第55話 遺された灰ーベアストマン帝国奪還編
ベアストマン帝国の女騎士ルチアがブランカ団長の馬を盗み、山道を駆り失踪したとの知らせが私達に届いた。
蹄と馬車の車輪の跡を頼りに彼女追ったと言う三人からの手掛かりを頼りに駆けまわるが、姿形も発見できずに路頭に迷い掛けてしまう。
途方に暮れようかと言う所で聞きなれた鳴き声を耳にし、それを追いかける様に雷鳴が轟く。
必死に歩いたその先で四人が立ちどまり、ケレブリエルさん達が互いに睨み合い対峙する姿を発見した。
ブランカ団長の言葉に心が揺らぎ、ルチアが心中を吐露しかけると、ライモンド殿下が黒い霧と共に現れ、その凶刃が命を刈り取ろうと振るわれる。
そんなルチアを逸早く庇い、ライモンド殿下の戦斧を撥ね飛ばしたのは彼の師である、ブランカ団長だった。
徒ならぬ空気に互いに譲らず、出方や策を探り合う緊張感の中でブランカ団長は腕の中のルチアから視線を移すと、早口に一言だけ私へ向かって呟く。
「・・・私が次に動いたら、ルチアを連れて馬車で逃げろ」
「えっ?ちょ・・・!」
ブランカ団長は私の意志も確認せず、乱暴に恐怖と絶望に打ちひしがれ意識を失ったルチアを此方に投げ飛ばしてきた。
其のまま避ける訳にはいかず、慌てて受け止めたが同じ女性とはいえ、脱力し動かなくなった人間は存外に重い。
それに身に着けている物も加われば尚更、如何にか踏ん張りながら恨みを籠めてブランカ団長を睨もうとするが、既に戦斧を拾い上げたライモンド殿下と火花を散らし交戦する姿が繰り広げられていた。
「何の為に現れた、国と民を棄てたこの謀反者め!!」
ブランカ団長は部下の命を狙い、行く手を阻む弟子に自身の愚かさを知らせようと罵る。
然し、どう罵ろうとライモンド殿下の瞳は揺るがない。
「くっくっく、謀反者?愚かなものだ、仲間と自身の命を奪う算段に加わった娘を護ろうとするとは耄碌したか?」
ブランカ団長の罵倒も鼻にもかけずにライモンド殿下はそれを嘲笑うと、ルチアがあの惨劇を招いた張本人だと告げる。
それに驚き動揺する私達に比べ、ブランカ団長は初めから知っていたかの様に落ち着き払った態度で早く行くようにと肩を叩かれた。
ルチアが密告者であの悲しい惨状を生み出したのなら同情をするか迷うが、ブランカ団長の願いを無下にする気は起きず、私はルチアの腕を自身の肩にかけて引きづる様に走り出す。
「罪は生が有るからこそ償えると言う物、償わずの死は逃亡にすぎない」
私の心の迷いを見透かす様に、背後からブランカ団長のルチアへの戒めの思いと言葉が耳に飛び込んでくる。事情を知っていたうえで尚も、彼女を見捨てないと裁くべき人間が示すのであれば仕方は無い。
ルチアを担ぎ、再びの逃走を恐れながら馬車を見据える。
距離は僅か数十メトル、上手く辿り着けば決して苦にはなら無い。
「まったく・・・そんな運び方じゃ、肩が外れるわよ」
二人の戦いに巻き込まれない様に必死に馬車を目指していると、ケレブリエルさんもルチアの片方の腕を自身の左肩に掛け持ち上げてくれた。
「ははは、そうですね有難うございます」
誓いを立てた以上、このままブランカ団長に押し付けるのは後ろめたい、それでも作って貰った時間を無為にする訳にはいかない。
必死に二人で進む中、前方からダリルが走って来るのが見えた。
然し、ライモンド殿下も処分し損ねたルチアをおめおめと逃すつもりは無いらしい、地鳴りと共に急速に空気が熱を持ち始めたのを感じ、私達は思わず振り返った。
「荒ぶるは大地の血潮 怒り穿ち 仇名す者を灰燼に変えよ!」
ライモンド殿下は詠唱が終えると同時に戦斧を振り下ろす。
正にそれは見たことが無い、火魔法と土の精霊魔法を組み合わせた見た事も無い武技だった。
戦斧が食い込んだ地面が直線状に盛り上げ小山が出来たかと思うと、それが割れて亀裂が走る。
裂け目は大きく広がり、岩漿が噴き出し溢れ出すと、それは飛び散りながら空中で冷え固まり、溶岩の礫となって射出された。
無数の火矢の如く高温の石は乱れ飛び、ブランカ団長は私達を護る様に戦斧を構え体を引き絞り、薙ぐ様に溶岩の礫を弾き砕いて行く。
私達は女神様に祈り続けながら無我夢中でルチアを引きづり走り続けると、突如として鎧の堅い感触も無くなり肩が軽くなった気がした。
「耳死んでんのか?馬車がやられる前にさっさと行くぞ」
声につられて二人で振り向けば、ダリルは何度も無視しまったらしく吐き捨てる様にそういうと、虚ろな目をしたままのルチアを麻袋の様に軽々と担ぎ上げる。
「ええっ、助かったわ」
「・・・・ふん」
ダリルは何もいう事も無く、そのまま私達に背を向けてルチアを担いだまま馬車の踏み台に足をかける。
何時もの事だが、この愛想の無さにケレブリエルさんは腰に手を当て呆れ顔を浮かべ呟く。
「アメリア・・・あれは如何にかならないのかしら?」
「ははっ、何と言うかああ言う性分ですし・・・」
如何にかと言われてもなと苦笑するしかない。
詰め寄るケレブリエルさんんを押し退けた所で、ダリルがルチアを馬車へ置いて出て来た。
「チッ・・・」
まさか、聞こえていたのだろうか?
