第69話 隠されし命令-火の国シュタールラント編
白魔術師達に運ばれていくシグルーンさんを眺めた後、エヴァルト大祭司は手元に視線を落とす。
カチャリと音を立てる其れを指先でなぞる様に撫でると、深く溜息をついた。
「幾ら何でも酷すぎませんか?出会い頭に眼鏡をへし折られるなんて初めてですよ・・・」
「口だけ偉そうに言いながら人任せにするとか、手助けしただなんて嘘を良く言うな」
ダリルは拳をポキポキと鳴らすと、片眉を吊り上げながら口角を引きつらせながら邪悪な笑みを浮かべる。これには戸惑いつつも、同情する者はいなかった。
「私は彼女の事を調べると言いましたが、その方法を明確にした覚えはありませんよ?」
そう言い切ると、エヴァルト大祭司は懐から新たな眼鏡を取り出しかけ直し、クイッと眼鏡をたくし上げるとしたり顔で此方を見る。要は私達を使って調べても良いだろう、そう言いたいのだろう。
流石に頭が痛くなって来た。
「開き直りじゃねぇか!」
エヴァルト大祭司の返事に頭に血が上り、ダリルが噛みつかんばかりに喚き立てるが、本人はいたって冷静だ。
不毛なやり取りを見る中、私なりに現状を鑑みてみると、優先すべき事を思いだし溜飲が下がる思いがした。
「ダリル、成果はあった訳だし、ともかく此処は抑えて」
「・・・くそっ!わーったよ!また、利用されんじゃねぇぞ」
納得いかない様子のダリルを宥めると、エヴァルト大祭司は何か考え込む様に沈黙した後、真剣な眼差しで此方を見る。
「助かります・・・此方も貴女方の仲間の助力もあり、色々と判明した事が有りましてね。取り敢えずは、場所を移動しましょう。話をするには此処は、目立ちすぎますし」
「ええ、そうですね」
私からの返事を聞くと、エヴァルト大祭司は側仕えの人を廊下に待機させ、近くの空き部屋へと私達を招く。
そこは狭く、休憩所と言った様子の部屋で、中央には簡素な造りの椅子と机が置かれており、私達に座るようにと奨めると、自身は壁に背を向け腕を組んだ。
「先ずは其方の成果を報告して頂きましょうか?」
「ええ、解りました。あの火事の中の様子を知る者は私達しか居ませんしね。ただ、其方で判明した事を此方にお聞かせいただけると約束して頂けるならですが」
シグルーンさんに扮した偽者を私達に調べさせたうえで、独自で判明した事が有ると伝えると言う事は何か有るに違いない。エヴァルト大祭司の顔色をじっくりと窺うと、困ったように眉尻を下げ苦笑した。
「ええ、勿論です。もう紛らわしいやり取りをする余裕も無くなりましたしね・・・」
余裕が無いとは如何言う事だろう。
「・・・承知しました」
妙な引っ掛かりを感じつつ、私はエヴァルト大祭司に白魔術師棟で起きた真実をありのまま話す事にした。私達と別れる間際の巫女の様子、本物のシグルーンさんは正体を偽装する為に火傷を負わされ側仕えとして保護されていたと言う事、そして精霊の間で起きた事もね。
エヴァルト大祭司は食い入るように話に耳を傾けると、深い溜息をついた。
「貴女方の御友人と多数の兵士達の活躍により、巫女が侵入者と共に逃亡したと報せが入りました」
「それでは・・・!?」
何故、何もせずにあっさりと逃亡を?
シグルーンさんに姿を変えていた二人が邪神に与する二人で確定として、これでは自ら偽者だと明かす様なもの。
火のマナは不安定のままだが、火の精霊王様もシュタールラントに関しても中途半端で、何か目的を果たしたとは思えない。彼女達がただ、攪乱をしに来たとは思えない。
火の祭殿に潜入した事も、わざわざ姿を変え演技をしてまでも私達を王都へ誘導した意味も不明だ。
「ええ、認めるざるを得ません。そして、事態は最悪な方へと向かっている事も・・・」
エヴァルト大祭司は神妙な面持ちで何かを言いたげに唇を動かしては戸惑い、何かを考え込む様に眉間に皺を寄せる。
その煮え切らない様子にダリルは舌打ちをすると、拳を机に叩き付けた。
「おい!紛らわしいやり方は止めるんだろ?さっさと話してくれ」
ダリルはそのままエヴァルト大祭司を睨みつけるが、目をいっさい合わされる事無く受け流され、その視線は私達へと向く。
「これより話す事は努々、口外せぬようお願いします」
「はい・・・!」
「本来、マナに乱れが生じた際、各精霊王様の巫女がそれを調整役を務め、火瘤などのマナの崩壊などを治める事になっています」
「つまりは、巫女様はマナが乱れ始めた当初から成り代わられ、奴らに利用されていたと言う事か」
ファウストさんはエヴァルト大祭司をじっとりと横目で見ると、何故気付かなかったと言わんばかりに呆れた様な声で呟く。
エヴァルト大祭司は困ったように眉尻を下げ、「御尤もですね・・・」と苦笑する。
「そして巫女様が倒れられた今、調整役の不在により精霊王様が本来の役割・・・」
誰も口を噤み、エヴァルト大祭司の言葉に耳を傾けた其の時、大地を突き上げる様な衝撃が襲い掛かり言葉は遮られ、勢いよく側仕えの一人が部屋に飛び込んで来た。
