第75話 召喚すべき者は-火の国シュタールラント編
今回も戦闘シーンがあり、やや残酷な表現を含みます。
苦手な方はご注意ください。
黒雲が立ち込め、冷たい滴が降り注ぐ空は異界の門を開くが為の儀式の場となっていた。
精霊の間は薄暗く、本来の姿を失い、空気は雨も合わさり寒気がするほど冷え込んでいる。
カルメンは私達に目をくれる事無く詠唱をし続け、トールヴァルトは妨害を警戒してか、カルメンの補助をしながらも、片方の腕には確りと戦斧が握られているのが見て取れた。
精霊石を通じて異界から赤黒い物が流れ込む様に伸び、不気味な魔法陣が画かれていく。
「このまま、何もせずにはいられません。・・・私は水の精霊王様をお力をお借りしようと考えています」
深呼吸をし、私の様子に驚く皆に向けて慎重に考えを口にしてみる。
私の提案に対する反応は其々だった。
「火のマナが乱れた事により、異界と繋がる事を阻害されていると考えれば有効かもしれませんね」
「均衡か・・・可能性があるのなら。試しても良いなんて気軽なものじゃないが、この様子では案が他にない以上はやるだけやらないとな」
ソフィアは感心し、ファウストさんは賛同とは違うが、思いついた事をやってみるしかないと背中を押してくれたけれど、煽てられた張本人は微妙な表情を浮かべていた。
「ダリル?」
「・・・悪ぃ、其れは本当に均衡が原因ならって話しだろ?上手く言えないが、それが原因とは違う気がするんだよな」
ダリルは眉根を寄せ、確かめる様に自身の掌を見つめるが、其処に生み出された火はゆらゆらと頼り気の無く揺れている。
ケレブリエルさんが考え込む様に俯くと、フェリクスさんはダリルの手元を見て考え込むと、視線を私に移動させた。
「オレは水の精霊王様を頼るのは何か違う気がするな。デコ助に賛同するのは癪だが、他の原因を考えてみないかい?水の精霊王様が救い出されてから時間が経つしさ。仮に精霊王様との繋がりが断たれようと、世界にマナは満ちているから即時に失われる訳じゃ無い筈だ」
「ふむ・・・慌て過ぎて言い分が纏まっていない気がするが・・・。確かに、火のマナが乱れているより減っている様に思えるな」
フェリクスさんの話に苦笑すると、ウォルフガングさんもダリルと同様に拳に火を纏わせるが、風に揺らぐ蝋燭の様に心許ない。当初の原因の予測が揺らぐ、一つに拘り過ぎたのだろうか。
「・・・情報を整理し直す必要が有りそうですね」
「そうね・・・思い返してみましょうと言いたい所だけど、此処は呑気にしていられない様よ」
ケレブリエルさんは眉を顰め、フェリクスさんを見て首を捻るが眉根を寄せて目を細めると、杖を握り振り返る。
精霊の間を覆い尽くす瘴気がぼこりと、ところどころ気色悪い粘着質な音を立て泡立つ。
それは見た事も無い魔物へと変貌していく。
「成程、意外と詰めは甘くないんだね・・・」
剣を構え直すと、私達の様子を傍観していたレックスは一人で納得した様に頷くと、意味深な表情を浮かべ口を開く。
「・・・お前の精霊王様を召喚と言う案は悪くない。そもそも、水の精霊王様と要因と無関係かもしれないぞ」
召喚は必要あるけど、水の精霊王様は原因じゃない?
