第79話 闇に隠れし国ーXXXX編
何処までも広がる灰色の空、木々も大地も色褪せ、陰鬱な雰囲気を漂わせる風景が私達の前に広がっていた。
然し、ライラさんを利用してまで私達を此処へ連れて来た理由とは何だろうか?
邪神の信徒とはいえ、あれだけ執心しているカルメンが闇の精霊王様へ危害を加える事に抵抗が無いとは思えないし。
今まで故郷で学んだ知識によると、邪神を異界に封じる際に加担した多くの眷族の罪の負い、己を封じて眠りについたまま、自らマナを調整と供給をするのみの存在になったと記されていた。
「それが本当なら此処は闇夜の国よ・・・ね?!」
深く考え込み、顔を上げた私の視界には仲間達や船員ではなく、角や爪に翼を生やした魔族達の姿が映っていた。
状況を把握するより早く、反射的に利き手は剣の柄へと伸び、相手の不意打ちに備えて構えを崩さずに相手の出方を窺う。
私の隣に立つ魔族は仮面の下の瞳を怪訝そうに歪めると、手にしている杖を私へと向けた。
「落ち着け、俺だレックスだ。船で入国する際、視界が紫になっただろ?あれは船で入国する際、この国を監視をするカーライル王国と契約を結ぶ、闇の精霊の隠蔽魔法だ。今は罪人の国と呼ばれるようになった此の地の民と円滑に交渉する為に付与されるらしい」
「つまりは・・・・」
私は慌てて頭を撫で回す、こめかみまで伸びる灰色の捩じれた角、視線を落とせば爪も鋭くどう足掻いても魔族そのものだ。しかも、視覚だけでは無く触覚や質感まである。
他国との交流も少なく、監視までされているのでは、やはり外海から来たものを警戒するのも致し方ないか。
「如何やら理解いただけたようだな?」
私の反応を見て、レックスは満足気に口角を上げる。
然し、此処まで聞いていた所で私の中で疑問があった。
「ええ、そうね。貴方は確か、妖精の力が通じない為に船を利用する以外の手段が無いと言ったよね?見た所、他国との交流は調査のみの様だし、情報に花や鉱石はどうやって入手したの?」
カーライルの調査船にただの冒険者が乗船を許されるとは思えないし、一般的に詳細が公表されていないうえに、監視する国が存在するのなら尚更、密航すら難しい筈だ。
暫し、時が止まった様に静まり返る。
仮面で隠れ、読みにくい表情に探りを入れてみると、ハーっと浅い溜息がレックスの口から漏れる。
「ある方面からの情報を基に調査船を出航を知り・・・妖精の力を借り警備を潜り抜け侵入をした事があると言うだけだ」
「ふぅーん・・・」
レックスは私からの疑いが晴れない様子に睨みを利かせると、硬く口を噤み背中を向ける。
如何やらこれ以上は訊けそうにないようだ。
何もせずにごねて船に留まるのも問題だし、此処は深く追求しないでおくしかないかな。
「じじょーは解ったですっ。さっそく何だけど、船に乗せる代わりにこの国での商売の手伝いをすると約束でしたよねぇ?」
ライラさんの場の空気も緩む声が緊張感を断ち切る、如何やら早く仕入れや取引をしたいらしくウズウズとしているらしく、期待に目を輝かせながらレックスを見上げている。あの時、ライラさんとレックスが話していたのはこう言う事ね。
深い溜息の後に頷き、頭を掻くとレックスはライラさんを見て静かに頷く。
「勿論だ、礼には儀を尽くす。先ずは此の国の窓口にあたる街、影の街へ向かうとしよう」
ライラさんの熱意に押され、口角を引きつらせるレックスだったが、浜辺から数メトル先に見える建物の屋根を指さした。私はその様子に怪訝そうに眉を顰める。
それにしても、商売の経路を紹介できるとか、気付かれずにどれだけの期間と住人たちとの関係を広め、深めたのだろうか?
