第23話 表裏一体ー光の国カーライル王国編
封鎖された空間に満ちる空気は重く、私は多くの人々の視線を集めて息を飲む。
瘴気により穢された閉鎖空間の中、吸い続ければ内側から徐々に腐敗していき死に至る、または死せずともその肉体が魔物への変異すると言う脅威にさらされている。
然し、其れから逃れる術はなく、焦燥感を掻き立てるのだ。
迷う時ではないと理解している、ただ此の状況下で突拍子も無い事を言って受け入れてもらえるか如何かは難しい。戸惑う私の背を力強く、誰かが叩き付けた。
「・・・何をやってんだ、言いたいことが有るならいえ!」
ダリルは少し呆れた様に言うと私の傍らに立ち、ふざけ合いながら此方を嘲笑する騎士団員たちを睨みつける。
「ありがとう・・・そうだね!」
覚悟を決めて汗ばむ手を握り締める。
そんな私の傍に仲間たちが集まり、次々と遠慮なく私の背中を叩いていく。
「押し切ればいいわ。世界を奔走して見て来た事、経験してきた事は紛れもない事実よ」
「ありのままを伝えましょう。女神様を崇める同志達がついていますから、きっと大丈夫です!」
ケレブリエルさんからの激励、ソフィアからの温かい励ましの言葉。
咳き込みつつ、明かさずにおくべきと長く思い続けていた迷いがバカバカしく思えて来た。
そんな私の顔をフェリクスさんは覗き込み、優しく微笑みかける。
「おっ、良い顔だね。大丈夫!アメリアちゃんが悲しい思いをしたらオレの熱い抱擁で慰めてあげるからさ」
次の瞬間、目を輝かせながら私に向けて伸ばされたフェリクスさんの腕はゴキリと音を立て、ダリルによって無言で素早く捻りあげられる。そんな真剣な空気を台無しにする二人を他所に、私は疑念の眼差しを向ける人々と向き合う。
「この瘴気は、この地の精霊王様の御力に歪が生じた事によってできた異界へ繋がる裂け目から出ています。突然、理解不能な事をとお思いかもしれませんがお願いです、この裂け目を塞ぐ為に光の精霊王様に祈りを捧げる儀式をする必要が有ります。皆さん、どうかご協力をお願いします・・・!」
誠心誠意、深々と皆と共に頭を下げる。
皆の答えを待ち立ち尽くすと、周囲はざわざわとさざめき合う。
「つまりだ、祭殿が勤めを怠った結果、魔族に付け込まれたって事だろ?」
一人の騎士が舌打ちをした後、苛立ちを吐き出すように叫ぶ。
精霊王へ仕える祭殿が招いた災厄であると。
「違います!邪神が闇の精霊王様を操って・・・あっ・・・」
私は焦りから零れた言葉にふと、我に返る。
逸早く解決しなくては、その気持ちが騎士団と聖騎士団の双方、困惑させる結果になってしまった。
ヤジを飛ばすでもなく静観していた聖騎士団員の一人が眉を顰め、不可解な言動に怒りを露わする。
「貴女は事を急いすぎる。事情があれど、悪戯に不安や困惑を生むだけの発言は控えるべきだ」
無駄に不安を煽るのなら言葉を口にするべきではないと言っているのが伝わる。
どう伝えれば良かったのかと悔やんでいると、そこに助け舟が入った。
「アメリアさんは、女神様から神命を賜り、世界の祭殿と国々を救って来られました。それ故に、現状への対処を熟知されているのです。どうか・・・信じてあげてください」
ソフィアは震えながらも聖騎士団員に向けて反論をする。
それでも聖騎士団の反応は肩をすくめ首を捻るのみ。ソフィアは赤面しながら瞳に涙を浮かべていた。
フェリクスさんはハンカチをソフィアに差し出し、ウィンクをするとその頭を優しくなで、騎士と聖騎士の前へ立ち腕を組む。
「お宅ら、そんなに信用できないなら、裂け目の実物を見てみるか?案内しても良いぜ?」
疑う両騎士団を揶揄う様にニヤリとフェリクスさんはせせら笑う。
すると瘴気の中心へと案内すると聞いて慄き、周囲は一気に静まり返った。
コリン団長は祖父の顔色を幾度なく窺うと、ゆっくりとパックへと視線を移しほくそ笑む。
