第24話 天翔ける蹄
「嘘でしょ?!」
驚愕する私の前で、そしてダリルの横でそれは目覚めの時を知らせる鐘の様にコツコツと温かな食事の場に鳴り響く。
何で今なの?信じられない!
此処で孵化されたらクエストはお終いだわ。
「お、おい!不味いぞどうすりゃ良いんだ?!」
「し・・・知らない。とりあえず抱えてギルドまで走ればばばば」
「馬鹿!間に合うかよ」
焦るあまりにダリルは何故か卵の殻を手で抑える。
私は混乱して頭が真っ白になってしまった。
そこに、ジョーセフさんの低く落ち着いた声が響く。
「二人とも落ち着きなさい。混乱するより落ち着くべきだ」
「クエストに失敗したなら再挑戦できるように頼み込めばいいじゃない。それより、新しい命の誕生よ。ウフフ・・・あたし、こんなにドキドキするのは孫のロビンが産まれた以来だわ~」
ジョーセフさんの奥さんは両頬に手を当てながら目を輝かせ、ニコニコと嬉しそうに卵に期待の眼差しを送る。
「ニヒヒッ、姉ちゃん達、オイラより年上なのに往生儀が悪いぜ」
「「うっ・・・・」」
う、ぐうの音も出ない・・・
膝の上の卵が刻む音は次第に早く大きくなり、振動は今にも殻を突き破らんばかりだ。
「ロビン君達の言う通りだわ・・・堪忍しましょう」
「・・・おう」
諦めて落ちついた私達は、それから大人しくヒッポグリフの孵化を待つ事にした。
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二つの卵から聞こえる音はコツコツからパキッと言う破裂音に変わり、殻の表面に水の波紋の様な亀裂を作る。それは四方に稲妻の様な文様を描き広がっていく。
-パキッ!-
菱形に開いた穴からくすんだ肌色のの嘴が顔を出す。
それを切っ掛けに中から加えられる圧力によって亀裂は広がり、破裂するかのように殻が吹き飛び転がった。
そして、私達の目の前で新たな命が産声を上げた。
「ピィーッ!」
「こ・・・この子がヒッポグリフの雛?」
灰色から先に向けて黒く染まる翼を広げると、鷲の前足と馬の後ろ脚を使いよたよたと立ち上がる。
いざ生まれて見ると、前足の小さくても鋭く立派な爪が太ももに刺さりかけて痛いなんて気にならない程、喜びが胸に込み上げる。
「おおーっ」と言う歓声が沸く中、ゆっくりとヒッポグリフの瞼が開かれ、その下から琥珀色の瞳が現れた。
「初めまして、私はアメリアよ」
「・・・・・」
「綺麗な琥珀色の瞳ね」
「・・・・・」
ヒッポグリフの雛は幾ら声をかけても反応は無く、ただじっと私の瞳を見つめるだけだった。
私の向かい側に座るジョーセフさんとロビン君が緊張の面持ちでみつめている。
「えっと・・・」
「ピィーウ!」
私が戸惑っていると、ヒッポグリフは一鳴きし、前足を軽く曲げて私に向かいお辞儀のような仕草をする。これは私もした方が良いのかな?
私がペコリと頭を下げると、ヒッポグリフは嬉しそうに太ももの上で嬉しそうに跳ねた。
ん?これは何か認められたのかしら??
「ほっほっ、どうやらアメリアさんを気に入ったみたいじゃな。インプリンティングってやつかのう?」
「へ?」
確かインプリンティグって、鳥類が初めて見た動くものを親と認識するって言うやつよね?
でも、この子は鳥っぽい所があるけれど鳥じゃ無いわけで・・・まさかね。
「ピィーピィピピ・・・」
ヒッポグリフは目を細めながら甘える様に私の手に頭を摺り寄せてくる。
それを見てロビン君はヒッポグリフと私の顔を交互に見てから満面の笑みを浮かべた。
「おめでとう、姉ちゃん。きっとソイツ、姉ちゃんの事を母ちゃんだと思っているんだよ」
「かあ・・えええええええええー!!」
ますます不味い事になったわどうしよう・・・
ギルドにどうやって報告をすれば良いの?
