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金色の瞳の剣姫は今日も世界を奔走する  作者: 世良きょう
第六章 奔走ー真実と闇の祭殿を求めて
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第80話 妄信と疑心ー闇の国テッラノックス

私達はビーベスさんに案内されて賑わう売り場を抜けると、少し埃っぽいバックヤードを通り過ぎ、古めかしいデザインのソファに机と豪華な家具や調度品が飾られた商談用の応接室へと招かれる。

蝶のインセクト族の女性が器用に複数の手でカップを一度に並べると、カップから温かな湯気のあがる茶らしき飲み物を注いでくれた。

ビーベスさんは彼女が丁寧にお辞儀をし、退室したのを確認すると、私達が怪訝そうにカップを眺めているのに気が付いたのか、困ったように微笑む。


「大丈夫だ、それは君達の間で流通している茶葉で淹れたものですぞ」


変に気を使わせてしまったかな?

思わず引きつった笑顔が浮かび上がる。


「い、いえ、すいません。緊張していたもので」


慌ててカップに口をつけると、ふわりと紅茶の香りが鼻腔に広がる、広がる茶葉の風味で口内が満ちていく。美味しい、本物の紅茶だ。

皆も私と同様に驚きの顔の後、紅茶を口に含むと安心した様な顔をしていた。

一人を除いては・・・


「うお!本当に茶だ!俺はてっきりゲテ・・・あでっ!」


ダリルは紅茶を一気に飲み干し、良い笑顔を浮かべたまま口を滑らせるが、何かに足を打ち付けた音がした後、隣に座るライラさんにドスの利いた呟き声で凄まれていた。


「おい!デコ助!私の商売の邪魔をするなですぅ・・・!」


「・・・わーったよ」


痛みを堪えながら足下を摩り、不貞腐れた顔のダリルをライラさんは訝しげに睨みつける。

それを見てレックスは鼻で笑い、呆れて肩を竦める。

不思議そうな顔をしていたビーベスさんだったが何かに気が付いたのか苦笑していた。


「そろそろ我々は仕事の話をしようと考えているが、此の国に来たのは初めてだろう?可能な限り答えよう、何か質問はないかね?」


此の国の大まかな情報はレックスが知っていそうだし、もしビーベスさんに訊ねるのなら、直球過ぎるかもしれないけど取り敢えずは此れしかないだろう。


「闇の精霊王様はお目覚めになられたんですよね?」


そう訊ねると、ビーベスさんは目を爛々と輝かせ嬉しそうに私を見た。

如何やら話したくて仕方が無かったらしい。

机に手を突き立ち上がり、よくぞ訊いてくれましたと言わんばかりのビーベスさんの様子に、私はほっと胸を撫で下ろす。


「いやー、数か月前に光りの国へ学問を習いに出ていた巫女候補が、とびっきり別嬪な修道女様(シスター)を連れて帰国しましてな。なんと!女神様より闇の精霊王様を目覚めさせる方法を賜ったので力になりたいと申し出をだしましてな、我々も最初は怪しんだのですが、やらせてみると何と!闇の精霊王様が御姿を現したのです!しかも、監視や差別が取り払われ、他国と堂々と肩を並べられると仰ってくれたのですぞ!」


ビーベスさんは思い返すだけで情景が甦るのか、目に涙を浮かべながら興奮気味に私達の前で熱弁を繰り広げる。噂の出所は解ったが、どうにも引っ掛かって仕方がない。

噂を聞いては精霊王様をお救いする為に各地を奔走しているが、何処の教会でも此の国に来るまで闇の精霊王様が目覚めると言うような話も噂も聞いた事が無い。

そもそも、国どころか世界にすら関係する事を、一人の修道女に教会が任せるとは思え無いからだ。


「あの、修道女様が女神様からお告げを賜ったと言っていたのですが、それは本当の事なんですか?」


私のその一言にビーベスさんの表情が一瞬で消える。

然し、静まり返った空気の中で徐々にその顔は怒りの色に染まり、ビーベスさんの拳がテーブルを打ち付けた。


「現にこの街の人々の多くが、闇の精霊王様が姿を見て、声も聞いている!修道女様は虚言などしていない!」


すっかり頭に血が上り切った様子でビーベスさんは、怒りの感情が昂るままに私の襟元へと手を伸ばす。

それを誰よりも早く止めたのは、他の誰でも無くライラさんだった。

小さな手が後頭部を叩きつけられ、私の顔は勢いよく机に押し付けられる。


「部下が貴方がた、闇の眷族の悲願と言える望みを叶えた恩人を愚弄する様な事を口にしてしまい、大変申し訳ございません。私が責任をもって教育をし直しますので、今回の所は此れで如何かご容赦くださいですぅっ!」


