第70話 脅威を追うその先でー火の国シュタールラント編
多くの死者を弔い静まり返った街はすっかり戦場へと変わる気配を濃くして行く。
祭殿兵は護りを固め、そこに城からの兵士も加わり、魔物と竜人達の激しい攻防が繰り広げられる音や声が飛び交うのが耳に入る。
戦う決意をし、祭殿を後にしようと急げば、中庭から覗く空には黒い翼と角を持つ人型の魔物が飛び交い、兵が放つ矢を縫うように躱しては同種の仲間を肉の盾にし、生き残った魔物が火を吐き兵へと浴びせかけていた。
「・・・っ!私達も急ぎましょう!」
本物のシグルーンさんの許から戻ったウォルフガングさんと合流を済ますと、急ぎで事情を説明をし、入口へと辿り着いた所で思わず私は息を飲む。
武器による応戦に加え、自ら竜化し魔物を焼き払い引き千切る、私は初めて間近で見た戦場に鳥肌が立つのを感じた。
「あぁ、一暴れすっか!」
戦場の空気にあてられ昂ったのか、ダリルは高揚した面持ちで拳を握る。
「慎重にね・・・この数、住処を無くして這い出て来たと言う域を逸脱しているわ」
熱くなる私達と対照的にケレブリエルさんは冷静に勤めると、杖を堅く握りながら空を見上げては眉根を寄せた。
誰か指揮したわけでも無く、各々の武器を握り絞め、敵の殲滅へと赴こうと踏み出ようと歩き出す。
戸惑いがちなソフィアが慌てた様子で私達を追おうとした所で、背後から「お待ちください!」とエヴァルト大祭司の声がかかり、意気揚々と歩み出した所で出鼻を挫かれてしまった。
「呼び止めてしまい申し訳ございません。我々は防衛に貴女がたの御力をお力をお借りするつもりはありません」
「え・・・?」
虚を突かれ、思わず足を止めると、エヴァルト大祭司は怪訝な表情を浮かべる私達を見て安堵の息を吐いた。
「・・・どう言う事だ?」
ダリルが苛立ち気味に訊ねると、エヴァルト大祭司は眉尻を下げ、落ち着くようにと宥めすかす。
怪訝な表情を浮かべながらも耳を傾ければ、エヴァルト大祭司はカチャリと眼鏡を指でたくし上げ整えると、困ったように肩を竦めた。
「先ず、この程度の量の魔物に対し都を護れぬなどの心配はありませんのでご安心を」
「ふむ・・・それよりアノ話の後でわざわざオレ達を引き留めた理由を話して貰えないだろうか」
フェリクスさんはまわりくどい言い回しに首を捻り、要点を話して欲しいと伝える。
其れにウォルフガングさんも何度も頷くと、エヴァルト大祭司を見て面倒くさそうに溜息をつく。
「お前の事だから慎重に話を進めたいんだろうが、俺みたいな昔馴染み以外にはそれは通用しないぞ」
友人に指摘され、エヴァルト大祭司は何かを思案するかのように黙り込む。
「おい!」
「やめなさい、ダリル!まったく・・・情報を整理して話せれば優秀な奴なんだがな」
ウォルフガングさんに宥められるダリルを横目に、エヴァルト大祭司は気に留める様子も無く頭を上げる。
防衛に必要は無いが、しかし引き留めるとなると・・・
「魔物の討伐以外に何か頼みがあるのでしょうか?」
「ふっ・・・その通りだ。実に君は勘が良いな」
「それはどーも・・・」
傲慢に振る舞う姿に、流石に私も少し頭にきて、頬が引きつる。
エヴァルト大祭司は警戒する様に周囲を見渡すと、人気が無くなると語りだす。
「先程の話は覚えていますね、その恐るべき事態が現実の物となり始めている・・・。それが魔物の大量発生に繋がると仮定して、君達に発生源を特定して貰いたい」
「場所の予測はできていますか?」
「勿論、やみくもに探すのは時間の浪費でしかありません。然し、君達も此処に来るまでに何度か目にした事が有るはずですよ」
言われてみて改めて振り返る、火事に偽者のシグルーンさんを追いかけて駆け抜けた坑道、そこで見て来た物を一つ一つ思い浮かべる。
可能性があるのは火瘤、それが魔物を生み出した発生源だと仮定しても、火のマナの異変による崩壊から生まれて来るとは考えずらい。
魔物は穢れの澱みから生じると習った、然しあれは火のマナその物。
