第12話 ストライドの名に懸けてー光の国カーライル王国編
私達は義妹の師匠である大商会の三女ジェニー・ストライドに商会へ招待される。
ゴリラのメイドにイヴさんにジェニーさんの研究所に通され、ライラさんとの気まずい再会と相成った。私から情報を訊きだした二人は、商魂丸出しで強引に約束の場所へ同行する事を承諾させる。
翌日、一抹の不安を抱えながらも無事に有翼人のウォーレスさんと邂逅を果たすが、用が有るのは精霊の剣である私のみと告げる。
然しそれに焦った、ジェニーさんによる強引な売り込みが行われた。
闇の魔結晶を装填した投擲銃の実演は、その力を司る精霊の王の目を引き付け、魔物や眷族で在る魔族を呼び寄せると言う災厄を招く。
「・・・呆けている場合か!武器を抜けぃ!」
翼を広げるとウォーレスさんはジェニーさんに目もくれず槍を構えると、迷いなく魔物と魔族の入り混じる中へと突進する。
「何であのジジイに命令されなきゃいけないんだよ・・・」
誰もが呆気にとられ、その背中を見送る中、ダリルはウォーレスさんへの不信感むき出しにし悪態をつくと、拳を握り締め不安定な足場を跳ねるように駆けて行く。
「・・・皆ッ!続くよ!」
私の声に応える様に一斉に武器を引き抜く金属音がけたたましく鳴り響き、山の斜面を駆ける足音が響く。
然し其処で顔面蒼白のまま、ジェニーさんが投擲銃を抱えているのが目に止まった。
その横には同じく目論見が外れたライラさんが溜息をつきながらしゃがみ込んでいる。
「ライラさん!ジェニーさんを連れてヒッポグリフ達の後へ避難してください。大丈夫!如何にかして見せます!」
大失態も含め物事が上手く行かず、茫然としたままの二人に退避する様に指示する。
ジェニーさんは自身の制作した武器に気を取られたままだが、私の声に気付いたライラさんは驚き肩をビクリと跳ねさせたかと思うと我に返り、焦りからか足をも釣らせるもジェニーさんの襟首を慌てた様子で掴む。
「わ、解ったですぅ!」
返事を背に私は遅れを取り戻す為、木の根や岩が飛び出す地面を踏ん張り突き進む。
幸いな事に魔物側も小者以外は鬱蒼とした森の木々に阻まれ、身動きが取れないようだ。
其処で狭いが敢えて開けた場所に留まり、私達は敵を待ち伏せる事にした。
「来たわね・・・」
耳を澄ます、やはりその戦法が通じるのは魔物のみ、やっかいなのは刺客だ。
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ウォーレスさんが魔物を引き付け、ファウストさんの土人形が磨り潰すように叩き付けると、更に散った魔物をダリル達が各個撃破。
確実に魔物のを倒し続けて入るが勢いは治まらず、殲滅の文字が遠のいて行くの感じてとれる。
私も加わり助力したい所だが、刺客に狙われる今はそれも叶わないだろう。
ケレブリエルさんの言う通りであれば、彼等もそうせざる得ない理由が有り、今はその気持ちを闇の精霊王様に利用されているのかも知れない。
剣を構え直しながら考え込んでしまうと、隙を見出した刺客が側面から襲い掛かる。
豊かな緑の合間から漏れる光に輝く凶刃は弧を描きながらの最初の一撃が上腕部の鎧を掠めるが、相手は一息つくとベルトに下げたナイフを引き抜き追撃を繰り出す。
それには反射的に体が動き、小さな刃は火花を僅かに散らし宙を舞った。
剣を喉元に突きつけ動きを止めると、黒く艶の無い髪の下に正気を失った瞳に灯った狂気の光は徐々に澱み、白目を剥くと泡を吹きながら地面へと転がる。
「毒・・・?」
生死を確かめるも呼吸は既に無い、あながち捨て駒と言うのは間違っていなかったようだ。
冥福を祈りつつ地面を踏みしめ、剣の柄を握り直し、残り二人の気配を探る。
草を踏み潰す音がしたかと思うと、真逆の方向から足元に小石が転がって来たかと思うと、左手首を鞭で絡めとられてしまった。
