第76話 灰色の空よ茜色に染まれー火の国シュタールラント編
※注意
今回は戦闘があり、残酷な描写が多く含まれています。
苦手な方はご注意ください。
大地を溶かし膨れ上がる火瘤、異界と繋がる裂傷、火の国を蝕む病の原因を突き止めはらう方法を求め戦う私達に予想外の真実が示される。
マナの均衡の崩壊は切っ掛けに過ぎず、不慮の事故か何か人界への道を封じられた事により、王は初めから此方へと干渉を出来ずにいたのだ。
火の国の最後を嘆く空から落ちる涙雨は、祝詞を詠み終えると同時にピタリと止む。
「何も起きない・・・?何で!?」
一語一句間違いなく詠んだ筈だ。
雨が止み、静まり返った精霊の間に浮かぶ精霊石は穢れが祓われど変化は見られない、濡れて張り付く髪をかき分け、眺める空は相も変わらず。
空を覆わんばかりに描かれた魔法陣は術を阻害する事ができたのか、輪郭から徐々に消失していった。
少なくとも異界との接続を断てたのだと思われる、それは確信しても良いのかも知れない。
然し、眷族と自身の思いを込めた祈りの声は届かなかったか、精霊石と精霊界との接続に失敗又は他に何かが有るかね。
空には異界の魔物が群れを成している、高みの見物と洒落込んでいたが、その余裕は精霊石の変化の影響が出て来たみたいだ。
魔物の群が黒い渦を画きながら龍のように空をうねり、その中心にいる誰かに率いられ精霊石を目掛け風を切り裂き鋭く降下する。
精霊石の様子に気付いたのだろう、異界の門を再び開こうと接近する姿を見て、私達は弾かれる様に地面を蹴り走り出す。
如何やらあちらも此方を足止めしたいらしい、精霊石を目指す私達を狙い魔物の一部が散開し、上空から奇襲をかけて来た。
「おいおい・・・あれ、全部魔物とか本気か?」
次第に精霊の間の空気が熱を帯び始める中、背後からフェリクスさんの驚きの声があがる。
精霊石まで数メトルもないと言う所で私は奥歯を噛みしめ、焦る気持ちを堪えながら走りだすと、後方からケレブリエルさんの詠唱の声が高らかと響く。
「風よ無数の矢となり 矢は流星の如く 我が敵へと降り注げ 射貫け!【風流矢】!」
ケレブリエルさんの放つ魔法が弧を描き、複数の風の矢が大量の魔物を穿ち、命を刈り取り死へと誘うと、次々と死骸が地面へと叩き付けられ積み重なって行く。
その直後、沸き立つような勇ましい声があがり、武器や魔法が飛び交い、再び精霊の間が戦いに沸き立つ。
「魔物は我らにお任せを!アメリアさん、如何か火の精霊王様をお願いします!」
エヴァルト大祭司が早口でそう叫ぶと、賛同する大勢の野太い叫び声に空気が振るえる、負けずに咆える魔物の声が断末魔が次々とあがっていく。
「後より!頭上を注意しろよなっ!」
ダリルの忠告に頭上を見上げ、トールヴァルトの戦斧が首を刈り取らんばかり振り下ろされようとするのを踵を返し、剣を振り上げ迎え撃つ。
「この・・・っ!」
咄嗟に振り上げた剣と戦斧が衝突し、耳を劈く様な金属音を響かせ火花を散らす。
この重量級の攻撃を受け止めるのは得策じゃない、力で押し込んでくる刃を地面を確りと踏みしめ柄を強く握る、刃をなぞる様に滑らせながら其れを薙ぐと、そのまま弾かれる様に精霊石の方へと背を向け後退した。
「はっ、まだ抵抗するか。悪足掻きは不発だった様だがな、無意味なんだよ。俺達から此の地を救うだとか英雄きどりが・・・俺がしたいのはお遊びじゃねぇ!殺しあいだ!」
トールヴァルトは姿勢を低くし地面をなぞる様に振り上げて来たかと思うと、休まずに身を捩る様に回転を加えた一撃が繰り出される。
如何にか跳躍し、凶刃を躱すと、斧が足下に突き刺さり地面を粉砕する。
斧が引き抜かれるのに気づき後退すると、油断を許さない容赦のない刺突が私の腹部を目掛けて牙をむく。
私は短く息を飲むと、反射的に剣で戦斧を跳ね上げ、その切っ先目掛けて連撃を加え、激しく火花を散らす。相手の攻勢が緩む隙を突き、態勢を整えると、お互いの思惑を探る様に向かい合う。
「・・・英雄?そう呼ばれたとして、それは戦い抜いた成果の一部に過ぎないわ」