命を生み出す事は不可能、それが異界との境目をも焼き、綻ばせ入り口を造り出さなければ。
「・・・途中、幾度となく火の精霊王様の異変の影響と思われる、火の瘤に遭遇しました。確証はありませんが、調べて見ようかと思います」
私の話にエヴァルト大祭司は腕を組み唸り声を上げる。
「ふむ・・・やはり貴女も其処に目を付けたのですね。私も火災を伴う崩壊に、大量の溶岩の噴出などの多数の報告を受けていました。では、此方も対策を練りますので、直ちに調査をお願いします」
「はい・・・!」
王都が在るのは頂上であり、自然に考えれば発生源は麓方面だ。
それが新たな不安要素を増やす、残した仲間と二頭のヒッポグリフを連れて、この国と火の精霊王様を見捨てる事などできない。
黙々と私が考えむ横で大きなため息が漏れる。
「調べさせておいて、特定できませんでしたは無いぞ」
「はははっ、言いますねぇ。私には特権により此処で見る事も出入りできない場所も無い、相応の働きをして見せますよ」
やっかみを入れるダリルを相手にエヴァルト大祭司は笑顔で切り返す。
「・・・その喋り方、頭に来るから止めろ」
ダリルは舌打をし、胡散臭さげに顔を顰めると、ウォルフガングさんに呼ばれしぶしぶ歩いて行く。
人々の無事を祈り、私達は祭殿を後にする。空に陸にと跋扈する魔物を目印にして。
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あらゆる戦いの音と跡を目にしながら、人目を避ける様に裏路地を私達は駆け抜ける。
発生源を突き止める為に魔物の群を追う以上、交戦は必然的に避けられない。
幾度となく露払いをするも、どの魔物も見た事も習った事すらない異形ばかりだった。
滑り気を帯びた黒い複数の触手が生えた巨大な胴体に大きな目玉、筋肉質な足には牛や馬の様な蹄がついており、私達を見つけると大きな口から涎を滴らせ、本能のままに食らい付こうと接近して来る。
ファウストさんの岩人形が土煙をあげながら其れを受け止め、私とフェリクスさんが触手を翻弄しながら斬り裂いて行く。
「フンッ・・・・!」
最後にダリルの拳が魔物を貫くと、何処からともなく死臭を嗅ぎ取ったのか、不定形の魔物が瀕死の魔物に集まり、奇声を発しながら嬉々として食らい付いて行く。
「共食いかよ・・・」
「こんな感じの光景、何度でも見る事になるかも知れないわ。出来得る限り、足を止めずに急ぐのよ」
「無茶言うぜ・・」
惨たらしい光景に眉を顰め、それから目を背けると、皆に交戦を避けるように呼び掛ける。
徐々に濃くなる魔物の気配を追う内に、気付けば私達は街を出て、ゴツゴツとした岩場が目立つ山道へと辿り着いていた。
大きく突き出した岩場から眺めれば、麓の方からは爆音と共に黒煙があがっており、嫌な予感が的中した事を知ると同時に、お世話になった鍛冶ギルドの面々やライラさん達の事が思い浮かんだ。
周囲に点在する火のマナの異変により火と高熱を放つ灰塵の山は、風が吹くと破裂したかのように穴が姿を見せ、その中心から黒い靄があがる。
岩壁に身を潜めながら辺りを覗くと、付近で熱波と共に赤茶色の岩肌が橙色に膨れ上がる、新たに生じたそれは何度も見た火瘤そのもの。
気泡の状の其れは限度まで膨張すると、流線上に飛び散るとはらはらと舞い散り、赤さの残る中央から滑り気を帯びた腕が突き出したかと思うと頭がゆっくりと現れる。
間違いない、魔物は火瘤から這い出してきている。此れが発生源の一つと見て良いだろう。
黒い靄の正体は瘴気だとすると、世界の綻びと似ていると思いうかんだ。
魔物が群れ成す中、シグルーンさんの姿が目に映る。既に本物は判明し、本人で無いのは明らか、あくまで様子見と顔を突き出した所で、不思議な事に目が合った気がした。
「・・・拙いっ」
慌てて岩場に引っ込んだが、無駄な悪足掻きかも知れない。
「何を見た?」
私の徒ならぬ様子に何かを感じたのか、フェリクスさんが声を潜め話しかけて来る。
私はあまり声を出す訳にいかず、小さな身振り手振りで敵の居場所を伝えると、目の前に何か大きな何が飛び降りて来た。
