第83話 迷う余地なき選択ー闇の国テッラノックス編
優勢と劣勢が入れ替わり、松明に照らされた監獄は周囲に人の山を築き、不気味な静けさを湛えていた。
抵抗組織の構成員は祭殿兵を縛り上げ、牢に閉じ込めたかと思うと、指をさし笑い声をあげる。
レオカディオさんが肩眉を上げ、鋭い眼光をその二人を睨むと、ヒュッと短く息を飲む音が聞こえて周囲まで静まり返る。
私達も加わり、一先ずは自分達の安全の確保をし終えると、僅かだが上階が騒がしくなって来た。如何やら、祭殿側に増援が来たらしい。
レオカディオさんは舌打ちをすると、気絶中の巫女のクロエの首元から鎖を引きずり出し外す。
何をしているのかと怪訝な顔をしながら見ていると、私の視線に気付いたのか、其れを慌てた様子で魔法陣が刺繍された小袋にしまう。ますます、怪しい。
「・・・何をしたんですか?」
「・・・・・・」
私の問いかけは無視され、返って来たのは凍てつく様な冷たい表情、答える義理は無いと言う所だろうか。
すっかり馴染んだ様子のレックスとフェリクスさんは、他の構成員と何か真剣な顔で話し込んでいる。
再び視線を戻すと、レオカディオさんはクロエを軽々と抱え上げた。
「おい、おっさん、無視は無いんじゃねぇか?」
ダリルはあまりの無関心ぶりに痺れを切らしたのか、物怖じする事無く不遜な態度でレオカディオさんに掴み掛かろうとしたが、疾風の様な速さでケレブリエルさんに後頭部を杖で殴られ、頭を抑えたまま沈黙した。
「ちょっと、口を慎みなさい!」
何時もの事と静観していると、ケレブリエルさんは慌てた様子でダリルの頭を鷲掴みにして頭を下げさせるが、ダリルは腕を払い除け、うんざりと言った顔で愚痴を吐き出す。
「ほんっ・・当に、俺の周り暴力女ばかりだな!」
「何を言っているんだダリル、君はもっと言葉を考えて選ぶべきだ」
ファウストさんが溜息交じりに嗜めると、ダリルは反射的に言い返す。
「んなの、何とかなるもんだろ?」
「じゃあ、どう何とかすると言うんだ?この拳でとか言わないだろうな?」
「そんなの、これに決まってるだ・・・ろ?う、うるせぇ!」
そう言って突き上げたのは、やはり拳だった。
レオカディオさんは表情を変えぬまま、私達を再びじっと見つめ、鼻で笑う。
「なに、些末な事だ。今は言い合いも説明もしている時でもない。俺達に仲間になるか、ならないかだ」
行き成り直球の二択。
既に仲間の二人は彼方側についているが、それだけで私達まで引き込む理由も不明だし、抵抗組織と言う物がどう言う組織か、この人達を信じても良いものか解らない以上は躊躇してしまう。
そんな中、祭殿兵を迎え撃つ為か、構成員が速足で監獄を飛び出して行く。
「私は・・・」
「前者を選べば、此処に居る連中には俺達と関係があると見られているうえに、お前達だけで逃亡に成功しても身を寄せる場所が無ければすぐさま御縄だ。拷問のちに極刑。後者は、少なくとも前者より長生きできるな」
レオカディオさんは悪い顔を浮かべると、逃げ場を潰しながら私達を一つの答えへと誘導して行く。
「これって・・・選択肢にする必要はあります?」
ソフィアは不安げに私達の顔を一通りみながら、震え声で訊ねる。
これは、もしかしなくても此方の事情を把握しての罠なんじゃ・・・
レックスとフェリクスさんを見ると二人は私から目を逸らす。やはり情報源はこの二人か。
解ったうえでの此れは性悪としか言いようがない。
おまけ、ちゃっかりクロエを人質にするつもりだ。
私達は根負けをし、大きな溜息をついた。
「・・・私達も同行させてください」
「予想通りだな。よし、ついて来い」
私達がしぶしぶ承諾すると、レオカディオさんは強面な顔に満足気な笑顔を浮かべた。
監獄の外が何時の間にか静けさを取り戻す、慎重に入口まで進むと「早く行くぞ」と手招きされる。
その背中を怪訝な目で見ていると、フェリクスさんは私の背中を軽く叩き、顔を覗き込んで来た。。
「アメリアちゃん、首領は口下手なだけだって!頼れるし強いし良い人だしさ」
「良い首領なのは解ります。でも・・・」
取るに足らない組織なら、あそこまで祭殿側から敵視されるとは思えない。
それだけの成果や、祭殿への妨害をし、敵意を集めて来たのだろう。
ただ、性格に難はあるが、大人数を一つにまとめる統率力は尊敬できる。
