第44話 大地の楔ーベアストマン帝国奪還編
幾度となく突き上げ揺れる大地、立ち続けるのも儘ならず恐怖と混乱に戸惑う街の人々。
厄災は敵との戦いへの勝利に酔いしれていたアマルフィーの人々に容赦なく襲い掛かった。
私達は安地を求め、住人共に大通りを速足で広場へとでると見覚えのある制服姿が目に飛び込んで来た。
「心配はないと思うが、逸早く港から離れて高台に向かうんだ!区長様の屋敷の方へ急げ!」
避難する住人を誘導する自警団員。
安堵の表情を浮かべ、導かれるままに北東へ向かう者もいれば、不安そうに海を見つめる者もいる。
「少し前に出航した船があったが、無事に逃れられたか知らないか?」
港の復興も成せてない中、そんな強引に船を出すなんてと思いを巡らせば不安が頭をよぎる。
自警団員の心配はないの言葉に首を捻りたくなるも、自警団員の言葉に従おうとすれば何処からか慌ただしい足音が響いてくる。
祭服を見に纏う人々を目にすると、住人は波が退くように道を開けると、誰もが緊迫していた表情を緩めた。
道を開けられ、現れたのはバルトロ大祭司とジュリオ助祭が率いる水の祭殿の面々、迷いなく海を眺める大通りを中心に陣を構え、海に向けた杖を天に掲げると重々しい空気の中で詠唱が始まる。
「生命の根源にて育みし母であり 我らが眷属せし水の女王よ 己が子らの祈りを聞き届け その慈愛に満ちた御心によりて水獣区を覆い護り給えと 恐み恐みも白す」
一心に水の精霊王様へと住まう人々と愛する故郷を護りたいと言う思いが込められた祝詞が、青く輝く水の精霊を呼び寄せる。
数多の精霊達がアマルフィーの空を覆い尽くすと、半円形の巨大な水球の障壁となり、呼応する様に巨大な龍の咆哮が響き、不思議な事に海中に居るような妙な感覚に包まれた。
「苦しくない・・・それに此れは?」
初めて見る大規模の魔法に、咆哮と共に静止する大地。
まるで、この地区だけが外界から隔離されたような妙な感覚を奇妙に思うと、強い振動が体を揺さぶった。
倒れそうになるのを如何にか踏みとどまり堪えると、バチリと気泡が弾けるような音が響き、視界が開けると役目を終えた水球は雨粒に転じ、アマルフィーに降り注いだ。
「見事ね、水の眷族の精霊魔法・・・」
ケレブリエルさんは空にできた虹と花につく雨粒が光を反射するのを眺めてうっとりと目を細める。
「精霊魔法・・・?」
「各、眷族の祭殿に備わる防衛術と言う所かしら。効果は様々だけど・・・この場合は水のマナを連結させた大掛かりな魔法結界と言った所かしらね」
「・・・伊達に風の大祭司の娘をやっていないんだな。それとも年・・・いひぇ!」
どうでも良さげな顔で話を聞いていて揶揄いだしたダリルだったが、それを冷ややかな表情を浮かべたケレブリエルさんに頬を抓り上げられていた。
「一言多いいわよ。年齢はどうでも良いけど、侮蔑し反応を楽しむつもりなら話は別よ」
ケレブリエルさんは必死に放せともがくダリルの頬から指を離すと、少しだけ悪い笑顔を浮かべる。
ダリルは頬を摩りながら睨み、不貞腐れ黙り込んだ。
思えば意外と近くに更に詳しそうな人が居る事に私は気付いた。
変わっていると思っていたがファウストさんの魔法は通常の魔法と言うより、精霊魔法と言う方がしっくりくるかも知れない。
ファウストさんはバルトロ大祭司達の見事な水の精霊魔法の素晴らしさに感慨深げに呟いていた。
「全員素晴らしい練度だ。しかも街を丸ごと覆う障壁だなんて信じられない・・・」
「ええ、確かに。そう言えば、ファウストさんの魔法も精霊魔法なんですか?」
「ああ、そうだ。仕える精霊王様によって様々だが、才能さえ有れば賜る事ができると言う魔法だ。簡単に言うと、精霊王様の御許しを得て精霊にマナに働きかけさせマナを物質化し、望む姿へ形状変化をさせると言うものかな」
ファウストさんは道端の石を拾い上げると、掌を見つめて呟くように詠唱する。
次第に石に黄色い光、恐らくは土の精霊が祝詞に応えたのだろう、石にそれらが宿ると形状が急激に変化していった。
片手で持つ事が出来る大きさを超え、地面に置くと手をかざしながら詠唱は繰り返し続く。
石が膨張と分裂を繰り返し、術者であるファウストさんの思うがままの石人形の姿へと変化した。
話を耳にし興味深げに見ていたフェリクスさん、ファウストさんに思いつくままの質問を投げかけた。
「ふーん・・・でっ、これは人型以外にも変えられるのかい?」
