第19話 赤く染まる―有翼人の国アルビオン→光の国編
空の色は此の国に来た時と変わらない果てしない青。
禁忌に基づくソフィアやヒッポグリフ達の拘束、冷たい視線を浴びながら兵士達に連れられて歩く街。
今、その時との違いを上げるとするのなら、人々から向けられる視線の温度だろうか。
警戒と疑念は消え失せ、替わりに好奇の目で見られる事が多くなった気がする。
「アメリアさん、君は我々にとっても希望だ。必ずや六精霊の力と神の力が満ちる安寧の世に導いてくれる事を期待していますよ」
昨日の事を踏まえると、その言葉の重みが大きく違う。
間接的に伝えられ、手探り状態の所に必ずだなんて過大な期待をしていないだろうか。
思わず口角が引きつるが、初めに抱いた決意は多くの人々や精霊王様達を取り戻す戦いの中、私の中で強く揺るがない物になっていた。
「お手柔らかに・・・。いえ、期待に添えるよう頑張ります!」
手探りして掴んだ手がかり、必ず成し遂げて見せる。
それが、どちらの道を歩むとしても。
口元をきっちりと上げ、決意を表明すると、ガーランドさんは期待に満ちた熱のこもった目で私を見て手を差し出す。
その気持ちに応え、手を堅く結んだところで周囲から悲鳴交じりの慌ただしい足音が聞こえて来た。
「何てうらやま・・・どさくさに紛れて何をしている泥棒猫!ガーランド様の御手を何時まで握ってる、汚らわしい!」
ここに、未だに変わらない人が居た。
人だかりが左右に避け、クラリスさんは部下に助けて貰いながら必死にアルスヴィズとスレイプニル、二頭のヒッポグリフの手綱を引っ張りながら嫉妬全開で暴走している。
ガーランドさんの瞳から光が消え、何とも言えない表情になる中、私達は手をゆっくりと離す。
すると、クラリスさんは此方に食らい付かんばかりの勢いで嫌がるヒッポグリフ達の手綱を強引に引っ張り出した。然し・・・
「ピギャッ!」
「ピヤァ!!」
その強引な手綱の扱いに反発する様に二頭が地面に爪を食いこませ踏ん張ると、それはクラリスさんの手から外れて驚いた二頭が前足を上げて立ち上がった。
その様子を恐々ながら眺めていた民衆が騒ぎ出し、それによる怯えた子供達の泣き声と逃げ惑う人々の声は二頭を更なる混乱を引き起こす。
「アルスヴィズ!」
名前を呼び口笛を吹くと、それによりゆっくりとアルスヴィズの動きが緩慢になっていく。
私は如何にかアルスヴィズの手綱を掴んだが、気付かずに駆け寄ろうとするクラリスさんにガーランドさんの怒声が飛んだ。
「クラリス、何をやっているのですか!!」
「あぁ、ガーランド様・・・えっ?!」
ガーランドさんの声に一瞬、クラリスさんは嬉しそうに頬を紅潮させるも、反射的に背後を振り返る。
部下達が避難誘導が行う中、その視線の先には混乱と興奮により暴れる、スレイプニルの姿があった。
私はアルスヴィズの手綱を握り、スレイプニルの主であるダリルの名前を必死に叫んだ。
「ダリル!!」
スレイプニルの巨大な鉤爪がクラリスさんの背を切り裂かんばかりに振り下ろされる筈だった。
必死にスレイプニルの前足を止めようとクラリスさんは手を伸ばすが、それより早くダリルが前足を抑え込み、脅威を確りと退ける。
暫くもがいていたスレイプニルだったが、スンスンと鼻を鳴らすと、主人であるダリルに気付き落ち着きを取り戻した。
ダリルはその様子に安堵の表情を浮かべるが、スレイプニルの手綱を握り眉根を寄せ、クラリスさんを睨みつけた。
「おい!」
「す、すみません!」
クラリスさんは後ろめたさからか、ガーランドさんとダリルの間で視線を泳がせる。
此のまま、此処で今度は人間同士が騒動を起こしてはと溜息をつくが、続く言葉は意外な物だった。
「・・・初めて扱う生き物で世話かけたのに、睨んで悪かったな。然しだ、どんな奴でも手綱を強引に引くのは馬鹿のする事だからな!憶えとけよ!」
引き起こした事に怒り、どれだけ酷くこき下ろすのかと構えていたが、ダリルから出た言葉は予想外な事に労わりの言葉だった。
「はい・・・」
クラリスさんの瞳はダリルに釘付けとなり、夢見がちな顔で頬を染めた。
そんな固まったままのクラリスさんの翼を、スレイプニルは軽く突き、羽根を毟り出す。
「あれって大丈夫なのかしら・・・・」
ケレブリエルさんは羽根を毟られ続けるクラリスさんの顔を見て頬を引きつらせる。