「あら、誰かと思えばウォルフと救世主様じゃないですか。こんな所でどうなさったのかしら?」
良く知った姿をした赤髪の女性は猫撫で声を出しながらウォルフガングさんへと手を伸ばすと、其の手は乱暴に弾かれ、手首を掴まれ捻り上げられる。
「痛い!何をするの?!」
「・・・誰だお前は?!」
目を驚き見開くと、何度も瞬きをしながら戸惑う仕草を見せるが、ウォルフガングさんの顔を見てほくそ笑むと、その腕を跳ね除け、低い男の声で豪快な笑い声をあげた。
もはや、多くの魔物の群を潜り抜けたとして逃走は不可能に近い、退路を断つ為の接触なのだと気付かされ、怒りで拳が振るえる。
「ふはははっ・・・お前達もアイツはやはり詰めが甘いな」
そう嘲笑うと偽者の体は徐々に膨張し、球体に近い形へと変化をした所で動きが止まるとビシリと硬質な音が響き、波紋状のひびがはいる。
それは正に雛が殻を突き破り孵化の如く、突き破るのを合図に剥落し、四肢が弾ける様に飛び出すと同時に粉砕された。
どうやって此れが収まっていたのだろうか、青緑の髪の下の瞳は爛々と輝き、筋肉質の巨体の背には闇夜の様な黒い翼、戦斧を取り出すと肩に掛け、此方に歪な笑みを向ける。
「やはり、一人は貴方だったのね・・・トールヴァルト」
「ははっ、水の祭殿以来・・・ああ、違うか、麓の教会では世話になったんだったな」
そう言うとトールヴァルトは私から視線を逸らし、ウォルフガングさんを見て嘲笑う。
「貴様・・・・っ」
ウォルフガングさんは眉根を寄せ、怒りを滲ませるも、歯軋りをしながら口を堅く結ぶ。
ダリルは怒りを噛み殺す師匠を横目で見ると、眉を吊り上げた。
然し、流石のダリルも感情に任せに無策のまま相手に一撃を浴びせようとせず、警戒の姿勢をとる。
トールヴァルトは其れを愉快そうに鼻で笑った。
次第に此方の存在に気付いた魔物が次々とトールヴァルトの許へ集い、鳴き声が耳に響きこびりつく。
それでも諦めるのは早いと思う、道が無いのなら作れば良いのだから。
覚悟を決め、柄に滑るように手を伸ばし握り絞める。
突然、魔物の一匹が興奮し始め、意のままに私達へ奇襲を掛けよう迫る。
然し、トールヴァルトは其れの頭を軽く片手で掴み捕らえると、そのまま握り潰した。
「小さな時空の穴しか通れない雑魚が・・・異界にない珍しい餌を前に先走りやがって」
時空の穴に故郷・・・
トールヴァルトはカルメンにより、封じられた異界から魂をのみを呼ばれた存在。
つまり故郷と言うのは聞くままに非ず、邪神と加担した者達を封じた異界の事を指すに違いない。
大祭司様からお聞きした話も交えて想像すれば、焦りや不安の中に相手の真の目的が見えて来る。
「トールヴァルト、悪いけれど貴方達の狙いは阻止させて貰うわ・・・!」
私が柄を握り絞めた腕に力を籠め剣を引き抜けば、それを合図に仲間が各々の武器を手にして構えた。
トールヴァルトはつまらなそうに片眉を上げて何かを呟くと、魔物は何を言われたのか、鼓膜を穿たんばかりに咆哮を上げた。
「ふんっ、威勢だけじゃ身を亡ぼすだけだな。なあ、同胞達よ!」
風音も自身の声も耳に届かない程の魔物の歓喜の声があがる。
幾度となく襲い来る複数の魔物を屠る中、突然に地面が鈍い音を立て、突き上げるように振動し始める。
その音と振動は背後の岩壁に大きな亀裂を生み、突き上げる振動と共に崩れ去った。
まだ見ぬその先から、複数の何かの足音が迫ってくる気配を感じる、苦しい状況に額に汗がつたった。
「不味いわね、この状況で挟撃だ・・・」
迫りくる命の危機、その最中に聞こえたケレブリエルさんの警告は、私達を挟む双方の声と音に阻まれ、呑まれて行くのだった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます!
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次回も無事に投稿できれば、3月28日18時に更新します。