精霊石を背後にし、このまま後退し続ける事は難しい、それにお互いに譲れない物が有る。
此れ以上は噴火口への滑落の恐れもあるうえに、此れ以上は相手の精霊石への接近を許す事になってしまう。トールヴァルトは眉根を寄せ私を睨むと、苛立ちを抑える事無く感情のままに戦斧の柄を握り、振り上げた。
「ふん、戯言を。お前等なんざ俺達より性質が悪い!大義名分を掲げ、己を正当化する殺戮者だ。いいから其処をどけ・・・」
言葉を最後まで紡ぎ終えるか如何かと言う所で、火を纏った鋭い蹴りがトールヴァルトの頬を蹴り飛ばした。火が目の前を通り過ぎると、私の目にダリルの後姿が映り込む。
「互いに身内を殺し合っているのは否定しねぇ。だが、同類扱されるのは断固拒否する!此方の世界に戻りてぇってんなら手段を考えろってんだ!」
ダリルは汗を額から流し、荒い息を漏らしながらトールヴァルトを睨み、怒鳴りつける。
トールヴァルトは体勢を崩し倒れる寸前で戦斧を地面に突きつけ踏み止まると、口元についた血を服の袖で拭い、地面へと吐き捨てる。
「戻りたいだと?誰が言った?笑わせる!この世界は俺達の神、カーリマン様により生まれ変わるんだよ!」
苛立ちをいっさい隠す事なく、トールヴァルトは戦斧を大きく振り上げたまま私達の許へと獣の如く地面を揺らしながら突進する。
其の直後、私達の頬を焼け付く様な熱風が撫でたかと思うと、それは視界を燃え滾る赤に染めた。
「・・・その名を二度と口に出するな、ソレは神ではない」
荒ぶる炎の様な深紅の髪の合間から覗く金色の瞳は鋭く、複雑な文様が彫られた均等のとれた褐色の筋肉質な体。
その人型の存在は厳ついトールヴァルトの巨躯を首を鷲掴みにし軽々と持ち上げると、炎が全身を包み込む。
「がぁ・・・ぐああっ!ぐがあああ!」
絶叫と共にトールヴァルトの手がだらりと緩み、戦斧が床に転がり落ちて消失すると、その体は漸く解放され地面へと投げ捨てられ転がる。
急激に気温が上昇る中、異臭が漂う凄惨な光景に眉を顰めると、目の前の存在はゆっくりと此方を振り向きニヤリと口角を上げた。
「すまないな、俺が不覚を取ってしまった為に苦労を掛けてしまった。待たせたな剣と盾、そして俺の眷族達よ!」
神妙な面持ちでの謝罪に続き高らかと言い放たれる不安を拭い去る声、その姿と炎を纏う紅色の精霊石を目にした人々から火の精霊王の帰還を喜ぶ歓声が上がった。
エヴァルト大祭司達、竜人族とドワーフ達の中には踊り出す者まで現れ、セレスは其れを真似して愛らしい踊りを火の精霊王の前で披露している。
精霊の間が元の姿を戻していく中、あまりの静けさに私は上空を見上げた。
仲間が危機を迎えているのにも拘らず視線のみを向け、沈黙するカルメン達に私は不気味さ7を感じていた。
「うおおおおお!!!」
緊張感が緩み出した空気を裂く様に、トールヴァルトの雄叫びが響く。
肌は爛れ、煤を吐きながらも、戦斧を杖代わりに立ち上がるトールヴァルトの眼光は弱ろうと失われていなかった。
一瞬で凍り付く空気の中、よろよろとしながらも戦斧を再び握り絞めると、かかって来いと言わんばかりにトールヴァルトは手招きをする。
「・・・はははっ!まだ戦える・・・俺は戦えるぞ!止めてみろ!」
「ふん・・・愚かな、さっさと逃亡すれば生き永らえただろうに・・・」
火の精霊王が憐れむ様にトールヴァルトを見ると、突如として地面に亀裂が入り、崩落が起きだした。
足下でゴポリと溶岩が沸き立つ中、トールヴァルトは如何にか落下を逃れたが、其れは無駄な悪足掻きに終わる。
足下の岩場の崩壊により落ちてゆくトールヴァルトが身が宙に浮かんだ。
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「まったく・・・これだから脳筋は」
聞き覚えが無い、溜息交じりの声が空から響いたかと思うと、暖かく生臭い風が吹く。
吸盤つきの滑り気のある灰色の触手がトールヴァルトの体を巻き取り手繰り寄せる。
