第65話 狂言の中の手蔓ー火の国シュタールラント編
祭殿の一室に届けられた報せは、火の巫女が精霊の間で全身に火傷を負った自身の側仕えを連れ、命からがら逃げて来たと言う物だった。私達より早くあの坑道を無事に抜けて向かった先は祭殿だったのだろうか?
然し、エヴァルト大祭司の話によると火山の噴火も彼女が祭殿を離れてもいないと言う話だ。
「・・・失礼します。少し宜しいでしょうか?」
困惑する私の耳に聞き覚えのある声が聞こえる。
「ああ、構わないよ。入りたまえ」
ドアノブがカチリと音を立てると、視界に目が冴える様なシグルーンさんの赤い髪が映った。
服は所々、焦げて焼き落ちている。
大怪我をしていたと思えない確りとした足取りで入室したかと思うと、エヴァルト大祭司と向かい合う私達を見て驚きもせず、困惑の表情を浮かべた。
「あの・・・時間を改めましょうか?」
「大丈夫だ、彼女達なら構わない。ついでで申し訳ないが、現状について教えてやってくれ」
エヴァルト大祭司からそう伝えられ、シグルーンさんは私達を見ると、納得いったかの様に「ふむ・・・」と呟くと、自分をジッと見つめるウォルフガングさんの顔を見て不愉快そうに目を逸らす。
「承知致しました・・・。以前、精霊王様をお救いただ彼女達なら、私も異存はありません」
そう言うとシグルーンさんは、精霊間で何が起きたか語りだす。
異変が起きた事により火の精霊王様の力が不安定になり、頻発する火のマナの暴走は精霊の間までも影響を及ぼしている。
暴走を止める為に願いを込めて執り行った精霊の儀だったが、効果は一時的に過ぎず、その反動が火のマナの昂りを呼び起したそうだ。
まさかの災難にエヴァルト大祭司は机に肘をつき、溜息を吐きながら俯くが、ゆっくりと顔を上げ整えると、シグルーンさんに語り問いかけた。
「・・・この贖罪は祭殿として、それを治める者として死力を尽くすとしよう。それで、被害に遭った者の容体はどうだ?」
「少量ですが溶岩を浴び全身に熱傷が・・・。此方は白魔術師から治癒術を重ね掛けして行けば問題ないかと思われます。ただ、恐怖からか精神に負った傷が深く、話せはしますが情緒が安定せず譫言ばかりで意思疎通は難しいかと・・・」
エヴァルト大祭司はシグルーンさんの説明に「ふむ・・・」と呟き、深く考え込み顔に影を落とす。
精霊の間への調査と、出来れば負傷者と話したいと目論んでいたが、如何やら雲行きが怪しくなってきた。
「そうか、それでは回復まで白魔術師以外の接触を控えるように。暫し、精霊の間への入室は実質、巫女と祭司以上の者にのみと制限。所で巫女よ、怪我などをしていないか?」
私達が思い悩む間、エヴァルト大祭司が尋ねるとシグルーンさんは暫し不思議そうな表情を浮かべた後、すぐさま口元に笑みを作る。
「心遣い痛み入ります。この通り、側仕えの者のおかげで怪我は御座いません。それではお申し付けどおり、各所への伝達へと戻らせて頂きますが宜しいでしょうか?」
「ああ、宜しく頼む」
シグルーンさんはエヴァルト大祭司と私達に頭を下げると、足早に部屋を後にする。
エヴァルト大祭司は扉が閉まり、足音が遠くなるのを待つと、ゆっくりと私達へと向き直った。
「さて・・・これで祭殿も離れていなければ、君達が言っていた巫女の安否に関する話は無いに等しいのでは?無論、マナの均衡の崩壊までは否定しませんが、君達が追って来た巫女を警戒するべきかと思いませんか?」
確かにエヴァルト大祭司の言う通り、シグルーンさんの言葉が嘘でなければ、怪しむべきは私達が追ってきた方だ。それでは、教会に運ばれた彼女は何者だったのだろう。
ウォルフガングさんの態度と言い、二人のやり取りに不自然な点は無かった気がするが・・・
「確かに、それは尤もです。然し、火の精霊の間は火口に在り、其処に居た本人と側仕えの人以外は精霊の間で何が起きたのか知るよしはありません」
「つまりは、火口から何者かが彼女達を害し、何者かが入れ替わった可能性があると?」
「ええ、しかもそれを知るのは精霊の間から出て来た二人のみ。しかも、一人は証言が難しい為に誤魔化しがききます」
これで一応は警戒して貰えれば良いのだけど・・・
改めて視線を合わせると、エヴァルト大祭司は冷笑を浮かべ片眉を吊り上げた。
「・・・私に巫女を疑えと?」
やはり、此方のシグルーンさんの話は私達の証言のみ。
信頼がおける身内を疑う事はできないのだろうか。