レックスの様子を探る様に眺めていた所、ケレブリエルさんが私と同じ顔をしている事に気が付いた。
「・・・久々の来訪と言うより、まるで暮らしていた事があるみたいね?」
ケレブリエルさんは目を細め、揶揄う様な口調でレックスの反応を窺うように観察をする。
レックスは無言のまま、それを面倒そうに鼻で笑いながらも、余裕を崩さずに冷静なまま語りだす。
「・・・妖精王と女王からの命で、各地の精霊王が守護する地を調べるのも俺の務めだ。長期にわたり侵入して居れば、自ずと情報が手に入るのも当然と言えないか?」
態度も声も乱れずに振る舞う反応に、ケレブリエルさんは不満気に片眉を吊り上げる。
「そう、それはさぞや大変だったのでしょうね。妖精の力が結界で死傷しずらいと推測して、帰りは如何したのかしら?カーライル王国の船よね。アメリアは調査船はどの位の周期で此処に船を出しているのかしら?」
如何やら私がレックスの様子を探っている事にケレブリエルさんも気付いていたらしい、そのついでにこの国の何者かと手引きをしているのではと疑っているようす。
怪しい手段で私達を誘導し、人が寄り付かない此の国へと私達を連れて行った事は確かに問題だ。
然し、案内を断った所でライラさんが仕入れ交渉を断念するとは思えない。
退き返す事は断念せざる負えないとして、此の国の情報は地理面でも知識面でもこちらは疎い。
それならば、案内役を立てるにしても適役な相手と言えばレックスしかいないだろう。
自分も疑っておいて難だが、此処は急かさず、気を抜かずに探りを入れて行くべきだろうか・・・
「さあ?私自身、カーライル王国がこの国を監視していること自体、初耳だったので・・・。ともかく、今までのレックスの働きからして不自然な事でも無さそうですし大丈夫だと思いますよ」
こう返答をすると、ケレブリエルさんは「そう・・・」と小さく呟く。
当事者のレックスはと言うと、何時までも海辺で足を止めたまま留まる私達に嫌気が差したのか、口を堅く結んだまま気怠げに腕を組むと、近くの壁にもたれ掛かった。
「それじゃあ、それには元は城に仕えていたお兄さんが応えてやろうか?」
何処となく険悪な雰囲気を壊し、フェリクスさんはしたり顔を浮かべ、私達の間に割り行ってくる。
然し、それはダリルの舌打ちと堪忍ならずに吐き出した、苛立ちの声で遮られた。
「ソイツが何をそんなに追及されるのか解らないが、今はそんな事に拘っている場合じゃないだろ?」
「それには僕も同感だ。閉鎖的な国が故に、突如として良く知らない外海から船と言う異物が接岸してきた時点で警戒されている筈だ。下手な行動は僕達だけでは無く乗船する皆に影響する可能性があると考えた方が良いんじゃないか?」
ファウストさんは周囲を警戒する様に目配せをしつつ、呆れ切った様に頭を横に振った。
その後から戸惑いながらも、ソフィアが声と手をおずおずと上げる。
「あのー・・・レックスさんとライラさん、もう既に街へと向かわれていますよ?」
ソフィアにつられて目の前の林道へと目を向けると、レックスを小さな体で急かしながら歩くライラさんの姿が目に映った。疑心暗鬼も程々にしよう・・・
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此の国で初めて訪れた人の住む街は小規模で、何処か寂れた怪しげな漁村の様な空気を漂わせていた。
然し、レックスの言っていた事は嘘ではないらしく、所々に外海から持ち込まれたと思しき物品が市場に並んでいる。
住人は此方側でもよく見る角や翼を持つ者が多く、見かけない顔に警戒しているのか時折、怪しむ目線や呟きが耳に入る。ライラさんは物珍しさに魅入られ、特に気にしていない様子だ。
そんな中で一際、外海からの影響が色濃い建物へと私達は案内された。内装は非常に派手で、如何にも羽振りのよさそうな商人の邸宅と言う感じだ。
「此処は外海との繋がりが強く、交易により儲けている商人の家ようだ。此方とは縁も深く繋がりも強い、我々を申し出を引き受けてくれるだろう。此処は紹介を約束した俺が話を付けて来る、お前達はエントランスで待っていろ」
こんな大商人と繋がりが有るとは・・・
レックスは使用人に連れられ、奥の間へと消えて行く。
暫くすると扉を開閉する、けたたましい音が響き、肖像画に描かれていた人物が血相を変えて駆け寄って来た。服の色こそ地味だが、服の合間から見える装飾はさり気無く煌びやかだ。
