第22話 屍馬
「よしよしっ、慌てないのっ」
「くぅ~ん・・・」
逸早くも私達を案内したい様子のモーリーを抑えるが、応急手当てを施そうとする腕から抜け出そうともがく。
この様子からするに、案内したい場所はロビン君の許で間違いなさそう。
「はい、できたっ」
やっとの思いで私の腕から抜け出したモーリーの足取りはやはりおぼつかない。
モーリーに案内して貰うと提案したけれども、やはり無理かも・・・
「おい、血痕をみつけたぞ。これを辿った方が早い」
此方に向かって、周辺を調べていたダリルが地面を指さす。
モーリーを抱えて覗き込むと、一定の間隔をあけて血の跡が点々と続いている。
「ダリル、でかしたわ!行きましょ」
「って・・・おい!」
ダリルにモーリーを渡すと、血痕を辿り歩きだす。
「ごめんね、私は何かあった時に腕が使えないと危ないし」
私は腰に下げた剣の柄を突きを指さす。
「チッ・・やっぱり俺かよ」
ダリルはぼやくものの、泥と謎の粘液の臭いが残るモーリーを確りと抱えて着いてくる。
私は汚れ役を押し付けたダリルに感謝しつつ、血痕や足跡を見失わないようにしながら速足で跡を追った。
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私達が辿る小さな痕跡は進むにつれて判別がしにくくなり、これ以上は血痕を当てにして探すのは無理そうだ。
しかし、その中にくすんだ黄緑色の粘性のある液体が地面に幾つもの水溜りを作っているのを発見した。
それの臭いは私達の鼻に、モーリーに付着していたもの以上の強い腐敗臭を届けた。
「うっ・・・くせぇ。こいつは何だ?」
「んー、スライムの溶解液とも違うふぁね・・・」
思わず鼻を摘まむものの効果は無し。
これが人より臭いに敏感な犬には余計には堪らないだろう。
ふと、ダリルの腕に抱かれたモーリーを見ると小刻みに震えていた。
「困ったな・・・この様子じゃ置いて行くのも連れてくのも無理じゃねえか?」
「うーん」
辺りを見回してもせいぜい、伸び切った丈の長い牧草の茂みぐらい。
「心配だけれど・・・草むらにでも隠れていてもらおうか」
「・・・そうだな」
ダリルは牧草の茂みにモーリーを連れて行くとゆっくりと降ろす。
「ワンッ!」
「おいコラっ!待て!」
モーリーはするりとダリルの腕を抜け、片足を上げて走り出す。
走り出したモーリーは怪我をしているのが嘘のよう、追いかける私達の手を巧みに躱しながら扇動するかのように走り出した。
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「嘘でしょモーリー・・・でも」
「依頼主の悪い予感が当たっちまったな・・・」
私達がモーリーに誘導された先には、激しく踏み荒らされた地面とへし折られた柵、目を凝らすと獣の爪跡と馬の蹄の跡に混じって真新しい靴跡が薄暗い森へと続いている。
ほぼ障害物の無い放牧地をこれだけ歩いても見つけられないのはおかしい。
ロビン君がここに来たのはほぼ間違いないようね。
それとモーリーの状態を加味すると、ただ何処かで怪我をして動けなくなった訳じゃない気がする。
「モーリー、ロビン君はこの先に居るのね?」
「ワンッ・・・」
モーリーの尻尾は、この先の何かに怯える様に後ろ足の間に丸め込まれている。
これ以上の案内は、この子には無理ね・・・
辺りに在るのは馬が体を休める為の木陰を作る気が数本。都合の良い事にうろも在る。
「モーリー、ここまで案内してくれてありがとう」
モーリーの弱った体を持ち上げ、木の根元まで連れて行った所で私の手を離れると、自らうろの中に潜り込んだ。
何て賢い子なの。私の意図を汲んでくれたのかな?
