第25話 在り処ー光の国カーライル王国編
待ち望んでいた筈なのに、今や其れは絶望へと変わって行く。
瘴気を吐き出しながら裂けて行く地面に、鬩ぎ合いながらも助けに駆けつけた両騎士団員の顔が徐々に驚愕と恐怖へと変わった。
慌てふためきながらも私達を見て如何にか近付こうとする者、驚き立ち尽す者、なすがままに世界の綻びを見つめて立ち尽す者、彼らをカルメンが鼻で笑う。
然し、私達が助けに入ろうとするより早く、窮地を迎える騎士たちの前で急激に瓦礫や土が混ざり合いながら大きく壁の様にそそり立つ。
それは巨大な人の形をしており、自身も世界の綻びに落ちる目前でありながら、立ち尽くすだけの騎士を受け止めその場に踏みとどまった。
「走れ!できるだけ外に!」
聞き覚えのある声に慌てて目を向けると、ファウストさんが必死の形相で騎士たちに呼びかけていた。
空の国から戻った直後、我を失い飛び出した為、行き違いを引き起こしてしまい、それが気掛かりだった。こんな所で再会する事になるなんて・・・
ファウストさんの声に我に返った騎士達は目を見開くと、礼も言わずに慌てた様子で駆けだそうとするが、世界の綻びから穢れが土人形すら呑み込む高さで押し寄せ、粘性の高いそれに騎士たちは呑まれようとしていた。
「・・・・っ!」
堪らず助けようと瞬発的に駆け出す。
がむしゃらに穢れを剣で掃い、騎士たちの許へ歩み寄ろうとする私の腕を誰かの手が強く引き戻した。
「止めろ!お前が呑み込まれたら・・・」
振り返り睨みつけると、余裕が無く真剣な表情のダリルの顔が目に入る。
それでも諦め切れず互いに無言のまま、私はその手を振りほどこうともがいた。
「放して、私は・・・!」
「そんな事にはならないさ、僕が居る限りアメリアもダリルも誰も此処で死なせない!」
白銀の髪を逆立てさせ、額に汗をにじませながらファウストさんが叫ぶ。
必死の形相で念じる様にファウストさんが手をかざすと、土人形は更に周囲の物を巻き込み巨大化し、その体と腕で私達すら抱え込んだ。
「・・・助けてくれてありがとう。それと、合流できなくてごめん」
ファウストさんは視線を土人形から逸らさないまま苦笑する。
激しい振動と吐き気をもよおす臭いが漂い、ぐずぐずと土人形が腐敗に侵食されていく。
必死に土人形の形を維持しようとするファウストさんは息を吐くと、気を紛らそうと喋り出した。
「どういたしまして・・・と言うところだが、少し厳しいかも知れない。所で、ダリルさっきの言葉の・・・続きは何だい?」
「はっ、けっこう余裕あんじゃねぇか!まあー・・・あれだ!世界を救うやつが減っちまうだろ?」
「・・・へぇ」
ファウストさんは苦し気にしながらも呆れ顔を浮かべては失笑する。
確かにダリルの言う通りだ、短く心の中で反省すると、渋い表情を浮かべる騎士達へと視線を向けた。
「皆さん、私達が如何にかします!ですから気にせず、全力で逃げてください。子供が突然何を言いだすかと御思いかもしてません、でも今は私達を信じてください!」
きっと彼らの大半は世界の綻びの存在も、その危険性も把握していないと思う。
故に意味が解らずとも、危険から遠ざけたい一心で私は呼びかけた。
「そんな事できない、我らは・・・」
やはり返って来たのは戸惑いの言葉、先発の騎士団を救わなくてはいけない、その思いと命令が彼らを足止めしてい居るのだろう。
「あー!うっせぇ!おっさん達、穢れに対して・・・この状況で何が出来ると言うんだ!」
ダリルはそう怒鳴りつけると、続けて何かを言おうした口を押し堪える様に堅く結ぶ。
騎士たちは顔を赤くし怒りを露わにするが、怒りを呑む様に頷いて黙り込むと、剣の柄に伸ばした拳を握り締めた。
その時、ファウストさんが膝をつく、限界だ。
私が光る刀身を構えると、土人形が砂の城の様に脆く崩れ始める。
短い謝罪の言葉を耳にした直後、土人形は崩壊し、残るは穢れでは無く瘴気が視界を奪った。
「アメリアさん!」
私の名前を呼ぶソフィアの声が響く、瘴気の中に巨大な影が映った。
ケレブリエルさんの呪文を詠唱する声が響き、風が目前の巨大な何かを露わにした。
私達を捕らえようとする其れを咄嗟に剣で弾き、漸く全貌に気付いた目に青白く建物など優に超える大きさの手が目に映った。
それは私達に興味を無くすと、世界の綻びを強引に広げようと押し広げる。
まるで何者かが此方かへ這い出しそうとしている様に。
「ダリル、ファウストさんにコレを・・・」
私は魔力回復キューブをベルトにかけてある革袋から取り出し、ダリルに押し付ける様に握らせる。
半ば無理矢理わたすと舌打ちをされたが思いの外、素直に受け取ってくれた。
「アメリアちゃん、こう言う時こそお兄さんを頼ってよ。でっ、このデカ物は倒すとして、如何したい?」
