第21話 放牧地
私達の前で木製の扉が金属の蝶番を軋ませながら、ロビンにより叩き付ける様に閉じられる。
「ロビンッ!!」
ジョーセフさんの奥さんが慌ててロビンを呼びながら追うものの、足がもつれよろけ間一髪の所でダリルに抱き留められて事なきを得た。
「エマを・・・妻を助けてくれてありがとう。それで、依頼の話の続きじゃが・・・」
ジョーセフさんはお礼を言うが、孫が出て行った事を気に留める事もなく話の続きをしだす。
それを聞いてエマさんはガタリと音を立て勢いよく机に手をついた。
「貴方、ロビンを追わないと・・・!」
「探しに行くと言っても、牧場の敷地内じゃ。柵を越えるような事でもない限り、腹を空かせたら帰って来るじゃろ」
ジョーセフさんは動じない様子でカップに注がれたお茶を啜る。
柵を越えないなんて言いきれないじゃない。それにそもそも、ヒッポグリフを探す依頼を受けたものだし、ロビンに任せる訳にはいかないわ。
「ジョーセフさん!私達にロビン君を探す事も任せて頂けませんか?!」
「しかし・・・身内の問題まで任せるのはのう・・・うーむ」
ジョーセフさんは頼んでよいものか迷っているようで、私達の顔を交互に見ると、奥さんであるエマさんの顔色を窺うようにチラリと見る。
「・・・何言っているんだい!ここは背に腹は代えられないじゃない。申し訳ないんだけど、アメリアさんとダリルさん・・・お礼ははずみますので、どうか・・・お願いできませんでしょうか?」
エマさんはジョーセフさんを睨んでから小さく溜息をつき、此方に申し訳なさそうな顔を向ける。
「いや、報酬もあるしお礼なんてとんでもねぇ・・」
「それじゃあ、あれを頼もうかしら・・・・」
「おい!」
ダリルが私の言葉を制止しようしてきたけれども構わず口を開く。
「必ず夕飯までにロビン君と卵を持って帰りますから、追加報酬は美味しい夕ご飯でお願いします!」
自分では妙案かと思っていたが、三人は何故か唖然とした表情で私を見る。
「そんな事で良いのかの・・・?」
ジョーセフさんはやや困惑の表情を浮かべている。
「はい、ジョーセフさんと奥様が宜しければ」
ダリルは私を一瞥すると、呆れたような顔をしながら溜息をつく。
「・・・俺もそれなら構わないぜ」
ジョーセフさん達は二人で顔を合わせると、頷き合い微笑む。
奥さんのエマさんは立ち上がると腕を捲りあげる。
「それなら、あたしが腕によりをかけてほっぺたが落ちるような料理を用意するよ!」
「承知した、エマも張り切っているようだしのう。ただ、放牧地は広い。最後に馬を見かけた場所周辺の地図を用意するから待ちなさい」
ジョーセフさんが地図を用意しようと立ち上がろうとすると、エマさんが素早く戸棚から羊皮紙と羽ペンを机の上に置く。
以心伝心と言うものかしら。
すると、それを見たダリルがそわそわしながら此方を見てくるのに気が付いた。
何を伝えたいの・・?
