第82話 抗いし者達ー闇の国テッラノックス編
これは私が祭殿と言う場所を思い違いしていた、私の迂闊さが招いたのかもしれない。
取り敢えず、状況を把握しようと考えを巡らせる私達の前で、次々と武装した祭殿兵が部屋に押し寄せて来た。
此方が動いた直後に一斉に向けられるメイスに杖、私達が何をしたと言うのだろうか?
疑問を抱きつつ闇の巫女のクロエへと視線を向ける、彼女は祭殿兵を気に留める様子を見せず、温かな湯気があがるポットを長机に置くと丁寧にカップ並べ、ゆっくり茶を注いで行く。
「これは如何言う事ですか・・・?」
私が訊ねると、一瞬にしてクロエの穏やかな表情が消失する。
一言も発さぬまま静かにポットを置くと、私達を見る瞳は赤紫の光を宿し、それは殺意の様な物を感じさせた。
「しらじらしい・・・修道女カルメリタに救われた恩を忘れたうえ、あの方を愚弄するに止まらず、命すら狙う抵抗組織が自ら此方の懐に飛び込んで来た。相応のおもてなしをさせて頂いただけですよ」
抵抗組織?ますます意味が解らない。
学園での僅かな記憶の中にあるクロエは、種族の差別を憎む正義感の強そうな子だった。
これは修道女について調べようとした私達に向けた罠なのだろうか。
私達は抵抗組織などは知る由ないし、何をもってそう判断されたのか解らない。
そこで長机を強く叩きつけるけたたましい音が静寂を壊す、振動によりカップはカシャンと跳ね上がり、転がると大きな音を立てて砕け散る。
「何を言っている?俺達は抵抗組織なんかに属しちゃいねぇよ!」
ダリルの怒声に巫女のクロエは肩を震わせると、口元を引きつらせる。
巫女を威圧するダリルに祭殿兵の一人がメイスを無言で振り上げた。
然し、その行動を諫めたのは他の誰かではなくクロエ自身。
「止めなさい!此方から正当な理由が無い限り、手を下せば彼方に付け入る理由を作るだけです」
祭殿兵は戸惑う仕草を見せるも、謝罪と共にしぶしぶ武器を収める。
クロエは安堵の表情を浮かべたが、此方に対する姿勢に揺るぎない。
ケレブリエルさんはその姿を眺め、クロエと目御合わせ話し出す。
「貴女が此処まで敵意を露わにする抵抗組織について教えて貰えないかしら?」
その問いに対しクロエは露骨に表情を変え、片眉を吊り上げ怪訝そうな表情を浮かべる。
それを揶揄っていると捉えたのか、クロエは手を震わせると空のカップを乱暴に机に叩き付けた。
「惚けるのも大概にしてください。その外套に刺繍されている物は何だと言うのですか?!」
「刺繍・・・?」
人型の種のどの魔族にも対応できるように模られた深緑の外套、それには確かに何らかの紋様が刺繍されていた。
それは銀糸により画かれており、大鎌を首にかけられた角の無い女性の横顔の影像だ。
何でこんな刺繍がと考えを巡らせていると、ある人物が浮上する。
確か、ライラさんが言っていたこの外套の出元は・・・
此処で、レックスの「此の国での人選をしくじったようだ」の意味を理解できた気がした。
「さあ、貴女がたが囮なのは解っています。本隊の居場所を吐きなさい!」
確かにこんなあからさまな姿では、そう思われても仕方ない。
逃走を図ろうにも出入り口は完全に祭殿兵に塞がれ、決して容易では無いだろう。
余程の事が無ければ私達も、祭殿と争いたいとは思わない。
「私達は貴女に、闇の精霊王様の御話を伺いたく参りました」
「・・・再三、抵抗組織にも、御話した筈です。闇の精霊王様は今、長く眠りについていた体に御力を取り戻す為に籠っておられると」
巫女のクロエの態度に揺るぎは無く、己の信じるものを疑わず、それを否定する者に毅然とした態度で対峙している。そう感じた。
ダリルはクロエを腹立たし気に睨み舌打ちをすると、クロエの襟元を掴む。
「だったら、それを証明して見せろよ。俺は目にした物以外は信じねぇ!」
「おい、止めろ。僕達は脅しに来たんじゃない」
ファウストさんはクロエの襟元を掴むダリルの手首を掴みあげた。
クロエは乱れた襟元を正すと、ダリルへと睨み返した。
「現在、何人たりとお会いする事は叶いません。帰って首領に伝えなさい、我々は必ずや修道女カルメリタと共に闇の精霊王様の御力で満ちる、此の国を他国の監視など必要としない大国に変えてみせると」
クロエは自信に満ちた表情を浮かべ、私達を蔑む様に見た。
「何人たりと・・・か。それじゃあ、お前らも姿を見れないんだよな?」
抑えられても尚、ダリルは口撃の手を緩める事無く浴びせかける。
此のまま、ダリルを相手に噛みつかせていても埒が明かない。
「ダリル、これ以上は話すつもりは無い様よ」
彼方はどう見ても耳を一切、傾けるつもりも無い様だしね。
此処は強攻して精霊の間に突入するか、隙をついて祭殿から逃走するか選ばないと。
然し、すっかり冷静さを失っていたのはダリルだけでは無かったようだ。
「今はです。どの様にかは見る事はできませんでしたが、修道女カルメリタと共にお目覚めになられる御姿を拝見しました。では、貴女がたを拘束させて頂きます!」
思いの外、素直に答えたクロエだったが、彼女が何か合図をすると、祭殿兵は一斉に私達を取り囲む。
「何で僅かな証拠だけで私達を捕らえるのですか?!」
「・・・街中でのいざこざの際、修道女カルメリタに不敬を働く者を戒める際、それを快く思わぬ者がいると密告が有ったのです」
密告・・・?
