第29話 嘘から出たまことー精霊界編
青白い光で描かれた魔法陣、私を囲む様に円陣を組み、並ぶは台座と呼ばれた石柱。
石柱は其々の王様に相応しい玉座へと変化し、精霊王様方はお互いに一切の言葉を発さずに一柱ずつそれぞれの玉座へと座って行く。
如何やら各々の拘りが有るらしく、その造形や座り方に至るまで様々だ。
火の粉と紅い光が漏れ出るひび割れた溶岩石の玉座には火の精霊王様が腕を組みドカリと座り、麗しい造形の氷の玉座には水の精霊王様が、小さな旋風に胡坐をかいて座る風の精霊王様。
次に顕現し、苔生した土と岩でできている玉座に腰を下ろしたのは土の精霊王様だった。
然し、こうやって囲まれると中々に壮観ね・・・
気が付けば顕現し、退屈そうな風の精霊王様とすっかり目が合ってしまう。
「なんだ、お前ならもっと面白い事やると思ってたのにな。オイラがっかりダゼ」
気まぐれで享楽主義な風の精霊王様は心底残念そうに肩を竦めて宙を舞う。
「風の王、これは面白いか面白くないかではありません・・・」
水の精霊王様は微風になびく水面の様に穏やかな声で諭す。
土の精霊王様のどっしりと構え何もかも見透かしたように鋭く、言葉を用いらずとも心の内を解するような瞳。何故か、記憶石を通してみた先代の精霊の剣ヴェロニカの決意の一場面が脳裏をちらつく。
五つ目の石柱は月の光を編み上げた白銀の玉座を作りだし、光の精霊王様が小精霊の群れと共に宙からふわりと舞い降りると静かに腰を下ろす。
私が盟約を結ぶ事が出来たのは五柱、それが前提であれば現状で呼べるのは此処までのはず・・・
「・・・約束通り、精霊王様をお呼び致しました」
「否、何を言っている?まだだ・・・」
妖精王様は怪訝そうに肩眉を吊り上げる。
まだとは如何いう事なのだろう?
全ての精霊王様をと言う条件は提示されていなかったと言うのに。
妖精王様も私が盟約を結んでいるは五柱の精霊王様だとご存知の筈、その上での六柱の精霊王の顕現を求めている?
「まだとは?」
闇の精霊王様が顕現していない事が、何よりの証明のはず。
「パックからの報告で、闇の精霊王が女神側に在ると。六柱が揃う時こそ、女神ウァルミナスと邂逅の時なのだ。さあ、記憶石から見たのだろう?」
妖精王様がそう言うと、地面へと杖を打ち付ける。
杖から伸びた光の線は地を這いながら私の足元へ、消えかけた線と線をつながり、魔法陣が完成する。
「この魔法陣は・・・」
先代の精霊の剣であるヴァネッサが祈りと願いを込めて決意を示した一場面、足元に描かれた魔法陣が此処にある。
此方の情報はパックを通じて筒抜け、記憶石の事を口にした事から、暗に私にヴァネッサ以外は無いと諦めさせようとしているのだろうか。
結局は治癒院や精霊界でも、理解を示したフリだったと言うのだろか。
推測の域を出ない疑念と怒りを抑え付け、無理な話と思いながら私は首を振る。
「この陣は未完成です、先代と同じ道を歩もうにも難しいと思われます」
幾ら、私が精霊王様の力を与えられた特別な存在と言えど、全てが思いのままにと言う訳じゃない。
相手があの邪神では、尚更だ。
此処で壁に突き当たった思いきや、其れを覆す声があがる。
「いいえ、この女神様の生み出した魔法陣には一つ隠した救済が存在する。女神と妖精の誓いにより、貴女に何か遭ったさい、妖精の王族に召喚と魔法陣の発動を強制発動を行えるよう術式が組まれています。それに私達の力が加われば成功の可能性は問題ないかと」
銀の杖の先にある金の光を灯すカンテラがゆらりと揺れる、光の精霊王様は玉座から体を起こすと、他の精霊王様と頷き合うと私を見つめる。
半ば騙し討ちのような事をしておいて、私に選択を委ねると言うの・・・
卑怯だわ、でも・・・
「解りました、此処で何時までも立ち止まるつもりはありません。然し、私は此処で宿命を果たすつもりはもない、私は重ねて言うとおり、連鎖を断つために女神様とお話をしに来ただけです」
精霊王様を召喚する様に条件を付けたのも魔法陣の発動させる為なれど、私も此処まで来て流されるつもりはない。できる限り足掻いて、変えて見せる。
