第11話 暴走商人と観測者ー光の国カーライル王国編
私達の目の前を鼻歌交じりに軽快に歩くジェニーさん。
ジェニーさんの生家、ストライド商会は名を知らぬ者がいない大商会だ。その証拠に街の所々に自信有り気な宣伝文句が書かれた看板を散見する。
どんな家なのかと訊ねれば、家の一部を店舗にした併用住宅だと言う。
色々と期待半分に思い浮かべていたが、予想の倍以上の敷地と建物の大きさに開いた口が閉じなかった。
「・・・店と言うよりお屋敷みたいね」
複数の店舗が並ぶ商店街の一角、そのどれかが店舗兼自宅かと思い眺めていると、ケレブリエルさんの言葉に何処か得意げにジェニーさんはほくそ笑む。
「ようこそ、我がストライド家へ!一棟の全てが当商会であり、一階の店は勿論、当商会が営む店舗なのだよ。この王都エリューシオンでうちの店で手に入らないものは無いって断言できるな!」
ジェニーさんはまるで店を自分の事のように語り、私達の反応を見て満足気な表情を浮かべる。
言葉の通り、道具に武器に防具と様々な店舗がずらりと揃っていた。
流石は王都で一、二位を競う大商会だ。
それにしても、家人が許可しているとはいえ、お客さんで賑わう昼間に大人数でお邪魔して良いのだろうか?
遠慮がちに視線を動かすと、ジェニーさんの背後に山のように大きな体のゴリラの獣人が立っていた。
強面の頭上にはヘッドドレス、給仕用の紺色のワンピースと白いフリルがついたエプロンが巨躯を包み、筋肉の浮き上がった丸太の様な腕がジェニーさんの首をガッシリと捉えた。
「ヒェッ・・・」と誰もが知人の身に降りかかった災難に息を飲む中、メイドらしきゴリラは腕を首にキメたまま頬を膨らませ、眉を吊り上げる。
「お嬢様、また魔道何とかの試験ですか!?ああ・・・何て事、ついに怪我人を出されたのですね、何て事を・・・!本当にご両親や御兄弟に迷惑ばかりかけて!うほほ・・・」
怪我をしている訳ではないにも拘らず、彼女の中で私達がジェニーさんの実験に巻き込まれた被害者と言う事になっている。そうだからと言って、誤解を解こうにも、二人の間にはとても介入できる余地があるとは思えない。
「イ・・・ヴ、ごか・・誤解だ」
「ウホッホ!使用人の身で不敬と存じますが言わせて頂きます、自由にさせて頂けているのは収益が出ているからこそです!怪我人や、損壊などの保証に修繕費、利益を上回る負債が出てから哀願しようと取り返しがつかないんですからね!ウホッ!」
イヴと呼ばれたゴリラのメイドは話を碌に聞きもせず、あれこれとジェニーさんの事を案じて説教を続ける。然し、ジェニーさんにその説教は届く事は無かった。
「ぐぇ・・・・」
「お嬢様!お嬢様ああああ!」
ジェニーさんはイヴさんの腕の中で白目を剥き、脅える私達や民衆の前で気絶した。
雇い主の身に起きた不幸を嘆く咆哮が響く、この事の方がよほど、お店に悪評を生むのではないのだろうか?
