第54話 痕跡を追ってーベアストマン帝国奪還編
荒廃した絶望の大地を臨む丘の上で私達は共闘を誓い合った。
視界の端に映る光景に各々、複雑な思いを抱きながら。
天に向けられた切っ先が僅かな光を反射して恒星のように光る、それぞれ己が武器を収めた時、羽音と共に枯れ枝が弾ける乾いた音が響く。
こうも早く誓いを果たす事と成るとは、誰もがそう思わなかっただろう。
再び手を腰に伸ばし、振り向き様の抜剣。
すぐさま私達の目に飛び込んできたのは多くの殺意を向けられ、恐怖に悲鳴を上げるソフィアの姿だった。
直ぐに気が付いた私達は動きを止め、土人形は土へと還って行く。
それでも、ソフィアだと気付けずにブランカ団長の戦斧だけはソフィアの目前まで迫っていた。
「ひぃっ・・・いやー!」
ソフィアの悲鳴が波紋となり辺りに広がる。
その声は耳を押さえても眩暈を感じてしまうほど、声にセイレーンである母親譲りの魔力が籠っており、目前のブランカ団長を失神させるには十分な力が有った。
本来は歌で船乗りを惑わす魔物の魔声、ソフィアは過去に自身の出自で辛い思いをした為に隠しているが、こんな感じで自衛になるとは皮肉な物だと思う。
握られていた戦斧は今や杖の代わりとし、膝を突きながらよろよろとブランカ団長は額を押さえて起き上がろうとしている。
ソフィアは自身のしてしまった事への罪悪感に顔を青褪めさせ、頭を何度も下げてブランカ団長に謝罪をするが、当の本人は未だに眩暈がするのか、喋る余裕が無く返答は無い。
「あ、あのこれは・・・本当にごめんなさいっ」
「大丈夫だ・・・」
何度目かの謝罪の後に漸く、低く呟くようにブランカ団長は口を開いた。
然し、突如として自身が失神してしまった事に疑問を抱いたのか、ソフィアを怪訝そうな目で見ている気がする。此れ以上は勘ぐられて、要らない懸念を抱かれても今後の為にならないかもしれない。
話を本題へ進めよう。
「ソフィア、馬車から離れて此方に来るなんて何かあったの?」
そう言ってソフィアに訊ねると、ブランカ団長の団長の視線が此方へ向き、関心が此方に向いたのだろう事が解る。
ソフィアは視界に飛び込む光景に唖然としていたが、私の声を耳にして瞬きをすると、焦りからか舌が縺れるも、やはり問題が起きたらしく早口で必死に説明を始めた。
「ルッ、ルチアさんが、馬に跨り逃走してしまわれました。今はフェリクスさん達が馬車で妨害しながら追跡していますが、足止めできるかどうか・・・」
そこまで話すとソフィアは安堵の息を吐き、それでも不安そうに飛んできた方角へ視線を向けた。
「ソフィア、それは何時の事だ?」
ファウストさんは焦るソフィアを気に留めず、落ち着いた口調で要点を訊ねる。
それにソフィアは思い返す様に視線を動かすと、少し自信なさげに答えた。
「恐らくは半刻も経っていないかと・・・」
その答えに私達は互いに頷き合う、余計な事を考えている暇は無いと。
「ふむ・・・皆、行くぞ!」
ブランカ団長はこちらよりも早く動き、私達を置いて一人で走り出す。
「ったく、何でお前が仕切るんだよ!」
そんな態度も合間ってか、ダリルは舌打ちをすると堪え切れずにその背中に向けて悪態をついた。
然し、それは虚しく空を切り、ダリルに向けられるのは沈黙からの呆れた私達の視線。
「・・・ダリル、行くわよ」
「・・・うっせ!」
ダリルは不機嫌そうな顔のまま、自棄になった様にブランカ団長を追って走って行く。
私達を待ちながら空を飛ぶソフィアに訊ねる。
「ソフィア、三人はどの方向に?」
「恐らく、野営予定地から西・・・一応は方向は大体わかりますが。確認の為に地上から車輪や蹄の跡などの報告をお願い致します」
そう言うとソフィアは四方を眺め、ふわりと翼を広げて飛び立つ。
「解ったわ、先に行った二人を引き留めて合流するから、一の報告はよろしくね!」
ソフィアと一時的に別れ、私達は気の短い二人の後を追う。
嫌な予感は馬車の中でもあったけれど、まさかこうも順調に行かせて貰えないとは・・・
疑惑の相手を信じるように言われた事への反発か、突然のルチアが逃走に不穏な物を感じていた。
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地面を眺めて追っては、立ち止まって空に耳を傾ける。