「良いね!面白じゃん!そうこなくちゃな!」
風の精霊王様の嬉しそうな声があがる。
先代の精霊の剣は、封印を最善と考えて受け入れた。然し、私には更々ないのだ。
未だに気持ちと意思だけの空っぽな考えを確かなものに変えてみせる。
宣言をし、妖精王様は見れば、思惑通りに行かずに不愉快な面持ちと思いきや、何故か満足げな様子。
時間をかけ過ぎたのか頭が眩むも、私は魔法陣の中心で剣に手をかける。
「俺も力を貸す、しっかりと納得いくまで帰って来るなよ」
兄のレックスの激励に短く「えぇ」と答えて返すと深く呼吸をする。
神界の門の最後の鍵となる闇の精霊王様を思い浮かべる、私は精霊王様たちの力を受けて金に輝く剣を天に掲げて記憶を頼りにヴァネッサが唱えた呪文を口にする。
「女神ウァルミナスの名代となる剣が命ず、呼声に答えよ!我にかしづきし、六柱の王よ!」
魔法陣が金色に変わるが黒い雷が蛇のように蠢き暴れ、六柱目に闇の様に黒い水晶の玉座は瘴気と共に祝出現する、怖気が込み上げる深い闇の気配と共に。
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自身にどの様な事がいつ起きるのかは不明、定めを変える思いを剣を突き上げ、天に示した私の瞳に闇の精霊王様の姿は無かった。
闇を象徴する黒水晶の玉座にどろりと気色の悪い何かが流れ落ちる、形は無く邪悪と混沌を煮詰めて固めたような何か。
瘴気を漂わせ、滴る穢れは腐臭を放ちながら、恨めしそうに眼玉で首位を見渡し、「口惜しや」と何度も呟くと其れは私を見てニチャリと口角を上げる。
「・・・貴方は何なの?」
器の譲渡の段階へ進むことは半ば幸いだが、闇の精霊王様を顕現は成せなかった事で落敗色が濃くなる。
此処で落胆する間も無く進めたのは、皮肉にも目の前の倒すべき敵のおかげかも知れない。
その魔物は私の問いに応える事は無く、視界に兄の姿を捉えると、瘴気を撒き散らし大口を開ける。
「口惜しや、その器を寄越せええ!!」
狂った叫び声と共に不定形の其れは真っ直ぐに兄を目掛けて跳び掛かる。
「器か・・・」
飢えた魔物の様に跳びかかる其れは幾ら弾かれようと、兄が張った障壁へ体当たりを続ける、浄化の光が施された剣により砕かれていく。
剣に伝わる柔らかで不快な感触、吐き気をもよおすような濃い腐臭。
融ける様に消滅する其れは下卑た笑顔を浮かべ、跡形も無く消滅する。
「・・・・・」
ふと、障壁を解いた兄である妖精の盾は一点を見つめたまま茫然と立ち尽くしていた。
まるで、心の底から恐れていた物を目の当たりにしたかのように。
「大丈夫?」
「・・・気にするな」
素っ気ない呟きに、そっと手を差し伸べるよりも早く、玉座に次元の裂け目が生まれる。
再び現れた、不定形の其れはずるりと流れ落ち不快な表情を浮かべる。
更に濃いかの神の気配を漂わせ。
魔法陣を破壊するか、殲滅するか迷った時、何処からともなく銀の蝶が舞い降りた・・・
「まったく何と言う事よ、妾の望みが叶わない所か、奴の陰を送られるとは。とんだ挨拶よの」
銀色の蝶は聞き覚えのある声を発すると優雅に舞い、闇の精霊王様の玉座に留まり銀色の閃光を放つ。
銀の閃光は魔物と黒水晶の玉座は呑み込み全てを粉砕し空に溶けて行った。
安堵すると同時に失意のまま立ち尽くす、体に感じる浮遊感に体へ戻る時が来たのだと私は無念さに拳を握り締めた。
そんな私の目の前に一枚の羽根が舞い降り、其れを手にすると再び魔法陣が輝き出す。
そこに居る誰もが困惑する中、今度は自身の手が消えかけて行く、私は静かに瞼を閉じた。
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水中から浮上する様に緩やかに意識が戻って行くのを感じる。
それにも拘らず、伸ばす手に触れる物は何も無く、熱くも寒くも無い不思議な感覚。
瞼を開けば、様々な色彩の光が生きているかのように煌めいていた。
何処に自分が居るのかは解らない、それなのに自然と不安感は無く、まるで偉大なる存在に護られているようにすら感じる。
