第71話 集結ー火の国シュタールラント編
今や熱風吹き荒ぶ山は異界の魔物で黒く染め上げられていく。空を舞うものに地を這うもの、それらは共に喜びと興奮が入り混じる鳴き声を上がる。
其々の魔物は大将であるトールヴァルトに怯えながらもカチカチと牙を慣らし、涎をだらしがなく垂らし、ぎょろりと視線を動かす、如何やら獲物を品定めしているようだ。
そこに居る誰もが背後を警戒する中、岩壁が崩れ落ちても尚、幾ら待てど姿を見せる気配はなし。
此方が七人に対し取り囲む魔物は恐らく数十体、何方が先行するにしても絶望的な状況は変わりはないのだ。さて、どう足掻き切り抜けた物だろうか・・・
一番の懸念はトールヴァルト、私達は互いに背を向け合い、放射状に陣形を組む。状況次第では、誰か一人を逃し援軍を要請して貰う事も考慮しなくてはならないだろう。
「あー・・・俺は人との楽しみを横から掻っ攫う卑怯者が嫌いなんだよ!」
如何やら双方は通じていないらしい、トールヴァルトは不機嫌そうな声をあげた後、鋭く空気を薙ぎ戦斧が私の首を刈り取ろうと喉元へと迫る。
反射的に振り上げた互いの武器は擦れ合い火花を散らし、大きな体から繰り出される一撃は想像以上に重く踏み込んだ足が僅かに後退する。
「・・・・っ!!」
魔物達はトールヴァルトが斬り掛かるのを切っ掛けに、空気を震わせんばかりの歓喜の声をあげ、一挙に押し寄せた。
「へっ!おもしれぇ!戦いはこうでなくっちゃな!」
ダリルは瞬時に魔物達へと接近すると、火を纏う蹴りで魔物を消し炭に変え、フェリクスさんが雷を帯びた双剣が更に多くの魔物を斬り伏せる。
「おやおや?デコ助、もしかして遠慮している?」
「うっぜぇ!」
暫し睨みあう二人だが、ケレブリエルさんが青筋を立てるのを見ると、無言で踵を返す。
ケレブリエルさんは溜息をつくと素早く杖をかまえ詠唱を始め、ファウストさんの岩人形が仲間を護るように魔物の前に立ち塞がる。
「私も負けていられないわね・・・」
私はつまらなそうな表情を浮かべるトールヴァルトを嘲笑うと、更に腕に力を籠め剣の柄を握り、腕を捻り刃を滑らせ重圧から逃れると一息吐き、剣を振り上げ勢いのままに下ろす。
剣と斧の刃が衝突しあう金属音が幾度となく響き、お互いに弾かれる様に距離を取る。
然し、私は何処と無くトールヴァルトの戦い方に違和感を感じていた。
「遍く空を掛ける風の精霊よ 我が杖に集いて 千の刃となり手渦巻け【烈風刃】!」
ケレブリエルさんの凛とした詠唱が聞こえ、風刃が魔物の群を切り裂き山を築くと、血の臭いにつられ魔物を呼び込んでしまう。
気が緩む間も無いまま、斬り抜ける手段を考えあぐねていると、何時の前にやら歓喜の声が恐怖に変わったかと思うと、押し寄せる小柄な集団がそれらを切り裂き駆けて行く。
空を飛ぶ者は矢で射貫かれ、大斧が巨大な魔物を両断し、逃げる者にも容赦なく手斧による追撃が浴びせられる。驚き固まる私達の目に映るのは、武器を片手に立ち回る、ドワーフの戦士達の姿だった。