「そ、その必要はあるまい、そもそもこの結界を解除しさえすれば対処のしようがある筈だ。そこの山羊の妖精、我々を結界がいに転移させる事はできぬか?」
パックはパタリと尻尾を床に叩きつける、頬を焼き立てのパンの様に膨らませると、命令口調のコリン団長を見上げ、怒りの表情を浮かべる。
「・・・山羊?オイラは山羊じゃねぇ・・・パック様だっ」
癇癪を起こした子供の様に顰め面をするパックに、うんざりと言った表情を浮かべるコリン団長。非常に不本意と言う顔で機嫌を取りをしだしていた。
「これは、すまない。パック殿、私の提案にどうか乗って頂くことはぁ・・・」
失敗したと気付き、コリン団長は慌てた様子を見せるが事は既に遅かった。
何を言われようと、パックがそれに感化された様子は無い。
「無理だね!ただの精霊ならまだしも、精霊王クラスの結界だぞ?外からこの結界には入れないし、此処にいる奴らは魔力を使い果たしている。妖精に頼みごとをするなら、もっと頭を使うんだね」
「・・・妖精の分際で何を言うか」
外見が子供の妖精に袖にされ、怒りに震えるコリン団長に周囲から失笑がわく。
羞恥からコリン団長は感情を抑えきれずパックへと腕を振り下ろした。
然し、その手はパックの頬に届く事はなく、ベアトリクスさんが其の手首を掴みあげていた。
「まったく・・・意のままに行かなかったからとはいえ、妖精に八つ当たりとは情けない」
呆れ顔を浮かべつつベアトリクスさんはコリン団長は睨み、このまま国と教会の関係にひびが入るかと思いきや、耐えかねた祖父が二人を引き剥がした。
「・・・幾ら下位の団とはいえ、騎士団長の名にこれ以上、泥を塗るんじゃない。然し、俺がお前の精神面を鍛え忘れた責任でもある。退団をし、再び村に修行に行けるよう取り計らってやろう」
祖父は怯えるコリン団長に向けて、意地の悪い笑みを浮かべる。
騎士団長の座を強引に引き摺り下ろす事が本当にできるとして、祖父の人脈に怖気が走る。
無為に時間は過ぎ、危機がより深まる中、諦められずに私は再び協力を願い出る事にした。
「私達は此の貧民街に作られた隠れた祭殿を発見し、そこで魔物と瘴気を生み出す裂け目を発見しました。瘴気を封じる手立てに迷う時間はありません、簡易的でも儀式が行えたらと思います。如何か、私に御力を貸してください!」
危険が迫る中、二度目の協力を精一杯、三勢力に向けて願い出る。
私の思惑通りだったのか、半信半疑と言う人々が散見した。
張り詰めた空気の中、気の抜けた声が響き渡る。
「良いんじゃない?その子、嘘をついていないみたいだし」
廃墟から薄汚れた鎧を着た、乱れ髪に無精ひげの壮年の男性が現れ、ゆったりとした歩調で堂々と此方に向かって歩いてくる。すると、ベロニカさんはその顔を見て驚き、頬を引きつらせた。
「お見かけしないと思えば・・・アイザック団長!何をなさっていたんですか?」
ベロニカさんの言葉にアイザック団長は考え込む様に首を捻る。
「何って・・・捕まえた魔族と尋問していただけだよ。それで、邪神やら闇の精霊王様について話を聞いたんだ」
そう言って微笑むアイザック団長の鎧に赤い汚れが点々と付着している。
良い助け舟となったが、何とも不気味な空気を纏う人だ。
その場に居た誰もが目を逸らすも、信用が有る人物の意見に賛同の声が増えた。
「そ、それでは。儀式を執り行うで宜しいですか?」
ベロニカさんはアイザック団長の顔色を窺うように訊ねる。
するとアイザック団長は腰に下げた小型の鞄から古びた本を取り出しパラパラと眺める。
「うん、頼んだよ。そこの君、精霊王様を救って世界を旅しているとは本当かい?」
ベロニカさんを軽くあしらうと、アイザック騎士団長は私の目の前までゆっくりと詰め寄る。
戸惑う私の前で屈むと、団長は私の顔をまじまじと覗き込んで来た。
「・・・ええ、そんな大層な事はしていませんが」
その圧力に押されつつ答えると、アイザック団長は私を無視して再び本へと目を落とす。