その質問にファストさんは暫し黙考し、どう説明しようか迷う仕草をしながら口を開いた。
「属性に適した形状であれば幾らかできるが・・・然し、規模と消費魔力は比例する」
ファウストさんは脅威を退け、人々に称賛されるバルトロ大祭司たちの方へと視線を向ける。
フェリクスさんはその意図を理解したのか、合点がいったと言う顔をしながら頷いていた。
「成る程、魔力の枯渇か。然し規模と言い、先程の魔法はいったい・・・」
「一つの呪文を複数人で同時に詠唱する事により負担を分散できる。ただ、人数を増やす程威力があがると言う訳では無いがな」
「つまりは、ある魔法に対して不足分を他の人で補うと言う事ね!」
ケレブリエルさんが真顔のまま、フェリクスさんを押しのける様にファウストさんへ迫る。
「ああ・・・つい話してしまったが、此処まで食いつくとは思わなかったな」
耳新しい魔法に元から知識欲が高いケレブリエルさんが加わり、軽く説明する程度のつもりのファウストさんは苦笑しながら狼狽えた。
更に追及しようとするケレブリエルさんに質問攻めに遭うファウストさんを他所に、私は周囲に飛び交う声に耳を傾けるが変化は見られないようだ。
然し、辻馬車との合流の約束は夕方だが、この事態に嫌な予感しかしない。
皇子殿下の無事は確定としても、問題は突然の地震の影響だ。
「夕方に出立との話ですけど、少し早めませんか?」
「なんでよ?あ、解った!あまった時間でオレと海を眺めながらデートしたいとか?」
フェリクスさんは何を言うのかと思いきや、何時もの調子でデートのお誘い。
然し、和ませようとしたとしても素で言ったとしても此れはいただけなかった。
「え・・・・」
軽蔑したジットリと視線を送れば、予想外の反応を受けたと言わんばかりにフェリクスさんの血の気が引いて行く。
「えって何?なに、アメリアちゃん冷たいっ!」
「お前は・・・いい加減にしろよな」
困惑するフェリクスさんに何時もと逆にダリルの鋭い駄目出しが入る。
落ち込むフェリクスさんを見て、勝ったのだと確信したダリルはしたり顔を浮かべていた。
二人は置いておいて、行動を取り敢えず起こさなくては・・・
「急かして申し訳ないんですけど、さっきの地震で街道の状態が気になるので予定を早めませんか?」
「成る程、そういう事か・・・僕は構わないが」
「あたしも構いません」
ファウストさんにソフィアときて、次にケレブリエルさんにも賛同を得る事ができた。
「私も異論はないわと言いたい所だけど・・・公の場で子供みたいな喧嘩をしていないで行くわよ!」
ケレブリエルさんはフェリクスさんとダリルの二人を嗜めると、二人に不用品の詰まった布袋を担ぐよう押し付ける。勿論、任された二人は不服そうな顔をするが、その後は揉める様な事は無かった。
その後、私達は街の様子を見つつ、不用品を処分をして身軽になった私達はゴッフレートさんとの別れの挨拶の為に別行動をとっていたソフィアと合流。
泣きつかれて大変だったらしいが、怒った勢いで「嫌いになるよ」と脅した所、暫し青褪め膠着した後に泣くなく許しをくれたらしい。何と不憫な・・・
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空が茜色に染まり掛ける頃、北門の前は足止めをくらった冒険者や商人でごった返していた。
説明を受けても理不尽な怒りや不満で兵士に食って掛かる者、冷静に事情を訊きだしガクリと肩を落とす者。
様々な騒めく声が飛び交う中、私達だけは目立たぬ様に民衆を避け、区長の計らいで自警団の詰所を通りアマルフィーから出る事に成功していた。
私とダリルは詰所の裏戸が閉じた所で口笛を吹く、すると間もなくしてアルスヴィズとスレイプニル、二頭のヒッポグリフが私達を目掛けて降りて来る。
私は再会を喜ぶアルスヴィズの鋭く大きな嘴を撫でつつ視線を上げると、それにより否が応にもこの混乱の要因が何か気づかされるのだった。
山を切り開き造られた街道は山肌が大きく崩れ、大小さまざまな岩が其の先に在ったはずの街道を完全に岩山が塞いでいる。
それはまるで此れ以上は進ませまいと、分断や妨害を狙ったかのように大地に楔が打ち込まれていた。
私達以外には数名の自警団員と祭殿兵、双方で岩山を調査しては話し合っている、現状把握と言った所だろうか。
「こんな状況でも門の先へ通されたと言う事は、これもついでに如何にかしてくれると期待されて・・・いたり?」