ビーベスさんに必死に謝罪するライラさんの声が部屋に響き渡る。

私の頭を掴む手は震えていた。

此処はライラさんだけ謝罪させる訳にいかない、私は頭を上げるとビーベスさんと目を真っ直ぐと見る。


「先程は大変申し訳ございませんでした!」


頭を再び下げるも反応はない。不安になりゆっくりと顔を上げると、ビーベスさんは驚愕の表情を浮かべて目を見開き、何故か罰が悪そうな顔で俯き頭を掻きむしった。


「あー・・・此方こそすまない。つい頭に血が上ってしまっていた。闇の精霊王様の復活は先祖代々に渡り、待ち続け願っていたものなのだ。其れを叶えた修道女様を貶せば、多くの魔族を敵に回すと認識して御幣は無い。それだけ、我々の大半は彼女に恩を感じ、信頼をよせていると理解すべきですぞ」


それにしても此れだけの厚い信用と崇拝の様な感情を此の国の人々に植え付けた修道女様と呼ばれる人物はどの様な方法で精霊王様を目覚めさせたのだろうか。


「御忠告、痛みいります・・・」


問題は如何にか治まり、機嫌を損ねる寒気がする様な事件が起きたものの、商談は反故される事が無く済み、ライラさんは大きな溜息をつき「生きた心地がしなかった」とぼやく。

それでも別れ際に徹底的にライラさんからこってり絞られてしまったが、護衛としてファウストさんが商店に残し、日が暮れる頃には合流すると約束した後、私達は自由時間を与えられ、街を散策と調査をする事となった。



****************



王都ノクトゥルヌは見た事の無い種族も混じりながらも栄えているが、治安が良い街とは言い難い。

昼間からお酒を飲んでいるのか瓶を抱えたまま顔を真っ赤にし、路上で酔いつぶれ眠っている者とその財布を狙い起こすふりをする者、路上で殴り合いの大喧嘩をする者の姿を散見する。

ちなみに窃盗犯は追い払ったが、逆に疑いの目で見られて悲しい思いをした。

それでも周囲に耳を傾けると、幾度となく雑多な言葉からは修道女を湛える声が頻繁に聞こえて来る。

予想以上の評判に驚いたが、どんな人物なのだろうか?


「・・・どうにも、穏やかじゃないな」


レックスはある一角に向かい、睨みつけるように視線を向けては立ち止まる。

其れに釣られて足を止めると、何やら酔っぱらい同士が酌みつき合い、一方が拳を振り上げると鈍い音と共に相手の体が宙に浮き、近くの石壁に激しく背中を打ち付けた。


「嫌ね・・・未だ此の国で目立つわけには行かないわ、巻き込まれない内に立ち去りましょう」


ケレブリエルさんは釘つけになる私達を見ると声を潜め、不愉快そうに眉を顰める。


「そうだね・・・行こうか」


「ふざけんな!二度と修道女様を詐欺師呼ばわりすんじゃねぇ!!!!」


静かに立ち去ろうとする私達を足止めするかのように凄まじい怒号か街に響き渡る。

ダリルは立ち止まり舌打ちをすると、拳を握り締め、怒鳴り声がした方向へ振り向いた。


「ったくうっせぇな・・・。おい、何かきな臭い事をやってるぞ」


ダリルは私達へ視線を戻すと、喧嘩を止めると言うより暴れたそうに拳を鳴らしている。

まったく、コイツはケレブリエルさんの話を聞いていないのだろうか?