車輪と蹄の痕跡を追って山道を必死の歩き続ければ、頻繁に情報を交換していた口も開かなくなってくるもの。
ほぼ地面と睨めっこな道中、視線を少し上げれば魔法や剣で切り刻まれた、木々が散見している事に気付く。これも、目印になるかもしれない。
長く歩き続け、蹄や車輪の跡を見るだけで思わず溜息が出る。
「ふん・・・顔見知りとはいえど気の進まない相手を背に乗られているんだ。アイツが素直に走る訳なかろう」
さも当然の如く、ブランカ団長はしたり顔を浮かべて愛馬を語る。
自慢話の様だが、これは気を逸らそうとしてくれているのだと思われるので無下にはできない。
「へっ、へぇー・・・」
道は小石が混じり、跡もとぎれとぎれになって行くうえに道は坂が増えて険しくなるばかり。
辛うじて残る車輪と蹄の跡は幾ら追えど途絶えずに続いている、まるで堂々巡りだ。
長く歩く事に辟易としてきたのか、皆の態度や表情に疲労感が見て取れる。
「っで、馬がなんだって?」
ダリルはルチアには愛馬を乗り越せないと豪語していたブランカ団長へ、ちくちくと八つ当たりをしだしている。
「・・・・・・」
然し、そんな悪口にもブランカ団長は眉一つ動かさず無言を貫くもので、ダリルは消化不良で逆に居た堪れなくなった様子。つまらなそうに舌打ちをし、苦虫を噛み潰した表情を浮かべている。
愛馬を心配しているであろうブランカ団長の気持ちを思えば、不適切な発言なので良い薬になればと言う所だけどね。
空はもはや薄闇、山中を歩くには危険な時間が訪れようとしている。
「ここまで来ると、錯覚でも見せられているんじゃないかと思ってしまうわね・・・」
見渡す限りの森、道は以前は人の行き来が有ったと言う感じだが、轢き潰された物も有るが生い茂る雑草により自然に還りかけている。
似通った風景が続く中、耳に届くのは風による木々の騒めきと自身と仲間達の足音のみの筈だったのだけど・・・
ソフィアにも何かないかと確認をしてみたが首は横に振られるばかり、思わず溜息が漏れた所で「ピイィー!」と何処か聞き覚えのある猛禽類に似た鳴き声を耳にした気がした。
「しっ・・・静かに」
鳴き声は遠くは無い様な気がする、それだけで断言はできない。
探し続けた疲労による願望からの幻聴である可能性と言う可能性だってある。
せめてもう一度、もう一度だけ聞けたなら。
「ピギャーピャー!」
まるで、見計らったかのような・・・
確かに聞こえはしたけれど、やはり方向がつかめない。
地上から判らないのなら、空ならば如何だろう?
「・・・ソフィア!馬車は見える?何か見えない?」
「え?そうですね・・・」
ソフィアは突然、大声で話しかけられ驚き目を丸くし唖然とするが、戸惑いながら周囲を見渡し始める。
翼を大きく羽ばたかせて飛翔からの束の間の黙考、地上からでは判別できない。
然し、その表情が一変する。
「如何したのーっ?」
私が訊ねるとソフィアはすぐさま反応し、慌てた様に旋回すると、そのまま此方へ急降下してくる。
「森が光って・・・」
上空から聞こえるソフィアの言葉が終わるよりも早く、ビリビリと空気を震わせ鼓膜に響く重低音。
風に仄かに混じる焦げ臭さ、何が起きたのか把握できずにいると、風で木の葉を巻き上げながらソフィアが降りて来る。
「雷です、しかも高出力の魔法の・・・」
魔物の縄張り争い、もしくは何者かの交戦。
後者だとして、それが三人とルチアだったら・・・
「ブランカ団長、ルチアの得意魔法は何ですか?」
私の問いにブランカ団長は無言のまま、眉間に深い皺が刻まれ怪訝そうな表情が浮かぶ。
やはり共闘関係を築いたとはいえ、唐突に部下の能力を探るのは不作法だったかな。
先程の魔法の主は私の中で確定しているが、もしもの事を考えて知っておきたかったのだけど。
「例に洩れず、此の国の多くの者と同じ土属性だが?」
答えて貰えないかと言う諦めの境地だったが、意外なほどさらりと教えてくれた。
拍子抜けだが、この程度の事であれば知られようと支障は無いと言う所だろうか?
「・・・ありがとうございます」
「ふん・・・」
お礼を述べると不愛想に此方を鼻で笑う。
今は何を考えているのかいまいち解らないが、悪い人ではなさそうかな?