これは、早々に目を付けられていたようだ。
仮に付けられていたのなら、ライラさん達に何かなければ良いのだけど。
そして、最初から彼女は捕らえるつもりで私達を祭殿へと招いたのだ。
「それが、私達を拘束する理由ですか?あの場には多くの人々が行き交っていました、特定は難しい筈です」
「苦しい言い訳を・・・此処は大人しく、協力をした方が身の為ですよ?」
クロエはやはり、修道女カルメリタに心酔している。
此れは恩や尊敬と言うより忠誠に近い。
クロエは黙したまま指を弾く、談話室と認識していたその部屋は漆喰の壁や天井も木製の床すら姿を変え、暗い灰色の石煉瓦が敷き詰められた、冷たく薄暗い監獄と変貌していた。
「闇魔法による認識の阻害ね・・・」
ケレブリエルさんがそう呟くと、各々の武器に手を伸ばす。
「はあー・・・此処までするとはね」
ファウストさんは床の石煉瓦へと手を伸ばし、詠唱を始めた。
すると、ダリルは戦いの予感に愉快そうに目を輝かせ、腕を振り回す。
私も二人に後れを取るまいと、剣の柄を掴む手に力を籠めた。
私は剣を引き抜き相手の目前に迫ると、振り下ろされたメイスの柄を蹴りあげ、驚愕する相手の喉元へと切っ先を突きつけ動きを封じる。それにしても外がやけに騒がしい。
男女が入り混じる怒りと恐怖の悲鳴と共に、戦い争う音が頻繁に響き不安が過る。
不意に入口が騒がしくなる、負傷した祭殿兵が現れたかと思うと何か掠れ声で話すと、揺れるその体は埃と大きな音を立てて床に転がった。
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「やはり・・・奇襲。謀りましたね!」
「私達は無関係です・・・それに、貴女が言う事では無いでしょう?」
突然の襲撃、そして床に倒れ伏す祭殿兵を見てクロエはわなわなと肩を震わせ、その顔に怒りと恐怖の色をのぞかせる。
クロエは抵抗組織が侵入してきたと確信し、悔し気に顔を歪ませると祭殿兵達へ応戦する為に人員を割く。
「ハァ・・・」
クロエはやはり私の言葉に耳を傾ける様子は無く、埒が明かないと言わんばかりに私を一睨みする。
それを合図に残りの祭殿兵は一斉に私達へ向けた。
「へっ、俺達を人質に襲って来た奴を一網打尽にでもするつもりか?」
「こんな事を私が好んで行うわけ無いでしょう。こ、これは闇の精霊王様の巫女として、祭殿を御守りする為のいさしかたない手段なのですっ」
ダリルに煽られ、悔し気に顔を顰めると、焦りからか上ずった声で必死に否定をする。
「それでは此方が貴女方に反撃するのも、いさしかたない事になりますよね?」
私達が各々、武器を構え直すのを目にすると、クロエの顔色が変わった。
顔面を蒼白にし、わなわなと肩を震わせ拳を握りしめる。
「・・・我々は抵抗組織などに決して屈しないわ!」
人数が減ったとはいえ、この狭い部屋での戦闘は困難だ。
背後には牢屋、追い詰められそれを利用されればクロエの狙い通りになる。
出来る事なら説得して、抵抗組織と無関係と、冷静に話ができるようになれば良いのだが。状況が状況なうえに、あった直後に誤解されて争いになっては、後の祭りなのだろうけどね。
「皆、退路を優先して。私達の目的は無意味な争う事じゃないわ!」
私は剣を収めると、抜剣をせずに振り下ろされるメイスを受け止める。
すかさず祭殿兵の鳩尾を抉る様に殴るが、相手は低い呻き声と共に祭殿兵はよろけるも、メイスを握り締め踏み止まる。
「加減しろってか?わーったよっ!」
ダリルが返事と同時に、よろけていた兵士の横面を拳で思いっきり殴り飛ばすと、宙で錐揉み式に体が回転し、近くの兵士達を巻き込みながら大きな金属音を響かせ鉄柵に衝突させると、人の山を作り上げる。
「あんたね・・・」
