第86話 謀略と狂気ー闇の国テッラノックス編
※注意:出来る限り柔らかい表現にしましたが、残酷な描写が含まれています。
苦手な方はご注意ください。
鉄錆の臭いが漂う凄惨な空間の中、カルメンは宵闇色の髪をかき上げ、私達の反応を楽しむ様に微笑む。然し、その表情は狙い通りでない事に気付いても尚、微動だにしない。
「あら、もしかしてソイツの事を信用しているとでも言うのかしら?」
ねっとりと張り付く見下す声に愉快そうに歪む唇。
カルメンの言葉に私は首を横に振り、何事にも左右される事無く真直ぐ相手の顔を見上げた。
「いいえ、私達はお互いに完全に信用はしあっていない。でも、どんな方法を取ったにしろ、貴女の手から祭殿を取り戻そうとしたのは事実。レオカディオさんなら元の此の国を取り戻すと言うのは信頼はしているわ」
出会って数日で互いを完全に理解する事は不可能だ。
それでも協力関係を気付けたのは気紛れか、祭殿を取り戻すと言う目的の合致。
自分を祭殿から追いやり、民の心を拐、余所者を排除する為なら手段を択ばなかったのだと思う。
結果、祭殿兵の数は減らせたが、カルメンを引き付ける事には失敗した様だけど・・・
例え利用されたとて、レオカディオさんも含め、命を救わない理由など無い。
苦しそうにレオカディオさんの咳込む声がする、床に伏したその仲間達に目をやっても微動だにする様子は無い、助けられるか迷っているとソフィアが大きな声を上げた。
「例えレオカディオさんがアタシ達を利用して居ようと構いません。女神様が与えて下さった命を平等に救うだけです」
ソフィアはカルメンを睨み杖を堅く握ると、レオカディオさん達の許へと駆け寄って行った。
すると、ダリルがソフィアを庇う様に立ち塞がり、カルメンの視線を遮る。
「奴等が成し遂げられなかったなら、俺達が果たして、その間抜け面を拝んでやろうぜ」
「お、デコ助の癖にたまには良い事を言うね。お兄さん、見直したよ!」
「おえっ!褒め言葉とか、薄ら寒い事言うんじゃねぇよ!」
ダリルは心底気持ち悪そうにフェリクスさんを睨み、吐く仕草をする。
ファウストさんは心底あきれたと言う表情でそれ眺め、二人を押し出す様に石人形を召喚した。
「ダリル、それは褒めては言ないぞ。それに、護りなら僕の方が適任だろう?」
「な・・・!そんなの解ってるに決まっているだろ!」
必死に弁解しようと言い返すが、ファウストさんは無言で肩を竦める。
ダリルは、グッと堪える様に拳を握り、憶えてろと言わんばかりに二人を睨む。
すると、杖で床を突く、硬質な音が響いた。
「くだらない喧嘩は余所でしろ」
レックスは珍しく怒声をあげると、悔しさからの怒りを抑え、睨みつける二人を無視し、退屈そうに欠伸をするカルメンを睨む。
それに気付くと、カルメンは小首を傾げ目を逸らし、頬杖をつきながら面倒臭そうに宵闇色の髪を指に絡めた。何故、敵前でこうも気を抜けるのだろうか?
「カルメン、私達は彼等の意思を継ぐ。祭殿は眷族の皆に返して貰うわよ」
この期を逃せば、祭殿を取り戻すのは難しいだろう。
惑わされずに戦う事を選んだ事を宣言すると、カルメンは其れを鼻で笑い、絡めた髪をくるりと解く。
「何を息まいてると思えば・・・笑っちゃう。言っておくけれど、この祭殿は元からアタシの一族が護って来たの。巫女も大祭司も排出されてきたわ・・・。つまり、留守を預けていたにすぎないの。ねぇ?クロエ」
カルメンが指を鳴らすと、周囲を囲む祭殿兵の一人が、目が虚ろになり人形の様なクロエを引きづりながら連れて来た。光が消えた紫暗の瞳は虚空を眺め、乱暴に扱われても眉一つ動かず、その唇は堅く結ばれていた。
「・・・・はい」
聞き取るのもやっとの、掠れた声がクロエの口から漏れた。
其の顔に何の感情も意思も感じ取れない、ただ声を掛けられた事に対し、反射的に答えている様に見える。
裏切りと詰問、弱り切った精神は限界に近かったのかも知れない、ただ此処までの状態は唯事だとは思えない。
「レオカディオさん達だけではなく・・・クロエまで!」
感情が昂る私の声に、思惑通りに反応を引き出せたと言わんばかりに、カルメンの口元がゆっくりと不気味に弧を描く。
「ふふっ、面白い顔を見せて貰ったけど・・・。レオカディオも、奴が連れて来たクロエも、やったのは私じゃないわよ?」
状況的にも言い逃れできない状況だと言うのに、土壇場でそんな言い逃れが通じる訳が無い。
「何を言って・・・」
虚言に惑わされはしないと紡ごうとした言葉を、ケレブリエルさんの杖が遮る。
ケレブリエルさんは何も話さず、視線だけを私に寄越すと、そっと自身の口元に指を立てた。
風を纏う杖が真直ぐとカルメンへと向けられる、ケレブリエルさんは銀の髪をなびかせ穏やかに微笑んだ。
「ふふっ・・・それは、証明できるのかしら?」