鞭を使う刺客の瞳は不気味に光り、一人目と同様に無表情のまま、まるで人形のようだ。
これは闇の精霊王様による干渉による人の自我の喪失か、雇い主に一人目と同様に何かを呑まされているか・・・
後者であれば、雇い主の情報などを吐かせるのは難しいだろう。
咄嗟に鞭を引き、相手が隙を突かれてよろめいた所で剣を振るうふりをして、柄で相手の喉を突く。
息が詰まるような呻き声と共に意識を失い、その口から唾液に塗れた何かが地面に転がった。
それは魔法被膜だった、透明な膜に包まれた薬品は王都で見た物と同様の水色、しかし魔力回復の薬品と違い白濁としている。
「良かった、この人は生きている・・・」
如何にか間に合ったと言う所だろうか、安堵の息を漏らし顔を上げた所で最後の一人と目が合う。
薄暗い樹の下、其処に立つ刺客の正気を失った紅い瞳が金色に輝いて見えた。
「・・・そこに居たのか」
相手の唇が静かに、そう動いた様に見えた。
その瞳を通じて此方を見る存在に怖気が走り身震いをすると、刺客は何時の間にやら姿が消えていた。
足を何かが這いずる気持ち悪い感覚に視線を下げると、蛇のように何者かが私の影から這い出して来る。
「・・・・っ!?」
肝が冷える思いに頬を引きつらせるが、私も此処で大人しく殺されるつもりなどない。
怯まずに向き合う私達を、空から大きな影が被った。
「ピイイイー!ピヤー!」
上半身を持ち上げる姿勢をとると、鋭い鉤爪のついた大きな前足が体重を籠めて振り下ろされる。
三人目の刺客は逃げきれずに切り裂かれ悲鳴をあげて失神すると、アルスヴィズはその手足は地面に括り付けたまま、その喉笛に噛みつこうと嘴を広げる。
「助かったわ、アルスヴィズ!」
アルスヴィズの中に流れるグリフォンの血がそうさせるのか、一瞬だけ威嚇する素振りを見せるが、刺客の臭いをかぐと、直ぐに獲物を捕らえた猫のように得意気に見せ付ける。
落ち着かせながら口ばしをそっと撫でて褒めると、アルスヴィズは気持ちよさそうに目を細める。
然し、これは一段落に過ぎない。
武器を構えて駆け出すと、命令もしていないのにアルスヴィズが追従して来る。
「ピギャッ!」
「・・・ふふっ、頼もしいわね」
如何にか二人を確保したが、素直に此方の尋問に答えてくれるか如何かだ。
命を狙われている事に加え、恐らくは闇の精霊王様も私達の有翼人であるウォーレスさんとの接触を知られた事により此方の動向に感づかれたかもしれない。悲しい事に問題ばかりが増えて行く。
状況は芳しくは無い、空に浮かぶ天空の国は月と共に黒雲に呑まれていく、周囲は薄暗くなり闇の気配が一段と濃くなった。
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魔物の群の殲滅目前、何故なら闇の精霊王様の影響を受けた魔物は動ける者だけでは無いからだ。
「急がれよ!我が国の王を・・・うぐっ!」
天を仰ぎ、怪訝そうに眉根を寄せるウォーレスさんの目が一瞬、大きく見開かれる。
脇腹を太い木の枝が貫き、翼と鎧が深紅に染る。
「此奴らは木霊よ。本物の樹に紛れて生息していたんだわ!」
ケレブリエルさんは木霊の枝を風で切り刻みつつ森を指さす。
その幹には皺が深く刻まれた顔に重たそうな瞼、温厚そうに見えるその顔は憤怒に歪んでいた。
木霊の枝を其のままへし折り、難を逃れるもウォーレスさんは脇腹を押さえたまま地面に膝を突いた。
それ庇うように私達が立つと、ソフィアちりょうが素早く駆け寄り、ダリルに力を借りながらウォーレスさんを安全な場所まで退きづって行くと治療を始める。
「木霊は魔物としては比較的に大人しいと聞きますのに・・・」
「そうね、木霊は無暗に危害を加えられなければ攻撃して来ない種よ。一般的には自己防衛のときのみ、攻撃性を現すとされているけど。実物程、確かなものは無いわ」