現状から、私は今まで幾度となく暗躍する脅威の関与を疑わずにいられないのだ。
「・・・はい」
「君は思いの外、頑固な性格なようです。然し、身内に証拠も無く疑いを掛けられるのは気分は良くありませんね」
エヴァルト大祭司の口元から笑顔が消える。私は背筋に冷たい物が流れるのを感じ、思わず息を飲んだ。
「気分を害されたのなら申し訳ございません、エヴァルト大祭司様がシグルーンさんを信頼されているのは良く理解しました。しかし、今回おきている異変の背後に、この国を危機に貶めた魔族の関与が疑われるのです」
互いに口を噤み返事を待つが、エヴォルト大祭司は怪訝そうに眉を顰めるのみ。
必要性を証明する物がないのが苦しい。
その睨みあいを見て、ウォルフガングさんが呆れた様に溜息をついた。
エヴァルト大祭司を睨みつけると、ウォルフガングさんは机へに手を打ち付けた。
「相変わらずネチネチと・・・揶揄いすぎだ。その悪癖を何とかしろ!お前も解決の手掛かりが無く、藁をも縋るつもりで精霊の儀を行ったんだろ?」
「そう言う貴方は、相変わらず傲慢な奴ですね・・・」
「そりゃあ、悪かったな。生憎、お前みたいな奴を気遣う神経は持ち合わせていないんでね。で、図星なんだろ?」
一瞬、険悪な空気が漂うが、互いに言いたい事を言った後、ウォルフガングさんはニヤリと笑う。
すると、エヴォルト大祭司は呆れた様に肩を竦め、此方へと振り返る。
「少し、不可解だったもので、君の考えを聞き出させて貰った。おかげで君の言い分も理解できたし、我々も出来る限り協力しよう。では早速だが、何か要望はありますか?」
「先ずはヴォルナネン商会から救援物資の配給。そして、精霊の間への立ち入りと怪我を負われた巫女側仕えの方とお話をさせて頂きたいです!」
協力を得られた喜びもあいまり、異変解決への意気込みから勢いで先走ってしまった。
その事に気付き気まずさに口元を塞いだ時には、捲し立てる様に一度に多くの要望を突きつけられ、エヴァルト大祭司を含め、周囲からの失笑と生暖かい目線が向けられていた。
「・・・君は思いの外、強欲なようですね。救援物資については喜んで引き受けましょう。然し、他の二件については安全面や本人の容体が思わしくない為、許可をするのは・・・」
「無理を言ってすみません・・・」
私が肩を落とすとダリルは舌打ちをし、エヴァルト大祭司に噛みつくように前へ出た。
「今直ぐとは言っていないだろ?如何にかならないか?」
拳を握りしめ、前のめりになるダリルだったが、ウォルフガングさんに拳を掴まれ制された。
「・・・ダリル!マルクスは大祭司だ、此の事態に対応する合間をぬって巫女を見張らせるんだ。無理を言うべきじゃない」
「く・・・・解った」
ウォルフガングさんは悔し気に睨みつけるダリルに対し、顔色を一つ変えず淡々とした口調で諭す。
ダリルは悔し気に手をふり払うと、ガタリと音を立て椅子に座り込む。
然し、詰め寄られた当人はその光景を見て悪い顔を浮かべると、愉快そうにほくそ笑んだ。
「いえ、今日中で無くて宜しければ可能かもしれません」
「お・・・」
「・・・本当ですか!?勿論、今日中で無くても構いません。今日は物資の配給で時間も余らないでしょうし」
「はははっ、ちゃっかりしていますねぇ。それでは、今日は救援物資の配給で明日、可能であれば面会と精霊の間の調査ですね。取り敢えず、この状況では宿探しも難しいでしょうし、部屋をお貸ししますので良ければお休みになって下さい」
こうして失い掛けた手がかりを思わず取り戻し、祭殿仕えの人に案内され意気揚々と、外で待機するファウストさんへ万事うまく事が進んだと伝えに向かった。
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救援物資の配給後、王城へと召喚された私達はセレスを送り届けた事と、救援物資のお礼を言われた私達は改めて直々にシュタールラント王国に起き大変の解決へと協力を求められた。
そして翌日、エヴァルト大祭司の指示を受け、広間へと向かうと、そこで待っていたのは張本人では無くシグルーンさんの姿が在った。
「えーと、彼女は確か・・・大祭司様が調査をされると言う話では無かったかしら?」
シグルーンさんを遠目で見て、ケレブリエルさんは顔を引きつらせる。
彼女は当事者だし、話を聞くならこれ以上の適任者はいない。
ただし、それは疑いが晴れていたらだ。
