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金色の瞳の剣姫は今日も世界を奔走する  作者: 世良きょう
第7章 世界への接触
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第34話 不穏なさざ波ー海獣区アマルフィー編

南に位置する大陸に多種多様な獣人が住まう国、ベアストマン帝国が在る。

大陸の中央の大きな川に隔たれた、世界でも稀有な水と土の二柱の精霊王に守護されており。

造船業に海産資源、鉱石資源に温泉などの観光業も活発であり、資源も豊富な大国だ。

その都である帝都レオネが陥落したのだと、ソフィアの義父である白熊の獣人、ゴッフレートさんは私達に伝える。

街に流れる空気と様々な光景に戸惑う気持ちも有って、それが現実の事なのか私達は受け入れる事が出来ずにいた。


「陥落・・・?何処がですか?」


帝都の兵とは協力し合い、共に魔族の侵攻を防いだ事もある。

戦力は国だけではなく、教会に祭殿まで兵がおり防衛力が高く、反乱分子の鎮圧など容易いはず。

様々な光景を頭の中で駆け巡らせる程、これが現実なのだと言う事に戸惑った。

ファウストさんは歯を食いしばり打ちひしがれていたが、発作的に港とは真逆へと走り出した。


「くっ・・・」


無言で横を擦り抜けようとするファウストさんの肩をゴッフレートさんが鷲掴みにし、無言で足止めをする。

日が傾き、湿り気を帯びた冷たい潮風が髪を仰ぎ、街路樹の枝をザワザワと揺らす中、ゴッフレートさんは顔を顰めて拳を堅く握り締めた。


「帝都レオネは他種族の中に潜み、陰で暮らしている連中などに落とされた訳では無い。嘗て世界を二勢力に分かち、争わせた筆頭勢力、奴らが住まう闇の国だ。彼の国の監視下に置かれている筈・・・それにも拘らず奴らは帝都に攻め入り、三日も経たないうちに制圧した・・・」


そこまで言うと、ゴッフレートさんはファウストさんの肩を掴んでいた手を緩め、苦し気に顔を歪ませ頭を抱え込んだ。言われてみればその通りだ、何故に私達の母国は此の恐慌を止めなかったのだろう・・・


「あの帝都が・・・くそっ、エミリオッ!」


苦悩に歪む顔も悲痛な叫びも、兄弟の身を案じて苦しむファウストさんの姿に胸を痛めない者はいないだろう。

ファウストさんはフラフラと歩き、建物にもたれ掛かると拳を振り上げる。

その拳は感情と共に壁へと衝突するより早く、ダリルに掴まれて止まった。


「お前、何やってんだ!しっかりしろよ兄貴だろ?!」


ダリルは動揺し、正気を失いかけたファウストさんを睨み、落ち着くように宥めかける。

ファウストさんは不安に揺れる瞳を一瞬だけ大きく見開き、正気に戻った瞳で私達を眺めると、申し訳なさそうに小さく呟く。


「すまない・・・」


ダリルに動揺している理由が双子の弟と見抜かれ、ファウストさんはバツが悪そうに俯く。

やはり、帝都に住んでいるエミリオさんの事を心配していたんだ・・・

傷つき疲れ果てた人々が行きついた港町は、何時の間にか茜色に染まっている。

周囲の人々が声を荒らげ、騒ぐ私達を「何だ喧嘩か?」と訝しげに見ている事に気付いた。

此処はこれ以上、不審に思われない為にも場所を移すべきね。


「ゴッフレートさん、続きは何処か落ち着ける場所で話しませんか?」


「むっ・・・そうだな」


ゴッフレートさんはちらりと周囲を見渡すと、小さく唸りながら思案する。

今は船の修理を依頼をしている合間の休憩時間、街を散策に出ただけなので宿もなければジックリと静かに話し合う場所など当然の様にない。そうかと言って、食事処や街の別の場所では、賑やかすぎて些か問題が有る。