私は意図が酌めずに困惑すると、疑問符が頭に浮ぶ。
「え・・・どう言う事?」
意味を訊ねると、其れ位自分で理解しろと言わんばかりに、レックスは小馬鹿にしたような笑いを口元に浮かべ、杖で宙に何かの紋を画く。
「我は其の王と女王の代行者 舞え光の妖精 柊の剣の舞を 祓え邪に列なる者を 【退魔光閃】 」
レックスが杖で紋を突くと、眩い光の蝶が舞う。
一見、思わず見とれそうな幻想的な光景だが、触れる傍から魔物を切り裂き、鳴き声すら漏らさず塵へと変えて行く。
「負けていられないわね・・・偉大なる精霊にて光の王 不浄なる者を祓いし 光の白刃!」
各々、この国を呑み込み開かれようとする異界の門に焦りを感じながら魔物を狩る。
一体、何匹をかったのだろうか、根源たる邪神の信徒へと己の武器を振るえない事に焦燥感を感じながらレックスの言葉に頭を巡らせていた。
其の時、背後から何か大きな物が軋む音と複数の足音が響いたかと思うと自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
呼ばれるままに振り返ると、其処には予想外の助っ人の姿があった。
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新鮮な空気と共に祭服を身に着け、武器を手にエヴァルト大祭司と祭殿兵が襲いくる魔物を払い除け、姿を現した。
その中心に立つエヴァルト大祭司の顔は何時もの何を考えているのか解らない、良く言えば柔和な表情ではなく、敵を目に止め、険しい表情で兵士や白魔術師に指示を出す。
白魔術師が浄化魔法を放ち、銀のメイスを片手に兵士達が次々と異界の魔物を粉砕し屠って行く。
「おっ、何だ生きてたのかよ」
不用意に口に出さずにいれば良いと言うのに、ダリルがエヴァルト大祭司の顔を見て呟く。
冷や汗をかきながら睨むも、ダリルは平然とした顔で魔物を目掛けて駆け出し蹴り上げるが、腹立たしさからか肩を震わせると、襲い掛かって来た敵に八つ当たりの連撃をお見舞いしていた。
火を使用していない?魔力切れ?それも違う気がする。
私は再び剣を堅く握り魔物の群へと躍り出ると、剣を薙ぐと共に光が弧を描き魔物を塵へと変える。
「おお、見事な物ですね」
魔物の殲滅が済むと、今度は背中合わせの状態でエヴァルト大祭司から声を掛けられる。
そもそも、どうやって此処を探し当てたのだろう。
「いえいえ、そんな。幻覚魔法でエヴァルト大祭司様の姿を模した魔物が出た時はどうなったのかと不安に思いましたが、御無事の様で安心しました」
私の言葉にエヴァルト大祭司は驚き苦笑を浮かべると、祭服の頭巾の中からセレスを取り出す。
セレスは私の姿を目に止めると、エヴァルト大祭司の手を擦り抜け私の肩にしがみ付いた。
「アメリア!」
「わわっ!」
ずれ落ちそうになったセレスのお尻を片手で支えると、エヴァルト大祭司は肩から重荷が下りた様な顔をしていた。
「いやー、敵に命より大切にすべき場所を占領されるなど本当に面目ない。自力で拘束が解けないまま倉庫を脱走し、慌てて兵を募っていた所、何故か姫様にお目にかかりまして。事情をお聞きし、此処に辿り着いた次第です」
確か、セレスはダリルが連れていた筈、如何して祭殿の方に居たのだろうか?
私は冷や汗をかきながらダリルへと視線を送るも、思いっきり視線を逸らされる。
あ、誤魔化した。
何故、祭殿に居られたのでしょうかと言う不思議そうな顔のエヴァルト大祭司。
「フシギデスネ・・・」
直ぐにセレスを城へ引き渡していなかった私達にも非があるのでダリルを責める訳には行かないが、セレスの案内を受けたと言う事は、諸々の事情を話した事だろう。
怒りも、疑いもせずジリジリと詰めて来るのが怖かった。
「さて、雑談は此処までにしましょう。火の魔法が上手く発動せず、頼れるは白魔術と邪気祓いを施した鈍器のみですが、十分御力になれるかと」
良く見るとエヴァルト大祭司の握る杖の根元はメイスの様な形状をしており、魔物の血の痕跡が有る。
此処でも再びの火の魔法の不調、如何やら此れが鍵を握っていると見て良いようだ。
「あの、一ついいでしょうか?」
「はい、なんなりと」
「火の精霊王様の此れまでの御様子と、異変が起き始めたのは何時からですか?」
「・・・精霊王様の御姿を見かけなくなり、焔の儀ができず調査をし始めた頃でしたから、貴女がたが祭殿へ来られた時より、七日以上前となりますね」
精霊王の姿が見えなくなった、しかもそれが何日も?。
精霊石を見上げると、黒曜石の様な色合いに僅かだが火の様な赤が垣間見える。
「最後に一つ、火瘤が現れたのは何時からかご存知ですか?」
そう訊ねると、エヴァルト大祭司は驚愕の色を見せる。何かに気が付いたのか顔が青褪めさせ、思い返す様に目線をあげては此方へと戻す。
戦いの音が止み、レックスの『水の精霊王様は無関係』と言う言葉が不思議と頭を過る。
「ほぼ同時期じゃないか・・・!」
火の精霊王様の失踪も、火瘤の出現も同時期に・・・!