「ワンッ!」
モーリーに待つ様に言い聞かせ、私達は壊れた柵を越えて森へと走り出した。
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森の中は予想通り薄暗く、足元は湿り気を帯びて泥濘んでいる。
「とんだお手伝いになっちまったな」
「こうなるのは誰も予測できなかったし、それは言わない約束よ・・・」
時々現れる弱い魔物を梅雨払いしながら進むに連れて独特の臭いは強くなり、其れと共に虫が多くなる。
そして警戒しながら進む私達の視界が急に開ける。
幾重にも重なった枝の隙間から僅かに漏れる光は決して明るいとは言えないけれども、地面に横たわるものを私達に視認させた。
それは魔物の死骸と血まみれで横たわるロビン君の姿だった。
「ロビン君!」
「ロビン!」
駆け寄ると痣や何かに噛まれた傷があるが、息をしているのを確認できた。
「良かった・・・気絶しているだけみたい」
中級回復キューブを傷口に使用すると傷口が徐々に塞がり、意識は戻らないもののロビン君の顔に赤みが差した。
それを見てほっと胸を撫で下ろす私達の周囲には、大小様々な魔物が転がる。
「森鼠に暴れ猪か・・・これは間違いなく何か居るな」
すると、警戒するダリルの言葉を証明するかのように何者かの足音と荒い息遣いに加えて、ベシャリと不快な水音が響く。
私は慌ててロビン君を抱えると、相手に見付からない様にゆっくりと下がり、近くの茂みにその体を横たえ隠す。
私が剣を抜き、ダリルと背中合わせに構えると、生暖かく荒い息を吐きながらゆらりと腐敗した体から粘液を滴らせながら木々の合間からそれは姿を現す。
「うっ・・・・粘液の正体は魔物の腐肉だったのね。それにこの魔物はもしかして・・・逃げ出した馬?」
「・・・恐らくな。こいつは屍馬ってとこか?」
「・・・そうね。モーリーとロビン君に付着してた物からして十中八九、こいつが犯人ね。生きて連れ帰る事が出来たら良かったんだけどね」
私達に肉がほぼ腐り落ち、骨の一部が露出した足で地面をかく屍馬はじりじりと距離を詰めてくる。
私が剣を構えると、屍馬の濁った目に更に強い殺意が生まれたのを感じた。
屍馬は両前足を上げ、悪臭と粘液を撒き散らしながら不気味な声で嘶く。
すると、目の前の屍馬の背後の木が揺れ、枝が折れる音と共に私達の前に二頭目が姿を現す。
「新手か・・・かかって来いよ!」
ダリルは駆け出すと、その足が火の粉を纏う。
「【烈火連脚】」
迫り来る屍馬に向かって炎を纏った足で回転をかけながら腐った屍馬の肩から足へ一撃を浴びせかける。
ダリルったら何時の間に・・・?!
負けていられずに、私も魔力を剣に籠める。神殿で光の精霊王様から頂いた剣なら、アンデットには有効なはず。
しかし、上手く魔力が籠められず、剣に変化が見られない。
焦る気持ちで頭がいっぱいになった私の耳にダリルの声が飛び込んでくる。
「危ねぇっ!」
「・・・え?」
気が付くと屍馬の蹄が私の頭上から振り下ろされようとしていた。
思わず反射で剣を振り上げるも、泥濘んだ地面に足を掬われて後ろによろける。
「・・・っ!」
追撃がくるのを想像し、立ち上がろうにも地面が滑り立ち上がれない。
思わず覚悟を決めて目をつむるが、それが私に振り下ろされる事はなかった。
その代わりに、グチャリと打撃音の後にダリルの怒号が耳を貫いた。
「この馬鹿!何を使おうとしたのか知らねえが、不確かな手をとるより相手を確実に倒す方法をとれ!」
思わず驚き瞼を開くと、ダリルに叩き付けられたらしい屍馬は一部を欠損したものの、ダリルと私の前に立ち塞がる。
「そうだね・・・ありがとう!」
私は剣を支えに立ち上がり剣を構え直す。
「ぼーっとしてんじゃねえぞ」
「勿論よ!【ブレイドバッシュ】」
重心を低くし、腕力と脚力をかけた重い一撃を立ち上がった屍馬にお見舞いする。
祖父直伝の一撃により屍馬は前足を失い、耳を塞ぎたくなる様な音を立てて木に叩き付けられた。
しかしそれでも、屍馬は立ち上がろうと私を睨みながら必死にもがく。
「こっちは何とかなりそうだ。そっちはどうだ?」
ダリルは焼け爛れ所どころ欠損してもよろめく屍馬を追い詰め、此方を伺い振り向いた。
「あと少しってところよ」
私は再び剣を構えなおす。
すると、もがく屍馬は後ろ足で地面を掻きながら近寄る私を威嚇するように嘶いた。
「ヒヒーーーーイン!ブルルッ!」
すると、ダリルが相手をしていた屍馬も同様に嘶き、前足が欠損した屍馬と庇うかのような様子を見せてきた。
その姿はまるで、これ以上来ないで欲しいと言ってるように見える気がする。
それを確かめようと更に近づくと二頭の警戒は強まり、屍馬は追い払おうと私に襲い掛かってきた。
どうにか交わし、間合いを取ると屍馬は動きを止めるものの、前足のあるもう一頭が仲間を庇うように私の前に躍り出る。
「まさかね・・・」
深呼吸をして心を鎮め、魔力を手に籠める。すると、体を巡っている何かが手に集まるのを感じた。
今度こそは・・・!
そんな願いが通じたのか剣は姿を変え、神殿で見たクラウ・ソラスへと姿を変えた。
私の振るう銀色に輝く刀身を持つその剣は光を纏い、襲い掛かる屍馬を切り裂き地に転がした。
次第に屍馬は融けて形を失い、骨のみの姿になる。
続いて残り一頭も力を振り絞るように身を躍らせ襲い掛かるが、素早く弧を描くように繰り出されたダリルの蹴りにより粉砕された。
「肝心の親がこうなってちゃ、クエストも失敗だな・・・」
「ふふ・・そうでも無いかもしれないわよ」
「あ゛ぁ?」
私の意図が読めずに怪訝な表情を浮かべるダリルを手招きすると、屍馬の死骸が転がるその先へと進んだ。