次々と魔物を倒す援軍の中から一人の赤髪のドワーフが私とトールヴァルトの間へと飛び掛かる様に大斧を振り下ろす、飛び抜いた私達を交互に見ながら軽々と得物を引き抜き立ち上がると、柄を肩に掛けニタリと不敵な笑みを浮かべる。
「何だ火の眷族・・・ドワーフ族か、大人しく火造鎚でも打っていれば良いものを」
一瞬、驚きの表情を浮かべるトールヴァルトだったが、ドワーフの言葉に徐々に怒りの色が滲ませるどころか寧ろ、この状況を楽しんでいるようだ。
「悪いな、敵さんよ!生憎、俺は悪事と言う名の楽しみを潰すのが、酒や女と同じぐらい好きなんでな!ガーハッハッハー!」
赤髪のドワーフはトールヴァルトに対し、慄く事は無く、豪快に笑い飛ばして見せる。
すると、トールヴァルトは「そうか・・・」とだけ呟くと同時に、戦斧を素早く突き出す。
突き出された斧の中央の槍の状の切っ先は、ドワーフの喉元へと向けられた。
「あっ・・・・ぶない!」
私が咄嗟に下ろした剣は直前で確りと先端を捉え、赤髪がはらりと地面に散る中、戦斧の刃先を捉える。
「めんどくせぇな・・・」
そうトールヴァルトが低く短く呟くのが聞こえたかと思うと剣が弾かれ、苛立つ感情のままに振り下ろされ、慌てて反射的に飛び退き、振り下ろした戦斧を上から抑えこむ。
「それを待っていた」と呟く声が聞こえたと思うと、ドワーフの男性は大斧を勢いよく戦斧の柄に向けて振り下ろし切断した。
予想外の動きに驚く最中、切り落とされた戦斧の先端はドスンと重い音を響かせ地面を転がり落ちる。
「やるじゃないか、火の眷族!」
フェリクスさんからの称賛の声があがる。
こんな時に何を言っているのだと振り返れば、魔物の死骸の山と複数の謎の氷塊が点在するのを見かけ、思わず目を丸くする。
「はっ、誰だか知らねぇが。余計な事をしやがって・・・!」
頼もしい援軍に囲まれ、歓喜の声と安堵の息が漏れる中、ダリルだけは眉根を寄せ悪態をつく。
今や対峙するのは私達とドワーフの連合と武器を失ったトールヴァルトのみ。
それにしても、瘴気と魔物を吐き出す異界への扉を覆う氷塊は何なのだろう。
多くのドワーフ達を押しのけ、教会の制服を着た面々が姿を現したかと思うと、一人のドワーフの女性が、私の隣のドワーフの男性を指さす。偽者を救出した際、掛け付けていた白魔術師のフリーダさんだ。
「アイツは兵士長グスタフ、アタイらの領の衛兵さ。それと、そこの!この状況が解んないのかい?」
数多の魔物を率いる大柄な魔族に臆する事は無く指さしをすると、豪胆にも誰よりも早く勝利宣言をして見せる。戸惑いながらその様子を見ると、グスタフさんはフリーダさんの様子を窺うと、小声で私へと呟く。
「アイツは教会の僧兵の首領だ、フリーダの名前を出せばどんな野郎も小便ちびって逃げ出す豪傑だぜ」
「は、はあ・・?」
少々下品な言われ様だが、豪傑だなんて呼ばれる女性なんて初めて見た。
男性と間違えられるのを嫌っていたし、白魔術師のように振る舞っていたのは、下手な印象を持たれたくないからだろうか?