それにしても、私達はいったい、何を見せられているのだろう・・・
**********
その後、私達の必死の説明により、イヴさんからの誤解を解く事には成功。
事実を知り、私達に向けて跪くと、大地に何度も頭突きをしながら謝罪しだした時は本気で肝が冷える思いがしたものだ。
周囲の状況に気付き、慌てたイヴさんが通してくれたのは、全三棟の富豪らしい豪華な家具の並ぶ部屋や廊下を通り抜けた先の古びた一件の平屋建ての建物だった。
一部の部屋にはケイティーの入室を禁止する張り紙が有り、作業室らしき場所には所々に加工した魔結晶や金属、工具が乱雑に置かれている。
随分と本館との落差が有るように見えるが、彼女の制作物を思い出せば、確かにこれで悪くないのかも知れない。
「すまないね、君達・・・できれば母屋の方で優雅にお茶でおもてなしをしようと思ったんだけどね」
ジェニーさんは私達を古びたソファに座らせると、首を摩りながらイヴさんの運んできたお茶に口をつける。私達の前に置かれたカップに御茶を淹れようとティーポッドへ手を伸ばすケイティー。
其れに気付いたイヴさんに其れは全力で阻止され、御茶を口にしつつ肩を落とすケイティーの前で無事、美味しそうなお茶がカップに注がれた。
お茶請けも中々、梨をたっぷり敷き詰めたタルトが切り分けられ、口にすれば甘みと心地よい食感にタップリのバターの風味が利いた生地がサクサクと小気味よい。
口当たりの良い上品な香りの温かなお茶と相性が良かった。
「お嬢様、それならば研究をたたみ、商家の女性らしく振る舞ってくださいまし。ウホウホ」
「まったく、辛辣だなウチのメイドは・・・」
驚きながら眺めたりしたもので、二人に気を使わせてしまったらしい。
「御茶もお菓子も大変美味しいですし、私達は大丈夫ですよ」
「可笑しいですね?私の方が先客ですよぉ?御茶はまだですかぁ?」
「ウ・・・ウホ!ワタクシとした事が!ヴォルナネン様、申し訳ありません!ウホッホッ!」
立場がすっかり逆転している二人を眺めていると蝶番が軋む音が響いた後、聞き覚えのある声が聞こえて心臓が跳ねる。
慌てるイヴさんによる地響きの中、恐るおそる声がした方を見ると、ライラさんが木製のスツールに腰を掛け、不機嫌そうに足をパタパタと足をばたつかせていた。
「へぇ、仕事を放置して茶会とは・・・まあ、無事だったので良しと言う所ですがぁ」
何故此処に?
そう訊ねる間も無く、ライラさんはイヴさんに御茶を淹れて貰うと一口飲み、私達を見て呆れた様に小さく溜息を漏らす。
「ご、ご心配をおかけしました・・・」
棘のある言い方に苦笑しつつ、皆でライラさんに必死に謝っていると、ジェニーさんが酷く慌てた様子で素っ頓狂な声を上げる。
「わー、ライラ君じゃないか!取って置きの物が入ったと聞いて待っていたんだ!約束の時間になっても来ないから心配していたんだよ、気付かなくてごめんよー!」
ジェニーさんは立ち上がるとしゃがみ込み、陽気にわしわしとライラさんの頭を撫で回した。
その顔は俯きつつも、垣間見るその顔は不愉快の極みだと言っている。
ライラさんはその手を鷲掴みすると、ゆっくりとジェニーさんの顔を見上げた。
「いえいえ、御気にせずー。ストライドさんに自慢の品を逸早く見て頂きたくて、楽しみ過ぎて一時間以上待っていたですよー」
取引相手むけの笑みを浮かべるが、ライラさんの目は決して笑っていない。
ジェニーさんはライラさんが鞄から取り出した、色とりどりの箱を眺め目を輝かせた。
「本当かい!早速、取引を始めよう!新作の投擲銃改に闇の結晶石を使用してみたかったんだ!」
ジェニーさんはライラさんの嫌味に一切気付く様子を見せず、期待に胸を膨らませ、居ても立ってもいられないと言わんばかりに落ち着きを無くす。
然し、ライラさんは子供の様な小さな手をジェニーさんに突き出すと、困惑するジェニーさんを無視して私達の方へと向き、口元で弧を描く。
「待ですよ・・・取引の成立は確約で間違いないですしぃ。その前に取引の前にお前達から此処までの経緯と、何をするつもりなのか安心の為に聞きたくなったですよぉ」
「構いませんけど、突然どうしたんですか?」
「・・・つまりはお金の臭いがするですよぉ。所謂、商人の勘ってヤツですかねぇ」
「え・・・そんな、商売になりそうな話なんてありませんよ?」
冤罪による強制連行に刺客と、話題は盛りだくさんなのだが、どこからお金の臭いがすると言うのだろうか。
「何だい!金が関係する話なら私も訊きたいな!」
貴女はついさっきまで一緒だったでしょうに。
何か判らないが取り敢えずと言った感じでジェニーさんまでのってくる。
私は二人の商人睨まれて困惑しつつ仲間に助けを求める。所謂、針の筵と言った所だ。
そんな私達を見ていたケイティーは憐れむ様な目をすると、首を横に振る。
「お義姉ちゃん、商人は儲け話は雷が鳴っても放さないもんだよ」
面倒臭がらず話すべきだとケイティーからの諦めるようにと言う進言が来た。
二人の言う事は全くもって支離滅裂だし、強引過ぎる。
もしかして度々、普通の人では聞く事も出会う事の無い存在と関わっているが故の弊害なのだろうか?
