第27話 女王の怒り-妖精の国ティルノナーグ編
突然現れた宰相に祖父の背中、心残りを振り切る様に私達は妖精たちに導かれて時空を飛んでいく。
何度経験しても慣れない妙な感覚だ。
捩られ引き伸ばされたかと思うと、私達は新たに開かれた光の門へと吸い込まれる。
「イヤッフー!到着ぅ!」
元気のいいパックの声がゆらゆらと揺れる平衡感覚がずれた頭に響く。
徐々に鮮明になる意識と視界を頼りに立ち上がると、そこは最初にこの国を訪れた時と同じ森の中。
下には潰されたやや背の高い雑草、如何やら倒れ込んだ際に、クッション代わりになったらしい。
「皆、大丈夫?」
草を踏みしめ立ち上がると皆、一様に顔色が悪い。やはり、この長い時空の旅に酔ってしまったようだ。
そんな私達を見て、パックは呆れた様な顔を浮かべ苦笑する。
「しっかりしろよ・・・お前達より大変な思いをしてる奴にこれから会いに行くんだぜ?」
「・・・そうね。パック、ガーランドさんから術を習ったのよね?」
パックに言われて兄のレックスの顔が思い浮かぶ。
それと同時に、有翼人の国でパックが長のガーランドさんから呪いを抑える術を習うと張り切っていたのを思い出した。
「術ってか・・・なんてか。まあ!確かに首尾は万全だ!此処じゃ噂好きの奴等が吹いているからな」
何とも曖昧なはぐらかし方だろうか。
然し、彼が注視する通り、周囲に吹く風が、不満を訴えるかのように激しく木枝を激しく揺らす。
もしくは、見知らぬ人間の突然の来訪に森にいた妖精達の好奇心を刺激しただけかもしれない。
街の中では明らかに好奇の目線を受けるが、パックが居るからか、ちょっかいや悪さをする者はいない様だ。
更に歩き続けると見覚えのある建物が目に映る、受付に声をかければ特に足止めされる事無く病室に到着。ドアノブを捻ると、ゾワリと鳥肌が立つような怖気が背筋を走る。
扉を開いた先で見た兄は以前より生気が無く、呪いを受けた肩から伸びる腕は変色し、その手は布団で隠されていた。
そして、その傍には此方に気付く事無く、ぶつぶつと呟きながら飛び回る、歳を取った治癒士らしき妖精が一匹。
「お前達・・・来てくれたのか」
私に気付いた兄の顔が少しだけ嬉しそうに綻ぶ。
その声に、何やら気難しそうな顔をして考え込んでいた治癒士だったが、振り向くと徐々に視線を上げて目を丸くする。
「やや、盾様以外の人間が此処に訪れるなんて・・・。その瞳、精霊の剣と見受けましたが、ご本人で?」
「ええ、アメリアと申します。何時も兄がお世話になっています・・・」
改めて言われると何処か照れ臭い。
治癒士の妖精は青みがかった銀髪と髭を口元に蓄えた老紳士、羽根を羽ばたかせて此方に一例をする。
「なんと!妹君であらせられる。こちらこそあ・・・レックス様には何時もお世話になってましております。おっと失礼・・・私、この治癒院の院長のタルヴォと申します」
タルヴォ院長が丁寧に私へと挨拶をすると、パックはその背後のベッドに横たわる兄を見て溜息をつくと、タルヴォ院長と私の間に割りいる。
「タルヴォ、挨拶は良い。様態をオイラ達に報告してくれないか?」
パックの言葉に臆することなくタルヴォ院長は暢気に「おー、そうでした」と呟くと、兄の腕にかかっていた布団をめくる。
「それでは、失礼・・・」
ゆっくりと布団が捲り全体を見ると、肩にある傷口を中心に包帯の下の肌は灰褐色に変色しており、爪はは黒い鉤爪のように伸びて変形をしている。想像を超える呪いの深度に私は言葉を失った。
「おいおい、先生。如何にかなるんだろうね?」
フェリクスさんは状態維持される筈だったにも関わらずに、ここまで侵食してしまっていた事を不審に思ったらしい。タルヴォ院長の顔色を窺うと、怪訝そうに眉を顰めた。
「え、ええ・・・」
「その為にオイラ達は有翼人に会いに行ったようなもんだろ?」
そう言うとパックは輝く金色の塊を腰布に下げた布袋から取り出す。
それは良く見ると金色の石では無く、術式が鎖のように動きながら交じり合い、球の軌道を描き回り続けている。
「おお、これが・・・」
タルヴォ院長はのけ反りながら驚愕の表情を浮かべると、パックから恐るおそるそれを受け取る。
「あれが、有翼人の秘術?」
見える術式なんて見たことが無いが、あれが有翼人式の魔法なのだろうか?