「くっくっく・・・何を言うかと思えば、そんな事か笑わせる」
低い笑い声が辺りに響く、トールヴァルトは棒切れと化した戦斧を地面に落とし、踏みつけたかと思うと腹を抱えて笑いだした。
謂われない不気味さに私は警戒を緩めず、剣を向けるとトールヴァルトは余裕の表情を浮かべる。
「・・・・何が笑えると言うの」
「勝利に浸りきったお前達の顔だよ!」
「ははっ、負け惜しみか?」
グスタフさんは余裕を崩さぬままのトールヴァルトに対し、皮肉交じりの言葉と共に口角を吊り上げ、白い歯を覘かせた。
トールヴァルトが笑うのを止め、片手を掲げると黒い光球が生じ、それは戦斧を模り実体化する。
「この地は間も無く、我々が再出発する場となる。此処より世界の再構築は始まるのだ!」
トールヴァルトは高らかと宣言すると、戦斧の柄を強く握り、叩き込む様に私達へと振り下ろす。
「・・・くっ!」
私とグスタフさんはそれを間一髪、躱し逃げ果せるが、切裂かれた大地は火のマナの不安定化により脆くなっているのか、トールヴァルトが斧を振り上げると同時に融けた鉄の様な溶岩の壁が私達の前に生まれ、視界を遮る。
跳ねあがった其れが退くと、地面に新たな瘴気を生む高熱の傷を残し、トールヴァルトは姿を消していた。
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「二人とも、其処をどかんか!」
ゴトゴトと車輪を転がし巨大な金属の筒を二人のドワーフが周囲を押しのけ突進して来る。
言われるままにその場から離れると、一人が青く輝く鉱石の塊を詰め込み、もう一人が照準を合わせレバーを力いっぱい振り下ろす。
それは前後に大きく振動し、鉱石と同色の魔法陣が展開したかと思うと、冷気の柱が裂け目へと直撃すると同時に水蒸気を吹き上げながら氷塊を生成する。
如何やら点在している氷塊の正体はこれらしい。
「ありがとうございます!そんな素晴らしい魔道具が完成しているとは思いませんでした」
魔道具を使用した二人にお礼を言うと、その魔道具師のうちの一人、イーヴォさんが苦笑いを浮かべ首を横に振る。
「誰かと思えば火瘤封じの実験の手伝ってくれたお嬢ちゃんか。この儂、イーヴォの自信作ではあるが、此れは一時的にしか火瘤や裂け目を封じる事しかできん。奴も其れを見抜いてのアノ口振だったんじゃろうて」
「なぁに弱気な事を言ってんだい、それなら封じている間に敵をブチのめしちまえば良い話じゃないか!」
フリーダさんは謙遜するイーヴォさんを見て眉を吊り上げ激励をすると、拳を突き上げた。
その勢いに目を丸くし、イーヴォさんは苦笑する。
「さすが、姐さん・・・と言った所じゃな。痺れるうえに憧れてしまうわい」
「そうだろ・・・って年下に姐さんって言うんじゃないよ!」
年上じゃなきゃ呼んでも良いのだろうか?
そんな馬鹿な事を考えていると突如として、凄まじい勢いで熱波が頬を打ち過ぎ去って行く。
「おい・・・何だありゃ・・・」
誰ともわからない驚愕の声につられ振り向けば、王都の空だけが夕日の様な茜色に染まっていた。
「こいつは、一杯食わされたかもしれないな」
ダリルは悔し気に顔を歪めると、感情を押し殺すように拳を握る。
トールヴァルトの何処か遊んでいる様な戦い方は、私達を離れた場所に留める茶番だったのだと思われる。なるほど、私達の調査を上手く利用されたのかも・・・
「山を掘って駆け付けてくださり、本当にありがとうございました。図々しくありますが、如何か余力のある方にお願いです、一緒に王都へ竜人族の皆さんへの援軍として同行願えませんでしょうか?」
ドワーフの皆さんが呆気に取られ固まるのを見て、私は一気に我に返る。
流石に無茶を言ったかと苦笑すると、フリーダさんとグスタフさんが真剣な顔で此方を見詰めて来たかと思うと二人に背中を思いっきり叩かれ危うく倒れかけた。
咽込みながらジンジンと痛む背中をさすり顔を上げると、二人だけじゃ無く皆が私を見ていた。
「何言ってんだ、火の眷族なんだから当たり前だろ?」
「精霊王様の危機とあらば、教会としても眷族としても戦うに決まっているだろ?さて、ボサッとしている暇は無いよアンタ達!」
フリーダさんの大きな掛け声に野太い、賛同の声があがった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます!
しかも、新たにブックマークを二件も頂けて感謝の気持ちが尽きません。
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それでは次回も問題なければ、4月4日18時に投稿となります。