ケレブリエルさんに続き、フェリクスさんに手伝って貰い、溶岩が此方に跳んでくる前に馬車へ上がろうとした所で視線の先の地面に赤々とした溶岩が煙を上げて突き刺さる。
「皆さん、ともかく早く!」
エミリオさんの酷く慌てた叫び声と、アルスヴィズ達の鋭い鳴き声が警鐘の様に響く。
何度も周囲に打ち付ける様に衝突する溶岩は地面を焦がし、馬車の幌をかすめ火が付いたがすぐさま消火された。
「大変です、ファウストさんが居ません!」
幌から慌てた様子でソフィアが顔を出す。
馬車の中も周囲にもルチアが盗んだ馬を抑えていたファウストさんの姿が無い。
繰り出される術技に周囲の木々に火が引火し始める中、師弟の争いはそれすら気に止める様子も無く、相手の脳天を狙っての斬撃、首や胴体を狙っての刺突に薙ぎ払いと苛烈な物となっている。
出発の決断を迫られる中、思わぬ方向からファウストさんが姿を現す。
馬車の横の木々の合間を潜り抜け、ふらふらと理由は解らないが体中に痣を作り、足を引きずると言うそれは酷い姿だった。
「すまない・・・暴れ馬に足を踏まれてしまった」
「はぁ?馬に踏まれた?」
あまりに突拍子も無い一言に馬車から顔を出した誰もが騒然とし、そして自身の耳を疑ってしまう。
暴れ馬とは恐らく、ブランカ団長の愛馬だろう。
痛々しいけがに眉根を寄せる中、ソフィアだけは慌てず落ち着いていた。
「さあ皆さん、お喋りよりファウストさんを早く馬車の中に」
ソフィアの一言で呆然としていたエミリオさんがファウストさんを率先して馬車に乗せる。
案内役としてルチアが協力してくれれば良いが・・・
治療を受けるファウストさんを横目に視点を移せば、ルチアが意識を取り戻し、幌の合間から見える森を眺め震えている事に気付いた。
心情を思えばこの状況では非情な物言いだが、敵の動きが解っている以上は背に腹はかえられない。
「ルチア、私達を陣地へ案内するか、ライモンド殿下に引き渡されるか、貴女に選んでほしいの」
火の勢いが増す森の中、ゆっくりと転換し向きを変える馬車に揺られ、私達はブランカ団長を残し山道を再び戻って行く。
焦げた臭いと共に何故か震えるような冷気が風に乗って流れて来た。
*************
あれからルチアは結果的に、私達を陣地へと案内をする事を選んだ。
信用が置ける上司がおらず、その上司と仲間達を奪うと言う、魔族に代償として課せられた役割を果たせずに自暴自棄になっているようだけど。
ルミアは不貞腐れた様子でごろりと床に寝ころんでいたが体を起こした所で目が合った。
「なに見てんのよ・・・疑わなくても案内は嘘じゃないわ。だから、放っておいてよ!」
ルチアは癇癪を起し、頭を抱え込む様に体を丸めて背を向けた。
幾つかある陣地は生き残った騎士や傭兵に冒険者、その家族と寄せ集めの集落の様な物らしい。
その中でもここから一番近い第三陣地は切り立った崖を盾に川沿いの土地を切り開いた場所だそうだ。
「それは信じているわ。でも、如何して大切な人達がいる場所の情報を魔族に?」
ブランカ団長から詳しく訊いていないし、何より彼女が仲間達の死と引き換えに裏切った理由には未だに裏が有るように思える。
ただ家族を護りたいのなら強者が集まる陣地に留まるか、ブランカ団長の言う通りに避難させれば良い。
多くの仲間と騎士団を裏切ってまで家族のみを助けて、船も出ない中で何処も彼処も闇の国からの侵攻を受ける可能性が有る現状、その後はどう生き残るつもりだったのやら。
それとあの時、気を失った彼女から消えていた何かが警戒心を私に抱かせていた・・・
さて、会えて退かずに訊ねてみたけど、答えて貰えるだろうか?
