第77話 種火ー火の国シュタールラント編
数か月前、水の精霊王とその眷族が邪神を心棒する信徒による襲撃を受け、深手を負った事により、地脈を流れる六属性のマナに乱れを生んだ。
雇用主の強硬的な案により入国した火の国シュタールラントでもその影響は出ており、当初は水の精霊王の地の異変による影響と考えられていた。
しかし異変を治めようと願う眷族達の祈りは届かず、不安や絶望から生じる混乱により、邪神の信徒の攪乱に踊らされ、その目的となる私達が世界の綻びと呼んでいた異界の門の大量生成を許し、魔物の群の此方の世界への侵入を許してしまう。
それにより招かれたのは魔物だけでは無く、新たに此方へ邪神の信徒を招く結果となってしまった。
火の精霊王を取り戻し、脅威を祓う事に成功した私達は勝利を確信する。
邪神の信徒と従えていた魔物の大群の行方を見失い、不安視しながら・・・
「我が主に敬意と感謝の祈りを・・・」
エヴァルト大祭司は祭殿兵達と共に火の精霊王へと跪き、胸の前で印を画き手を組むと、深々と頭を垂れ祈りと感謝の意を示す。
「お前達こそ良くやってくれた、此度の終息はお前達の働きが大きい。こうして平和を手にする事が出来たのはお前達のおかげだ・・・感謝する」
「はっ、勿体なきお言葉。我々は急ぎ、一日も早くの復興に向けて被害の確認と城と民衆への報告をしに向かいますので此処で失礼させて頂きます」
エヴァルト大祭司はまさかの火の精霊王からの礼の言葉に驚き目を丸くした後、感無量と言った表情を浮かべ背筋を正す。
再び胸元で印を画き、恭しく頭を垂れた後、自国を救う一助となれた事による何処か誇らしげな表情を浮かべながら兵士達を連れながら、壊れた扉を退け精霊の間を後にする。
そこで彼等を見送る私達に、火の精霊王から部屋に留まる様にと命が下った。
「此の度の事や俺の不在を含めて、水のと同様に世界と他の精霊王に影響を及ぼすだろう。奴等は決して諦めてはいない事を肝に銘じ、忘れるな。此度の様な事を許してしまった要因は、何だと思う?」
各眷族どうしの絆が深まった事と世界を駆け回り、原因を断って来た成果かは出ていた。
規模も手段もより強力に変化しする悪意は現段階では予測できたものでは無いだろう。
「やはり、原因の究明が遅れてしまった事でしょうか?」
私が不安と疑問が入り混じる中、火の精霊王は首を横に振る。
レックスは腕を組みながら静かに頷くと、何かを考え込む様に目を細めた。
「それが敗因ならば、俺も同罪となる。そうでないとしても、奴等も考え無しの愚かな存在ではないと言う事だ」
「火の大地の修復の助力の為だけに馳せ参じたのだが、そう言う事であれば儂から説明しようかの。良いかの?火のよ」
声につられ振り向くと、地面から隆起した人丈程の大岩が目の前で砂塵となり視界を曇らす。目を擦り、次第に開けてくる視界に目を凝らすと、そこに居たのは土の精霊王だった。
唐突に姿を現した土の精霊王は、ちらりと驚く私達に目をやると、無言で頷く火の精霊王を見て肩り始める。
「この世界を創造した神が双子だったの知っているな?」
「ええ、勿論です」
土の精霊王は私の返事や、周囲の反応に「ふむ・・・」と満足気に頷く。
「厳格には原初の時から数百年経った後、二柱に分離したのじゃよ」
「それは何故だ?何故起きた?」
珍しく興奮気味に捲し立てるレックスに、土の精霊王は落ち着くように笑顔で諭すとゴホンと咳をする。
「好奇心じゃよ、神は自分の造り上げた箱庭と其処に息づくものに興味を持った。然し、其れには体が一つでは時間が掛り過ぎる。そこで、体を二つに精神も二つに分けられたのじゃよ。そして、多くと関わるうちに、各々に別の神格が生じた。そして一柱に戻れなくなり、相反する考えを持つが故に争い、今も語り継がれる創世戦争となったのじゃ」
「それが、今回の事とどう関係があんだ?」
ダリルはいまいち腑に落ちなかったのか、訝し気に眉を寄せると、腰に手を当て土の精霊王の顔を覗き込む。
失礼な態度を見かねたのか、ケレブリエルさんはダリルの服の襟首を杖で引っ掛け手繰り寄せた。
「人にものを訊ねる態度じゃないわよ」
「・・・質問しただけだろ?」
ダリルは一瞬、不満気な表情を浮かべるが、拗ねた様に黙り込む。
大らかな表情で困ったように笑う土の精霊王、そこで堪り兼ねたのか火の精霊王が先に口を開いた。