枝や根を伐り払う中、目を向ければ魔物の移動経路の周辺の木々が薙ぎ倒されているのが目に映る。
「私が同胞達を殺させたと勘違いされている?」
「此れは厄介だな・・・若木達が伐り倒された事により我を失い、自ら狂乱に陥ったと言った所か・・・。まあ、アメリアちゃんの予想は強ち間違っていなそうけどね・・・」
フェリクスさんは短く息を吐くと、蛇の様な気の根を避け木霊の本体に接近すると、顔を切り刻み突き立てると雷撃が幹を貫く。残ったのは焼き焦げ、炭化した木霊だった物のみ。
「ははっ、流石ですけど獲得物は望みが薄そうですね。然し、厄介とは?」
「奴等は普段から念話で同族と交信しているからさ・・・」
「下手すれば、この山に生息する木霊が全て・・・!」
災厄の事態が頭を過る。
「ああ、敵になると言う事だな・・・」
ファウストさんが関心を示し頷くと、土人形が木霊を薙ぎ倒す。
一斉に枝葉が風も無いのに波打ち、枝葉のざわめきが怨嗟の声に聞こえた。
それに誘引されるかのように、程無くして木霊以外の魔物の咆哮が響く。
「おっほん!傲慢な態度と誤解されるだろうが、此処は私に雪辱を払わせてくれたまえ!」
緊張感により張り詰めた空気の中、ジェニーさんは語り口調は陽気なままに、何処か神妙な面持ちをしながら投擲銃を握り前へ出る。その物言いにダリルは怒りが堪えきれずに吐き出した。
「誤解じゃねぇ!お前が原因だろうが!」
「ダリル・・・言い過ぎよ」
「・・・・チッ」
その率直過ぎる声にジェニーさんは苦し気に顔を顰め俯きかけるが、ライラさんを振り切り投擲銃を構えたまま歩み出る。
「やーめーろですぅ!ちょ・・・人の話を聞けですよぉ!!」
「止めないでくれたまえ!我が家の教訓は受けた恩義は必ず返す、その逆も然りなのだよ。後始末はつける、ストライドの名に懸けて!」
意気消沈しているのかと思いきや、如何やら義理を貫く覚悟を決めていたようだ。
ジェニーさんは此方の返事を待つ事なく、魔力抽出に梱包と手順に添って投擲銃に魔力を装填して行く。
「ま、待って下さい!【神光障壁】!」
止まる様子の無いジェニーさんに、ソフィアは慌てて杖をかかげ、早口で詠唱を終えると半円状の障壁を張る。
「発火!」
威力は強く効果的面、自分の家名を掛けるだけはある。
然し問題が功績を上回る、ジェニーさんの放った火の弾は次々と木々ごと木霊を焼き払い、私達の視界限界まで焦土と化していた。
誰もが唖然とし、開いた口が閉じないまま、ゆっくりと視線をジェニーさんに向ける。
「・・・・・」
「や、やだな色々と私に非があるが・・・問題は解決したじゃないか」
蛇に睨まれた蛙のように固まったジェニーさんの額に汗が幾筋も滴る。
そこに居る誰もの目が冷やかに射貫くようにジェニーさんをじっとりと睨む中、まさにジェニーさんにとっては渡りに船、ソフィアが仲裁に入った。
「あの・・・ジェニーさんのおかげで収取がついたのは事実ですし。でも・・・勝手に名前を使ってしまったご実家には謝罪しましょうね」
ソフィアの優し気な微笑みの中に、必ず反省する様にと怒りが籠められており、それは重くジェニーさんに伸し掛かる。
ジェニーさんは体をブルリと震わせると、震える唇で言葉を紡ぐ。
「も・・・申し訳ございません」
然し、此れだけの範囲の被害が出ては言い逃れし様が無い。逃亡と言う文字が過る中、一面の炭の山に鎧を着こんだ数人の影が映る。
「騎士?なんでこんな所に・・・!」
「これは随分と派手にやりましたね・・・」
琥珀色の髪に三角の耳、国章つきの白い鎧、狐の半獣人の女性騎士は呆れ切った様に呟くと、釣り目がちな目をゆっくりと細めた。
本日も当作品を最後まで読んで頂きまして、誠に有難うございます!
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次回も無事投稿できれば、11月14日18時に更新致します。