「それでしたら、私の家に皆さんをご招待しますが如何でしょう?」


ソフィアは考え込む義父を見て首を捻ると、名案と言わんばかりに嬉しそうに微笑んだ。


「ええ、良い話だけど・・・ゴッフレートさんの許可を頂かないと」


そろりとゴッフレートさんへと目配せをすると、顔を青褪めさせてソフィアから目を逸らす。

暫し、そのまま膠着(こうちゃく)し続け、額から大粒の脂汗を流しつつ頷く。


「ああ・・・・ワルクナイナ」


何処かぎこちないゴッフレートさん、その顔をソフィアは何かに気付いたのか訝しげに覗きこむ。


「ソフィアちゃんの実家かぁー・・・」


フェリクスさんは何かを思い浮かべる様に目を細めた。

すると私達、女性陣から軽蔑の眼差しを受けて、正気に戻り慌てて火消しに走り出す。


「最低・・・」


「最低ね・・・」


「最低ですね・・・」


「ちっ、違うんだ!これには一切、下心は無いって!ちらっと・・・ちらっと見てみたいと思っただけだからー!」


フェリクスさんは必死になるあまり、喋ればしゃべる程、深々と墓穴を掘って行く。

そんなフェリクスさんに助け舟が入った。


「やっぱ、駄目だ!他の所を探そう!そうだ、自警団(俺の所)の詰所なんて如何だ?」


誤解を受けるフェリクスさんを庇ったかのように見えたゴッフレートさんだったが、如何も挙動が可笑しい。然し、ソフィアだけはゴッフレートさんへの言葉に眉を(ひそ)めた。


「父さん、自警団の詰所は私用での利用は禁止でしたよね?」


娘にぐいぐいと詰め寄られ、ゴッフレートさんの三メトル程の巨体が気のせいか、徐々に縮んでいくように見える。


「え・・・っとそのだな、客を呼ぶなら綺麗な場所の方が良いだろ?」


「つまり、片付けが出来ていないと・・・」


ソフィアの怒りは(たちま)ち膨れ上がり頂点へ。

結局は直ぐに話を訊く事にはならず、掃除が終わるまで待って欲しいとの要望でそのまま外へ放り出されてしまった。



***************



何だかんだあって訊き込み捗らず、散策の続きとなった。

取り敢えず、ライラさんに迷惑をかけない様に妖精に頼んで連絡を頼む。

そのまま、避難者の人々への治療が一段落し、少しだけ落ち着きを取り戻した街を歩いた。

目に付くのは、食料の配給や教会や祭殿による避難者の受け入れの列に並ぶ人々、その不足分を補う為に広場には仮設の避難所として複数のテントが張られている。


「何もせずに街を眺めているのも如何かと思うし、話を訊けそうな人を探さない?」


帝都の教会や土の祭殿も気掛かりであるし、それは訊けたらであって、実際は何でも構わない。

そうは言っても、どの人も疲れ切った表情を浮かべ、思い出す事も辛いと言う声が多くやはり情報を得る事は難しい。

あちら此方を歩き、大人しく掃除が終わるのを待とうかと思い始めた所で、薄汚れてはいるが身なりの良い集団が目に留まった。

丈の長い外套にフードを被った金の髪に青瞳の白獅子の獣人、その人物を囲む人々の外套の隙間からは剣の柄や鞘が覗いている。

円陣を組んで談笑しているだけに見えるが、護衛を付けている所からして貴族か何かだろうか?