「つまりはその戦争ってやつで一柱の神が治めるべきところを、残る半神のみで世界を支える事になった。妖精王達の支えがあるとはいえ、な・・・」
神話の裏に隠れた事実に私は息を飲む。
「それは、まるで女神様が・・・!」
「そうだはっきり言おう、衰えの兆しが表れている。奴等はそれの希薄となった部分を狙い、此方の世界への干渉を行っている」
「儂とて影響をいつ受けるやもしれん。この世界が盤石ではない以上は他の王にも同様の事が起こりかねんじゃろう。如何かより一層、注視して欲しいのじゃ」
二柱の精霊王に女神の危機を伝えられ、誰しも崇敬の念を抱く尊い存在が揺らぎ始めていると知らされ言葉を失う。然し、心に決めた思いは今も揺らぐ事は無い。
「はい!」
正直に堂々と答えていると、レックスが片腕を抑えながら壁に背を預けていた。
何が有ったのかと声を掛けようとした所で目が合う。
「ふん、使命と言う言葉に惑わされずに、しっかりと芯を持つんだな・・・」
レックスの表情は読みにくいが、声からは悪意が有る様に聞こえない。
自分の芯をもてと言うのは解るが、惑わされるなと言う事は如何言う事なのだろうか?
「御忠告、有難く受け止めるわ。でも、惑わされるとはどういう事なの?」
私が疑問を投げかけると、言葉を紡いだところでレックスは片腕を堅く握り締める。
レックスは苦し気に息を吐き、体をふら付かせながらも口を開いた。
「いずれ解る・・・う・・・ぐっ」
レックスの声は途切れ呻き声を漏らし、片手をだらりと垂らしながら、足元をふら付かせ如何にか踏み留まる。
何事かと様子を見る私達を苦し気な視線を向けると、レックスはゆっくりと絞り出すように声を出すと、ゆらりと体を揺らしながら膝を突いた。
「如何したの?!怪我ならソフィアに見て貰うべきだわ・・・」
私は苦しそうに息をするレックスに手を差し伸べ、ソフィアを呼ぼうとすると、苛立った声が耳に響く。
「気にするな・・・大した事はない!」
乾いた音を響かせ私の手が跳ね除けられる、仮面越しにレックスは私を鋭く睨んだ。
本当に何もなければ、これ程までに過剰な反応はしないと思う。
これは彼の意に反し、強がりであると言う証明になるのではないだろうか?
私が手を引っ込めた所で、硬く握られたレックスの手をフェリクスさんが捻り上げる様に掴みあげた。
「女性を乱暴に扱うのは感心しませんね。それに、これの何処が大した事が無いと?」
フェリクスさんは真剣な表情のままレックスの腕を掴み、真剣な声と口調で隠す様に握られた腕を引き剥がす。
露わになった腕には黒い植物の根の様な痣が広がり、腕にできた小さな目玉はぐりんと不気味に視線を移動させる。
「放せ・・・大丈夫だと言っているだろ?」
レックスはフェリクスさんの腕を振り払い、私達に背を向ける。
「大丈夫と言うのなら、安心させてやりゃー良いじゃねぇか!それに、それは呪いじゃないのか?」
「・・・・・」
ダリルは意固地になるレックスの胸倉を掴み正面を向かせると、噛みつかんばかりに怒りながら問い詰める。此処で、意外なところから助け舟が出た。
「ああ、そいつは呪いだ。どうりで臭いと思ったが、あの異界人達の術を己の身に移してるとはな。如何してそんな事をした?」
火の精霊王は黙ったままのレックスの前に立ち塞がり、返答を目を逸らさず求め威圧する。
レックスは此方を気にする様子を見せるも、口を開かずに沈黙の時間が続く。
そんな、二人の場を治める様に、ゆっくりと土の精霊王の杖が一人と一柱の合間に振り下ろされる。
「相変わらず、火のは遠慮が無いのう。喋らないと言う事は答えられないと言う事じゃ。然し、それを長く身に宿すのは関心せん。お節介だろうが、その程度なら解呪は容易じゃ。大人しくアメリアの提案に乗っては如何かのう?」
威圧感を感じさせない穏やかで落ちついた口調でありながら、レックスを見る眼光は心の内を探る様に鋭い。未だに無言を貫く様子から何かを察し、何かを悟ったのか眉根を寄せる。
土の精霊王が何かを耳打ちすると、火の精霊王は小さく頷く。
ソフィアはレックスに睨まれ一瞬だけ躊躇するが、意を決した様に杖を握り締め声を掛けた。
「あの・・・あたしならできます。如何か解呪をかけさせてください!」
「はっ・・・勝手にしろ」
レックスは深く溜息をつくと、諦めた様に顔を背ける。
