第78話 誘われし航路ー火の国→?????編
火を失い、綻びと言う名の異界の門が開かれ、現れた崩壊への兆しを退けた空は何事も無かったかのように青く静かだった。それは一時凌ぎに過ぎないと知っている私の心中とは相反して。
街へと戻ると、周囲には国の復興に勤しむ火の眷族達の声と瓦礫の撤去に建築、麓へと繋がる山道の修復にと様々な音が飛び交い忙しない様子を見せている。
そんな活気に満ちた空気も、隣で古びた壺を抱え込む人物には脳天に響く騒音に過ぎない様だ。
「うう・・・頭が割れるぅ・・・ぐぎぎぎ・・・後日にぃ・・・できませんかぁ?」
「自業自得だ馬鹿!これに懲りたら酒を控えるんだな」
二日酔いに苦しむライラさんに容赦ないダリルの言葉が浴びせられる。
その声にある意味、瀕死状態でありながらもライラさんはゆっくりと顔を上げ、涙を目に浮かべダリルを睨みつけた。
「ふ・・・船には・・・乗せない・・・でう!」
「おうおう、脅しか?げっ・・・!」
再び顔を壺の中へと伏せたライラさんに周囲は騒然とし、暫しの沈黙の後に失笑が漏れる。
ファウストさんは無言のまま宿の窓を開けると、顔を外に突き出し深呼吸をし、顰め面で此方へと振り返った。
「彼女も貢献者として呼ばれていた様だが、これでは儘ならない。此処に置いて行こう」
景気づけの祝賀会の後、私達はディアーク王により火の祭殿へと招かれていた。
何やらお礼以外に何やら有る様だけど、その詳細は一切知らされていない。
ソフィアは少し戸惑って居る様子を見せていたが、ぐったりとするライラさんに駆け寄り、背中を撫でて介抱するとファウストさんの意見に頷く。
「それでしたら・・・全員でとの御話ではありませんし、あたしは宿に残ります」
ライラさんは喋る余裕も無く、よろよろとソファに身を投げ出すと、背もたれに顔を埋めたまま陸に上げられた魚の様に寝転び伸び切ってしまう。
「そうだね、悪いけどそうして貰えるかな?」
「ええ、宜しくお願いします」
心配そうに見るソフィアを余所に、ライラさんの腕が元気よく上がり、「頼んだですぅ!」と言わんばかりにサムズアップする。
そんなライラさんを見て、皆の口から再び苦笑が漏れた。
「こいつ・・・・結構元気じゃねぇの?」
ダリルが呟くのを最後に、私達は二人に見送られ、火の祭殿へと足を運ぶ。
祭殿は所々、災厄の痕跡が残ってはいたが、逸早く人の手が入ったのか瓦礫や冷めた溶岩なども綺麗に撤去されていた。
形だけ整えられた傷だらけの扉の前に立つと、精霊の間の扉は不穏な軋む音を立て、ゆっくりと開かれる。開くと同時に熱風が此方に押し寄せ、以前の様な火口らしい光景が目に飛び込む。
違いをあげるのならば、豪奢な敷物と椅子が二脚、其処に王と火の精霊王が鎮座しており、その横に近衛兵が数名控えていると言う所だろうか。
私達は挨拶を終え、一柱と一人の王の前に膝まづき恭しく頭を垂れる。
「一同、面を上げよ。此度の働きは真に大儀であった、お前達の働き無しではこうして精霊王様の許に集い、そしてこの国を治めるどころか、火と国民と言う宝を失う所だった。感謝してもしきれぬ」
「は!勿体なきお言葉、恐悦至極にございます」
精一杯に気を使い、緊張のあまりか背中に鉄の板が入ったかの様に固まるダリルを尻目に目配せをすると、桃色の髪の少女の姿が目に映る。
「何でこんな所に子供が?」と疑問を抱いた直後、少女が私を見て青い瞳を輝かせている事に気付く。
何処か覚えのある瞳に気を取られていると、ケレブリエルさんに脇腹を突かれ余所見を注意される。
まさかあの子は・・・
「アメリア!見てみて、自由に人型になれるようになったんだよぉー!」
思い浮かべていた通りの声に驚くのも束の間、側面からの突進の様な抱擁に、私は不意を突かれて思わずよろけて地面に手を突いてしまった。
「えー・・・っと」
「わたしだよー、セレス!」
戸惑い視線を周囲に泳がせていると、「ゴホン」とディアーク王の大きな咳払いが聞こえた。
「まあ、そう言う訳だ。そこで、私から折り入ってお前達に頼みたい事が有ってな・・・」
ディアーク王が言い難そうに口籠ると、火の精霊王が其れを嘲るように鼻で笑う。
「人化を成し遂げ、命名誓約も解除された直後の未熟な娘に、お前達の旅への同行を諦めさせたいらしい」
「命名誓約が解除された・・・?」
予想外の知らせに驚愕すると、ディアーク王も火の精霊王様に役割を押し付けてしまった事に気付き、慌てた様子で補足をいれる。