訳も解らず困惑していると、ベロニカさんが間に入り助けてくれた。
「うちの団長、魔法も剣術も一流なんだけど。神話関連の伝承の事となると・・・ちょっとね」
つまり、ソフィアの話を聞いて愛好家心が疼いてしまったらしい。
戸惑いつつ目を逸らすが、何故かアイザック団長と目が合ってしまった。
「君の話をもとにもしやと思うが、精霊と繋がりが強いと言う事は君はもしや、ここに謳われる剣だったりするのかい?」
アイザック団長は古書の一頁を開き、証明するかのようにひけらかす。
「・・・・・?!」
目をぎらぎらと輝かせる熱量に押され困惑するが、自己完結したのか、生暖かい視線を向けてアイザック団長は頷く。
「沈黙・・・肯定か!」
その解釈は的を得ているが、その見透かした様な言動と判断力が少し怖い。
アイザック団長は満足げな顔を浮かべて踵を返し、私に背を向けて歩き出す。儀式だと呟きながら小走りで去って行く。
コリン騎士団長は溜息をついたかと思うと、諦めた様な顔をしながら私を見て「もう、異存はない」と呟いていた。
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案ずるより産むがやすし、口火を切れば儀式の進行は思うより順調だ。
瓦礫や塵、手早く整えられた簡易的な広場に集う、騎士と祖父達が集まる姿は圧巻。
現状は瘴気による浸食により植物さえも魔物へと変異しつつある。
変異した植物をアイザック団長は踏みつぶし、先程の古びた本とは別の物を片手に神妙な表情を浮かべた。
「此処には祭具もなく、祭壇も気付けないことを非常に残念に思うが、彼女が居る事で儀式は滞りなく行えそうだ。確か、アメリアだったか・・・此方へ来たまえ」
アイザック団長は大勢の中から目ざとく私を見付け招きをする。
「はい・・・」
嫌々、アイザック団長の隣に並ぶと、ずしりと重い金色の表紙の本を手渡される。
タイトルは一部の文字がインクで潰され読めないが、神書とだけは読めた。
「第二章一節、光の王の項目を読んでほしい。主とその力の一部を代行する六柱の王と繋がる君自身が祭壇や祭具に代わって光の王に我らの祈りを伝える神子となる」
不気味さを増す空の下、適役と言われた私が本を広げると人々が一斉に傅き、手を胸元で堅く結ぶ。
退き返す事もできず緊張しながら祝詞を読むと、私に続き全員で復唱を行った。
「掛けまくも畏き 煌々たる神聖なる光の王 眷属したる我らの祈りと身命を捧ぐ 禍々しきを祓い清めた給えと 恐しこみ恐しこみ白す」
視界が光に満ち、皆の祈りが願いが私を通し流れ込んでいく。
それは私に自身が重要な使命を背負う存在のだと実感させるものだった。
祈る皆の真剣な顔、光に照らされる貧民街。
祈りと思いが光となり照らすが、一向に瘴気や穢れが消滅する事は無い。
可笑しい、祝詞も読み間違いはないし祈りも届けられたはずなのに。
「何事と思えば・・・」
低く背筋が凍るような声、深い沼の底の様に影を落とす金の瞳が黒く長い髪の合間から覗き、此方を睨め付けている。
闇夜の森を思わせる仄暗い雰囲気、闇の精霊王に睨まれ、瞼を閉じているにも拘らず気圧された騎士団の中に中断してしまう者が続出した。
「駄目!祈りを止めないでください!」
私はたまらず叫び、逃げようとする人々を諫める。
神子の役目は果たした、武器を握り立ち向かえるのは私達しかいない。
アイザック団長に其れを伝えると、意味が伝わったのか応える様に頷いた。
私が武器を抜くと、ケレブリエルさん達も祈りを捧げる人々を守る様に陣形を取る。
「光の精霊王を待つか、何と愚かな。現状を踏まえてもまだ諦めぬとは、実に滑稽だ」
「・・・そんな揺さぶりに負けると思われているとはね」
歯を食いしばり眉を顰める私を闇の精霊王様は冷笑った。瘴気が澱みとなり地面へ吸われると、途端に物陰から何かが這い出してくる。