いつの間にかフェリクスさんは私の隣を駆け抜け、軽口を叩きつつ雷を込めた連撃を巨大な手におみまいした。上空ではカルメンが世界の綻びの拡大を阻害するものを封じる巨大な魔法陣を発動させ、詠唱をし続けている。
「カルメン・・・!」
私は立ちふさがる魔物へ立ち向かう、ケレブリエルさんとソフィアの支援を受けても尚、一切の傷をつけられず。繰り返すほど焦燥感は苛立ちに、湧き上がる感情を呑み込み唇を噛みしめる。
「アメリア、僕がこいつを抑える。君はカルメンを止めろ」
ファウストさんはフラフラとしつつ立ち上がると、再び土人形を生成し、巨大な手の動きを封じる。すると、それに負けじとケレブリエルさんがファウストさんの横に立つ。
「馬鹿ね、一人でかっこつけてんじゃないわよ!遍く地をかける風の精霊よ、我が手に集いて千の刃となれ【烈風刃】!」
ケレブリエルさんの周囲に風が舞い、杖を一振りすると風の刃となって巨大な手を切り刻む。
傷こそ碌につけられないが仲間達の力添えは私の背中を押し、切り刻まれた化け物の動きを緩慢にする。
手首を駆けあがり、掌から指へと順調に昇りつめると、詠唱中のカルメンと目が合った。
「その詠唱を止めさせて貰うわ!」
光の精霊王様の力を強制的に奪い、世界に綻びを生じさせたのはカルメンで間違いないだろう。
魔法陣を用いて精霊王様の力を奪い、強制的に世界の綻びを発生させる此れまでにない強引な手法。
これは本当に女神様への異界からの復讐劇なのだろうか?
ふと過った物を片隅に置き、振り落とされそうになりながら魔物の指先に立つ、カルメンは目が合うと相も変わらず煩わしそうに目を細めるが、集中が途切れる所か詠唱は止む事は無い。
思案する暇はなく、体を捻り薙ぐ様に剣を振り下ろすが何かを切った感触は無く、暗く纏わりつく闇が私を呑み込み始めた。
腕を引き抜こうにも、もがこうと足場は無く踏ん張りは利かず巨大な手は数を増やし、更なる窮地を招く。私を捕らえる其れは巨大な手を吸収し、次第に信じ難い者へと姿を変えて行く。
怪しくも整った顔立ち、闇そのものを具現化したその者は褪せた金の瞳に紫の光を宿し、王たる威光を纏っていた。
「なんで、闇の精霊王様が・・・?」
魔法陣が発動し続けている影響か、此の国から光が奪われていっている影響だろうか。
光の精霊王様の力は再び衰退、不安が募る
「警告した筈だ、女神の下僕であるお前は無用の長物でしかないと・・・。世界を破滅させる悪しき考えを正してやろう」
再び負の感情を掻き立てる闇の精霊王、けれども私は再び惑わされる事は無かった。
「世界を破滅・・・?それを引き起こしているのは貴方がたじゃないですか!」
大人しく吞まれてたまる物かと感情任せにもがき暴れるも、闇は私をいとも容易く呑み込んでいく。
何も抵抗が出来ぬまま、此処で全てが無に帰すなんて事はさせない。
祈る様な思いは尽きず、死に物狂いで伸ばした手に光が灯る。
その光は徐々に伸びて行き、暖かな光が灯るカンテラを吊り下げた銀の杖へと変わり、それは深淵から私を宙へと放り出し救い上げた。そして自身が宙に放り出された事に気付き、血の気が引く。
目を瞑り縋る様に銀の杖を握り締めると、不安は無くなり体が軽くなる。
光の精霊王様が私の体を抱きかかえ、闇の精霊王様と対峙していた。
「闇の精霊王、貴方がこのような愚行をするとは・・・堕ちた物です。主を忘れ、彼の者に傾倒するなど許せません!」
怒りを滲ませる光の精霊王様を闇の精霊王様は無言で睨むと、闇の祭殿の時とは違い、その姿は何処かぼやけている様に見えた。暫し、二柱の合間には沈黙が流れるも、口火を切ったのは闇の精霊王様だった。
「それがどうした?未来無き者、力無き者より、相応しい者へかしづくは真理。何者にも縛られずにいる事の素晴らしさたるや、実に愉快だ」
「理解しかねますね・・・。彼の者の力は我等の主に届く事すらない、そんな不完全な姿で理から外れる事ができたなど有るまじき事です」
光の精霊王様は穏やかな顔で冷たく闇の精霊王様をあしらい杖を突き付けると、カンテラの中の光が大きく輝きだす。
それに乗じて闇の精霊王様の姿は揺らぎ、姿形が歪むと苦々し気な顔で眉を顰める。
「・・・また私から力のみを搾取するつもりか?」
「・・・あなた次第と言うところでしょうか。主は仰っています、王であれば自信を律し、眷属する者を正しく導くようにと」
「ふん、できているさ・・・」
カンテラの光が皮肉めいた笑顔を浮かべる闇の精霊王様の姿をかき消した。
「消えた・・・?」
杖を持ち直すと、訳も解らず呟く私の言葉に光の精霊王様は首を横に振る。
「いえ、あれは彼の者から分け与えられた従僕による仮初の姿。僕と対峙し、姿を保てなくなったのが何よりの証拠。そして、僕の影響を受けると言う事は闇の精霊王は我等の主の作りたもうた輪から外れてはいないと言う事になります」
輪から外れていない?