「これは・・・」
周囲にエヴァルト大祭司の姿は無い。
「彼女を探るのも、呼び出したのも本人。そして、現場にいないっと・・・あー、お兄さん察っしたわ」
フェリクスさんは何かを悟った様な、遠い目を浮かべていた。
そんな中、ダリルだけは私達に背を向け、物陰から出てズカズカと前へ出る。
「どーせ、元から気が進まないうえに、面倒臭いから丸投げしたんだろ?」
頭を掻き、振り向き様に不機嫌そうな顔を浮かべそう言うと、シグルーンさんの許へ歩いて行く。
それにファウストさんは共感したのか、静かに頷いた。
「まあ、そんな所だろうな・・・」
私達が小声で話すのを静かに聞いていたソフィアは困ったように眉尻を下げると、戸惑いながらダリルの姿を見ると苦笑いを浮かべた。
「あの、もう成るようにしかならないと思います・・・」
視線の先には逸早くシグルーンさんに声を掛けたダリルが何やら話し込んでいる。
相手も此方を不思議そうな顔で見ていた。
「うん、その通りね。行きましょう」
怪しまれなければ良いけどと不安を抱きつつ、通路の角から出ると挨拶もそこそこに案内が始まる。
シグルーンさんによると、急ぎの要件が入った為、他に誰も代われないからと任せられたそうだ。
それを聞いて頭を抱えると、ウォルフガングさんが「昔からそう言う奴なんだ」と諭されてしまった。
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シグルーンさんから歩きながら訊けた話は、やはり前に聞いたものとあまり変わりは無い。
改めて判った事と言えば、火傷を負った側仕えの人物は女性であると言う事だけだ。
祭殿の中は思いのほか広く、無事に白魔術師が集まる治療棟に辿り着いた。
その中でも彼女は精神が不安定な為か、音を封じる風の魔道具が設置された一室にて静養をしているらしい。
「カーラ、貴女と話をしたいと言う人達がいるのだけど、今は体の加減は如何かしら?」
扉越しにシグルーンさんが扉の前に立ち、話し掛けると弱々しい声で「構わないわ」と返事がかえって来る。
扉を開くと質素な部屋の窓際にベッドが一床あり、私達に気付くと体中を包帯で巻かれた女性はゆっくりと体を起こすと、シグルーンさんと何かを話し此方を向く。
包帯の隙間から覗く瞳は虚ろで生気が無く弱々しく何処か怯えている様に見えた。
一通り自己紹介を済まし、他愛も無い話から始めて行く内に、彼女が精霊の間で何かを見たと言う事を知る事が出来た。その何かが知りたい所なのだけど・・・
「それでは、火の精霊の間で何を見たのですか?」
そう訊ねると、カーラさんの肩が震え出す。その青い瞳は徐々に焦点が合わなくなり、唇が震え出した。
如何やら何かが心の傷口に触れてしまったようだ。
「辛い事を思いださせてしまい、本当にごめんなさい!」
慌てて取り繕うとするが、私の言葉は彼女の耳に届かず、シグルーンさんに助けを求めるが、その表情は冷たく氷の様だった。
「あああ・・・火が・・・火が・・・黒く・・・引き裂かれる・・・飲まれる・・・あああああ・・・精霊王様、如何かお助け下さい!」
カーラさんは大粒の涙を流し、私の腕に縋りつこうと手を伸ばす。
事前に訊いていたとはいえ、此処までに成程、彼女を変えた物は何なのだろう?
私が戸惑って居ると、手を摑まれそうになった所で体を背後へ引き寄せられる。
「こう言う時まで考え事をするのは止めた方が良い・・・」
腕と肩を掴まれたまま振り向くと、眉根を寄せ、怒った様な表情を浮かべるフェリクスさんの顔が見える。
「あ、有難うございます・・・。ご迷惑をおかけして、すみません」
精神の影響で錯乱したカーラさんだったが、シグルーンさんに腕を掴まれ、口に薬を与えられ落ち着きを取り戻しつつあった。
「眠り薬よ・・・。落ち着いている様に見えたけど、時期尚早だったようね」
何かを訊けたらと言う考えが、仇となってしまった。
其れを悔やむも、カーラさんが声を上げ脅える精神を乱し出し泣き叫びながら発せられた言葉が、どうにも頭にこびり付き頭から離れなかった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます。
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次回も何事も無ければ2月21日18時に投稿いたします。