「でも?」
「勧誘方法が悪趣味だと思います・・・」
「ははは・・・それにしても祭殿兵がいないな?もしかして、殲滅しちゃったのかなー?」
フェリクスさんは何かに気付き、引きつった笑顔を浮かべると、気を紛らわそうと周囲を見渡す。
進む通路は所々、戦いの跡が残ってはいるが、祭殿兵との交戦はなく、無事に進めている。
監獄へと通じる道は逃亡対策なのか、人を惑わす複雑な通路となっていようだ。
其れも束の間、先頭を歩いていたレオカディオさんの足が止まる。
「無駄に重い荷物を担いできたと思っていたが、役に立つ事になりそうだな」
「う・・・」
肩に担ぎ上げられていたクロエは小さく呻き声を漏らすと、薄っすらと瞼を開ける。
私達は狭い通路を通り抜け、光りに照らされた大広間へと足を踏み入れた。
術の気配を疑うまでも無く、見覚えの有る広い玄関。
其処で私達を迎えたのは、穏やかな挨拶をかける人々などでは無い。
紫光を放つ杖と厳つい形状のメイスを構える祭殿兵達、そして其の背後で腕を組む、修道女カルメリタだった。
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後に引けなくなった私達の目の前で、手足を拘束されたクロエは床に乱暴に下ろされ、抗議の声を上げるが祭殿兵の中に修道女カルメリタをみとめると、安堵の表情を浮かべる。
「ああ、修道女カルメリタ、如何か私を御助け下さい。必ずやこの不始末は取り返して見せますから!」
「・・・だとよ、修道女様?」
レオカディオさんはそう言うと、必死に逃れようとするクロエの首を腕で締め上げる。
じわじわと首を絞められ、クロエは苦悶の表情を浮かべつつ、必死に腕から逃れようともがくが、詠唱がままならず苦戦していた。
傍から見れば、私達の方が圧倒的に悪党に見えるのだろう。
然し、修道女カルメリタは動揺も怒りも示す事は無い、ただその光景を眺めている様に思えた。
「ぐう・・・・はな・・し・・て・・・いっ!」
「修道女カルメリタ、此れを見ても何も言う事は無いのか?」
レックスの言葉に修道女カルメリタは漸く反応を見せ、肩を震わせたかと思うと、黒い薄地のベールがふわりと浮かび上がり、大笑いをする紅色の口元が垣間見えた。
「あはは・・・!傑作ね。命令通りにできなかったくせに、助けて下さい?何とかして見せる?そんなこと口にする奴がやり遂げられる訳ないでしょ?」
「・・・え?」
修道女カルメリタは明け透けに言い放つと、クロエを蔑み嘲笑う。
逃亡を図ろうとするレオカディオさんはクロエは腕を思いっきり噛まれ声を上げる。
レオカディオさんの腕から逃れたクロエは涙を流し、修道女の許へと駆け寄るが、助けの手でなく振り下ろされたメイスだった。
「・・・っ!!」
その光景に居ても立ってもいられず、私は其のメイスを剣で弾きあげた。
鋭く重い金属同士が衝突し火花が散ると、バキリと棒が折れる様な音が響き、メイスの先端が床に突き刺さり転がる。それに一番驚いたのは、クロエでは無く修道女カルメリタだった。
「何でその娘を庇うのかしら?その子、巫女ではないのよ?」
そう言うと、修道女カルメリタは襟元からペンダントを取り出す。
それは先程、目にしたばかりの物に酷似していた。
「・・・何で!それは確かに・・・」
クロエは慌てて襟元を探すがそれは姿形も無い。
呆然とするクロエと私の背後でレオカディオさんが、魔法陣の刺繍入り小袋を取り出し、口を開くと引っ繰り返す。
すると、黒い砂が滝のように地面に落ち、小山を作り上げるのを見て、レオカディオさんは無言で其れを踏みつける。
「クソッ・・・偽物か。そうなると、それが本物か?」
「そう、闇の精霊王様と通じ、力の一部を賜る事の出来る巫女の証。刻印よ。これは倒れた先代に替わって巫女になっただけの小娘が持つより、このアタシが持つに相応しい物だわ。その証拠に、闇の精霊王様がアタシの声に応え、お目覚めになられたのよ」
修道女カルメリタはうっとりと刻印が刻まれたペンダントに頬ずりをする。
元祭殿関係者であるレオカディオさんに訊ねても答えが返ってこなかったのは、このペンダントの存在を部外者に知られたくなかったのかも知れない。
クロエは修道女カルメリタの言葉に呆然としながらもフラフラと歩み寄り、未だに裏切られた事を受け入れられず、救いを求めて手を伸ばす。