それならば何故、邪神側につき女神様を貶めるような言葉や思想を口にするのか理解できない。
私は闇精霊王様の言葉を振り返りふと、カルメンの詠唱の声が聞こえなくなっている事に気付いた。
「眷属を正しく導く・・・?!」
怒りを露わにしたカルメンの黒い三日月の様な大鎌が光の精霊王様と私へと振り下ろされる。
握り締めていた剣を振り上げ、大鎌を受け止めるが、抱き留められている状態では分が悪い。
重い一撃に押し切られるかの際、私の顔の真横から白銀の杖が突き出されると、カンテラの中の金色の光が躍る様に揺れ、放たれた閃光はカルメンを包み込みその身を焦がす。
煙と共に悲鳴があがると持っていた大鎌が消し炭となり、カルメンと共に地上へと落ちて行った。
光の精霊王様は地上へ私を下ろすと、綻びを囲む様に描かれた魔法陣を横目に、私へ目配せをする。
視線を追いかけ魔法陣へと目を向けると、術者の詠唱が中断された影響か不活性化していた。
光の精霊王様は自身へ周囲の目が集まるのを確認して声を上げる。
「敵の浄化も致命傷に至った訳ではありません。皆さんは一時でも早く、魔法陣の破壊を。私は此の綻びを封じます!アメリア、頼みましたよ」
「ええ・・・!」
周囲には仲間達に教会と城の両騎士団、それぞれ首尾は良好、光の精霊王様を目の前に団長二人が競い合い、やる気が有るどころではなくありすぎるくらい。
其れに加え、祖父達もいる事により、今や人員をもてはやしている状態だ。
それでも未だに瘴気が漂う中、何時、カルメンが阻止に来るかは解らない油断ならない。
「カルメン、貴女に勝ち筋は無くなったわ」
私は体中に火傷を負い、フラフラと立ち上がるカルメンに呼びかける。
降伏なんてする気などさらさら無いようす、光の精霊王様を護りながら陣形を取る私達を見てカルメンは子馬鹿にした表情を浮かべて笑い出した。
「ふふふっ、勝ち筋?何を言うかと思えば・・・。アタシは闇の精霊王に会う為にこの身を犠牲にしただけ、全てを捧げ尽すのは永久に一柱だけよ。失敗しようとアタシには無意味。あの方が居る場所を失うつもりはないわ」
なるほど、勝ち負けに拘りは無いが、自身の居場所を守る為に此方に情報を売るつもりもないと。
さすが古代からの追跡者・・・
そうかと言い、私達も逃すつもりはない。彼女を捕らえて動きを封じれば、邪神の手足の一つを削ぐ事になるからだ。
「そう、私達には貴女が口を割ろうと関係無いわ」
私達が睨み合う背後で、歓声があがる。
カルメンは一歩だけ後ずさると、武器を構える私達に追い詰められ、黒い翼を大きく広げて羽ばたいた。
「おっと、そっちに行って何処に行くってんだ。親玉のあんたをみすみす逃す程、俺の腕は落ちていないぜ」
祖父達と私達が揃い、カルメンにとっては多勢に無勢。
何方が悪なのか正義なのか、逆転している錯覚を抱きそうになる。
「馬鹿ね、空を封じた所で追い詰めたと・・・おも・・・てっ」
閉じかけの世界の綻びを背後に、強気な姿勢を崩さないカルメン、その背中を何かが射貫き、ドスッと言う音と共に羽根が飛び散りその体が前後に揺らぐ。
「誰?撃つのを止めて!彼女を殺してはいけません」
矢を受けたカルメンの背後には弓兵が矢をつがえるのが見えた。
敵を前に攻撃を止められ、不可解そうな顔で体制を崩さずにいる騎士団員たちをコリン団長が叱責する。カルメンが怪我と火傷を負った体で足元を振らつかせ、頼りない歩調で私達と距離を取りだした事に私は気付いた。
「逃げ道・・・!」
驚く祖父や仲間の声を背に、私はカルメンの許へと駆け出す。
どれだけ追い込まれようと、私達では決して自ら近づこうとしない逃げ道。
息も苦しく視界が悪い中、必死に世界の綻びへとなりふり構わず腕を伸ばすが・・・
私のその手は幻を掴むように擦り抜け、カルメンの体は混沌の中に吞まれる。
最後に見たその顔は何故か勝ち誇って見えた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き、真に有難うございます!
それでは皆さん、次週までゆっくりとお待ちください!
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次週も無事に投稿できれば2月13日18時に更新致します。