他に話が聞けそうな人は居ないか見渡すと、この区域は比較的に軽傷者や裕福そうな人が多く集まっている事が解る。

その中でも珍しく、大きな背負い鞄など、大量の荷物を抱えて座り込む豚の獣人の男性に声を賭けてみた。


「あのー、すみません。お尋ねしたい事が有るのですが、お時間宜しいですか?」


「・・・・・」


声を賭けても返事は無く、その視線は目の前の地面に敷いた布に並べられたアクセサリーに向けられた。

如何やら情報料が欲しいらしい。

並べられている商品は首飾りや耳飾りと、小さな装飾品が数点、慌てて持てるだけを持って来たのか数は少なく、中には対になる耳飾りが欠けている物もあった。


「ふぅん、パアルか・・・それじゃあ、其処の首飾りを三つほど頂こうかな?」


そう言うと、フェリクスさんは革袋から金貨を取り出し支払い、銀色の鎖に乳白色の一粒石が付いた首飾りを手に取ると私とケレブリエルさんに渡す。


「ありがとうございます・・・」


「・・・悪くは無いわね」


すると、店主さんの仏頂面は見る間に満面の笑顔へと変わって行く。


「へへっ、かわいこちゃんに別嬪さんまで連れて、やりますな旦那ぁ!」


無愛想な顔は嬉しそうに爛々と、口角はニタリと下品に弧を描き、鼻の穴を広げては荒い鼻息を噴き出しブヒブヒと鳴らす、解り易く熱い掌返しである。

フェリクスさんは店主さんの言葉にのせられて照れ臭そうにニヤニヤしながら頭を掻いている。


「まあ・・・」


ケレブリエルさんが杖で石畳の地面を突き、カァンと言う音がフェリクスさんの声を遮る。

その音にフェリクスさんだけではなく、店主さんまで唖然とした表情でケレブリエルさんを見上げた。


「お疲れのところ恐縮ですが、宜しけばお話を二三窺わせて頂けませんでしょうか?」


穏やかで丁寧な口調に柔和な笑み、その筈なのにケレブリエルさんの笑顔に背筋が凍る思いをしたのは私だけではないだろう。

店主さんは体を硬直させたまま、ブヒッと大きく鼻を鳴らすと、脂汗を流しながら手をこすり合わせて引きつった笑みを浮かべる。


「ど、どうぞ、遠慮なく何でも訊いてくだせぇ・・・」


平伏する店主さんを見てケレブリエルさんは私達に向けて親指を立てる。

誰がそこまでして欲しいと頼んだと言うのだろうか。

その後は仕切り直し、改めて店主さんから帝都で起きた事について訊ねさせて貰った。

ある日、突如として大陸の北東に在る港から十数隻の黒い船が現れたかと思うと、魔族は闇の国の旗を突き立て、騎士団への宣戦布告を皮切りに侵攻と虐殺を始めたのだそうだ。

話をしていく内に恐怖が蘇ったのか、店主さんの体はガタガタと恐怖で震えていた。


「・・・貴重なお話を聞かせて頂きありがとうございます」


「いやいや、逆に大した事を覚えていなくてすまねぇなぁ」


そう言って、はにかんだ店主さんの笑顔には何処か悲し気な影が落ちる。

話を訊き終えて立ち去ろうとした所で、大きな皮肉めいた声が聞こえて来た。


「はっ!他国が存亡の危機に去らされているって時に、興味本位で根掘り葉掘り訊き回って卑しい奴らが居るもんだな。それともアレは観光のつもりか?他人事みたいに振る舞うとは暢気なものだ。明日は我が身とか考えるべきと教えたいね」


不快に思い振り向けば、先程の金の(たてがみ)の男性が腕を組みながら、此方を忌々し気に睨んでいた。あまりの突然の事に唖然としていると、私達を見て護衛らしき者達と共に顔を合わせ嘲る。


「何だってんだ・・・」


ダリルが怒りに任せに口を開くと、先程の店主さんがその腕を掴み、無言で首を振る。

私は怪訝そうに眉根を寄せるダリルの頬を抓ると、相手と目を合わせずに再び店主さんに訊ねた。


「・・・あの方はいったい?」


私が小声で訊ねると、店主さんは私達に近くに来るようにと手招きをした。

それでも聞こえないか気になるのか、店主さんは何度か相手の様子を窺う仕草を見せると、こっそりと小声で呟く。


「まあ・・・詳しく言えねぇが、やんごとなき身分の方のご子息でさぁ。下手すれば不敬罪で首と胴体がおさらばなんて事に成りかねないから、命が欲しけば反論なんてしない方が賢いぜ」


その言葉を聞いた私達はそれぞれ、複雑な表情を浮かべた。

人の生き死にを容易に決める事ができるとなれば、誰もが大まかにでも予測がつくだろう。


「ダリル・・・」


未だに気が収まらないのか、ダリルは苦虫を噛み潰した顔で相手を睨み続けている。

然し、私達の顔を見ると舌打ちをし、苛立った様子で目を逸らす。


「あー!わーったよ!そろそろ、ソフィアんち行こうぜ。いい加減、片付いてるだろ?」


ダリルは啖呵を切ると、半ばやけくそ気味に歩き出す。

私達はその背中を呆れ顔を浮かべながら歩いて行く、ソフィアの家に招かれて辿り着いた頃には空には星が瞬いていた。



**************



埃一つ落ちていない床に良く磨かれた机に柔らかなソファ、とても綺麗な部屋だ。

ソフィアは達成感に満ちた表情を浮かべ、ゴッフレートさんは何故か顔に死相が出ている。


「あの・・・大丈夫ですか?」


一点を見つめて硬直するゴッフレートさんに声を掛けると、取り繕う様に慌てて大丈夫だと言い、カップのお茶を一気に飲み干す。


「ははっ、この度の魔族による帝都侵攻についてだったな。前もって奴らが何処から来たかは調べてあるらしいな。取り敢えず、お前たちが特に気にかけている土の祭殿だが・・・一応は無事らしい」