その美しさに興味深く思い、パックに訊ねると、微妙な表情を浮かべて首を横に振られた。
「違うとも合ってるとも言い難いな、あれは精霊殺しと言う、身に着けた者の魔核に取り付き、神の力の一部である精霊に影響を与える立体術式だ。出所は不明だが異界に邪神をかえした後、先代の妖精の盾が有翼人に預けた物らしいぞ。しかも、丁寧に妖精ではないと開錠出来ない仕組み付き」
「ふむ、私からも口添えを。文献によると皆さんの体にある魔核、それはある時期から実体のないあらゆるものを宿す様になります。その為、人族は魔力の開花と自己防衛を兼ねて、精霊を宿す儀式を行うとか」
「ええ、祝福の儀と言う儀式が種族関係なく、十六の歳に行われています」
殆どの人々が、唯の魔法を得る為の通過儀礼として考えていないであろう儀式にそんな深い意味が有るなんて・・・
コツンとケレブリエルさんが杖で床をつく。
話に聞き入り思案に耽って居た様子だが、如何やら考えが纏まったらしい。
「つまり、精霊は神から生まれた存在であり、創世の半神であるカーリマンにもその力に干渉する事ができると。それへの対抗として、宿る精霊の活動を封じると言う所かしら」
ケレブリエルさんが探る様にタルヴォ院長に訊ねるが、帰ってきた反応は想像より残酷な物だった。
「いえ、そんな生易しい物ではない。此れはその名の通り、精霊を殺すのです。この深度までの変異を引き起こしたと言う事は異界との接続門の影響は甚大。此処は精霊に術を施し、封殺するのです」
「精霊を殺す・・・」
確かに精霊殺しが必要なのは納得できる、邪神はあの精霊王様を己の陣に引き込む事ができるのだから。
然し、世界の精霊王と、其れを信じる人々を見て来たからこそ、私の心中は複雑だった。
タルヴォ院長は兄の合意を貰い、体に巻いた包帯を解いていく。
露わになった傷口は毒々しく、傷口を中心に青黒い刺青の様な紋が描かれている。
兄は苦し気に息を吐くと、タルヴォ院長に絞り出すような声で話しかける。
「・・・俺には妖精が居る・・・遠慮なく使ってくれ」
今度は私達の承諾を貰おうと、タルヴォ院長は此方へと振り返る。
「兄が承諾するなら私もかまいません。私も貴方たち妖精を信じていますから」
「おお・・・それはそれは、責任重大ですね。では、これを・・・」
緊張からかタルヴォ院長は恐るおそる、傷口に精霊殺しを近づける。
すると、精霊殺しはスルスルと糸の様に解け、塞がらず開いたままの傷口へと吸い込まれていく。
術に邪神の力が抗っているのか、兄は身を捩り苦しみだす。
見るに堪えない光景、承諾をした事を後悔しそうになる気持ちを抑え、必死にシーツを握り締める手に私はそっと触れた。
先代の妖精の盾も、後継の者の身に起きるであろう事を想定して精霊殺しを敢えて残したに違いない。
恐らくは自身と同じ苦しみが、共に戦った少女が残した世界を護る妨げにならない様に。
胸の辺りがポッと暖かくなる、まるで光が灯ったみたいなこの感覚は私の魔核に宿る精霊の物だろうか。
気が付けば私が触れた所から、変色していた皮膚が正常な物へと近づいていく、まるで私の思いを汲み取り力を貸してくれているようだ。
肩口に深く刻まれた傷は塞がり、長く伸びた爪は灰に、魔物の様に変貌していた腕は正常な姿を取り戻す。徐々に兄顔から苦痛が消えると、声が頭に響く「アリガトウ」と。
「あれ、何で・・・?」
気が付けば自然と涙が零れていた。
皆だけではなく私自身も困惑する中、其れを指で拭うと、泣きそうな顔の兄の顔が目に映った。
「・・・それはお前のじゃない、俺の中にいた同士の死を悼む精霊の涙だ」
その言葉と姿に、誰もが術が成功したのだと確信し、口々に先代の妖精の盾にお礼を言う。
私は自身の胸元をそっと手を当てる、そこに宿る相棒に感謝を込めて。
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見渡せば豪奢であるが決して派手すぎない美しさ。
私達は以前に訪れた城ではなく、妖精の女王様の城に強制的に招かれていた。
驚く事に如何やら此の国には城が二つあるらしい。
パックが道中、何方が此の国を治めるか夫婦で揉めた挙句、決着がつかずに正式にではないが国を二分し、それぞれ王となり鎮座しているらしい。此の国は本当に大丈夫なのだろうか・・・?
