第23話 殻の中の君を思う
屍馬が居なくなった馬達だと言うのも、ダリルに言った事も悪魔で憶測だ。
しかし、馬達はどうやって屍馬になったのだろう?
人為的な干渉があった形跡は無いし、ましてや自然に魔物化するなんて事は無い。
最後に私達と対峙した時に一ヶ所に留まって動かなかったのは、何かを守っているように見えたけれど。
一足先に屍馬の骸を漁っていたダリルが声をあげる。
「おい、何処にも無いぞ」
「何が無いの?」
「魔結晶だよ。魔物なら必ず有る筈だろ?」
そう言われて私も屍馬の骸を調べて見るけれども、どこにも魔結晶は見付からず、頭蓋の中の暗闇と合間から覗く変色した地面の緑のみ。
「どう言う事だろう?」とくまなく骨の山を目を凝らしていると、屍馬の腹部から不思議な光の筋が伸びているのが見えた。
「・・・光?」
「ん?何を言っているんだ?光なんて何処にも・・・」
ダリルは何故か見当違いの方を見て首を捻っている。
もしかして私しか見えていない?これは精霊の加護なのかしら?
二頭の屍馬から辿るとその光は一方向に伸びており、徐々に光は薄れ消えて行く。
「ついて来て!」
「っておい!」
見失わない様にその光の筋を追いかけ、屍馬の骸を乗り越えたその先へと進む。
突然の事に驚き追いかけるダリルの声を背後に茂みを掻き分け進むと、異様な光景が私達の前に広がっていた。
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激しく暴れた様子の魔物の爪跡と蹄の跡、そこを赤褐色に染めた草や折れた枝が此処で起きた惨劇を物語っている。
「急にどうし・・・・。まさか此処で馬達は・・・」
「うん・・・蹄の跡も残っているし間違いないと思う」
ダリルと頷き合い更に進むと光は二方向に分かれ、それぞれ折れ曲がった低木の方へと集束していく。
「ダリル、今から私の教えた所を見に行って」
「・・・何があるんだ?」
ダリルは私の意図が読めずに怪訝な表情を浮かべる。
「・・・早く行って。依頼を達成できるかもしれないわよ」
「解った!解ったから背中を押すな」
ダリルと二手に分かれて低木の根元を探ると手に硬い大きな塊が当たる。
何かと思い、枝と下草を掻き分けると其れに守られるかのように人の頭の大きさ程の卵が隠されていた。光の筋は卵と繋がっており、次第に卵の上で結晶へと姿を変える。
「・・・魔結晶?!」
まさか屍馬に魔結晶がなかったのは・・・
魔物に襲われ瀕死になった馬達の子を思う気持ちに卵の中の魔結晶が応えて屍馬へと姿を変化させていた?
驚く私の目の前で魔結晶らしき其れは卵の中へと吸い込まれるように消えて行った。
恐々とそれに触れると、傍につき守り慈しむ者が居ないにも拘らず、仄かな温もりが手に伝わって来る。
じっくりと見つめていると、ダリルが卵を抱えて慌てて此方に走って来る。
まったく、落としたらどうするのよ・・・
「急に魔結晶が現れてこいつの中に入っていったぞ!なあ、これってまさか・・・」
「うん、ヒッポグリフの卵だと思う」
「やっっぱりな!依頼達成だ!」
ダリルは満面の笑みを作ると、喜びのあまりに卵を頭上に掲げてはしゃぎだした。
「わわっ、もっと大事に扱いなよ!」
嬉しいのは解るけれど、卵を落とさないかどうか気がきじゃないわ。
ギルドで見てもらわないと確信が持てないが、何だか達成感が胸に込み上げてきた。
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馬達が身を賭し、死しても尚も魔物に姿を変えてまで守りたかったもの。
私だけに見えた光の筋は親と子を繋ぐ絆の様だった。
私とダリルは二人で卵を大事に抱え、馬達の亡骸の前まで行き立ち止まった。
「この二頭はこの子達を親として大切に守っていたのね・・」
「まあ、そうだな。でも、親なんてあれしろこれしろ煩いだけだぞ」
ダリルは何かを思い出すかのように苦虫を噛み潰したような顔をする。
「そっか・・・」