私は何処となくそわそわしだしているダリルを引き留めるべく、手首を捻り上げた。


「私達が気にする必要は無いわ。騒ぎが大きくなれば誰かが兵を呼ぶでしょ?」


「いってぇな・・・離せよ!」


ダリルは私の手を振り払い、手をプラプラと揺らすと、労わる様に手首を擦る。

然し、流石にその考えは甘く、街は逆に賑わい出した。


「おうおう!殴られっぱなしか?さっきまでの威勢は如何した?やれ!やり返せ!」


沸き立つ観客たちから煽り文句が飛ぶ、殴られた男性はふらふらと立ち上がると、拳を振り上げ殴り返した相手は。野次馬に体を支えられ、転倒を免れると背後へ手を伸ばす。


「俺は・・・姿を一度見たぐらいで本物だなんて信じられないだけだ!」


最初に殴られた男性が怒鳴り返すと、修道女を支持する周囲が一気に殺気立つ。

数々の罵詈雑言が彼に浴びせ掛けられる中、殴り返された男性はニヤリとほくそ笑んだ。


「いけません!止めないと!」


ソフィアは何かに気付き咄嗟に声を上げる。

彼女の視線の先、喧嘩をしている二人を凝視すると、ほくそ笑んだ男性の手には割れた瓶が握られていた。


「本当に此処はどうなっているの?」


武器を持ち出した事を非難するのでなく、争いが過激になった事で観客の発言も更に過激になる。

ダリルに目配せをし、人混みを掻き分け助けに向かおうとすると、背後からケレブリエルさんの念を押す様な声が聞こえて来る。


「駄目よ・・・良いわね?」


「でも、此のままじゃ・・・怪我では済まない事態に!」


焦るソフィアの声にケレブリエルさんは首を横に振る。

フェリクスさんは其れに頷くと、私達の進路を塞ぐ。


「アメリアちゃんも、デコ助も冷静になりな。急いては事を仕損じるよ?」


「うむ・・・二人ともあそこを見ろ」


レックスが杖で人だかりの先の通りを指すと、ざわつきと共に徐々に人混みが二手に別れ、二人の女性が歩いて来るのが目に映った。

一人は礼服を着た少女、もう一人は黒い修道服にベールを口元まで被った女性。

噂の修道女様だろうか?


「お止めなさい、何事です?」


少女が周囲に説明を求める。

瓶を振り上げていた男性は其れを地面に落とし、砕けた瓶を踏みしめ後退る。遮蔽物が無くなり、はっきりと見えた礼服の少女の顔に僅かに覚えが有った。

確かカーライル王国で学園に仮入学をしていた際、一月ほど同じクラスで学んでいた・・・


「クロエ様、此れには色々とありまして。此奴が修道女様(シスター)の、カルメリタ様の事をペテン師呼ばわりしやがったんですよ。ですから・・・」


そうだ、魔族とエルフの混血児(ハーフブリード)のクロエ・ロサノだ。祭殿を護る一族と聞いていたけど、巫女だったとは予想外ね。

然し、民衆に持ち上げられ、調子づき始めていた男性は巫女である彼女より、修道女であるカルメリタと呼ばれた女性を意識している様に見える。

風で薄い黒地のベールが僅かに浮き上がると、結い上げられた宵闇色の髪が垣間見えた。

そのご尊顔を拝見できなかったのは残念だ。


「それは・・・不安にさせて申し訳ございません。然し、闇の精霊王様も目覚められて間も無く、やもえぬ事情がある為、御姿を現す訳には行かないのです」


修道女もとい、修道女カルメリタは悲し気に謝罪の言葉を述べ、心から申し訳なそうに俯く。

それは彼女を妄信する周囲の者にはたらき、否定をした男性を糾弾し、誰が見ても多勢に無勢と言った状況になった。

追い詰められた男性は周囲を窺いつつ後退すると、修道女(シスター)カルメリタを睨みつけ、指を突きつける。


「そのやもえない事情って何だよ!説明できないなら信用できるか!」


形勢が不利と悟ったのか、男性は顔を青褪めさせながら人を突き飛ばし、情けなくも捨て台詞を吐きその場を去って行った。

周囲からは其の姿を嘲笑が響き渡り、口々に罵声や憐れみの籠った言葉が飛び交う。


「なっさけねぇな、レオカディオの奴。態度のわりに肝っ玉のちいせぇな!足を引っ張るだけの野郎が大祭司候補から外れて正解だったぜ!あんなのがなったらと思うと怖気が走るな!」


「はっ、違いねぇ!」


逃げて行く男性、レオカディオさんに聞かせる為か、わざとらしく大声で罵倒する。

然し、彼が戻ってくる様子も捨て台詞を吐く様子もない。

気がつけば巫女も修道女(シスター)カルメリタの姿も消え、野次馬達も散りじりになっていた。

陰鬱な空も僅かながら茜色が射し、今が夕刻で在る事を示す。


「直接話すどころじゃ無かったけれど、彼女の姿と現状が把握できて、まずまずの収穫だわ」


ケレブリエルさんは思い返す様に黙り込むと少し満足気に微笑む。


「もっと、詳しく調べる必要が有りそうですね」


多くをどうどうと語る事は憚られる為、皆で何度も頷き合う。

暫くして、遠くから聞き覚えのある声が響く。


「こぉらあ!約束を破って何をしてるですか!帰る時間をとっくに過ぎてるですよぉ!」


驚き振り向くと、ファウストさんに抱えられながら青筋をこめかみに浮かべ、夕日の様に顔を真っ赤にする怒り心頭なライラさんの顔が、全員の目に焼き付いたのだった。

本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます!_(._.)_

*************

次回も無事に投稿できれば、6月6日18時に更新致します。

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