「ああ、そもそも自衛する力の無い幼子を護る為に庇護する対象と結ぶ誓約なのだ。我が娘は術の素質があり成長も早い、優れた術者となるだろう。如何か我が国の為にも説得して貰えないだろうか?」
庶民の私に対し恥も外聞も捨て、嫌われる事を恐れ強く言えない、それでも危険に曝す訳には行かない。少し頼りなくも愛情深い、ディアーク王は気のせいかやつれている気がする。
セレスはそんな親心を知ってか知らずか、意を決したような表情を浮かべ、父であるディアーク王を見た。
「父上、我儘を言ってごめんなさい・・・」
セレスは声を振り絞る様に謝罪の言葉を口にした。
その言葉は予想外だったのか、ディアーク王は信じられないと言った様子で何度も瞬きをする。
「セレスタイト・・・?」
セレスは私達へと向き直ると、緊張を深呼吸で吐き出すと、泣くのを堪えるように唇を噛みしめる。
「精霊王様の言う通り、わたしは護られるだけだった。えーと、アメリアの力を通じて一緒に戦ってたけど、これからは自分の力で頑張んなきゃで・・・。その、わたしの力でアメリアの力になりたいの!戦えるようになったら一緒に旅に連れて行ってくれるかな?」
たどたどしい懇願に頷きたい所だけど、一国の姫を国王陛下の真ん前だろうと何だろうと、今更だけど冒険に同行させる約束はできない。此処は断るべきだと思う。
「セレスタイト殿下、此れ以上は私どもの旅に貴女をお連れする事はできません・・・!」
「ふむ、尤もだ。我等、竜人は古来より戦に長けた種族であり王族とて自らを守る術を所持していても問題ない。然し冒険者に混じり、命を顧みない戦に身を投じる事は罷りならぬ!」
セレスが疑問を口にするよりも早く、ディアーク王の厳しくも威厳のある声が響いた。自分を見つめる厳しい瞳にセレスは「あ・・・」と小さく声を漏らし、顔から血の気が引いていく。
「はい・・・」
自分は甘えていたのだと、打ちひしがれたセレスは唇を噛みしめ俯く。
そんなセレスにディアーク王は更に言い聞かせる様に言葉を続けた。
「然しこの時世、護衛がつくと言えども外遊等の際、想定外の脅威に晒されぬとは言い切れぬ。やもえず助力を得なくては危機を脱せないとあらば、その限りでは無いな」
厳しい表情を崩さないままだが、ディアーク王のセレスを見る瞳は何よりも優しい。
セレスは暫し呆然としていたが、意味を理解すると笑顔で頷く。
長く続いた私達とセレスの旅は沢山の感謝と涙、互いを思いやる言葉で幕を閉じるのだった。
その後、私だけが火の精霊王様により呼び止められる。
「手甲を外せ、今回の活躍に対し俺からも贈り物をやろう」
言われるがままに留め金を外し、手甲を外すと私の手の甲に火の精霊王様が何やら見知らぬ言語で何かを詠唱の様に呟く。
「・・・・あっつ!!」
焼ける様なヒリヒリと痺れるような痛みに眉を顰めると、手の甲に火を纏う蜥蜴の様な文様が画かれていた。
「贈り物ってこれは・・・」
「俺からも盟約を結ばせて貰った、俺の名を呼び、烈火の如く剣を振るえ。きっと、これから戦いに役に立つ」
「・・・ええ、この紋と剣に誓い戦い抜きます!」
こうして最大の危機を乗り越えた火の国を私達は再び後にした、仲間達と賑やかな船に揺られて。
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船はあくまで船主のライラさんの商売に添った航路が優先だ。
然し、商品の補充に訪れた商業自治区フォンドールで予想外の掘り出し物を拾った事により大きく変更された。
世界をまたぎ渡り歩く商人、様々な種族が集まる此の地では情報が集まりやすい、大なり小なり良い噂も悪い噂も飛び交う。
しかし此れと言った成果は無く、ライラさんの商売の手伝いに勤しんでいた所で奴に出会った。
「ほうほうほう、淡く光る花に星空をくり抜いた様な鉱石ですかぁ。それは珍品好みの収集家を相手に良い商売が出来そうですねぇ!」
何やらライラさんが商人街の片隅で外套を深く被った人物の商品を眺め、何時になく丸い瞳を爛々と輝かせているのを見かけた。
「やれ、やけにうちの雇い主が楽しそうにしているが大丈夫か?」
ファウストさんは訝し気にそれを眺めると、尻尾をくねらせる。
その声につられ、フェリクスさんは少しだけ目線を向けると、何が問題かと言いたげに肩を竦めた。
「商売に素人が口出すもんじゃないぞ?」
