と思ってやった事ですし」
ソフィアは自分に向けられた周囲の眼差しを気遣ってか、謙遜しつつ照れ臭そうに明るく微笑んだ。
これは私達も彼女に白魔法以外でお世話にならない様に気を付けないといけないな。
「とにかく助かったわ。眠気も冷めて来たし皆も起きるでしょう」
周囲からは欠伸も聞こえ、視界に入る範囲だけでも、ぼんやりとした顔のまま体を起こしす仲間や騎士達が出てきていた。
そんな中、一人の女騎士が自身の剣を杖に体を揺らしながら地面を踏みしめると、此方に憤怒の感情を露わに睨みつけ、ソフィアに指を突きつけてきた。
「私は此の娘の目が紫に光るのを見たんだ!残党がりのつもりだろうが決して我等は屈しない・・・姿を偽ろうと誤魔化されぬぞ魔族め!」
他国の人間の介入を警戒するだけでは無く、酷くソフィアを蔑視する言葉が投げ掛けられる。
散々、追い詰められ不利な状況に居る今、少しでも危険をはらむ可能性が有れば疑いをかけるのは当然かもしれない。
それでも仲間であり、友人であるソフィアを悪く言われるのは許せないのも至極当然だ。
「あ、あたしは争いを止めようと!」
差別と取れる暴言にソフィアの顔は酷く青くなり、震えながらも敵意は無いと必死に訴え続ける。
然し、一粒の猜疑心の火種はその仲間に飛び火するしてしまった。
「何を白々しい・・・人族を連れた魔族がこの陣地に殲滅しに現れると聞いていた。すると案の定、のこのこ現れた。我等、騎士団を侮辱した事を此処で後悔させてやる」
此処まで来たら事前に嘘の情報を刷り込まれているのではと疑わずにはいられない。
そこに騎士としての誇り、国を奪われた闇の国や魔族への怒りが言葉に内在しているようにも思えた。
女騎士に続く騎士は、怒声を此方に浴びせかけると、心許無い足取りのまま足を踏みしめ剣を引き抜き、ソフィアに接近すると剣を振り上げた。
「ひっ・・・」
「それは何時、誰から聞いたと言うのかしら?」
私は逃げようとするソフィアを押し退け、前へ躍り出ると、剣を縦に振り上げ受け止める。
火花を散らす攻防、その末に互いに弾かれるように距離を取った。
然し、襲い掛かった騎士は其処で動きを止めると頭を抑え、何かを思い出そうとして動きを止める。
「誰ってそりゃあ・・・・うぐっ」
騎士は苦痛に顔を歪め、幾ら頭を巡らせても思い出せないのかガシガシと頭を掻きむしり自身に苛立ちだす。
「・・・もしかして思い出せない?」
「そ、それは・・・くそっ・・・何なんだよ!」
酷く騎士が取り乱す様子を見て、薄闇の中で周囲がざわつき出す。
中には武器を収め、傍観する者もいるようだが、及び腰になった騎士に怒り戦いを続ける者達が出てきた。
「おっと、女に手を上げようとするとは騎士道を護れていねぇんじゃねぇかよ!?」
ダリルは相手の肘を蹴り上げ武器を奪うと、仰け反り怯んだ所で腕を捻り上げると地面に押し倒す。
続いてファウストさんの土人形が左右から切り掛かってきた男女を跳ね飛ばした。
結局は武力制圧となってしまったような・・・
「ベアストマンの騎士よ!気を鎮め、武器を収めよ!」
闇夜に突如として鋭く威厳のある声が響き、幽霊のように夜の森に松明の光が揺れた。
騎士達は条件反射の様に素早く武器を収めると、その場で整列をした挙句に敬礼までしだす。
馬の荒い息づかいと地面を蹴る蹄の音が止むと、嘶き声が夜空に響いた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠に有難うございました。
何時か積み重ねが信頼を強固な一枚岩となると思い執筆している今日この頃です。
それでは、話の流れが滞らないよう精進しますので、宜しければ次回までゆっくり
とお待ちください。
*************
次回も無事に投稿できれば9月25日18時に更新致します。