ダリルは私の顔を見て何かを察したような複雑な顔をする。
「あ・・」
「何となく分かる!うちの爺ちゃんも訓練くんれん煩いしね」
「なんだ、余計な気遣いだったか」
私達は蹄鉄を形見に貰うと、太い木の枝を使って泥濘んだ柔らかい土を掘り起こして二頭を丁寧に埋葬した。
おかげで腕が泥まみれになってしまったけれどね・・・
そう言えば何か忘れているような・・・
「さて、安全なところに寝かしたとは言ってもここは魔物がいるし、そろそろロビンの様子を見に行こうぜ」
「あっ!」
「忘れてんなよ!」
その時、背後の茂みからガサガサと掻き分ける音が響く。
振り向くと茂みから茶色い丸い耳と、同じ色のくせっ毛の少年が姿を現した。
「ねーちゃん達・・・オイラ・・・魔物に襲われて・・・」
ロビン君は何かを恐れ、周りを見回し警戒している。
よく見るとその足は恐怖で震えていた。
「ごめん、ロビン君!」
「安心しろ!お前を襲った魔物は俺達が倒してやったぜ」
ダリルはロビン君の頭をクシャリと撫でた。
チラチラと嫌味な笑いを浮かべてダリルが私を見てくる。
忘れていた自分が悪いけれども何か悔しい・・・ムムムッ。
ロビン君は平静をとり戻したけれど、辺りを見回し、再び青褪める。
「そうだ、ねぇ!モーリは?!モーリーはどこ?」
「大丈夫、モーリーなら放牧地の方で待っているわ。あの子、この森の入り口まで案内してくれたのよ。モーリーは賢い子ね」
「えへへ、オイラの相棒だからね!」
ロビン君の表情は不安から安堵へ。そして、愛犬を褒められた事により自慢げな顔に変わる。
「さて、一段落ついたが此処は魔物が住む森だ。新手が来る前に出ようぜ」
「そうね、馬達が残念な事になったのもジョーセフさんに伝えないといけないしね」
そう私が言うとロビン君は馬達のお墓をチラリと見る。
ロビン君は「そっか・・・馬達は」と言いながら寂し気な表情を浮かべていた。
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一人と一匹を連れて帰ると、ジョーセフさんの奥さんが泣きながらロビン君を背骨が折れそうなぐらい力強く抱きしめていた。
しかし、ジョーセフさんはそんな二人に背を向けている。どうやら嬉し泣きをしているのを見られたくないらしい。
「すまないな、孫を助けてくれ本当に感謝しているよ」
「アメリアさん達には感謝しても感謝しきれないわ!」
ジョーセフさん達に何度もお礼を言われた後、蹄鉄を渡して馬達を助けられなかった旨を話すと残念そうな顔をしたものの、孫を無事に連れ戻してくれただけで十分だと言ってくれた。
その後はジョーセフさんの奥さんの自慢の料理を囲んでの夕食となった。
オレンジ色のホクホクした身が美味しいトラウトのムニエルに特製ドレッシングがかけられたハーブのサラダとキノコのとろーり温まるクリームスープ、そしてデザートの木の実がたっぷりとのったパンケーキが並び食卓を彩った。
リモンをかけたムニエルは果実の酸味がトラウトの旨味を引き立て絶品、ハーブのサラダはシャキシャキとした食感と香りが楽しめる、キノコのクリームスープは優しい味がして疲れた体も心もほっこりとした。
「うーん、美味しい!幸せ!」
「そうかい、そんなに喜んで貰うとこっちまで幸せな気持ちになるねぇ」
ジョーセフさんの奥さんは嬉しそうにしながら黄金色の蜂蜜をとろーりとパンケーキにかけてくれた。
ああ、美味しそうな甘い香りが鼻に・・・
「おい!アメリア、ヒッポグリフの卵は他の所に置いておけよ」
ダリルが私の膝の上にある卵を見ながら呆れ顔で私を見てくる。
「だって落ちないから心配なんだもん」
「だからってなぁ・・・」
その次の瞬間だった。
コツコツと何かを突っつく音と振動が私の膝に伝わる。
それは、ダリルの傍らに置かれた卵からも共鳴するかのように響く。
「え、嘘でしょ・・・」
「こっちもだ・・・!」
慌てる私達を余所に音は大きくなり、パキッと言う音が部屋に響いた。