「城より伝達が!見た事の無い魔物の群が国の各地から這い出て猛威を振るっているそうです」
「魔物が!?」
驚く私達を尻目に、ソフィアは側仕えの横を擦り抜け部屋を出ると、慌てて翼を羽ばたかせ飛び出す。
すぐさま下降すると、顔を青褪めさせながら胸に手を当て、落ち着こうと息を吐くと唇を震わせながら報告をした。
「魔物らしき群が麓や周辺に確認できます・・・あの動き具合からして此方へ向かっているのかも知れません」
「・・・何と言う事だ!精霊の間は無事か?!」
ソフィアの報告を受け、強かであり冷静だったエヴァルト大祭司だったが、珍しく取り乱し声を荒らげた。その様子に側仕えの人の顔は引きつるが、その様子に冷静さを取り戻したエヴァルト大祭司は誤魔化すように小さく咳払いをする。
「え、ええ、今の所は何の報告も受けておりません」
「そう、ですか・・・。貴方は祭殿兵へ守りの強化せよと伝令を頼みます」
そう命令するエヴァルト大祭司は、重要な調査を人任せにした時と打って変わり、人が変わったかの様だ。然し、そう思うのも失礼な話かもしれない。
暗雲立ち込める空に魔物の鳴き声が混じる中、慌てて此方へと駆けて来る三つの影が目に入る。
戻って来たフェリクスさん達は怪我は軽傷なれど、その顔色には疲労の色が混じっていた。
「襲撃者と巫女さんを追ったが・・・申し訳ない」
「いいえ、あれ以上の深追いは何も得るものは無いわ」
「すまない、マルクス。奴等を追って下山を試みたが、空に逃げられてしまったうえに、明らかに形成が不利になってしまってな」
フェリクスさん達を宥め、ウォルフガングさんはエヴァルト大祭司の前へと出ると、頭を項垂れながら悔し気に拳を震わせる。
「いえ、ウォルフ。祭殿に所属する兵でも無い貴方がたに責任を追及するつもりはありません。そんな事より、破滅の足音が聞こえる現状を国と力を合わせても打破できるかと言う所ですし・・・。それと、本物は白魔術師による治療中です、直ぐに会いに行ってやるといい」
「そうか・・・そうかシグルーン・・・彼女は無事だったのか」
エヴァルト大祭司の言葉に安堵の色を顔に滲ませながら、ウォルフガングさんは踵を帰り足早に此の場を後にする。その背中を見守ると、エヴァルト大祭司は天を仰いだ。
「破滅の足音とは、先程言いかけた事と関係するのですか?」
「・・・ええ、其の通りです。精霊王様は女神ウァルミネの命により遣わされ、世界の六元素を司り、守護する精霊なのは誰しも知る所ですね。祭殿に伝わる書物によれば、その命の中で最たる役目として、邪なる者を封じた異界への門の封印と言うものが存在するそうです」
つまりは各精霊王様には邪神を封じる役目を与えられていると言う事か。
此処でのカルメン達の狙いは理解できたが・・・
「私に・・・祭殿や街、精霊王様を護る手伝いをさせて頂けませんか?」
私がそう申し出ると、エヴァルト大祭司は驚き目を見開くが、すぐさま眼鏡の奥の瞳を鋭く細める。
「前回の時の様な手段は残念ながら通用しないうえに、此処を離れば巻き込まれずに生き延びられる。それでも、貴女に我々と戦い、此の地を護る覚悟はあるのですか?」
「ええ、一時生き延びようと何れは逃れられません。それに、私はどの精霊王様も欠けた世界なんて生きていけませんし」
思ったままを口にし、気付けば何時の間にか皆が私を囲んでいる。驚き、皆の顔を眺めると、私を見て静かに頷いた。
「俺は中途半端が嫌いなんでね・・・とことんやってやるぜ!」
「デコ助ばかりにかっこつけさせはしないぜ。オレはどの種族だろうと女性と言う人類の宝の消失は耐えられない、護り抜いてみせるさ」
「それって・・・かっこいいのでしょうか?あたしも、女神様に仕える身として、この世界に住む住人として傷つく人を救いたい。だから、戦います」
「私も巫女の血筋に列なるエルフとして、一時の生より精霊王様と女神様の御創りになられた世界をお救いしたいそう思っているわ」
「そもそも、この程度で逃げる覚悟なら、僕はアメリアの旅に同行なんてしないさ」
恥ずかしくなるぐらい熱い皆の言葉には驚かされたが、エヴァルト大祭司も面を喰らったらしい。
暫し、固まったまま私達を眺めてはいたが、お腹を抱え込み笑いだした。
「その炎の様な君達の熱さには脱帽しましたよ。皆さん、どうか宜しくお願いします」
何処か素直に受け取れない感覚はあるが、少し前ならこんな言葉を交わしている何て信じられないだろう。けれど、此処に火の国シュタールラントを護ると言う目的の下に、協力関係が確かに結ばれた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます!
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次週も何事も無く投稿できれば、3月21日18時に更新致します。