などと考えていたところ、パックが妖精の女王様に捕まり今に至る。
「ふむ、王では無く、一番に妾に知らせに来るとは殊勝な心掛けだな」
自分で強引に私達を城に連れて行ったにも拘らず、女王様は妖精王様を出し抜いた思ってか、えらく機嫌が良い様子。
パックから私達の今までの経緯を訊き出した後、女王様は大きな溜息をついた。
女王様は口元を隠し、暫し首を傾げたまま考え事をしていたが顔を上げると、パチリと扇を閉じ此方へと向き直る。
「成程な、事態は芳しくないようだな。然し、妖精の盾を救ってくれた事は感謝しよう」
「そんな、勿体ないお言葉をいただき有難うございます・・・」
「うむ、そこでだ。妾から一つ、礼としてお前たちの願いを聞いてやろう。如何だ?申してみよ」
「如何か、私に神界への行き方を教えてください。このただ、犠牲をしいて繰り返す救済を終わりにしたいのです」
これ千載一遇の機会なのでは、そう思った。
私が祈るような気持ちで訊ねると、みるみる女王様の顔色が怒りへと変わって行く。
女王様への期待と、願いを聞いてくれると言う言葉に甘えすぎてしまったのかも知れない。
「ならぬ・・・そこで何を成す?その様な事が人の身で行ける訳なかろう。妾を失望させるな剣よ、事実を見せられ怖気付いたのか?お前の覚悟がその程度とは・・・とんだ見込み違いだ!」
謁見の間に女王様の罵倒と怒号が飛ぶ。
以上とも思える剣幕に、廊下から羽音とけたたましい足音が響いてくる。
「誤解です!私は怖気付いてなどいません。ただ・・・!」
ただ誤解を解きたくて、必死に訴えかけた。
然し・・・
「アメリアちゃん・・・・止めるんだ。これ以上は君の命一つでは済まない」
フェリクスさんに宥められ、振り向けば真剣な表情で私達に向けて武器を構える近衛兵たち。
そして、囲まれる私達を冷ややかな目で見る女王様。
せめて、訳だけでもと訊こうと思ったが、ファウストさんとソフィアに腕を掴まれ、これ以上は駄目と引き留められた。
「問題ない・・・武器を下げよ。客人のお帰りだ」
重く冷たい扉がゆっくりと閉まる、城を追い出された私達は疑問と理不尽さに煮え切れない思いを抱き、街の片隅へと向かう。反省を兼ねた、対策会議だ。
「はは・・・訊き方が悪かったみたいね」
「いや、あれはアメリアは悪くねぇ。話は聞かねぇし、一方的にあれじゃ、唯のヒステリーに決まってんだろ」
ダリルは怒りで拳を振り上げると、ワナワナと震わせる。
そんな今にも城に殴り込みにでも行きそうなダリルの拳を止めたのはファウストさんだった。
「火に油を注いでどうする。陛下は人の身で行けないと言った、そこにお怒りになられる理由が有るのかも知れないぞ」
「そう言えば・・・言ってましたね。人の身では・・・姿を変えると言う事でしょうか?」
思えば自分の考えや気持ちを伝える事で必死だった。
ファウストさんの指摘で目が覚める思いに感銘していると、ソフィアも畳みかける様に行先を提案する。
「では、妖精の国が難しいのであれば、我が祖国に土の精霊王様を訪ねられては如何でしょう?」
その意見に誰もが賛成の声を上げる。
私達は地の精霊王様の大図書館は確かに知識の宝庫、創世録なんて置いて有るわけだし期待できると思う。私達は次の旅へと気分を切り替えつつあった。
「皆、先ずはカーライルに戻って、ライラさんを説得しないとね・・・」
そう言えば、山で別れて以来、ライラさんと顔を合わせていなかったと思い出し、皆で揃って頭から血の気が引く。そんな空気も束の間、パックが私達を呼んでいる事に気付いた。
「あー、今回は女王様のお怒りだしさ、帰るならさっきの森で待っていてくれれば、オイラがアイツ等に声かけてやるよ?」
「う・・・」誰もが時空移動の時を思い出し、青褪めるも、背に腹は代えられないと諦める。
全員そろって承諾を伝えると、パックが愉快そうに笑った。
何か楽しんでいないか?