思い過ごしなら良いけど、失踪した皇族の追跡と連れ戻すには街道を通る必要が有る、故に考えすぎかもしれないが変な期待を受けている気がする。
解決策が浮かばない今は、厳しい足止めを食らったものだと辟易してしまう。
「どー見ても、辻馬車どころじゃねーし。こうなったら・・・報酬を受け取りしだい甲羅を引っぺがしてやる」
余計な面倒事が増えたと怒りを抑えきれない、ダリルから溢れる殺意が高い。
手で甲羅を剥がす動きをするダリルに、ソフィアは顔面蒼白になり止めに掛かっていた。
「そ、それは駄目です・・・流石に命にかかわりますよ!・・・そうだ!ヒッポグリフの二頭に協力して頂けば良いんじゃないんでしょうか」
ソフィアはダリルの気を逸らそうと話を変えると、困り顔のまま考え込んだ後、必死に解決案を提示する。確かにヒッポグリフ二頭で往復すれば、岩山の撤去より早い。
然この岩山の先がどうなっているかも解らない状況では何とも言い難い。
「時間もあるが、それは二頭への負担が大きすぎねぇか?」
ダリルはスレイプニルの様子を見ながら額を撫でて眉を顰める、地面を掻くのを見て嫌がっていると思ったらしい。ソフィアの意見に難色を示す。
「そうですか・・・」
ソフィアは翼を折りたたむと、残念そうに頭をもたげる。
ダリルに倣って私もアルスヴィズの様子を見れば、スレイプニルと同様に地面を掻いてはいるが、翼を膨らませながら空を眺めている。
私にはこれはむしろ飛びたくて疼いているように思えた・・・
話し合う私達を周囲もチラチラ、何か期待をしている様な視線を感じる。
「・・・取り敢えず偵察してみない?」
『ぴぃいい!』
『ぴぃーぴゃー!』
私の提案にアルスヴィズが嬉しそうに鳴くのを聞いて、其れにスレイプニルが呼応して一気に騒がしくなった。
「あー、船に乗りっぱなしだったしな」
少し渋って見せるがダリルは顔を横から急かされるように嘴|で突かれると、諦めて仕方なしと言わんばかりに手綱を握る。
すると、周囲の兵士から期待を籠められた声援が聞こえて来た。
「英雄殿、頼りにしています!」
「お願いします!英雄殿」
またもや英雄呼び・・・
ダリルと顔を合わせ二人で肩を竦めると、跳びたそうにする二頭に背中を押されてやもえずに手綱を握り、期待の視線を受けながら私達は上空から街道を眺める事にした。
「・・・お願いねアルスヴィズ」
私はゆっくりと相棒のヒッポグリフの背中に跨り、手綱を握り締め、その柔らかい羽毛に被われた首筋を優しくなでる。
「ピィー!」
するとアルスヴィズは私を乗せての久々の空に歓喜の鳴き声をあげ、その背の巨大な翼を大きく広げると、風をブワリと生み出し纏いながら飛翔する。
空高く見下ろす街道は、思う以上の数と規模の損壊が散見していた。
平常時は馬車や人が行き来しやすいよう広めに造られとても便利なのだが勿論、天変地異が起きるなど想定している訳はない。
天災か人為的な物か、その盲点を付かれてしまった様だ。
とにかく専らの問題は岩山、如何いうバランスで形成されているのだろうか。
大小数多の岩が折り重なる岩山は街道とその難所の一つである渓谷に掛けられた橋を破壊し、かなりの広範囲を埋め尽くしている。
「これは・・・こんな事が」
敵の狙いであるアマルフィーの壊滅が失敗に終わり、次に進もうとした矢先の地震。
嫌な予感に言葉を呑み込み、私は頭を振る。
「おい、呆然としている場合じゃないだろ。如何するかはもう決まっている、その為の策を考えるのは此処じゃねぇ。ともかく戻るぞ」
ダリルは苦々し気な顔をしながら舌打ちをすると、逸早く私を置いて降下していく。
「まったく・・・短気ね!」
いざ報告を待つ面々の許へ急ごうと手綱を握り直したところで、岩山の反対側の街道で複数の人影と馬車数台が立ち往生しているのが目に止まった。
お互いにとんだ災難ね・・・
私はアルスヴィズに下降の合図をしようと手綱を緩め鐙に足を掛ける。
然し次の瞬間、上空にいる私自身の耳にも届く程の轟音が鳴り響いた。
あまりの音に驚き、思わず足で合図を送るのを止め、振り返れば馬車や驚くの人々を背に岩山を砕く、巨大な何かが。
それは岩を拳で砕き、少しづつだが狭いながらも街道を復旧させようとしているのが窺える。
待っている皆に後ろめたさを感じつつ、私は鐙を蹴り向かい側へと少しだけ下降した、するとそれが牛の魔物姿をした岩人形だと言う事が判明した。
「凄い・・・でも術者が一人じゃ街道を通す前に魔力切れになってしまうわ」