「それを使用できるのは巫女の血筋のみの筈、嘘ですよね?預かって下さっただけですよね・・・?」
涙を浮かべ、震える声で訊ねるクロエに、ベールの合間から見える修道女カルメリタの口元が弧を描く。
「本当に馬鹿な娘、少し優しくされただけで、利用された事に気付かないばかりか、裏切られても信じようとするなんて。クスクス・・・此処まで御膳立てしてくれた事に免じて教えてあげる、アタシは古き時代からずっと、闇の精霊王様の巫女なのよ」
「え・・・そんな」
絶望の声を漏らし、事実と知ってしまったクロエは足を震わせるとストンと床に膝を打ち、腰を落とし座り込む。然し、此れで修道女の正体に確信を持てた。
「カルメン・・・!」
カルメンは名前に動揺はせず、勝ち誇ったように私達を見ると、刻印が彫られたペンダントを祈る様に握り締める。すると、祭殿兵達の目が光り、感情の無い顔のまま、命じられるままに私達へと襲い掛かって来た。そして、最初の矛先はやはり、呆然自失しているクロエへと向く。
「アメリア、其の子を後ろに!同じ巫女の家系の者として許せないわ」
背後からカルメンへの怒りに満ちたケレブリエルさんの罵声が飛んでくる。
「解った!」
「その役目、俺が引き受ける」
クロエを避難させようとする私より早く、レックスが彼女を抱きかかえ、走りながら後退する。
如何やら私が今、すべき事は被害を最小限にしながら、退路を築く事らしい。
「解ったわ・・・!」
当て身が通用する状況じゃない、祭殿には白魔術師も居るだろうし、身動きを封じる事のみに集中しよう。
「新入りが出しゃばるな。引っ込んでいな・・・!」
レオカディオさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、部下を引き連れ私の前へ出て颯爽と祭殿兵達を伸していく。
「言うわね・・・!」
後を追う様に駆けて行くと、ダリルは既に参戦済みで、レオカディオさん達と競う様に拳で祭殿兵達の意識を刈り取って行た。血の気の多さと単純さにひやひやしつつも、私はフェリクスさん達と共に其れに加わる。
然し、カルメンにより傀儡となった祭殿兵が意識が無いまま、体のみを操られ私達の間に立ち塞がった。
ある者は苛立ち、ある者はえげつない行為に、カルメンへと罵声を浴びせる。
当の本人は、その様を見て愉快そうに口元を緩め、「必死ね」と嘲笑う。
この状況をどう打破するか頭を捻る私達の耳に突如、祭殿の扉を突きあげるように打ち付ける衝突音が三回響く。それを聞いたレオカディオさんはニタリとほくそ笑んだ。
「扉から離れて伏せろ・・・!良いから早くするんだ!」
誰しも外を警戒する中、戸惑いも困惑も吹き飛ばす様なレオカディオさんの声が響き渡る。
有無も言わせぬ迫力のある声に、反射的に踵を返し、床に飛び込む様に伏せると頭上を壊れた大きな板が飛んで行った。
悲鳴と壁や柱に何かが衝突する大きな音に私は顔を上げ、辺りを見渡すと、カルメンが肩から血を流し、ふらふらと立ち上がるのが目に入る。
その周囲には術が解けた事により、祭殿兵達は立ち上がらずに床に転がっており、驚き固まる私は誰かに肩を叩かれ振り向いた。
「さて、逃げるチャンスは一回だ。付いて行くか自力で行くかは自由にしな」
「また・・・此処まで、一緒に騒ぎを起こしておいて後者はあり得ないじゃないですか」
今更だし、此れは愚問だ。
自分を信用し、進んで組織に加わった訳じゃないと悟っての質問で無ければ性質が悪い。
私の不機嫌そうな様子を無視し、レオカディオさんは他の仲間にも呼び掛ける。
「上等だ!走れ!」
その掛け声を合図に私達は走り出す。
目に映る空が星が瞬く濃藍色に染まっているのを目にしたかと思うと、魔法の黒煙が吹き込み、其れは僅かに残った壁掛け灯の光りと月明かりすら呑み込む。
ヒステリックなカルメンの声を背に私達は、黒煙と共に暗闇に身を融かしていくのだった。
本日も当作品を読んで頂き真に有難うございます。
ブックマーク登録にも感謝!
何方も励みになっています。
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次週も無事に投稿できれば6月27日18時に更新致します。