二人の大人の女性が睨みあう中、カルメンからの反論よりも早くソフィアの悲鳴があがる。
私達は前後に二手で別れ、武器を構えると、目にした光景に眉根を寄せた。
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警戒の末に目にしたのは、赤く染まった床の上でソフィアを庇うレオカディオさん、そしてそれを囲む三つの姿がある。
「あ・・・ああ・・・救え・・・なかった」
呆然とするソフィアを庇う、病み上がりのレオカディオさん。
それを囲むみのは、昆虫族のグレゴリオ、鬼人族のレグロ、爬虫類族のリコだったモノ。
瞳は濁り、半開きの口からは腐臭を放つ液体が滴っていた。
成程、救えなかったと言うのはそう言う意味ね。
「不死人・・・死霊術?!つまり、間に合わなかったのね・・・」
ケレブリエルさんは振り向き、驚きの表情を浮かべるも、その様子に眉を顰める。
死霊術が使用されたと言うのなら、何処かに操る術師が潜んでいる筈だ。
然し、カルメンの傀儡となった祭殿兵の中に詠唱をする者の姿は無く、三体は囲むだけで動く様子も無い。
「ん、三体・・・?」
不屍人になった三人は動揺が狙いか人質のつもりか、レオカディオさんに縁が有る面々。
私達に関しては顔を一度合わせたきりだ。
抵抗組織の中で一番、縁が有るとしたら・・・一人しかいない。
何処からともなくペチャリと粘質な足音が響き、それは徐々に此方に近付いてくる。
「足がついている・・・幽霊じゃないのか」
ファウストさんは相手の姿を見るなり驚愕するも、裏切られたと言う事実にギリッと奥歯を噛みしめる。
「・・・やはりそう言う事か」
レックスは目の前に現れた人物を冷めた目つきで見ると、忌々し気に吐き捨てた。
私達が様々な様相を見せる中、相手は以前と変わらずお道化て見せる。
「いやー、いきなりで驚せてすまないッス!」
服は血染めのまま、何事も無かった様に振る舞う様子に怖気が走った。
「ミゲル・・・!」
レオカディオさんは私達の声に反応し、不死人と変わった仲間を呆然と眺めていた視線を動かすと、裏切り者の名前に感情を滲ませ、怒りを絞り出す様に裏切り者の名前を呼ぶ。
ミゲルはその様子を見て、何処か誇らしげに胸を張る。
「どう?僕の術!素晴らしいでしょ?あまりに弱くて簡単に壊れちゃったから、作り直してあげたんだ・・・じゃなくて・・・っス」
それは暗に此の現状を引き起こした自分だと言っている物だ、そのミゲルの心内は読めず、深い闇を感じさせた。
まるで別人の様な口調から、慌てて取り繕う様に添えられた語尾、ミゲルは其れを隠し道化を演じていたのだろう。
「何がだ・・・ふざけるな!」
ミゲルへの怒りを噴出させるレオカディオさんの怒声が笑い声を打ち消す。
然し、空気が震える程の威圧感を受けても尚、ミゲルは怯えはせずに不思議そうに首を傾げた。
「ああ、やっぱり実力を見てみないといけないっスよね?」
ミゲルが少し残念そうに眉尻を下げると、その瞳は青紫色の光を灯し、呼応する様に三人の不使者の目も同色の光を宿しレオカディオさんに襲い掛かる。
「レオカディオさん!ソフィア!」
私達は居ても立ってもいられず、二人を庇おうと駆け出す。
「死の果てに燃える焔 煉獄の炎よ その罪もろとも灰塵へと変えよ【獄炎】 」
私達が止めるよりも早く、レオカディオさんの一語一句も乱れもない素早い詠唱は黒炎を生み出し、三人の不死者を灰と骨へと焼き尽くす。
仲間を躊躇なく焼き払う姿に流石に恐怖したのか、ミゲルは灰と骨を眺め、目を見開き呆然自失となるとガクリと膝を突き、視線を地面へと落とした。
「な・・・なんで」
「あれはもう俺の部下じゃない、魂は既に闇の精霊王様の許へと還った。悪戯に魂の器を弄ばれるくらいなら、灰と骨の姿で家族の許へ帰る事を望んでる筈さ」
レオカディオさんは意気消沈したミゲルを眺め溜息をつくと、失われた仲間を弔う様に瞼を伏せる。
それを其々、無言で小さな革袋に詰めていく。
「カルメン・・・まさか、高みの見物をする為だけに其処に居るんじゃないでしょ?」
取り敢えず、ミゲルは現状の所は大人しい、それならばと愉快そうに私達を眺めるだけのカルメンへと矛先を向け直す。
カルメンは私達の視線に目を丸くすると、片眉を吊り上げ愉悦に顔を染める。
憐れみ見下す目線を私達の間をゆっくりと動かし、自然に足を組み直す。
「ん?そうね、現状報告していると言う所かしら?」
ケレブリエルさんが訊ねると、カルメンは予想に反して素直に質問に答える。
質問をしておいて驚く私を眺め、何故か上機嫌な様子のカルメンの瞳は鮮やかな紫に光り、それは明らかに何かしらの魔法が発動している事を示していた。
邪神か仲間か、誰に何の為に報告をしているのだろうか?