「慌ていたもので少々雑になってしまったが・・・孫をお願いします」
慌てて描いた為か、ジョーセフさんに渡された地図はクシャリと皺が寄っていた。
「お任せください」
「見失う前に行くぞっ」
私達はジョーセフさん夫妻に見送られながらロビン君の捜索とクエストを熟す為、ジョーセフさんの家を後にした。
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放牧地なんて平地だし、ロビン君が飛び出して時間も経っていないから直ぐに後姿を捉えられると思っていたのは無鉄砲過ぎたかも・・・
とりあえず地図を頼りにロビン君の名前を呼びながら、ジョーセフさんのつけてくれた印の場所を目指し歩いていた。
「此処まで歩いてきたけれど・・・」
「姿形もねぇな・・・・」
どこか隠れるところは無いかと見回しても、放牧地は緩やかな起伏がある中に時折、大きな岩が点在する程度で探してみてもロビン君たちは見付からなかった。
目的地に着く頃には馬の姿も疎らになり、遠くには緑が生い茂る森が見える。
「ロビンくーん、モーリー!」
名前を呼んでも返って来る声も鳴き声もしない。
「・・・森に行ったんじゃないか?」
ダリルが困り果てたようにつぶやく。
「お爺さんと喧嘩したし、意地になって他を探している可能性も無くはないわよ」
「そうだな・・・。しかし、クエストの方もどうにかしないとな」
よく見ると地面には馬の蹄の後らしき抉れた牧草交じりの土と、それとは別にグリフォンの襲撃の後を片づけた為か、牧草の生えていない場所が在った。
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一応、地面を二人で確認しながら歩いているとある事に気が付く。
「見て・・・土の上に」
牧草の生えていない場所に小さな靴と肉球の跡が蹄の跡に交じっていた。
「ん?足跡か・・・。でも、これじゃあ所々抜けているし方向までは判んねぇぞ」
「ふふふふ・・・」
「何だよ気持ち悪い顔しやがって・・・」
「ダリル、モーリーの名前を大声で呼んでくれない?」
「あ゛?なんでだよ」
「良いからいいから。ねっ、お願い!」
怪訝そうな顔をするダリルを拝みながら説得しつつ、ある可能性に賭けて見る。
私の意図に気が付いたのか、ダリルは誰が見ても解るぐらいはっきりと面倒くさそうな顔する。
ダリルは軽く舌打ちをすると西側にある森の方を向いた。
「モーリー!」
まったく、素直に最初から呼んでくれれば良いじゃない。
しかし、待てど音沙汰もない。
聞こえるのは牧草と木々が風に揺れる音のみだ。
「何にも反応が無いな・・・」
ダリルはジロリと私を睨む。
「モーリーはダリルが大好きみたいだったからいけると思ったんだけど・・・」
「・・・そんな上手く行くわけないだろ」
私達ががっかりと肩を降ろすと、遠くからゆっくりと此方に向かって来る何かが見えた。
それは牧草の上をゆっくりと引きずるように、かつ止まる事もなく緩慢な動きで私達の方へと進んでくる。
「・・・何かしら?」
私は剣の柄に手をかけ、ダリルと共に此方に来る何かとの距離を詰めて行く。
そして相手は私達を視認したのか、先程より速度を上げ、半ば跳ねる様に向かって来る。
私達の足音と草を踏み潰すような音が辺りに響いた。
現れたそれは被毛を腐臭のする粘液や血や泥等で汚し、よろける様な足取りで歩き、私達に向かってか細い声で鳴き声をあげる。
その瞬間、私達の警戒は杞憂に終わった。
「くぅ~ん・・・」
「「モーリー?!」」
「・・・ワンッ」
モーリーは近くまでくると私達に向かって弱々しく尻尾を振る。
よく見るとモーリーは体中に怪我があり、特に片方の後ろ脚は怪我が酷く、地に確りとつく事が出来ない状態だ。
しかし、動物には回復キューブは聞かない為、連れて帰らなければ治療してあげる事が出来そうにない。
とりあえず、モーリーの体を剣の手入れ用のボロ布で拭く。しかし、その後ろには飼い主であるロビン君の姿は無かった。
「ダリル、ロビン君が居ないわ」
「まさか・・・」
「くぅーんきゅーん」
モーリーは再び鳴いたかと思うと、私の手元から放れ、よろよろと歩いてきた道を戻ると私達を何度も振り返る。
「モーリー無理しちゃ駄目よっ」
しかし、モーリーは私が抱き上げようする手を暴れて振り払い再び歩き出す。
「ついてこいって・・・事か?」
「・・・ワンッ」
「そうだとしても怪我を負ったこんな状態で歩かせるのは酷だわ、目的地に見当がついたら抱き上げて連れて行きましょ」
「誰がモーリーを抱き上げるんだ?」
「それは勿論、モーリーが大好きなダリルに決まってるじゃない」
ダリルは露骨に嫌そうな顔をするものの、「犬に大好きとか思われてもな」等とぶつぶつ文句を言いながら了承してくれたのだった。