ソフィアは安堵と歓喜からか、海の様な青い瞳が輝くと、土の精霊王が彼女に向けてサムズアップをした。相も変わらず、人間臭い精霊王だ。
「主より賜りし水瓶よ 憑りつきし魔の呪縛より 清め祓い給へ【解呪】!」
レックスが解呪を受ける最中、離れた場所で其れを見ていると、火の精霊王が私の横に立ち腕を組む。
ソフィアが唱えた教会式の解呪術は彼女の持つ水の精霊の力が神聖魔法を合わさり作られたもの。
魔法により生み出された聖なる水瓶から銀色の雫が滴り落ち、空中に現れた波紋が魔法陣となり、邪なものを吹き飛ばす様に水柱が立ち、術を痕跡一つも残さず祓い除けた。
「此れからアイツが、異界の者の・・・忌まわしき者の力に関わる時は注意してやると良い。お前と仲間、行き付くはお前が救おうとしている世界の為にもな」
レックスにカルメン達、そして忌まわしき者とは戦いの中で神ではないと言われていた一柱から別つ、女神の半身と思われる邪神カーリマン。
やはり、二柱の精霊王がレックスの秘密を明かす事はなかったけれど、気に掛けるべき事が増えたのは間違いないのだろう。
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その夜、平和を取り戻した事を祝う宴が開かれた。
先ず初めに犠牲になった者達を弔う言葉と祈り夜空の下で捧げ、共に成し遂げようとしていた目的が完遂されたと報告し、それを喜び祝い、種族問わず杯を交わしあう。
ある者は復興を計画し、ある者は其れに必要な物の構想を膨らましあい、お互いの技術等を自慢しあう者達もいた。きっと一人ひとりの力が、此の地の復興の種火となるのだろう。
そんな中で私達は、周囲の者に煽てられ、ひときわ小柄な種族の女性が杯を片手に、したり顔を浮かべるのを目にする。
「ぷはー!わーたーしが、水の魔結晶を提供したヴォルナネン商会のライラですよぉおおお!」
「いいぞー!ヴォルナネン!ヴォールナネン!!」
ライラさんは如何に自分の商品が活躍したか、自分は此の国為に全財産を注ぎ込むつもりでいたのだと豪語し、だから自分の商会をこれからも贔屓にとのせられ、多くの人に囲まれながら演説の様な宣伝を繰り返していた。
「ライラさん・・・乗りにのっているね」
「いやー、アレが彼女がこの国に上陸した真の目的だしね。ははは・・・」
何時もは女性を褒めるのが挨拶代わりの様なフェリクスさんも流石に、この現状に言葉がでないらしく、口元が引きつっていた。
「僕は些か、酒に飲まれて見苦しく感じるが・・・?」
ファウストさんは憐れみの視線を向けながら、見ていられないと目を背ける。
「俺は如何でも良い・・・」
ダリルは他の二人とも違く、退屈そうに欠伸をした。
ケレブリエルさんは、頭を片手で抑えては首を横に振り溜息をつく。
「まあ、危険な事にならない程度に静観しましょう。雇い主の商売が盛況何よりだわ」
「そうですね・・・。ところでウォルフガングさんは?」
ソフィアはケレブリエルさんの考えにうんうんと頷き共感して見せると、周囲を見渡して小首を傾げる。
「レックスと言い、ウォルフガングさんまでか。ダリルは何か知っている?」
「あー・・・巫女が心配だし、暫く復興に協力するそうだ。解るだろ?」
苦笑しながらも師匠の事を語るダリルの言葉に、ソフィアは頬を染め、驚きながらもにこにこと微笑まし気に笑みを浮かべる。
「あらあら、まあまあ。それは素敵ですね!」
看病?復興?その反応は何方だろうか?
「・・・・どう言う事?」
こうして火の精霊王と眷族達が住まう国は取り戻され、傷ついても其処から立ち上がろうとする人達が作り上げる活気で満ちて行く。
それでも早く知ってしまった脅威と不安に、皆で心新たに決意を固め奮い立つ。
翌日、出発の空は私達を祝福する様に青く澄み渡っていた、二日酔いの小さな雇い主の気分に反して。
今回はいつも以上に長くなりましたが、本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。
これにて「火の国シュタールラント編」の最後です。
勿論、この先も当作品は続いて行きますので、宜しければこれからも当作品を宜しくお願い致します。
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次週も無事に投稿できれば、5月16日18時に更新致します!