報告する事が増えたけど、一体だけでは人が通る道を開通させるだけでも数週間、此処はソフィアの言う通りにヒッポグリフ達に頑張ってもらうしかなさそうね。
私はアルスヴィズに命じて踵を返すと、岩山を飛び越えて報告を待つ皆の許へ。
てっきり遅れて戻ってきた事にお小言の一つもあるかと覚悟していたのだが・・・
「ああ、良い所に戻って来てくれたな。ダリルからの報告を受けて、良い解決案が思いついたんだ」
思わず目が合った際に小馬鹿にした表情を浮かべたダリルはさておき、私の目の前で既視感がある光景がファウストさんにより繰り広げられていた。
岩山の一部を巨大な岩人形に変えると、やはり其の堅い拳で岩山を粉砕している。
「え・・・?」
違う人間がこうも示し合わしたみたいに同時期に同じ案を思い浮かび、実行する所を見る事になるなんて。驚き釘付けになっていると、フェリクスさんが私の目の前でヒラヒラと手を降ってきた。
「・・・何か?」
「これだけの物を取り除くには近隣の街や村と協力する必要がある。これで大分、早まる事になると思うよ」
期待に満ちた顔を見つつ後方からアマルフィーからの援軍が増員され、岩人形が粉砕した岩の撤去まで始まり出した。
「実は、岩山の向こう側でも同じような方法で岩山を崩そうとする人を見たんです」
「おや、それは面白い偶然だね」
大したこと無さそうに言われてしまったが、まるで以心伝心、示し合わせたような嘘みたいな偶然だ。
然し、何かひっかる。
それが何かは思い浮かばない、取り敢えずは優先すべき事を考える事にしよう。
「・・・そうですよね。でも、あの方を追うのであれば・・・」
「ピギャー!!」
「ピィィ!!!!」
私の声を遮る様にアルスヴィズ達がけたたましく泣き声をあげる。
その理由が解らず戸惑ったが、その答えは地鳴りと共に報せられた。
「退避だ!岩山が崩れて渓谷に・・・地面に亀裂が入った!巻き込まれる前に逃げるんだ!」
岩の撤去に参加していた自警団の危険を報せる声が響く。
避難してきた面々に詳細を訊ねれば、あの岩山の中央は一塊の巨岩であり、支えていた岩を砕いた事によって均衡が崩れてしまったとのこと。
如何にか渓谷に挟まり止まったものの、重さに耐えきれなかった事で両岸に亀裂が入ったのだそうだ。
然し、殆どの人が避難しているにも限らず、ファウストさんが戻ってくる様子は無い。
「アメリア、何処に行くの?大人しく待機して居るべきだわ」
探しに向かおうと立ち上がると、ケレブリエルさんが真剣な表情で私の腕を掴む。
「ファウストさんが戻ってきていないんです!探しに行かないと・・・」
「ファウストが・・・?!」
ケレブリエルさんの私の腕を掴んでいた手が緩む。
「無謀ですが・・・すみません!」
話している暇は無く、隙を突いて擦り抜ける様に手から逃れると、私は一心に走り出した。
「怪我をして動けないのかも知れません・・・あたしも行きます!」
ソフィアは滑る様に空を飛び私を追い抜いていく。
揺れて歩きにくい、体が揺れに引っ張られ転倒しそうになるも堪えてファウストさんの姿を探す。
こうなったら土の精霊王様の御力をお借りするべきかと必死に呪文を紡ぐ。
「テッラ スピリートゥス レクス インガ―ディオー!」
私の声に応え、黄色く光る土の精霊が集まり出すが、祈りは届かず精霊達はちりぢりになり召喚は成らなかった。詠唱は正確なはず、それなのに・・・
「如何して・・・?」
驚きで足を止めてしまったが、誰かが私の腕を掴み引っ張り出す。
それは、ダリルだった。
「行くならボーっとすんな此の馬鹿が!」
「ごめん・・・大丈夫だから」
「そうかよ・・・」
ダリルに腕を引っ張られるがままに走っていたが、離してほしいと頼むと、つまらなそうに乱暴に振り払われた。粗暴な扱いに腹を立てつつ、造られたばかりの道を慎重に進む。
街道の先には大きな亀裂、その中心にファウストさんらしき姿を発見。
支えを失った巨岩は他の岩を砕き、渓谷を削りながら大地の悲鳴を轟かせ、谷底へと沈みこもうとしていた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。
話は波乱と危機の中へ・・・それでは次回までゆっくりとお待ちください。
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次回も無事に更新できれば、6月26日18時に更新致します。




