第25話 翼の代償
木々の葉から滴がしたたり落ち、目覚めの時を知らせる鳥が鳴き声も聞こえなくなる頃、暖かな日差しが差し始めた王都への道を歩く私達の前に予想外の人物が待っていた。
普段ならランドルフさんの屋敷の前で、その鋭い目を光らせているアーロンさんが何故か此方に向かってくる。
「お嬢!ぼん、お勤めご苦労でやした!旦那が屋敷でお待ちです」
どうやら私達に笑顔を作ってくれているようだが、それを見た城門の前に立つ兵士の一人から「ヒッ・・・」と怯えたような声が漏れた。
「笑顔こわっ・・・」
私達も初対面の時は殺されるかと思い恐怖したが、今ではだいぶ慣れて来た・・・と思う。
それにしても加入試験のクエストで不手際があったにしても、わざわざ迎えを寄越すなんて・・・
幾ら師匠である祖父から任されたと言っても、些か過保護な気がする。
「ありがとうございます。でも、わざわざ御迎えに来て頂かなくとも良かったのに・・・」
アーロンさんは首を横に振ると、私達に向かって小声で話し始めた。
「いえ、お二人を迎えに窺ったと言うか・・・護衛の為でして・・」
「護衛って・・・王都は目の前じゃねぇか。俺達は子供じゃないんだぜ」
ダリルは呆れた様な声を上げる。
アーロンさんは視線を動かし、私達の傍を飛んでいるヒッポグリフ達を見つめる。
「すいやせん・・対象はヒッポグリフですよ。未登録の希少な魔獣を何も知らないお嬢とぼんが連れまわすのは非常に危険なんです。幾ら王都でも滅多に手に入らない希少なもんが目の前を通ったら何がなんでも欲しいと言ってくる輩は幾らでもいますからね」
「え、そうなんですか?」
「ピキュ?!」
思わず背後で遊んでいたヒッポグリフを捕まえ抱きしめる。
「盗人の類もそうなんでやすが、もっと手ごわいのは商人の方なんでさ。中には冒険者や旅人を唆して裏の取引で転売する輩もいますからね。本来の予定では通常通り調教師に引き渡し調教した後、幼体をやんごとなき身分の方に引き渡す・・・あ」
アーロンさんは途中まで言いかけて口を押える。
どうやら表情見るにクエスト後の事は機密事項だったらしい。
「・・・えっと」
「やんごとなき以降は忘れてくだせぇっ!旦那に大目玉食らっちまう」
そう言うとアーロンさんは青褪めながら頭を抱えだす。
誤魔化すどころか逆に強調されているよアーロンさん・・・・
「別にそんなつもりはねぇんだけど・・・」
ダリルは困惑するような表情を浮かべてアーロンさんを見ている。
大男が頭を抱えて青褪めるってどれだけランドルフさんは恐ろしいのだろうか?
加入試験のやり直しをさせて貰えるのか心配だ。
話が落ち着いた所でアーロンさんは腰のベルトに掛けた布袋から粉の入った小さな瓶を二つ取り出す。
アーロンさんはニタリと不気味な笑顔を浮かべ、私達の手に瓶を握らせる。
「こいつはとあるルートから仕入れた即効性がある白い粉・・・・」
受け取った小瓶をちらりと見ると、アーロンさんから放たれる異様な雰囲気に押され思わず生唾を飲む。
「な、何が入っているんですか?」
「悪戯妖精の妖精の粉だ。こいつは時間は短いが、使えば姿が忽ち変化しどんな奴の目も誤魔化せるって言う代物さ」
「パック?」
「人をまごつかせて喜ぶ変身能力に長けた半人半獣の妖精さ。出会ったら気を付けてくださいね・・・」
そこまで言うとアーロンさんは目線を動かし手を伸ばす。
「・・・特にぼん」
ぽんっとアーロンさんのごつごつした手がダリルの肩に置かれる。
「俺かよっ!」
「くっくっくっ・・・さぁ、冗談はこの位にして出発しやぁしょう」
ダリルの反応を見て愉快そうに笑うと、アーロンさんは手で粉を振り掛けるような仕草をした。
なるほど、対象に振り掛けて使用するのね。
「ちょっと動かないでねぇ・・」
「ピィ?」
私は不思議そうに小首を傾げるヒッポグリフの頭を撫でた。
すると、うっとりと目を細め嘴を手に摺り寄せてくる。
可愛い・・・
引き渡す事になるのは解っているのにも関わらず情が沸きそうになるのをグッと堪える。
瓶の蓋を開けて頭の上から妖精の粉を振り掛ける。するとヒッポグリフの姿はみるみる変化していく。
小さな蹄の付いた下半身は無くなり徐々に全身に羽毛が生え揃い、風になびく柔らかな尾は尾羽へと変わり、ヒッポグリフの姿は小型の猛禽類へと変貌していた。
「ピィー」
「おぉ・・・おお」
魔法や妖精の事に関しては未だに基礎知識しかない私にはとても感慨深いものだった。
もう一頭もヒッポグリフも同様の姿に変わり、驚いたダリルに体中をベタベタ触られて不機嫌そうな鳴き声を上げていた。