改めて情報を整理し考え纏めてみる、全てが合点がいった。
「精霊王様との繋がりが途絶えようと、即時に危険な域にはならないと言うのは本当ですか?」
「ええ、その通りです。は、まさか・・・マナの枯渇が原因だと?!何で気付けなかった!」
エヴァルト大祭司は信じられないと言う顔の後、頭をガシガシと苛立ちながら頭を掻く。
「・・・はい。恐らくは異変が起きる直前、二人の異界の者により精霊石と精霊界の繋がりを封じられており、気付かぬ間に不足分が自然に補完され、それも尽きかけていると私は推測しています」
「・・・ありえなくない話ですね。事実は火の精霊王様と敵にしか解りませんが、その推測をとおりと考えて問題ないでしょう。此れを貴女に・・・」
エヴァルト大祭司は杖の先端で器用に宙に赤い文字を書き記す。
空で行われている儀式と精霊石を見上げ、周囲に合図を送ると、頷き合い全員で杖を向けた。
「祝詞・・・此れは火の精霊王様への物でしょうか?」
「ええ、私達の魔力で事足りるか解りませんが浄化魔法を使用します。その後、速やかに詠んでください」
「わたしも手伝うよー。アメリア、魔力を貸してー」
セレスのみでは魔法の発現と行使は不可能だが、命名誓約により私が魔力と精霊の力を提供する事により、行使する事により魔法の使用が出来る。負担が一気に来るわけだが、此れは仕方がない。
「おい!何を話しているか知らねぇが、何か策が有るのなら急げっ!」
ダリルの慌てた様な声に空を見上げると、空を埋め尽くす程の強大な魔法陣が完成しており、其れが輝き回転し始め、岩や建物の一部を吸い上げ塵へと変えて行く。
此の地を消滅させ、積年の恨みを晴らす一歩を踏む為だ。
所々から瘴気が柱の様に吹き出すと、魔物群と共に三つの影がカルメン達の許に集まる。
「・・・崇高なる女神と精霊王に与えられし浄化の火よ 聖火式浄化術【浄化】」
大人数での迫力が有る詠唱が空気すら震わせる様に響く、それに遅れてセレスの舌ったらずな詠唱が混じっていた。
赤でも青でも無く白銀の炎が一斉に杖から放出され、精霊石を覆う魔術が消失し、風に舞う灰のように散っていく。一度に多くの魔力が抜けて眩暈が起きるのを堪え持ち直すと、私は顔を上げ空を見上げる。
冷たい滴が何度も顔を打ち付け滑り落ちる中、魔物の群を引き連れ、トールヴァルトが上空より舞い降り、雨水を含む風をあげながら戦斧を振り下ろす。
「これだけの事をすれば当然よね、術が妨害されなかっただけマシかな・・・!」
「は!こそこそと・・・大人しく見物を決め込んでりゃ、僅かでも長く生きられたって言うのによ!!」
重い一撃が振り上げ受け止めた剣から手へ、全身へと伝わって来る。
然し次の瞬間、狂気に満ちた表情で迫るトールヴァルトの体が骨が軋む音と共に私の視界から消失した。
「火の精霊王を助けるんだろ?早く何とかしろよ!全力が出せねぇじゃねぇか!」
如何やら隙をついてダリルがトールヴァルトを蹴り飛ばしたらしい。
振り向き様に理不尽な罵声を浴びせ掛けられ眉を吊り上げると、間髪入れずフェリクスさんが剣を構え私を庇う様に前へ躍り出る。
「全く・・・アイツは素直じゃないね。事情はエヴァルト大祭司様から聞いた、後はお兄さん達に任せなさい」
フェリクスさんは振り向かずにそう言うと駆け出し、瞬く間に魔物を雷撃で消し炭へと変えて行く。
皆が自分の為に魔法に剣に拳と戦う姿に剣を収めるとレックスが杖を掲げ障壁を張る。
「何方を召喚すべきか、その様子では気付いたのだろう?俺は盾の務めを果たす、お前は剣として邪神の野望を切り裂け!」
レックスの激励に私は無言で頷くと雨の中、精霊石へと剣の切っ先を向けた。
精霊石を通じて精霊王様との繋がりを感じる、緊張を解し深呼吸をすると、静かに瞼を閉じ祝詞を読み上げる。
「精霊界にましまして 遍く物に御働きを現し給う灼熱よ 創世の火にて精霊の王 従順なる者の声に応えよと 恐み恐み白す・・・」
祝詞を読み終わると、何度も耳に響いていた雨音が忽然と消え、あれほど振り続けていた雨は最後の一滴となり、私の毛先を滑り落ち消えて行った。
本日も当作品を読んで頂き真に有難うございました。
何時も励みになっております!
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次回も無事に投稿できれば、5月2日18時に更新予定です。