「・・・一応は?」


「うーん、人伝に聞いたからしょうがないとしても、何か曖昧だね」


私とフェリクスさんがそう問うと、お茶のお替りを持って来たソフィアが言葉に詰まるゴッフレートさんに変わって答えてくれた。如何やら掃除をしながら話を聞いたらしい。


「以前の様に精霊王様を封じ、異世界の門を開く事はせずにただ、建物を取り囲んで所謂、軟禁状態にしているのだとか・・・」


「軟禁って・・・今は意図が解らないな」


ファウストさんは俯き気味にだった頭を上げ、唸りながら苦々しい表情を浮かべる。

ゴッフレートさんはソフィアに先に話され、気恥ずかしそうに苦笑した。


「全くだ・・・然し、その先が問題だな、混乱の中で城も落されたうえに皇族も一人を除いて安否は不明。どうなるか解らないが、何が起きようと俺達も唯で折れるつもりは無い!帝都奪還からの復興は必ず成し遂げてみせるつもりだっ!」


淡々と語りだすも、徐々に感情がこもり、ゴッフレートさんの語気は段々と荒くなっていく。

拳がテーブルに叩き付けられ、淹れたてのお茶がテーブルに零れた。


「はぁ、熱くなるのも結構ですけど、人が淹れたお茶を無駄にするのは感心しませんね」


ソフィアは素早く零れたお茶を拭き取ると、さり気無くゴッフレートさんの手の甲を抓りあげた。

その痛みに顔を歪めつつ、ゴッフレートさんは「す、すまない」とソフィアに謝罪する。


「あの、その逃げ(おお)せた皇族の方は何方に?」


未だに跡が残る手の甲を擦り続ける半泣きのゴッフレートさんに代わって、カップを片付け終わったソフィアが応えてくれた。


「義父の話によると確か、ライモンド皇子殿下・・・。金獅子と呼ばれる斧術に長けた方で、今はアマルフィーの区長様のお屋敷に身を置かれているそうですよ」


ソフィアが説明し終えると、興味なさげにしていたダリルは頬杖を突きながら此方へと視線を向ける。


「そんな斧術士様がなんで、おめおめ西の端まで逃げて来たんだ?」


「少年!いくら娘の友人であれど、皇族に対する不敬な物言いは聞き捨てならないぞ」


ゴッフレートさんはダリルの言葉に激怒すると、牙を剥き出しにし、その胸倉へと掴みかかる。

ダリルはゴッフレートさんの怒りに驚き目を丸くするが、そのまま睨み返す。


「はっ、痛い所を突かれたって顔しているぜ?」


そう言うとダリルは鼻で笑うが、次の瞬間には右頬を殴られ、床に頭を叩き付けられていた。

その気圧される事無く挑発を続けるダリルを止めたのは、ファウストさんの拳だった。


「皇族には国を護るだけではなく、我々の為に存続させる義務もあるんだ。何も考えずに言葉を口にするな!」


今度はダリルがファウストさんを目掛けて拳を振り上げた。


「・・・止めろ!」


ゴッフレートさんの低く唸るような怒声が室内に響き渡る。

静まり返る中、二人は不服そうに離れると、各々の席に腰を掛けムスリと不機嫌そうに黙り込む。

ピリッとした緊張感に包まれた空気の中、ケレブリエルさんが呆れた様な表情を浮かべながら話をきりだす。


「仲間が失言をしてしまって申し訳なかったわ。今は要偵察って所ね・・・。所でこの地区の護りは如何なのかしら?」


「そうだな・・・この地区の守りを固めるのに教会と水の祭殿で結界を張る術師を集めている。だが、少し難点があってな・・・地区を丸々となると三日はかかるんだ」


そう言うとゴッフレートさんは頭を抱えながら肘をつき、星が瞬く窓の外を眺める。

ダリル達を宥め終えると、私はライラさんへ再連絡をとって一息を突く。

夜も遅く、この日は取り敢えず、ゴッフレートさんの厚意で泊めさせて貰える事になった。

さざ波の音を耳にしながら夜は更け、そしてアマルフィーに再び日が昇り始める・・・

本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。

今回は微妙に筆が進み、かなり長くなりましたが如何でしたでしょうか?

それでは、次回までゆっくりとお待ちください。

********

次回も無事に投稿できれば、4月17日18時に更新致します。

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