恐るおそるダリルを見ると喜んで良いものなのかどうかと言った感じの複雑そうな表情を浮かべ、肩に止まった白い頭に焦げ茶色の翼のヒッポグリフの雛の背を撫でている。
その横ではジョーセフさんの奥さんが「あら!可愛らしい!」と嬉しそうに微笑んでいる。
「アメリア・・・」
「・・・何?」
「・・・腹を括れ」
「帰るのが怖い・・」
「ピュイ?」
「ピィー?」
二頭のヒッポグリフは私達を不思議そうな顔をすると、私達の顔を見上げ小首を傾げる。
ふと覗いた窓から見上げた空はいつの間にか茜色から満天の星が輝く濃藍色へと変わっていた。
「まあ、今日はもう遅い。王都に帰るにしても、生まれたてのヒッポグリフを連れて帰るのは困難だ、今日は家に泊まって行ってくれ」
「でも・・・」
ヒッポグリフ達の様子を見ると、翼の使い方に慣れていない様で、ふらふらとしていて見ていて危なっかしい。
やはり此処は素直にジョーセフさんの厚意に甘える事にするしかないようだ。
二匹はじゃれ合うように遊んでいたかと思うと、サラダの取り皿に残っていたトンの燻製を摘み食いしている。
「コラッ!」
「ピューイ・・・?」
「まあ、お肉が好きなのかしら?待ってて直ぐにお肉を持ってくるから」
片づけをしていたジョーセフさんの奥さんは台所から生肉を持ってきてくれた。それを二匹は美味しそうに啄む。その姿は雛とは言え中々、野性的な姿だった。
「何から何まですみません。私も片づけを手伝わせてください!」
「あら、良いのに。済まないねぇ」
こうして初めてのクエストを受けた一日は終えていく。成功したとは言い難いけれどね。
ふかふかなベットの中で枕元で眠るヒッポグリフを撫で、私は次第に眠りの淵へと落ちて行った。
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次の日は小鳥の囀りで目を覚ますと、雲一つない鮮やかな青空が広がっている。
私達は着替えを朝食を済ませると、すっかりお世話になってしまったジョーセフさん達に見送られ牧場の入り口に立っていた。
「本当に何から何までお世話になりました。」
「色々と世話になったな。ロビン、爺ちゃん達を心配させんなよ」
「えへへ・・・解ったよ」
「待てくれ、これを持って行きなさい」
ジョーセフさんは慌てて私に小袋を握らせる。
「これは?」
「魔除けの臭い袋じゃ。短時間なら魔物に襲われる心配もなかろう」
「ありがとうございます」
「いやいや、例には及ばんよ。それと、風の妖精に頼んでギルドの方へと連絡しておいたからの」
「「え!?」」
予想外の事に驚愕する私達を見てジョーセフさんは呆れたような顔をする。
「なんじゃ、二人とも。貴重なヒッポグリフを連れて普通に王都に入る事ができると思っているのかのぅ?」
昨晩もダリルにも腹を括るように言われたけれども・・・
「いえ、お気遣いありがとうございま・・わわっ」
「二人とも、世の中なる様になるわよ。頑張って!」
こうしてジョーセフさんの奥さんに背中を押され、牧場を後にした。
後ろを振り向くと、ロビン君がモーリーを抱きながら此方に手を振っていた。
ジョーセフさんも奥さんのエマさんもロビン君も、良い人達ばかりだったなと思いでに耽る。
「ピィーピィー」
「ピキュ!」
ヒッポグリフ達は一晩明けたらすっかり飛ぶのに慣れたらしく、物珍し気に私達の上を旋回しながら着いてくる。
ジョーセフさんのくれた魔除けのおかげで難なくヒッポグリフ達を連れて山道を抜ける事が出来た。
間もなくして遠くに高い城壁に囲まれた、王都が私達に見えてくる。
近づくにつれて門の前に兵士以外の人物が立っているのが見えた。
「ん?誰だ?」
「ランドルさんやクリスティアナさんじゃないようね・・・」
相手も此方に気が付いたらしく近づいてくる。
「お嬢!ぼん、お勤めご苦労でやした!旦那が屋敷でお待ちです」
何時にも増して威圧感たっぷりのランドルさんのお屋敷の門兵、アーロンさんだった。