ガーランドさんは呆れ顔を浮かべるが、二人を見ている内に何かに気付いたらしく顔色が良くなる。
その顔は何処か肩の荷が下りて安堵したと言う感じだ。
クラリスさんとダリルがの翼を毟っている事に遅れて気づき、慌ててスレイプニルを止めた所で、二人を眺めてガーランドさんは微笑む。
「厄介ば・・・縁とは摩訶不思議ですね。如何です?一途な良い子ですよ?」
「あ?何でそうなる?それに、厄介払いとか言い掛けなかったか?」
ダリルが顔を赤くして怒り出すが、それに反してガーランドさんは涼やかな顔のまま不思議そうに首を傾げる。
「何の事です?戦力としてですが・・・お気に召しませんか?」
「ほら見ろって・・・戦力かよ!」
ダリルは突きつけていた指を下ろし、ガーランドさんに向かって大声を上げた。
ダリルの溜飲はすっかり下がったようだが、次はクラリスさんが泣きながらガーランドさんへ腕を広げて駆け寄って行く。
「ガーランド様、酷いですぅうう!ズビッ・・・貴方に全てを捧げているのに!」
ガーランドさんは其れに対し不愉快そうに眉を顰めると、伸ばされた腕を杖でいなし、バランスを崩した所で足払いをする。
クラリスさんは女性らしかぬ声を上げて地面に転がりのたうつと、危うく浮遊島から落ちそうになるが、縁に手をかけると宙返りをして綺麗に着地をし、隙を突き強引に嫌がるガーランドさんを抱き締める。
「何これ・・・」
付いて行けずに暖かい目で見ていたが、何時までも区切りがつかず呆れていると、パックが私の言葉に同意し何度も頷いていた。
「うんうん、オイラも言いたい。世界の危機はそうやっている合間にも進行している。両陛下の連絡もまだなんだ。出るなら早くしてくれないとオイラ、約束を反故にしてしまうよ」
普段のやる気のない気だるげな態度が嘘の様、パックの凄みにクラリスさん以外は凍り付く。
「まあ、そう言う訳だ。側近殿の気が変わらない内に出発しようぜ」
何も知らなければ拗ねてむくれているとしか見えないパックを見てフェリクスさんが苦笑した。
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その後、ガーランドさん達にウォーレスさんも加わり、お世話になった有翼人の面々に期待の目を向けられながら出立する。女性陣と男性陣で別れてヒッポグリフに乗り、妖精だが飛ぶ事の出来ないパックはソフィアに抱えられ地上へ帰る事となった。
「さて、ウォーレスが言っていた方法、何がなんでも見付けましょ!」
「勿論です、誰もが心から笑い合える世界。それが、私の取り戻したい世界ですし!」
眼下には見渡す限りの雲、お互いに目を合わせて頷くと意を決し、純白の雲海に身を投じる。
思いのほか雲は深く、視界は白一色に染まったまま。
地上は変わりは無いだろうか?
そう思い浮かべた時、出立前に出会った兄の友人である女騎士、ベアトリクスさんの言葉が頭を過る。
『君を捕らえた日以降に妙な動きが出て来てはいる。用心して損は無いだろうけど』
心が無性にざわつく、突き動かされるように手綱を打ち付け、アルスヴィズに急ぐように促すと、それに応える様に泣き声が上がり視界が一気に開ける。
眼下に広がる緑の山肌をなぞる様に故郷の山を仰げば、黒煙が幾筋も上がっていた。
言い知れぬ不安に突き動かされ、鐙を蹴り、再び手綱を打ち付ける。
「お願い急いで!」
アルスヴィズは言われるまでもないと言いたげな視線を向けると、大きく翼を広げ羽ばたく。
祖父は過去の戦を勝利に収めた英雄、それに弟子の皆さんも居るんだから。
きっと大丈夫だと心の中で言い聞かせて手綱を強く握り締め、故郷へ向かう様にアルスヴィズを操縦する。ともかく無事かどうか確かめたい、そんな私の耳に慌てたケレブリエルさんが声が響いた。
「ねぇ、待って!何処に行こうと言うの?妖精の国へ向かうのでしょ!」
「あの煙が出ている場所・・・私の故郷なんです。だから、助けにいかないと!」
直後、後頭部を何かで叩かれ、ケレブリエルさんは呆れた様な溜息が漏れる。
「アメリア、貴女は人族の子供にしては冷静に物を見れると思っていたけど懲りていないし、やはり年相応ね。この状態で仲間に声掛けも相談も無く動くなんて馬鹿だわ!」