「騙されるんじゃないかと言っているんだ!」
話がかみ合わずに苛立つファウストさんを見て、ダリルは馬鹿にしたように鼻で笑うと、何の躊躇も無くライラさんの許へと歩いて行く。
「はっ!そんなに気になんなら直接、訊きゃいいだろ?」
「本当に君は!配慮や慎重さに欠けるな!」
ファウストさんはダリルを引き留めようと、小馬鹿にしながら手をひらひらとさせるダリルを追いかけて行く。
「はあ・・・私達も行きましょうか?」
「そうだね!我らの雇い主の御眼鏡に掛かった商品が何か確かめに行こうか!」
フェリクスさんが鼻歌交じりに歩くのに続き、私達もその後を追うのだった。
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そして現在、ライラさんの船は御客の木を引く珍品の仕入れ交渉をする為に大海原を進んでいる。
目指す地は迷いやすく、人が滅多に拠る事のない秘境なのだとか。
舟の見回りの最中、フェリクスさんとライラさんに商人のふりをして話を持ち掛けたレックスが人気の無い場所で話し合い別れるのを目撃し、私は足を止める。
不思議な組み合わせだと気になり思案すると、レックスが此方へ振り向いた。
「盗み聞きとは趣味が悪いな」
やはり気付かれたかと観念して姿を現すと、レックスは手摺に身を預け、慌てる様子も無く此方を窺う様にジッと見詰めて来る。
「失礼ね、見回りよ。私達は護衛として雇われているの。それは置いといて、貴方は何でこの船を頼る事にしたの?」
何時もはいつの間にか居なくなり、そして私達の行く先々で再会を果たしては何度も共闘していた。
然し、一度たりとも行く先を話す事も旅路を共にした事は無い。
こうやって何事も起きてはいない中で二人で話す機会は早々に無いだろう、直球なこの質問にレックスは応えてくれるだろうか?
「目的地は少々、妖精の力では難しい厄介な場所なものでな。何、騙すつもりも害意も無い、虚言では無く、商品を仕入れられるかは彼女の腕しだいと言うだけだ」
レックスは淡々と語る、まるで私が訊きたかった事を見抜いているかのように。
「成程、見事に先手を打たれたわね。何で訊きたかった事が解ったの?心が読めるとか?」
見抜かれた事が少し悔しくて揶揄うと、仮面の下のレックスの瞳が驚いた様に目が丸くなる。
もしかして本当に妖精に命じていたりして。
私の意図に気付いたのか、レックスは不愉快そうに目を逸らす。
「それより、火の祭殿で二柱の精霊王は俺達に女神と世界の秘密を話したと思う?」
露骨に話を逸らしたな怪しい。不都合があったのだろうか?
「・・・確かに私達はあの時点でアレが異界と繋がる門と認識していただけだった。以前からあの事象は起きていたのに耳にする事が無かったのは不可解ね」
「奴等の野望を阻止すれば救えるのなら、無駄に不安を煽る必要は無い。それに加え、競ってお前に盟約を精霊王が結ばせる事も関係あると俺は考えている」
ああ、あの時の「考えろ」はこの事を言いたいのね。
妙に湿気た潮風が頬に纏わりつく、何時の間にか周囲に霧が立ち込めていた。
甲板に霧が出た事による注意喚起が飛び交い、速度を落とし航行するが次第に霧は濃度を増していく。
「レックス、私達も船内に避難しておきましょう」
周囲から聞こえる船内に避難しようとする人々の声につられ、レックスに呼びかけるも彼は留まり、その場から動く様子を見せない。
「大丈夫だ、問題ない・・・」
落ち着き払った様子でレックスが呟くと、鈴の鳴る様な音が辺りに響き、船を覆う霧が一瞬にして紫へと変化し視界を染め上げた。
その異様さと気味の悪さに思わず目を閉じると、暫くしてレックスに肩を叩かれる。ゆっくりと瞼を開けると霧は消え、替わりに灰色の空と黒味がかった荒野が続く大陸が目に入った。
「此処は闇の精霊王とその眷族が住まう、隠され忘れられた影の国。俺の目指していた場所だ」
それが事実ならば、此処はあのカルメンを生み出した地なのだろうか?
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。
新たにブックマークの登録まで頂けて感謝が尽きません。
話しも新天地に突入と言う訳で、今後も気合入れて頑張りますね!
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次週も無事に投稿できれば、5月23日18時に更新致します。