「いやー、まさかあの方の商会とは!知らされていれば自ら出迎えに来たと言うのに!いやー、愛らしい御令嬢だ!」
「え?は、はあ?!」
諂いながら手を擦り合わせ、ヘコヘコと此方へと下手に出てくる。
その後ろから来たレックスは足を止め、私達の姿を見つけると、視線を動かし家主を呼び止めた。
「サロモン・ビーベス、依頼者はソイツでは無い。足元を見ろ・・・」
サロモン・ビーベスと呼ばれた家主は表情を消し、私達から露骨に視線を逸らし下げると、ライラさんと視線が合う。ライラさんを目にすると驚きで目を丸くする。
「おお!小人族とは珍しい。貴女がうちの店と交易を希望されるヴォルナネンさんですか!いやー、愛らしい姿に知性を湛えた瞳!行商の民と言われる小人族の方を生きてお会いする事が出来るとは!感激しましたぞ!」
大げさな身振り手振りでライラさんを褒めちぎるビーベスさん。
「いやぁー、それ程でもあるですぅ。然し、ビーベス殿はあたしなど及ばない商才がお有りの様で!室内喉の調度品も希少な物ばかり、あたし風情では仕入れるどころか目にするのも難しい一品ばかりですぅ」
「いやいやいや・・・そんな!調査船にコネを使って様々な国の商人を招いているだけですよ」
互いに褒め合い合戦を繰り広げる二人に唖然としつつも見守っていると、すっかりついて行け無くなり欠伸をしだす頃には意気投合したらしく、現在のビーベスさんの自宅では無く、王都の店舗へと招待された。
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王都はさすがに街とは比べるまでもなく、漆黒の石煉瓦づくりの建物が多く並ぶ、外海の国々と遜色のないほど立派な街並みに驚かされる。ただ、色合いと空の影響もあってか薄暗い印象があり、薄闇にぼんやりと街灯の明かりが浮かぶ、何処か陰鬱な雰囲気を漂わせる街だった。
ビーベスさんとライラさんを先頭に街を歩くが、口も多いい為か誰の目にも止まらず、特に異質な目で見られる事は無かった。
見る限り外界に点在する貧民街では見られない珍しい種族の人々が多くみられ、嬉しそうに闇の精霊王様に付いて語る声が多く聞かれた。
レックス曰く、昆虫の特徴を持つ種族がインセクト族、爬虫類はレプティル族、一つ目の者を含めて巨大な体躯を持つ種族をヒガンテ族と言うらしい。
後は一般的な種族に加え、ダークエルフや何れかの種族の混血の者を多く見掛けた。
「ビーベスはマシだが、此処では信じる前に疑う事を怠るな。此の国は嘗て、邪神に与した者とその末裔を捕らえる監獄、油断は足元をすくわれるだけだ」
レックスが私達にだけ聞こえる様に小声で呟いた。
「監獄・・・ありがとう、留意しておくわ」
私の言葉にレックスは静かに頷く。周囲をゆっくりと見渡し息を飲むと、背筋に冷たい物が滴り落ちるのを感じた。
その緊張感の中で、前方を行くライラさんが市場の商品に目を輝かせては、注意をされる姿が映る。
思わず私も誘われて露店を眺めていると、参拝者向けの祭具がやたらと多いいのに気付く。
それから半時もせずにビーベスさんの店へと辿り着く、他の商店と比較すれば、規模も違うし品揃えも豊富だ。
闇魔法に関する呪具や魔道具に装飾品、杖に儀式関連用具等と取り扱う物はなかなか幅広い。
「儀式関連用品・・・?」
他と比べ、儀式用の首飾りや経典の棚に空きがある。
何故、此れだけが売れているのだろうかと、この国の現状を考えると疑問が沸き、私は思わず首を捻る。
すると、ライラさんとの商談を終えたビーベスさんが上機嫌と言った様子で声を掛けて来た。
「おや?闇の祭殿へ参拝のご予定が?新調されるなら、お早目の購入をお奨めしますよ。いやー、本当に王が御目覚めになられたと報せが入った時は驚きました。本当に我ら眷族の悲願が成就するとは感無量ですな」
「・・・!」
恍惚の表情を浮かべるビーベスさんから信じられない情報を耳にする。
私は驚きから生唾を呑むと、自然と拳を握り震わせた。
それが邪神を異界へと封じた直後、自身を眠りにつかせた闇の精霊王の目覚めと知って。
本日も当作品を最後まで読んで頂き本当にありがとうございます!
執筆の意欲の源になっています!
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来週も無事に投稿できれば5月30日18時に更新致します。