「なっ・・・何時の間に?!」
触手を辿り見上げる空には頭は蛸、体は蛇の半透明の昆虫の翅を持つ、見た事の無い巨大な魔物が蜷局を巻いていた。
触手に巻き取られたトールヴァルトはその魔物の背を無言のまま悔し気に睨みつける。
すると銀色の髪に紫の単眼、耳と思われる部分には黒い網目状の蝶の翅と、見た事も無い小柄な種族だ。
突然の出現に身構えながら相手の狙いと動きを探っていると、思わず目が合った。
その顔は見る間に軽蔑と嫌悪の色を示し、私に視線が止まる。
「僕を見るなブス!気持ち悪いんだよ!」
唐突に浴びせ掛けられた謂われない罵声に、虚を突かれる思いがした。
「わ、私?!」
「ん?んん?悔しいの?うわ!可哀想な女だねぇー、ルナ?」
相手は汚い物から顔を背ける仕草をすると、ブヨブヨとした魔物の頭を愛おしげに撫でる。
すると魔物は其れに共感したのか、粘液を滴らせブルルルと鳴き声をあげた。
その不気味さに頬を引きつらせていると、カルメンが癇癪を起こし叫んだ。
「ルシアノ、トールヴァルトを回収したら退却と言った筈よ!」
ルシアノと呼ばれた少年は不満気に頬を膨らませると、小さく「クソババア」と呟き舌打ちをする。
ルナと呼ばれた巨大な魔物を優しく撫で、空へと退き返す。
「逃がして堪るもんですか!風よ・・・!」
ある者は竜化し、またある者は魔道具や魔法を詠唱し、此の地を消し去ろうとする邪神の信徒に鉄槌を喰らわせようと、逃亡者を全力で追撃する。
「何をやっているの、お前達は私達の盾になりなさい!」
カルメンの命令を受け、魔物の群が空から押し寄せると私達の攻撃を阻む。
「成程・・・魔力切れか。だが、この俺が逃亡を許すと思ったか?」
火の精霊王が凄みの効いた声で魔物の群を睨むと、地鳴りと共に地面が砕け、溶岩が複数の火柱となる。
それは火の精霊王の真上に収束すると、灼熱の球体へとなり燃え上がった。
「迸れ同胞 我は古えの火にて遍く火の王 求めに応えよ【イラプション】」
火球から炎の舌が伸び、魔物の群を絡めとり貪り食う様に燃やし尽くす。
魔物の悲鳴が響くのが止み、それ等の全てが灰塵へと変えた後、無数の噴石が追従し視界を塞ぐ灰塵を貫いていく。
何かを貫く音、大きな奇声が空に響き渡り、ベシャリと怖気のする様な水音をたて、何かが地面に衝突する。直前までぬらぬらと滑りを帯びていた其れは焦げ臭く硬く丸まり、赤紫の皮膚の一部や吸盤は所々、焦げて炭へと変わっていた。
恐らくはルシアノが騎乗していた魔物の触手だと思われる。
一頻り考察しながら観察をしていたが顔を上げると、ダリルが怪訝そうな顔で此方を見ているのに気が付いた。
「・・・アメリア、此れを食うとか言わないよな?」
ダリルが落ちて来た灰を手で掃いながら、魔物の足と私を交互に見比べた後、腹立たしいニヤケ顔を向ける。
「言う訳ないでしょ?こんな時に何を言っているのよ、まったく・・・」
呆れて溜息をつくと、暫くして灰塵は突風と共に霧散していく。
ある者は無念の思いを抱き、ある者は安堵の息を漏らした。
火の精霊王はこの地に深い傷を負わせてしまった事への懺悔か、又は不安分子の存在を気に留めてなのか、眉根を寄せると拳を震わせ祈る様に瞼を閉じる。
そして、見上げる空にはカルメン達や異界の魔物の姿も、その死を証明する物すら無い。
ただ見て判る変化と言えば、空を覆っていた灰色の雲は消え、茜色へと変わっていた事だろうか。
そして、この結末はカルメン達を追い続ける必要が失われていない事を示す。
私達はこの地を火を失わずに済んだ、此処で揺るがないのは火の精霊王と眷族、そして私達の勝利と言う事だ。
本日も当作品を最後まで読んで頂き有難うございます。
決着も一応はつきましたが、シュタールラント編は次回で最後です。
(作品はまだまだ続きますが)
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次回も無事に書き上げられれば、5月9日18時に更新致します。