「その瞳・・・誰が私達を見ているのかしら?」
ケレブリエルさんは使用されている魔法正体に気付いたらしく、逃すまいと杖を構えるが、カルメンが座るのは祭壇、故に下手に魔法は放てない事だろう。
それは虚勢にしかならず、カルメンも見抜いているようで、無表情で其れを眺める。
それならば、祭壇から降りて貰う他ない。
剣に拳と、各々の武器を構え駆け寄る私達にカルメンは「秘密」と呟く。
「実はアタシ、とても機嫌が良いの。だから、教えてあげても良いのだけど・・・如何やらあの子、ルシアノはそんな猶予も与えるつもりは無い様よ」
カルメンは此処に居ない別の何かを思い浮かべる様にうっとりと目を細め頬を染めたが、怪しく口元に弧を描き、視線を私達の背後へと向けた。
「ルシアノ・・・?」
何処か覚えのある名前、それを聞いたのは何時だっただろうか?
記憶を探り、カルメンへと繋がる人物の顔を思い浮かべる。
『僕を見るな、クソババア』
火の国で勝利を確信しかけたあの時、蛸と何かを合成した様な魔物が、血の昂りを抑えきれないトールヴァルトを絡めとり回収した場面が思い浮かぶ。
確かその背に乗る、昆虫族と単眼の混血の魔族の少年がそんな風に呼ばれていた気がした。
「はっ!猶予だ?さっさと刻印と祭殿を返して貰おうか」
そう言ってダリルは啖呵をきり、カルメンが腰を掛ける祭壇へとにじり寄る。
すると、それを妨げる絶叫が部屋に木霊した。
「許せない!許せない!僕の大切な芸術品、人型の中でもお気に入りだったのに!僕の生み出した子達を壊した罪、償わせてやる!!」
ミゲルの体は感情の噴出に呼応する様に変異し、別人へと変えて行く。
明るい茶色の髪は褪せ銀色になり、顔はどろりと融けた染料の様に落ちて行く。
そして、ギョロリと大きな紫の単眼が見開かれた。
「あーなったらあの子は止まらないから。覚悟する事ね・・・」
カルメンはそう私達に呟くと黒い霧に包まれる。
「逃げ付つもりね!刻印は返してもらうわよ!!」
私は地面を蹴り身を翻し、ダリル達と共に迫ると、光の剣を片手に握り消えゆくカルメンへと剣を振り下ろす。然し、その行く先にはクロエが立っていた。
「・・・・・」
「・・・・っ!何て卑怯な!」
眼前まで迫った刃を退き、距離を取り態勢を戻す私の耳にカルメンの笑い声が響く、黒い霧はクロエをも呑み込み霧散して行くのだった。
憤りに肩を震わせると、耳障りの悪い音を立て周囲に倒れ伏す祭殿兵の体が生き物の様に床を這い、私達の背後へと収束して行く。
「ひっ・・・!」
誰かの短い悲鳴に意を決めて振り向くと、不気味にほくそ笑むミゲル改めルシアンの隣には、幾人もの体が融合した巨大で冒涜的な肉塊が出来上がってていた。
それは幾つもの足を生み出すと、口の様な器官を大きく開かせ涎を滴らせる。
ルシアンは不思議そうに私達を眺めた後、あれほど燃え上がった感情は嘘の様に成りを潜め、恍惚の表情を浮かべてはその体を何度も撫でたかと思うと、得意げな表情を浮かべ此方を見る。
「どう?可愛いでしょ?でも、物足りないな・・・・そうだお前達も材料になってよ」
その楽しそうな笑顔は何よりも狂気と言う言葉が当て嵌まる、その場に居た誰もが凍り付いていた。
今回も当作品を最後まで読んで頂き有難うございます。
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次回も無事に投稿できれば、7月18日18時に更新致します。