ライラさんはスツールの上に立ち、長机に足を掛けると、癖のかかった明るいくせっ毛を揺らし膝に肘をつくと顔を前へと突き出す。
「さあ、洗いざらい吐くですよぉ!」
舌足らずだが低く迫力の有る声と、それを後押しをするジェニーさんの陽気な声が聞こえる。
何なのこの謎の結束力は・・・
仲間に目で訴えるも、再び助け舟は出ず、仕方なく普通に相手が訊ねた事に答える事にした。
「・・・はい」
「やだ、此の雇い主怖い!」
最後にフェリクスさんの悲鳴の様な声があがった。
その後、洗いざらい話した私達に更なる厄介事が増えたのは間違いない。
ライラさんから仕入れた闇の魔結晶を使用した実験に付き合わされた挙句、二人が何故か有翼人との接触の場に同行する事になった。
有翼人は空に浮遊する島に居を構え、地上へは観測や女神様からのお告げを受けた時のみと、殆ど我々と接触が無い種族らしい。
それ故に、二人は地上の物を売り込めば、物珍しさから買ってくれると踏んだそうだ。
ライラさんからは世界各地で仕入れた商品を、ジェニーさんからは投擲銃改に各種の属性の魔結晶付き。
そもそも、地上との接触が少ない種族が地上の貨幣を持っているかどうかが怪しいが。
特にジェニーさんは毒に腐食に謎の呪いと今回の闇の魔結晶を用いた実験の成功により、心に自信が満ち溢れている様だ。
その後の私はと言うと、二人に付きあって屋敷にいた為か刺客の襲撃は無く、その代わりに魔族による暴行事件が王都で多発していた事を耳にした。
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そして当日、空には不穏な灰色の雲が広がっており、何時天気が変わるか判らず、こんな時に山に登るなんて最悪だ。
おまけにヒッポグリフ達に乗り移動するライラさんとジェニーさん、体力の無い二人には山登りは厳しいらしい。
「へえ、此処からでもうちの村が小さく見えるのね」
良く目を凝らすと、遠くの木々の合間に建物らしい影が数件だけ見える。
有翼人側から指定された山の山頂へ着く頃には、雲の切れ間から光が漏れていた。
誰もが緊張の面持ちのまま待機していると、雲は私達を待っていたかのように左右に退き、隠されていた物の姿を私達の眼前に晒す。
「あれが浮遊島・・・有翼人の住む国ですか」
ソフィアは空を舞い、不思議そうに宙に浮かぶ島を見上げていた。
「おお!岩が飛んでいる・・・?」
「それは違うだろ?どう見ても島でしかないじゃないか」
胸を高鳴らせるソフィアに、驚くダリルに呆れるファウストさん。
真面目な大人組は感嘆に耽り、商人の二人は期待に目をギラつかせている。
一筋の光が一筋、槍のように降り注ぎ、旋風が私達と木々を大きく薙ぐと、其処に二対の翼を持つ鎧を着た老騎士が佇んでいた。
がっかりするフェリクスさん一人を除き、誰もが其の姿に釘つけになると、老人は翼をたたみ、迷う事無く私を見つけて真直ぐ歩み寄ってきた。
「我は元聖騎士ウォーレス・マクファーレンと申す。問おう・・・お主が精霊の剣だな?」
「・・・はい!私はアメリア・クロックウェルと申します。他の者は私の仲間であり友人の・・・」