「おうおう、これで問題ねぇな。では、行きやしょう」
アーロンさんは満足そうな顔をすると、門兵と小声で話した後、手に何かを握らせてていた。
恐らくヒッポグリフの事を口外させない為の口止め料っと言うところだろう。
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そして、私達が案内されたのはギルドでは無く・・・
「本来ならギルドの受付に依頼品と報告書を提出して貰うところだが、ここに呼ばれる事になったのは何故か解るね?」
ランドルフさんの屋敷の執務室だった。
何時になく真剣な面持ちのランドルフさんは両肘を机の上につき、手を握りながら軽く溜息をつく。
「・・・はい」
「おう・・・」
「今回は不特定多数の冒険者が集まるギルドでは目立ちすぎる為、安全に考慮して特別に屋敷に来てもらった」
そこまで言うと私達は応接用のソファに座るように促される。
メイドさんが暖かな湯気の上がる紅茶とお菓子を私達の前に出してくれるが、緊張の為か手をつけられそうにない。
そんな私達と相反して、妖精の粉の効果が切れて元の姿に戻ったヒッポグリフは私の膝の上に座り、呑気に大きな欠伸をしていた。
「今回の件でヒッポグリフが孵化してしまった事は完全に予測不可能と言う訳ではない。よって、その点については君達には勿論、非は無い。これは機密事項なんだが、卵は王室に献上する手筈だった」
「王室・・・!」
「マジか・・・」
アーロンさんが言っていた”やんごとなき身分の方”と言うのはこれだったのね。
「まあ、本来なら卵の状態での引き渡しが一番なのだがね。現段階でも遅くは無い、どうにか事情を話して不問にして貰えるようにしよう」
そう言うと、ランドルフさんは控えていたメイドさんに合図をする。
すると、金属製の大きな鳥籠が二つ運ばれてきた。
「さて、早速だけど引き取らせてもらうよ」
「はい・・・」
「何だ情が移ったか?」
鳥籠の前でヒッポグリフを見つめる私を見て、ダリルが揶揄ってきた。
「・・・大丈夫よ」
「なら良いけどよ」
二人でそれぞれ、抱きかかえていたヒッポグリフを籠に入れる。
籠に入れられた二頭は不思議そうな顔をして此方を見つめてきた。
「元気でねアルスヴィズ」
密かにつけていた名前を呼んでみた。
「ピィー?」
「頑張れよ、スレイプニル」
「ピャアー」
ダリルは情が移っただとか揶揄っておいてちゃっかり名前をつけていた。
「何よ~、アンタも情が移ってるじゃない」
「か、勘違いするな。これは別に情が移ったんじゃなくてな、旅立ちのはなむけってヤツで・・」
必死に誤魔化そうとするダリルに仕返しをしていると、急に手の甲が熱を持ち光り、魔法陣を描きだした。
「え、何?」
「・・・魔法陣?」
その時、困惑をする私達にランドルフさんの何時になく低く厳しい声がかけられた。
「君達・・・なんて事をしてくれたんだ」
「・・・え?」
「それは命名契約の印だよ。これは君達が死ぬか魔獣自体が死ぬまで決して解呪される事は無い」
「つまりは・・・王家への献上が不可能になったと言う事か?」
「・・・そうだ」
一気に自分の体から血の気が引いて行くのが解った。
ランドルフさんは机の上で腕を組み、頭を下げてから深い溜息をつくと、再び顔を上げて真剣な顔で此方を見る。
「・・・すみません軽率でした」
「俺達で弁償できませんか?」
「ヒッポグリフは一頭、金貨百枚はする。国中の調教師を当たっても、繁殖の成功率が低い為、見付けられるかどうか・・・」
金貨百枚だなんて・・・。それだけ有れば小さな屋敷が買える程の額だ。
とても駆け出しの私達にはとても支払える額じゃない。
「そんな・・・」
「君達に支払い能力が無いのは明白だ。其処でギルドで国中の調教師を当たってみる方向で相手方と交渉してみる事にする。恐らく交渉が成功したところで、全てギルドが負担する事になるだろう」
これはギルドに入るどころの話じゃないわ・・・
暫くの沈黙の後、顔面蒼白になる私達を見てランドルフさんは表情を和らげると、再び口を開きだした。
「まあ、今回の事は此れから冒険者として人間として人生の勉強になったと思ってもらいたい」
「それじゃ・・・」
「勿論、合格だ。卵の状態でなかったにしても依頼は達成したものとしよう。ただしだ・・・今回の問題を完全に無しにはできない。代わりと言ってなんだが、君達にはギルドの為に一肌脱いでもらおう。それこそ世界各地でね」
自分達が蒔いた種とはいえ、私は二つの意味で世界を奔走する事になりそうだ。