「それじゃあ、行きましょ・・・う?」
顔を上げると、皆の姿もパックの姿も消えていた。
あまりにも突然な出来事に困惑するも、待ち合わせの場所は解っているので取り敢えず冷静に戻れた。
女王様を怒らせた原因は私だし、もしかしたら妖精から悪戯をされてしまったのかも知れない。
ともかく森の方へ、うろ覚えの道順を頼りに歩くと、何時の間にか兄であるレックスが入院している治癒院の前に辿り着いた。
少しだけ顔を出そうかと後ろ髪を引かれる思いの中、時空の妖精に交渉しに向かった筈のパックが慌てた様子で治癒院へ駆けこんで行くのを目撃。
皆の事を訊ねようと後を追って治癒院に入るが、何故か受付どころか何処も彼処にも、他の妖精に姿が見えない。静かな廊下に響く蹄の音、そしてパックの後姿を捉えた。
「待って・・・!」
声をかけるもパックの足は止まらず、気付けば兄の病室に入って行くのが見えた。
「寄りますか!」
自棄になり、病室の戸を開けるとパックと兄だけではなく、予想外の姿を私は目にする。
「パック、ご苦労だったな。お前は入り口で見張って居なさい」
「妖精王様?!」
あまりに予想外の登場に唖然とするも、如何にか持ち直しお辞儀をすると、椅子に座るように促される。
緊張をして固まる私を見て、妖精王様は噴き出しそうなのを堪えていたが、我慢できず笑い出した。
「ははは、女王を怒らせたんだってな。まあ、ティターニアは感情的になると苛烈な物言いをするが、心根が優しい、それ故に神界に行くと聞いて、ついつい強く当たってしまったんだろうよ」
あれで?かなり罵倒されましたけど?!
それにしても、パックは色々と真面目に報告をしているらしい。
「やはり、人は神界に行く事は危険なのでしょうか?」
「ああ、人の身ではな・・・。目的は?」
「女神様に御訊ねたい事があるのです」
最後に私の前に顕現されたのは旅立ちも間もない日の王都の教会だった。
それ以降、顕現していないのではなく、できないのだと考えれば、今や教会よりも直接話す方が訊きやすいかも知れない。
「神界は不可能だが、女神と言葉を交わす手段は無い事はない。その、覚悟はあるか?」
妖精王様は思わず怖気を感じるような表情を浮かべると、人を試すような冷酷な笑みを口元に湛える。
その真意が読めない表情に戸惑っていると、妖精の盾である兄が妖精王様の言葉を遮った。
「・・・考え直せアメリア!」
「え・・・」
病床から引き留めようとする兄の懇願に、私は首を横に振ると真っ直ぐ妖精王様と向き合い、覚悟はあると宣言した。
「それは、肯定か?」
「はい!」
答えると同時に、ドッと強い衝撃が私の胸を貫く。
視線の先には感情の無い妖精王様の瞳、俯きながら目にした胸元の銀色、私の意識は深く暗く沈んで行くのだった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。
長いうえに衝撃な最後となりましたが、主人公の交代など鬱的な展開にはならないので御安心を^^;
それでは次週までゆっくりとお待ちください。
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次週も無事に投稿できれば、2月27日18時に更新致します。