「アレで如何にかなる奴が兵士なんてやっている訳ないだろ?それより、邪魔が入る前に片付けちまおうぜー!オラァ!」
戦いの場となり血が滾るのか、ダリルはとても良い顔をしている。
それと競う様に、ファウストさんの土壁魔法の後方からケレブリエルさんの風圧魔法が祭殿兵達を壁へと貼り付けにし、あっと言う間に退路が確保できた。
「あ・・・まあ、此処にこれ以上いる必要が無くなったね」
「何だ?獲物を俺達に取られたからって悔しがんなよ」
武器を握ったまま立ち尽くす私の顔をニヤケ顔の二人の顔が覗く。
ダリルならまだしも、ケレブリエルさんまで・・・・
私はそんなに不満そうな顔をしていたのだろうか?
「・・・退避するんだろ?」
一人、冷めた目つきでファウストさんは私達に憐れみの視線を送る。
一瞬、目的を見失いかけたので、此れはしょうがない。
「そ、そうですね、早く行きましょう!」
周囲には気絶した複数の祭殿兵、クロエは呆然自失となり、言葉を失いその場に立ち尽くしている。
誰しもこの監獄の安全は確保できたと思い、入口へと踵を返し歩き出す。
然し、絹を裂くようなソフィアの悲鳴が私達を引き留めた。
「きゃあああ!」
てらてらと光沢を持つ黒い鱗、長く波打つ長い体を絡ませ、大蛇がソフィアを拘束する。
その背後には杖を構えたクロエの姿があった。
「逃がしません・・・修道女カルメリタは言いました、闇の精霊王様に害なす異国人を捕らえる様にと」
「・・・?!」
私達の事を頑なに抵抗組織の一員と呼んでいたクロエの口から予想外の言葉が飛び出す。
妖精の闇魔法を見破るのは有るとして、異国の者と言うだけで何故、私達が闇の精霊王様を害そうとしていると言う話になるのだろうか。
「それが本当の動機か。こんな外套を仕込んで着せた挙句、自分達に仇名す組織諸共、俺達を排除しようとするとはな」
レックスの声が聞こえたかと思うとクロエは短く呻き、白目を剥きながらゆらりと前方へ倒れ込んだ。
ソフィアに巻き付いていた蛇は術者を失い、黒い土塊となりボロボロと崩壊すると霧散していく。
「おっと、レディを雑に扱うのは良くないな」
背後から素早く駆け寄って来たかと思うと、フェリクスさんがクロエの体を優しく抱き留め、牢の中の仮設ベッドに優しく寝かせる。
「レックスさん、助けに来て下さったのですね!」
ソフィアは助けに現れた二人を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
それに対しレックスは静かに頷くと、名前を呼ばれなかったフェリクスさんは衝撃を受けた顔のまま、情けない表情でソフィアに訴えかけた。
「兄さんは?!ねぇ、お兄さんは?」
「いや、正確には俺達では無いがな」
レックスはそんなフェリクスさんを無視すると、出入り口の方へと視線を向ける。
再び静寂の中に靴音が響く、紺色の髪に焦げ茶の巻角の背が高い、壮年の男性が姿を現す。
その姿に私は何となく見覚えが有った。
フェリクスさんは寂し気に溜息をつくと、此方の様子を窺う様にみつめる男性に目を向ける。
「はあ・・・此の人こそ恩人さ。反修道女組織カザデルディアブロの首領殿だ」
フェリクスさんに紹介されるのを耳にすると、首領は無愛想な表情のまま、低く静かな声で名乗る。
「・・・レオカディオ・シスネロスだ」
あれだけ関係を否定して来た筈の組織と意図せず、こんな形で繋がってしまうとは思いもしなかった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き本当に有難うございました!
前回は本当に長くなり過ぎてすみません、上手くまとめる様気を付けます。
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来週も無事に投稿できれば、6月20日の18時に更新致します!