結構な出で立ちだが、元と言う事は引退されているのか。
穏やかな口調であるが迫力が有り、何処か神秘的な雰囲気すら漂わさせる老騎士に緊張で手が震えた。
然し、先ずは自身から名乗り、次は同行する仲間達を紹介しようとした所で言葉は遮られる。
「連れて行くと妖精の王族に約束したのはお主のみ。他の者などは必要無い・・・」
急激に冷やかな口調に変わったかと思うと、ウォーレスさんは私の腕を強引に引き寄せた。
硬い鎧に覆われた腕で抱き寄せられ、ウォーレスさんはそのまま周囲に一切の興味を示さずに天を仰ぐ。
「待てよ!俺達もソイツに力を貸している仲間だ。行く権利も話を聞く必要も有るだろ!」
私にしか眼中になく、何も言わずに立ち去ろうとする事に腹を立てたのか、ダリルは大股で詰め寄り噛みつくように怒鳴りつける。
ウォーレスさんはそれを意に介さず、翼を大きく広げだした。
「ダリルの言う通りです!彼等も知る権利があると思います」
「ならば、お主が我等の話を聞き、帰還してから話せば良い話だろう?」
何を下らない事をと言わんばかりにウォーレスさんは困ったように眉尻を下げて見せる。
すると、ボシュっと連続で何かが射出される音が響き、周囲の樹が黒い霧に包まれ腐り落ちて行く。
其れを見て、ウォーレスさんの表情が一気に変わった。
「お主・・・人の身で闇の精霊の力を行使したのか?」
一見、酷く驚いている様に見えるが、その大本となった投擲銃を使用したジェニーさんへの眼は鋭い。
自分へ注目が来たのと、足止めに成功した事で何処か得意げな顔のジェニーさんは構わず自作の商品を売ろうと掲げた。
「この商品は、魔結晶から魔力と精霊の力を抽出する『魔力抽出』、それを魔法被膜で包む『梱包』、それを射出する『発火』の三段階で力を行使する魔力が少ない者でも精霊の力を引き出し使用できる新しい武器なんですよ!如何です?初回なので安く譲りますよ?」
然し、それは投擲銃に興味を示させるどころか、ウォーレスさんの逆鱗に触れてしまった。
「この戯け者が!闇の精霊王が彼奴についた今、奴に通じる力の行使は魔物や眷族を通じて王に居場所を知らせるのと同義だ」
ウォーレスさんは怒りに震えつつも、如何にか感情を押し殺し、脅えるジェニーさんと私達へ警告をする。私達を囲む木々を吹き抜ける風が怪しく揺れながら警鐘を鳴らすと、ぽつりぽつりと人影が現れた。
その者達は私を狙っていた刺客だったが、何処か生気のない顔をしているにも拘らず、その瞳は殺意に満ちている。
次第に魔物の咆哮が辺りを包む。私達に逃げると言う選択肢はできない、森の緑は失われ、魔物が群れを作り大挙して来たのだから。
何時も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます!
お陰でとても良い励みになっております(^ワ^)
日増しに、一話分が長くなっている気がしますが、今後も宜しければお付き合い頂けると幸いです。
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次週も無事に投稿できれば11月7日18時に更新致します。