「放っておいてと言ったでしょ・・・・家族を他国に逃がしたかった。ただ、それだけよ」
ルチアは無視をされると思いきや振り向き、如何にか答えてはくれたが・・・
これは、正直な事を訊き出すのに骨が折れそうだ。
「うーん、残念だけどアマルフィーも襲撃が有ったし、渡航は当分無理だと思うよ」
如何、訊きだす物かと頭を捻った所で私に代わってフェリクスさんが船は出れないとルチアに教えた。
それを聞いたルチアの反応は、さぞや驚くと思いきや、返ってきたのは素っ気ない物言いと態度。
「そう、そっちは別に当てにしていなかったわ」
私達から視線を外し、今度こそ黙り込もうとするルチアを見て、ケレブリエルさんはクスリと嘲笑う。
「つまり、あっちの勢力に船を用意してもらえると思わされていたのね?」
ケレブリエルさんがルチアの顔色を窺う様に見ると、悔しそうにルチアは眉間に皺をよせて喚きたてた。
「ってか、何でいつの間に尋問何てしてるのよ!もう終わった事よ・・・此の国もね」
ルチアはケレブリエルさんの言葉に図星をつかたらしく、すっかり動揺してしまったようだ。
始めに訪れた町で出会ったアイツといい、悲観的になってしまう人が出てしまうのは致し方が無い事なのだろうか。
「この国の未来はあるわ、皆で闇の国を追い返すのよ。大地も土の精霊王様も借りられれば如何にでもなるわ」
あの穢れに侵食され見るも無残な姿も、原因を摘み取り、再び大地が力を取り戻せば何時かはあの緑と活気に満ち溢れた国に戻るはず。
だから此処は案ずるより産むが易しと、私は彼女を奮い立たせようとしたつもりだった。
「大丈夫なんかじゃない!あんた達は解っていない、影渡りの魔女の傀儡になった精霊王なんて絶望するしかないじゃない!」
ルチアは唇を震わせ、私達を睨みながら泣き叫ぶ。
平常心を保とうと必死に堪えていた感情の箍がついに外れてしまったのだ。
突拍子も無く、不可解な言葉に私達の頭には疑問が浮かぶばかり。
「影渡りの魔女?精霊王様が傀儡?何を言っているの?」
「此の国を陥落させた魔族に土の精霊王様は手中に収められて・・・あああぁっ!」
ルチアは開き直ったのか、感情のままに溢れた言葉は歯止めが利かずに溢れ出していたが、近辺で爆発するような音がしたかと思うと、頭を抱えて絶叫した。
突然の事に驚く私達の耳に叫びと交代にエミリオさんの慌てた声が飛び込んでくる。
「皆さん、進行方向の山が燃えています・・・!」
操獣しつつ、酷く焦ったエミリオさんの顔が垣間見える。
ルチアも気になるけど取り敢えず・・・
「これが襲撃だとしても、進行方向はこのまま、教えられた通り変えずにお願いします!」
先程の爆発したような音がしてから時間は余り経っていない、急げば間に合うか被害を抑えられるかもしれない。如何にか指示を出す私の肩をダリルが叩く。
「おい!こいつ・・・」
酷く驚き落胆したダリルの声、聞いた事も無いその声色に不気味さを感じて振り返ると、ルチアの居た場所に人型の灰の山。それは襲撃を受けた街道で目にした物と同様に見えた。
驚愕する私達の視線が集まる中、それは馬車の振動を受けて崩れていく。
「影渡りの魔女・・・」
馬車の中を重い音をたてて転がる鎧、残った灰の山から伸びる影は何故かルチアの形を維持したままだった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございました。
不穏な結末でしたが、そのままとはならないので御安心を!
それでは次回までゆっくりとお待ちください。
**************
次回も無事投稿できれば9月11日18時に更新致します。