そこは魔族の人々の簡易的な安置場所。
闇の精霊王様は己の眷族を死しても尚、邪魔者を退ける駒として利用したのだ。
「呆れた・・・眷族を蔑ろにする精霊が王だなんてね」
ケレブリエルさんは珍しく啖呵を切ると、杖を構えて風を纏う。
その詠唱を合図に私達も各々の武器を握り締め駆け出す。
自分達を囲い込むように襲い掛かる不死人に対し、気が付けば迷いは振り切れていた。
「【嵐風刃】!!」
体を捻る様に繰り出す剣は旋風を生み、薙いだ剣はケレブリエルさんの魔法も合わさり威力を増す。
風刃と魔法、それは不死人達を一掃し、周囲に見るに堪えない山を気付いていく。
それでも尚、不死人は二本足で歩けずとも、腕を使い呻きながら這いずりよってくる。
「死者よ・・・逝くべき道を示して差し上げましょう【葬送術】!」
ソフィアは歌声で不死者を呼び集めた所で、次々と不死者を光と共に骨へと還していく。
何時になく頼もしいソフィアにより、活路が見えて来た。
「流石、白魔術師って所だね」
そう言うとフェリクスさんは次々と不死者を還していく姿を見て口笛を吹く。
「これで、安心してぶっ倒せると言う訳だ」
「そうだとしても雑に扱っては駄目だからね」
ダリルの張り切る様子に一抹の不安を覚え、釘を刺すと舌打ちが返って来た。
まったく油断も隙も無い、私達が今すべきなのは粉砕では無く鎮圧なのだから。
難なく不死者を一掃した私達の耳に拍手が届く。
「見事な腕前だ、剣士としてはな。非力な神の剣は、所詮は鈍ら・・・神力も与えられぬ神をが主とは情けない」
そう言って嘲笑う闇の精霊王様の姿が何故か希薄に見えた。
「・・・私の事はかまいません。然し、女神様を貶める事は許せません」
従者であり、力の代行者であるにも関わらず裏切った事への疑問や怒りが私の中で蟠り残っていた、それ故に女神様をこき下ろす言葉に怒りを抑えずにはいられなかった。
然し、それすら気に留めもせず、闇の精霊王様は余裕を崩さないまま信じられない疑問を私に投げかけて来た。
「ふっ・・・ならば良く考える事だ。二柱から世界を何方が安寧をもたらすか、神選びを見誤らぬようにな」
一柱で世界が保てないのは確か、闇の精霊王様が知らない筈はない。
そうなると、何か別に思惑が有るのではと推測できる。
「そんなの・・・」
当然のように「女神様に決まって居る」、そう言い掛けた所で闇の精霊王様の姿は一段と薄れ、驚く私の背後からカシャンと金属音が響き、まばゆい光に視界が白むと闇の精霊王様の姿が蜃気楼のように消えて行く。
光は地上だけではなく全てを清浄化し、顕現した光の精霊王様の姿に歓喜に沸き立つ。
然し、カンテラ付きの白磁の杖で照らされる貧民街に闇の精霊王様の姿は無い。
「闇の精霊王様は消えてしまわれた・・・のでしょうか?」
ソフィアは目の前の状況に目を白黒させ、戸惑いながら訊ねると、光の精霊王様は首を横に振る。
「いえ、彼は僕が居る限りいなくならない、逆もしかりです。拮抗は稀で、何方かが不利になれば、片方が有利になり顕現する。硬貨の表と裏の様な存在なのです」
光と闇の関係を聞き、光の精霊王様に関する謎が解ける。
それは、、精霊王を束ねる女神様が非力と称されたのは揶揄ではないと予感させた。
如何あっても神様を有利不利で揺らぐ安い信念で戦ってきた訳では無い。
王達を束ねる精霊の剣に相応しく、鈍らだなんて言わせはしない、私は光を取り戻しつつも不安が残る空を眺め、そう誓うのだった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます!
本文は長くなりましたが、宜しければ今後もお付き合いいただければ幸いです。
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次週も無事に投稿できれば1月30日18時に更新致します。
 