ケレブリエルさんの呆れが雑じる怒りの声、気が付けば我に戻っていた。
何度も皆に一人で解決しようとするなと言われたっけ。
俯いたままアルスヴィズの手綱を引っ張り宙で停止すると風を切り、行く手を塞ぐ様にダリルがスレイプニルを停止させる。
「何をゴチャゴチャ喋ってんのかと思えば・・・本当にお前は馬鹿だな。あの村は俺にとっても故郷だ、止める訳ないだろ?」
二人が心配してくれているのが伝わって感謝の気持ちも有るけど、申し訳ない気持ちにもなる。
「二人とも・・・ありがとう」
私がお礼を言うと、出遅れた為か、ダリルの後からフェリクスさんは顔を出す。
「コホンッ、お兄さんも賛成だからね!・・・ぐふ」
自信の肩を掴んだまま大声で叫んだ事に腹を立てたのか、ダリルの肘が鳩尾か腹部に当たったのか、フェリクスさんは呻き声を上げて項垂れる。
そこでパックを抱えて飛んできたソフィアが汗を滴らせながら追いついて来た。
すると合流するやいなや、パックは怒りを露わにし、周囲に響き渡る大声で叫んだ。
「いいや、オイラは反対だね!世界が関わってるんだ、優先すべきは火を見るより明らかだろ!」
情など二の次にし、小より大を救うべきだ。
世界を救う事は祖父や村の人々を護る事に繋がるが、逃して命を失うのを防ぎたいと言うのは我儘なのだろうか?
「でも・・・村の様子を見る時間ぐらいはある筈よ」
真剣な顔で私を睨むパックに私は思いをぶつける。
暫し私達は睨みあいをしたまま、空に再び静寂が訪れる。
然し、それを破ったのは私達では無く、空気を震わせる程の音と振動だった。
我に返った私達が音がした方を振り向くと、空は灰色に染めあげられているのが目に入る。
「あっちて確か、王都・・・よね?」
信じられないと言った声色でケレブリエルさんが私に訊ねる。
村の方角から位置関係を考えれば、それが間違いでは無いと言える、私はその問いに頷いて見せた。
すると、一匹の妖精が血相を変えてパックの許へ飛んできた。
「パ・・・パック様ぁ、大変なのだわ!危険なのよ!」
「落ち着けよ、もしかして人間の都に何か遭ったのかい?」
要領を得ない口振にパックが宥めると、妖精は落ち着きを取り戻しつつも、怯えた様子で語りだす。
「魔族が・・・闇の精霊王から力を与えられたの!復讐するって・・・暴れているの!」
「何ですって!それは本当なの?!魔族達との間には争わず、過度の干渉をしないと言う条約が在る筈よ」
此れまで、居住地を分け、見張りを付けつつも、問題を起こさない限りは魔族達とその他の種族は互いに干渉しあってこなかった。それは種族戦争の終結の祭に結ばれた魔族との共存を赦す為のもの。
「むぅ、本当だもん・・・」
妖精は小さな子供の様に頬を膨らませ黙り込む。
それが本当ならケイティーだけでは無く多くの王都に住まう人々の命が掛かっている事になる。
故郷の村を眺め、私が戸惑って居るとパックは大きな溜息をつく。
「あっちも何もせずに胡坐をかいている訳ないよな・・・よし!村はオイラが何とかしてやる!お前も迷う必要は無い筈だぞ!然し、オイラは飛べない。ソフィアのねーちゃんは借りるぞ」
「パックさん・・・!」
「やるじゃない!」
ソフィアが歓喜の声を上げたの始め、そこに居た誰もが小さな救世主に褒め称える。
私達はパックの言葉を信用し、方向転換をすると、一気に王都へ向けて風を切り空を駆けて行く。
王都につくと酷く混乱している事が解る、門番の人数すら疎らな門を潜ると、何処も彼処も建物の扉は堅く閉じられている。
悲鳴を上げて逃げ惑う人々、慌てて商品を荷車に積み、王都から逃げ出そうとする商人達、それを護り誘導する兵士達。
私達はそんな人混みを掻き分け、貧民街の方へと突き進んでいく、すると再び爆音が周囲に響く。
驚きつつ見上げれば、貧民街から火柱が上がり、それに照らされた建物が赤く染め上げられていた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございました!。
取り敢えず今は、此のテンポを崩さない様、できるかぎり精進しようと思っています。
それでは、良いお年を!
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来年も無事に投稿できれば1月2日18時に更新致します。
 