「此処は・・・精霊界じゃないでは無いのは確かね」
小精霊が模倣した様な不思議な景色すらない、警戒しながら見渡す私を姿形は見えないが何かに見られているような妙な感覚に鳥肌が立った。
輝く石に手を伸ばすと、そこから何かが体を駆け巡り、頭に知識や映像が洪水のように流れ込んでくる。
眩暈を感じて手を離して顔を起こせば、三対の翼を持つ白銀の髪の女性の姿が瞳に映る。
先代の精霊の剣であるヴェロニカと同じ容姿でありながら違う、似て非なるやんごとなき存在、女神ウァルミナス様。
自身の魂を持って封印を施した少女が、託した世界を守護する一柱。
そうか、こうやって会えたと言う事は全ては無駄じゃなかったんだ。
私は此処で初めて神界に招かれたのだと気付かされた。
「あの・・・」
其れは焦りか知識欲からか、大きな賭けの末に咄嗟に発した言葉は宙に消える。
それが何か解らず驚く私を見て女神様は悲し気に首を横に振った。
姿は以前と変わらないまま、されど纏う神気に陰りを僅かに感じる。
「我が剣よ、此れが今の私にできる、貴女がたへの恩寵です・・・」
儚げな表情を浮かべる女神様の姿は光る粒子となり、それは声と共に一度に頭に流れ込んでくる。
初めに頭に浮かぶ映像は色も光も何もない空間に何かが舞い降りる姿だった。
「生命の記憶に残らぬ創世の時、この世界には神は一柱でした。善悪も無い真っ新な世界、創世の神は初めに精霊を生みました」
深く頭巾を被り顔が見えぬ創世神と思われる一柱の周囲に六つの精霊が舞う。
それは次第に人型をとり、創世神の導きのままに散らばった。
「世界を照らす光、万物の生命が芽吹く大地と其れを潤し命を育む水、文明と発展をもたらす火と命を運び芽吹かせる風を創り、最後に生と死を司る闇を生みました」
世界は明るく照らされ、競り上がる大地が溶岩を噴き上げ、火が生まれ気温が上がった大地を囲い、原初の命を抱く海が生まれ、大地が水で潤うと風が運んできた草木が芽生えた。
やがて、強者に追われた生物が海から上がり植物を食らい、其れを追う者が食らう。
昼と夜が幾度となく訪れ、死の訪れと生が芽吹く。そんな当たり前の命の循環を創世神も初めは楽しんでいる様だった。
「然し、ある日の神は平和な箱庭を酷く退屈に思い、好奇心から害意を持つものを放ったのです」
様々な進化を遂げ、力と知恵を持つ者が誕生し、やがては支配者となり君臨する。
穢れに中てられた動物が魔物となり、それは進化をしながら人間と争う度に凶悪な姿へ変化して行く。
生態が確立していくと同時に、弱者を虐げ、強者が全てを奪い取る、それに対抗する為に群れを作り、勢力を求めて再び争いが幾度となく行われていく。
「それを眺めて愉快そうに嘲笑う自身に気付いた創世神は、自身の中で鬩ぎ合う二つの自分に心を病み、心だけではなく姿まで分裂し、不安定になった世界に男女の双子の神、私達が誕生しました」
兄と妹、考えが交じり合わぬ二柱の争いは世界を壊す程に苛烈となり、女神様は苦悩の末に兄妹神である邪神を異界へと封じたのだ。
私や世界の人々が先祖から伝えて来た世界は世界は、ほんの一握りなのだと思い知らされた。
道標は得た、後は邁進するのみ。道を開く鍵は得たのだから。
眩い世界の軌跡の洪水に私は吞まれていく、如何やら魂が肉体へ戻ろうとしていらしい。
「・・・ウァルミナス様、有難うございます」
薄れゆく意識の中、女神様の微笑んでいた気がした。
気付けば治癒院のベッドの上だった、無事に戻る事が出来たと言う安堵の中、ふと目を向けるとある一点に釘付けになる。
憤慨する妖精の女王様、そして床に膝をつき頭を下げて項垂れる妖精王様とパックがいた。
え・・・如何いう事?
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。
次回も読んで頂けるよう頑張りますので、ゆっくりとお待ちください。
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次週も無事に投稿できれば3月13日18時に更新致します。