そのやり取りの中、ソフィアは何か気づいたのか驚き口元を隠してからすぐさま手を下ろす。
「アメリア、それはつまり・・・先程の雷はフェリクスさんの物でしょうか?」
「ええ、あれだけ目立つ様に魔力を使ったと言う事は此方への合図だと思う」
音からして相当な魔力を籠めた一撃と推測できる、二つの事が頭に浮かぶが、ケレブリエルさんも居る訳だし大丈夫だろうと思うけど心配だ。
「ソフィア、位置は解るか?!」
ファウストさんは、身内の事となると目の色が変わるらしい、やたら早口で捲し立てる様にソフィアに訊ねる。
その気迫に圧されたのか、ソフィアは怯えて顔を青褪めさせたが、翼を大きく広げ羽ばたき飛翔した。
「はい!此処から北東の方向に煙が見えています」
ソフィアは片腕を上げて見渡すような仕草をすると、目的を目敏く見付け、大きな声で此方に報せてくれた。
「急いで案内してくれ」
「え、ええ、ご案内致します!」
ソフィアは少し戸惑いながらも羽搏き、私達が見失わない様にゆっくりと飛んでいく。
私は日の傾きを用心し、カンテラに火を灯す。
「ソフィアをはっきりと目視できる内に急ぎましょう」
迂闊な事に先程まで大きな声で話していたせいで、魔物の遠吠えが遠くから聞こえる。
それも有るが、到着した先がどの様になっているのか些か不安だ。
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きっと戦闘は避けられないのだろう、そんな思惑と裏腹な光景を目にして私達は目を白黒させた。
気だるげな表情を浮かべながら馬車にぐったりと背中を預け、魔力キューブを口に放り込むフェリクスさん。
地面はおろか周囲の木々は黒炭の様に焼き焦げ、ケレブリエルさんが目の前のルチアに杖を向けている。
雷に脅えていたらしい馬はエミリオさんのゴーレムが確りと抱えて抑え込んでいた。
「あんた達に断りを入れる必要は無いはずよ。何も言わずに、さっさとあたしを逃がしてよ!」
「そう言う訳とは何かしら?貴女が単独行動をし、団長さんの愛馬を盗んでまで逃走した理由が知りたいのよ」
焦げ臭い空気の中、ルチアの顔に向けられるケレブリエルさんの杖の先端に渦巻く風の槍。
脅えてはいるが、それでもケレブリエルさん達に対する態度は強気のまま、ルチアは舌打ちをしながらゆっくりと後退する。
「だから・・・・何よ、寄って集って。暴力なんかに屈しないわ!そんな事をするならいっそ、あたしを殺しなさいよ!」
思わぬ展開に様子見していたが、ブランカ団長はそれを破り、驚くルチア達の方へ歩み寄ると頬を思いっきり叩いた。
「ルチア、お前は何を言っている?」
「あ・・・申し訳ございません!然し、あたしは逸早く、家族の許へ行かなければならないのです」
ルチアは頬を押さえて涙を零し、ブランカ団長に必死に見逃してほしいと懇願する。
「そうか、だが第五拠点であれば、万が一が有った所で避難者の誘導も問題ない様に手筈は整えてある。ともかく落ち着け、焦る必要は無い」
ブランカ団長は浅く腰を曲げるとルチアと目線を合わ、答えをじっくりと待ちながら慎重に宥め賺そうとするが、彼女の顔色は未だに悪く、迷う様に目を泳がせると苦し気に顔を歪める。
「ブランカ団長、ごめんなさい・・・ごめんなさい、あたしがっ!」
私達に牙をむいた勝気な態度は嘘の様に、ルチアは顔を青白く染め、何度もブランカ団長に謝罪する。
ブランカ団長にはその意味は伝わらわらず困惑の表情が浮かぶがただ、それはまるで懺悔のようだった。
それも束の間、ルチアの顔が恐怖に染まったかと思うと一瞬で言葉を失う。
突如噴出した紫の霧、それは招かざる客を呼ぶ事になる。
「ルチア、それ以上は契約違反だ・・・」
そう告げると、黒い水晶を手に現れた金の獅子の獣人でベアスマン帝国の皇子、ライモンド殿下はルチアの命を刈り取ろうと戦斧を振り下ろす。
「くっ・・・!」
振り向くルチアの顔が恐怖に引きつる、気が付けば私は無我夢中で剣を振るっていた。
激しく衝突する事による、火花とけたたましい金属音に、ドスッと重量がある何かが突き刺さる音。
ライモンド殿下の戦斧は弾かれ、斜めに地面へと突き刺さっている。
「老いても騎士。これは流石・・・と言った所か」
「ふん、この馬鹿弟子が!」
逸早くルチアに向けられた凶刃を防いだのは私では無く、間近でルチアを抱き寄せて庇ったブランカ団長だった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き、誠に有難うございました。
新たにブックマーク登録して頂いた方にも大感謝!有難うございます。
それではまだまだ暑い日が続きますが、頑張りますので次回までゆっくりとお待ちください。
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次週も無事に投稿できれば9月4日18時に更新致します。




